- Whatever You Say -



『お昼一緒にどう?』
まるで日課のように携帯を震わせる紫からのメールや電話は、決まって優生を誘うような内容だった。 おそらく、淳史が休憩時に家に帰れなくなったことを知っているからなのだろう。
以前の優生は、ほどほどにつき合ったり流したりしていたが、最近は一度として応じたことはなかった。紫と話したりメールのやり取りをするだけで、淳史の機嫌を損ねることがわかったからだ。

『淳史さんに怒られるので』
いつものように、一番効果的と思える言葉を返した優生に、思わぬ返事がきた。
『ゆいちゃん、工藤の浮気相手が気にならない?』
想像したこともなかった事態を匂わせる言葉に目を疑った。
『何の話ですか?』
『お昼つき合ってくれたら教えてあげる』
そんな見え透いた手にあっさり乗ってしまう自分を愚かだと思うのに、突っ撥ねることは出来なかった。
『どこに行けばいいですか?』
『会社の前まで来てくれる?』
初めて会った時にも、会社の側だったから淳史に見咎められたというのに、紫は随分と大胆だ。
『近くないですか?』
『工藤は夕方まで帰らないから大丈夫』
同じ会社に勤めているだけあって、紫は淳史の予定をしっかり把握しているようだった。鉢合せる心配がないのは、優生にとっても都合が良いのかもしれない。
『時間はどうしますか?』
『11時半でどう?』
『了解です』
今近くにいないからといって、淳史に知られないという保障はなく、わかれば気を悪くさせてしまうとわかっているのに。
それでも、中途半端に知って不安になるくらいなら、事実を確かめた方がいいような気がした。もしかしたら、優生を食事につき合わせるための紫の方便かもしれないと、微かな希望を抱きながら身支度を整えた。




紫に連れて行かれたのは、会社のある大通りから一本裏に入ってすぐの手作りケーキの店だった。
外観はいかにもケーキ屋さんといった風だったが、ドアを開けて正面に立てかけられた手書きのボードの案内を見ると、モーニングサービスとランチメニューも扱っているようだ。
淡い茶系色と白が基調の落ち着いた雰囲気の店内には10ほどのテーブルがあり、半分ほどは女性客で埋まっている。長いカウンターにはサラリーマン風の客も数人見えたが、優生は紫に促されるまま、一番奥の窓際の席についた。
「カウンターの中にいる背の高い人がオーナーの冬湖(とうこ)さん。工藤より5つ年上だって言ってたけど同じくらいに見えるよね」
紫に言われて、あからさまにならない程度に観察する。
距離があるのでわかり難いが、遠目に見ても綺麗な女性だった。年齢は優生には判断がつかないが、確かに淳史よりは若く見えるかもしれない。
トレーを手にこちらに向かってくることに気付いて、視線を紫の方へ戻す。
「いらっしゃいませ。後藤さん、今日はずいぶん可愛らしい方とご一緒ですね」
「そうでしょ? 頑張って口説いてるんだけど、なかなか手強いんだよね」
「ということは、男の子?」
元から中性的だと言われることの多かった優生は、恋愛をするようになってからは性別を確認されることが増えたように思う。
「そりゃ、俺が口説こうと思うくらいだもん、男の子でしょ」
どうやら、紫はここでもカミングアウトしているらしい。
「ごめんなさい、綺麗だから女の子かと思ったわ」
どう答えたものかわからず、曖昧に首を振る。
けれども、優生の容姿を淳史が気に入っているようだと知ってからは、女性っぽいと言われても、むしろ褒め言葉として受け止めるようになっていた。もしかしたら、綺麗と言われる度に安心しているかもしれない。


「ゆいちゃん、ランチでいい?サルサのフォカッチャにサラダとスープだって」
「はい」
「じゃ、ランチ2つですね、少し待っててくださいね」
艶やかに笑いかけられると緊張する。決して、女性が苦手ということはないが、“淳史の浮気相手”という言葉が気になっていた。
「美人でしょ?」
「そうですね」
優生の知る限りの淳史と係わりのある女性とは違って、冬湖は穏やかで優しそうなタイプに見えた。
といっても、きれいにカールされた長い睫毛も、派手過ぎない口紅で彩られたふっくらとした唇も、ナチュラルメイクながら一分の隙もない。おそらく、化粧の仕方を変えれば、クラブのママだと言われても納得するような色気のある女性なのだろうと思った。
「工藤は毎日ここに通ってるんだよ、知ってた?」
“毎日”には思い当たる節がある。
「朝ご飯?」
「なんだ、知ってたの?」
「いつも朝ご飯は向こうで、って言ってるから」
「じゃ、工藤と冬湖さんが昔つき合ってたらしいっていうのは?」
「そうなんですか?」
どう想像してみても、二人がつき合っているという仮定は、優生にはしっくりこなかった。それとも、過去の二人を知らないからそんな風に思うのだろうか。
「なんか、ゆいちゃん興味なさそうだよね。別れてからも通い詰めるくらいだから、諦め切れないのかもとか思わないの?」
「そうかな……?」
あれほど彩華に執着して見せた淳史が、他の女性を思い詰めるとは、ちょっと考えられなかった。


「ゆいちゃん、自信あるんだ? なんか、ちょっと意外だなー」
「俺じゃなくて……淳史さんが冬湖さんとつき合ってたのって、いつ頃のことなんですか?」
「えっと、冬湖さんが結婚したのが1年くらい前だから、それより前ってことだと思うけど」
少なくとも淳史の方は彩華とは被っていないようだ。
「その人が別の人と結婚することになったから別れたのかな?」
「さあ……理由は知らないけど、工藤の方はまだ未練があるんじゃないかな?」
義之と話している時にも一度として出てきたことのない名前に、淳史が思いを残しているとは考え難かった。少なくとも、しつこく思い続けていた彩華という、優生には一生かけても敵うはずもない絶対的な相手がいる以上、紫の言葉にはあまり信憑性がないような気がする。
「ごめん、言い過ぎた?」
物思いに沈む優生を誤解したらしく、紫は少し声のトーンを落とした。火種になりそうなことを態々耳に入れてくれた紫の気が咎めるくらいには、悲しげな素振りを見せた方がいいのかもしれない。
「もしかして、別れた方がいいとか言われてるのかな……?」
「そうじゃないけど、ゆいちゃん、浮気されてるかもしれないのに腹が立たないの?」
改めて言われた“浮気”という言葉に、そんな事態は起こらないと思い込んでいた自分に気付いた。愛されていると信じ切れないくせに、淳史が他に目移りするかもしれないとは思いもしなかった自分の図々しさに驚く。
気まずさに流した視線の先に、大きなプレートを2つ持って近付いてくる冬湖を見つけた。言葉を返すのはやめて、料理が運ばれてくるのを待つ。
「お待たせいたしました」
タイミングに救われたのは、優生の方だったのかもしれなかった。


メインは、切り込みの入った半円型のフォカッチャにハンバーグと野菜を挟んだ少し食べ難そうなもので、女性なら躊躇うような厚みがある。
もちろん、優生は両手を合わせて挨拶をしてすぐに口に運んだ。
「ゆいちゃん、かぶりつきなんだ」
「かぶりつかないで、どうやって食べるんです?」
「まあ、そうだよね」
いっそ大胆な食いっぷりに幻滅してくれても構わなかったが、むしろ紫は嬉しそうに見えた。紫は女性的なタイプが好みというわけではないらしい。
食べている間は喋らなくても間がもたないということはなかった。食事が済んだら紫は仕事に戻るはずで、優生は解放される。夕飯の買い物をしてから帰ろうと考えていると、紫がショーケースの方を目で示した。
「ゆいちゃん、デザートは?」
「いえ、俺はもう」
そうでなくても、暑くなってくると食欲が減退するというのに、ケーキなど以ての外だった。
「甘いものは好きじゃないの?」
「嫌いじゃないんですけど、胃にもたれるようなものは苦手なんです」
「アイスもダメ? 伊予柑とか抹茶とか、あっさりしたのもあるでしょ」
「ライチとかラムレーズンとか好きですけど」
「じゃ、今度はアイス食べに行こうね」
誘いの言葉に曖昧に笑い返す。次回はともかく、まだ昼休みを持て余しているらしい紫に、食後のコーヒーくらいは付き合っておくことにした。
何気なく目をやったメニューに書かれた営業時間に違和感を覚える。
「ここって8時からなんですね」
淳史や紫の勤務する会社の始業時間は8時半のはずで、この店に8時に入ったのでは仕事に間に合わなくなってしまうだろう。時間にはゆとりを持って行動するタイプの淳史がギリギリに出社するとは考え難かった。それに、家を出るのは7時過ぎなのだから、ここに直行しているのなら計算が合わないことになる。


「そうなんだけど、工藤は7時半には来てるはずだよ。8時過ぎには出社してるし」
「……淳史さん、開店前に来れるような上客なんだ?」
淳史と知り合ったばかりの頃、まだ彩華に未練があるような言い方をしていたのは本当にただの嫌がらせだったのだろうか。最初の刷り込みが強いせいか、淳史が思い入れる相手が他にもいるというのはなかなか納得できなかった。
「スタッフ通用口から入るくらいだからねー」
「え、そうなんですか?」
「営業時間外に表から入ってる所を見られたら、他のお客さんが変に思うでしょ」
「……そうかも」
そうまでして毎日会いたいと思うほど、冬湖は特別な存在なのだろうか。人のものに興味が湧くという淳史にとっては、もしかしたら人妻となった今の方が強い引力を感じているのかもしれない。
そろそろ一人で物思いに浸りたかったが、紫はコーヒーを飲み終わって暫く経っても、至って落ち着き払っている。
「あの、1時回ってますけど、時間大丈夫なんですか?」
「実は3時まで空いてるんだよね。営業って時間にムダが多いから」
どういうわけか、優生の周りの大人は揃いも揃って時間の感覚が緩いようだ。
「だからってサボってていいんですか?」
「サボってるわけじゃないよ、今日はゆいちゃんとご飯食べようと思ってたから調整してあったの」
「淳史さんの浮気疑惑を伝えてくれるためにですか?」
「それもあるけど、工藤がこの頃お疲れ気味だから、ゆいちゃんに心当たりがあるんじゃないかなーと思って?」
あからさまな視線に、まともに答えるのが嫌になってしまう。理由に見当がついているからこそ、そういう目を向けているに違いないのに。


「さあ……仕事がハードなんじゃないですか? 最近、全然お昼にも帰ってこないし」
「そうそう我儘通せないでしょ、そうでなくても工藤はいろいろ顰蹙買ってるのに」
「そうなんですか?」
「ゆいちゃんも知ってるでしょ? 女王サマの件だって、相手は大口なんだから普通はもっと穏便に済ませるものだよ? その後もクビになっても構わないとか言って勝手に休暇取るし、残業はなるべくしたくないとか言うし、ムカついてる奴いっぱいいるんじゃない?」
わかってはいても、はっきりと言われると堪えた。その原因のほぼ全ては優生にある。
「やっぱり、査定に響いたりとか、居辛くなったりとか、してるんですか?」
「査定に響くのは当然でしょ。居辛いかどうかは本人の問題だけど、上司は使い難いんじゃないかな」
だから、最近は勤務中には家に帰って来なくなったのかもしれない。それが普通なのだろうが、毎日のように昼食を摂りに戻っていたから少し淋しく思っていたのだったが。
「まあ、これからやる気を見せるしかないでしょ。仕事より家庭が大事だなんて堂々と口にするようじゃ、いくら社会が変わってきたとはいっても、まだまだ現場じゃ難しいからね」
「ごめんなさい、紫さんにも迷惑かけてるんですよね」
項垂れる優生に、紫は慌てたらしかった。
「俺は楽しんでるから構わないよ、ただ工藤は大変だろうって話をしただけで。それより、体力ありそうなくせに、よく疲れた顔してるから家で何かあるのかなーと思ったんだけど?」
結局、その話題に戻ってしまうらしかった。素直に答えたものかどうか迷って、やはり流すことにした。優生はともかく、淳史は紫に弱味を握られるような事態になることは耐えられないだろう。


「暑くなってきたから寝苦しいのかも。俺、クーラーは苦手なんです」
「そうなの?」
「うん。緩めにしてくれてるから淳史さんには暑いんだと思います。それでも俺には涼しいくらいなんだけど」
言ってから気が付いたが、それは淳史の消耗している原因のひとつに違いないと思った。
「そういや工藤は暑がりだったよなー」
「これ以上暑くなったら、淳史さん干乾びちゃうかも」
「ゆいちゃんさあ、どうせくっついて寝るんだから寒いくらいでもいいんじゃないの?」
くっついて寝ているのは事実だが、まるで見て来たような口ぶりに言葉を失くしてしまう。
「寒い時はいいけど、夏は少し距離を置いた方が快適かもね」
「紫さんは好きな人に対しても、そういうクールな感じなんですか?」
なにげなく聞いた言葉に、紫はひどく驚いたようだった。
「ゆいちゃんはベタベタしていたい方なの?」
優生は自分からベタベタすることは滅多にないが、放っておかれると不安になってしまうタイプだと思う。きっと、前の恋人がベッタリと甘やかしてくれたせいだ。
その恋の終わりが一種のトラウマのようになっていて、優生は相手と一緒にいられる時間が短くなったり素っ気なくされたりすると、気持ちが離れてかけたサインのように感じてしまうのだった。おそらく、それがわかっているから、淳史も時間の許す限り優生の傍にいて甘やかしてくれているのだと思う。
「して欲しい方かも」
「じゃ、もっと暑苦しく口説いた方がいいのかな」
あまりにもサラッと言われたせいで、その意味はすぐには優生に伝わってこなかった。
聞き返しかけて、それが事態を悪化させることになりそうだと気付いてやめる。紫も、もう一度言い直す気はなさそうだった。






「おかえりなさい、おつかれさま」
玄関まで出迎えた優生に、痛いほどの抱擁をする淳史の疲れを滲ませた顔が、紫の言葉を思い出させる。
確かに、この頃の淳史は疲労が溜まってきているようだった。少し遅く帰るとすぐに入浴を済ませ、ひどい時には食事も摂らずに優生の膝枕で眠ってしまうこともある。
「風呂に入ってくる」
短い言葉で、淳史は足早に浴室の方へ向かう。上着とネクタイだけを受け取った優生は、リビングに残された。
用意の都合上、風呂を上がったら食事にするのかどうか尋ねたいのが本音だったが、きっと本人にも出てみないことにはわからないのだろう。今のうちにクーラーの温度設定を低めに落として、上着を長袖のシャツに着替えておくことにした。
直接冷風が当たらないようにしているソファに腰掛けて待つ。今日も膝枕が先かもしれないなどと考えている間に、淳史はもう風呂を上がって戻って来た。
「寒いんじゃないのか?」
淳史は、いつもより室内が冷えていることにすぐ気付いたらしい。
「大丈夫だよ、長いの着てるし」
「そんな無理して冷やさなくていい」
「ううん、きつくても緩くてもクーラーが入ってたら一緒だから気にしないで。だからって、クーラーなしじゃ俺も我慢できないし」
「本当か?」
「うん。寒くなったらくっくつから心配しないで?」
一緒に住むようになってからというもの、優生は淳史に迷惑をかけてばかりで、もうこれ以上の負担にはなりたくなかった。
「冷え過ぎるようだったらすぐに言えよ?」
「うん」
すんなりと聞き入れられたことにホッとした。
隣へ腰掛けた淳史に、肩を包むように抱きよせられる。膝を提供するつもりが、優生が淳史の胸に凭れ掛かるような格好になった。
「淳史さん?」
どう考えても、淳史が眠るのに適当な体勢ではないような気がする。
「抱き枕だ」
「……うん」
きっと、それは優生を冷やさないための方便なのだろう。
こんなに優しい時間をくれる淳史が浮気しているかもしれないと、優生にはどうしても思えなかった。






「昨日、後藤と昼飯食いに行ったんだってな?」
「……うん」
帰る早々、険しい表情を向ける淳史が何を言い出すのかと思うと気が重くなる。
ソファに腰を下ろして忌々しげにネクタイを緩める間も、淳史は、傍で身の置き場に悩む優生に強い視線を向けていた。
昨夜何も言われなかったからバレていないのかと思っていたが、情報源は紫だけではないことを忘れていた。冬湖が淳史と優生の関係を知らないなら、紫が前日に連れてきた相手の話をしていてもおかしなことではない。
立ち尽くしたままの優生の腕を引きよせる手が、淳史の膝へ座るように促す。瞳を覗き込む淳史の、気に障っている理由はどちらだろうか。
「何か言われたか?」
慎重に言葉を探す。確か、紫に向かって可愛い方と一緒ね、と言っていた。その後、優生を女の子かと思ったと言った。
「女の子かと思ったって言われたけど」
「そうじゃない、後藤が余計なことを言っただろう?」
「別に、余計だと思うようなことを言われた覚えはないけど……」
それをどう取ったのか、淳史は黙り込んでしまった。もしかしたら、頭の中ではいろんな計算がなされているのかもしれない。
「新聞を取るのも面倒だしな、あそこで2、3紙目を通してから行ってるんだ」
「そう」
淳史が新聞を取っていないのは事実だったが、もしも弁解が必要だと考えたのなら、つまらない言い訳だと思った。


「優生」
苛立ったような声に、逆に優生の頭の中は冷めていく。疚しいのは優生ではなく、怒られる筋合いではないはずだった。
「なに?」
努めて穏やかに返す優生に、淳史は苛々を募らせたらしかった。
「何とか言えよ?」
「何とかって……何を言えばいいの?」
問い詰める気など毛頭ない優生に、淳史は気を殺がれたようにトーンを落とす。
「新聞読みながら朝飯食ってるだけだからな?」
「うん」
「優生」
今にも逆ギレしそうな淳史に、嘘でも妬いていたと言うべきなのだろうかと迷った。釈然としない胸の内を説明するより、単に妬いていたことにしておいた方が説得力があるのかもしれない。
「ごめんなさい」
しおらしく頭を下げると、途端に淳史の態度が変わった。肩を抱きよせる手から強さが抜け、心配げに顔を覗き込んでくる。もしかしたら、淳史には本当に疚しいところがあるのかもしれない。
「後藤が何を言ったのか知らないが、おまえが心配するようなことは何もないからな」
「……うん」
それでも、もう行かないとは言わない淳史に、疑惑とは別の諦めが胸を占めてゆく。
相手の全てを独占することなど到底出来るわけがなく、少なくとも共有しない過去は全て相手のものだ。大切にしまっておくことも、忘れ去ってしまうことも、相手の自由だ。
尤もそれは優生も同じで、淳史の知らない思い出がないわけではない。ただ、優生は昔の相手と継続して会ったり連絡を取ったりしたことはなかったが。
それよりも、淳史が唯一執着していると思い込んでいた相手が彩華だけではなかったことの方が、優生の気持ちを重くさせた。




一緒に過ごし始めた頃と違って、最近は優生が淳史の寝顔を眺めることが増えたように思う。
膝枕を提供している時もそうだが、優生が夜中や明け方に何度も目を覚ましたりする時にも、淳史は深く眠っているように見えた。
無理をしても傍にいてくれることを喜ぶべきなのかもしれなかったが、淳史の疲労の一端が自分にあることを自覚しているだけに、幸せなはずの時間を素直に嬉しいと思うことは出来なかった。
寝入っているはずの淳史に、寝返りを打とうとしただけでギュッと抱き直されてしまうのは、どれほど好きだと思っていたとしても、信頼し合ってはいないのだと思い知らされる瞬間だ。
薄闇に目を凝らして時計を確認する。夜明けまでにはまだ随分ありそうだった。淳史の腕に身を預けたままで、もう一度目を閉じる。
腕や胸元に寄り掛かるような体勢は負担になりそうで気が引けるが、少しでも身を離そうとする度に引き戻されてしまうと、結局おとなしくしている方が迷惑になりにくそうだという結論に落ち着いてしまう。
おそらく、淳史に信用されるようになるまでにはまだまだ時間が必要なのだろう。優生はもう、息が詰まりそうなほどに抱きしめる腕から抜け出そうとは思っていないのに。
淳史はいつも、誰と恋愛をしている時にもこんな風に独占欲が強かったのだろうか。意外なほど甘やかしてくれるのも、面倒見が良いのも、もしかしたら淳史の腕に留まらなかった誰かのせいなのかもしれない。
それを素直に有難いと感じられない自分は幼過ぎるだろうか。自分も、初めての恋でもなければ、最後の恋とも限らないのに。
ただ、ここが最後の場所だといいと、願わずにはいられなかった。




「なんか、ゆいちゃん、急に素っ気無くなってない? 他人行儀っていうか」
「元から他人です」
紫からの電話で、先日の店に呼び出されて応じたのは、淳史に止められていなかったからだ。あの時は他のことに気を取られていて気付くのが遅れたが、紫と会っていたこと自体は淳史に咎められなかった。
だからといって、淳史に黙って紫に会うことに躊躇いがないわけではない。冗談めかしてとはいえ、紫には何度も口説くような言葉をかけられている。
「うわ、ひどいなあ。ゆいちゃん、もしかして俺が工藤の浮気疑惑を告げ口したから怒っちゃったの?」
「そういうんじゃないです。俺、携帯や外出に制限かかってるから……紫さんも俺に電話するなとか話しかけるなとか言われてるんじゃないんですか?」
「そうそう。横暴だよね。別に会ったからって何かするわけじゃないのにね?」
つい、疑いの眼差しを向けてしまう。確かに、これだけ大っぴらに誘われると悪意は感じないが、だからといって安全圏だとは言い切れない。
「そんな心配しないでいいよ? 俺、プラトニック派だから」
「え?」
「俺はメンタルなおつき合いしかしないんだよ」
「そうなんですか?」
「もし、ゆいちゃんと浮気するとしても、せいぜいキス止まりだから安心してて?」
「……それじゃ、おつき合いできないかも」
小さく呟いた言葉に、驚いたような顔を向けられたが、何事もなかったように言い直す。
「俺、浮気も本気も、もうしません。もし淳史さんが昔の相手に気持ちを残してるんだとしても、俺が浮気する理由にはならないし」
何度も優生がトラブルに巻き込まれる度に淳史に許されてきたことを思えば、こんな些細なことで拗ねることも憚られた。
「ゆいちゃんさあ……“もう”って言うのがすごく気になるんだけど?」
「……言葉のアヤです」
言い切る優生に、紫はそれ以上追及するのは止めてくれたようだ。
「ゆいちゃんって、思ってたより流されないんだ?」
むしろ嬉しそうな紫に、優生はきっぱりと頷いた。少し淋しい気もしたが、これで紫に誘われることは無くなったのだと思った。




「優生」
紫と別れて駅に向う途中で、背後からかけられた声に振り向く。声を聞く少し前に、近付いてくる気配が淳史だと気付いていたから、そう驚くことはなかった。
「どうかしたの?」
憮然とした淳史の態度で、たまたま出会ったのではなかったことを知る。
「聞きたいことがあるんなら俺に聞けばいいだろうが」
「え……」
すぐにはその意味が理解できず、暫く考えを巡らせた。まず間違いなく、怒らせているのは優生で、黙って紫に会っていたことが知れたのだろう。
「ごめんなさい」
とりあえず頭を下げる優生の腕が引かれて、歩くように促される。駅に向かっていることから、久しぶりに休憩に戻るのだと思った。
「不審に思ったんなら、俺に怒ればいいだろうが」
「……何のこと?」
怒っているのは淳史の方だと思っていたが。
「冬湖さんの話だろう?」
「今日はそういう話じゃなかったけど……」
「それなら他の男に会いに行くな。後藤は見た目通り節操がないからな」
見た目はともかく、節操のなさなら淳史も人に言えた義理ではないはずだ。友人の恋人だった優生とこういう関係になり、今また昔の恋人との浮気疑惑が浮上しているというのに。
「優生?」
「大丈夫。もう誘われないと思うし」
「なんかあったのか?」
「紫さんはメンタルな恋愛しかしないって言ってたから心配しないで?」
「余計悪いだろうが」
ふいに、駅の手前で足を止める淳史に驚く。
「淳史さん?」
「俺はまだ帰れないからな」
「そうなんだ……じゃ、先に帰ってるね」
忙しいと言っていた淳史に、また余計な手間と時間をかけさせてしまったのかもしれない。そのまま行こうとした優生の背中に、思いがけない言葉がかけられる。
「信用されてると思っていいのか?」
よく意味のわからないまま、優生は振り向いて頷いた。




その夜は、いつも以上に淳史の帰宅は遅かった。
そろそろ日付が変わりそうになると、起きて待っているのを躊躇う。すぐに体調を崩す優生を心配する淳史に、遅くなった時は先に休んでいるように言われているからだ。
ソファに凭れかかって目を閉じた時、ふと、疾うに店を閉めているはずの冬湖の顔が浮かんだ。何の根拠もないのに、なぜか淳史と一緒にいるような気がしてしまう。
思えば、優生に対しても随分と執着しているようなことを言われたが、つまりは淳史が思い入れの深いタイプだったということなのだろう。ずっと、彩華だけが特別だと思い込んでいたのは間違いだったようだ。
束縛されているからといって、一途だとは限らない。 大抵、自分のものになった途端に大切にはしなくなるものだ。前の恋人と別れることになったのも、それを悪く取ってしまったからだった。だからといって、優生を好きではなくなったというわけでなく、自分のものだという油断がフォローを疎かにしてしまうのだとは知らずに。
迷った挙句、とりあえずソファに腰掛けたままで上体だけ倒して横になっておくことにした。目を閉じても睡魔は訪れそうになかったが、ベッドで何度も寝返りを打つよりはずっといい。ぼんやりと時間が過ぎるのを待つのは、広過ぎない方がいいのだと思った。
落としていない照明は明る過ぎて、遮るように閉じた目元に手のひらをかざす。不思議と、泣きそうな気はしなかった。いつとは知れなくとも、帰るとわかっている人を待つのはそう不幸なことではないのかもしれない。


眠れそうにないと思っていたのに、知らないうちにウトウトしていたらしかった。
物音にハッとして開いた優生の視界へと入ってくる見慣れた足元に気付いて、慌てて体を起こす。急に動いたせいで血が下がってゆくような感覚に、崩れそうな体をソファに寄り掛かるようにして支えた。
「悪い、起こしたな」
「ううん……おかえりなさい」
淳史が身を屈めて近付いてくると自然と瞼が閉じる。唇を受け止めて、そっと首へ腕を回した。優生の望みを知っているみたいな、大きな腕の中に包み込まれていると不安を忘れられる。
その体勢をキープするのは負担ならしく、淳史は膝をソファへと乗り上げて優生に覆い被さるように抱きしめ直した。なるべくさりげなく唇を躱して、淳史の首元へと顔を伏せる。
キスを交わすよりも、淳史の肩口に染み付いた煙草の匂いの意味を考える余裕もなくなるくらい、ただその腕に包まれていたかった。
「……優生」
低く囁かれた声が何を求めているのか気付くよりも早くソファへと上体を倒されて、夢見心地から覚めてゆく。
優生の背に回されていた腕が抜かれて、頬を撫でられると鼓動が跳ねた。触れ合っていたかっただけで、それ以上のことをして欲しいとねだったつもりではなかったのに。
「時間が……もう夜中過ぎてるでしょう?」
明確な時間はわからなかったが、相当に遅い時間になっているのは間違いなく、これ以上淳史の睡眠時間を削らせるようなことはしたくなかった。
「明日は直行だから心配ない」
「でも」
続けようとした反論が軽く塞がれる。疲労が溜まっているはずの淳史に、無理を重ねて欲しくないと思っていたのに。
今更のように、優生が淳史を止められるはずがないことを思い出した。


絡んでくる舌から逃れようとしたのは、本当は優生がして欲しがっていると思われたくなかったからで、決してキスしたくなかったわけではなかった。
「あ……」
離れてゆく唇を追おうとしたが、首筋へ移されたキスは優生の思い通りにはならなかった。
パジャマの上着の裾からいくつかボタンを外した手が、肌を伝って胸元を探る。ふくらみの無い胸でも、辿る指にかかる小さな尖りは官能を呼び起こす役を過剰なほどにこなしてしまう。
「やっ……」
指の腹が掠めただけで、びくりと震える。ほぼ連日の行為に慣れた体は、優生が思うほど慎ましくしていてくれそうになかった。こうやって物欲しそうに応えてしまうから、淳史に無理をさせてしまうのだろう。
「嫌なのか?」
「そうじゃなくて……」
抱かれることが嫌なはずがなく、求められて拒む優生の事情は思いつかない。ただ、このペースは改めなくてはいけないと思うようになっていた。
それが愛されている証拠のように思い込んでいた優生が、異常なほどに求められたがったせいで、淳史に無理をさせてしまっている。元から、それほど旺盛ではなかったらしい淳史にとっては、負担になっているに違いなかった。
「疲れてるのか?」
重ねて尋ねられた言葉を淳史に返したい。きっと軽く否定するのだろうが、本当は疲労が溜まってきていることを知っているのに。
「悪いな、遅くに。もう少しつき合え」
まるで淳史の事情のような言い方をされると胸が苦しくなる。いつも求められていたいのは優生の事情で、淳史はそれを満たしてくれているだけなのに。
「あ」
少し乱雑に服が奪われてゆくのは、優生が早く眠りたがっていると思っているからなのだろう。肌を辿る手は優しかったが、性急に追い立てようとしているようだった。
「や……ん」
せっかちに思えた淳史の指も、後ろを探ってくる時だけは慎重で、じれったいほど丁寧に解すことだけは譲らない。
「あ、ああっ……」
優生の内側へと埋められてゆく指が動かされるたびに腰が跳ねた。緩やかさに我慢できずに腰を揺らして奥へ誘おうとする優生に、聞き取れないほど低めた声が呟く。
「体は素直なのにな」
「いや……も、意地悪しないで」
優生が入れられるのが好きだと言ってから、淳史は抱くことを優先してくれる。むしろ、それだけが目的みたいに思われるのは嫌だと思っていたらしい淳史には、優生の望みはあまりにも意外だったらしかったが。
「大丈夫か?」
「うん……」
いつも優生を気遣って、そっと時間をかけて繋がろうとしてくれる淳史に、これ以上望むのは贅沢が過ぎるとわかっている。まして、淳史には焦らしているという自覚はないらしく、早く欲しいと思う優生が淫乱なのかもしれない。
「は……ぁんっ……ああ」
快楽に染められた全身が淳史を感じて震える。
離れている間は不安に負けそうになるのに、抱かれている瞬間は愛されていると思うことができた。痛いほどに、離したくないという気持ちが伝わってくると、それが何にも代え難く優生を幸せな気持ちにさせた。




気だるい体を淳史の胸に預けていると、知らずに瞼が閉じてくる。
疲れているのは淳史の方だとわかっているのに、心地良い疲労感に負けそうになった。
「優生」
「……うん?」
髪を撫でる指の優しさに沈みかけた意識が、不意に現実に引き戻される。
「冬湖さんのことを何か聞いたか?」
淳史と昔つき合っていたらしいと、紫に教えられたとは言いたくなかった。おそらく、話の内容よりも、淳史の預かり知らぬ所で耳にしたことの方が気に障るだろう。そうでなければ、紫と会った後で、知りたいことがあったら淳史に聞くようにとは言わなかったはずだ。
「特には……淳史さんより5歳上らしいってくらいしか」
「厨房に旦那がいるというのは聞いたか?」
「ううん、結婚してるとしか」
「そういうことだから心配するな」
事も無げに言われてしまうと、頷くしかなかった。
確かに、厨房の中とはいえ同じ店内に結婚相手がいれば、甘い時間を過ごすのは難しいだろう。だからといって、それが浮気をしていないという証拠にはなるとは思えなかったが。ましてや、淳史が一方的に気持ちを向けているのではないかという疑惑を晴らす要素にはなりえなかった。
言葉にしなくても、猜疑心は態度に表れてしまうものらしい。淳史は短く息を吐くと、あまり気乗りしない顔で口を開いた。
「冬湖さんとの関係を説明するのは難しいんだが」
「無理に聞こうとは思ってないから気にしないで」
「聞けよ」
不意に掴まれた顎にかかる指の強さに驚く。ごく近くから睨まれると、雰囲気に飲まれて言葉を失くしてしまった。


「母親が再婚する時に、俺は相手と養子縁組をしなかったから親子関係はないし名字も変わってない。別に反対していたわけじゃないんだが、高校の終わり頃だったから一緒に住む必要がなかったからな。だからといって、認めてないわけじゃないし、会えば父親として接してるつもりなんだが」
意味ありげに言葉を切るのは、籍や続柄に拘っている優生に対する嫌味なのかもしれない。
視線を逸らしたまま、黙って耳を傾ける優生の頬を大きな手が包む。
「冬湖さんはその人の別れた奥さんの連れ子だからな、血の繋がりもないし戸籍でも他人なんだが……たまたま、父親に会いに来た冬湖さんと出会って、何となく気が合ってつき合いが続いてるような感じなんだ」
「……うん」
要するに、会うのをやめる気はないから黙認しろということなのだろう。
以前、淳史の母親の再婚相手に子供はいないから兄弟はいないと聞かされた時に、何故この話をしなかったのか疑問だったが、追及しようとは思わなかった。
「だから、身内みたいなものだからな?」
分別のない子供に言い聞かせるよう言い方をされて、優生は今自分がどんな顔をしているのかわかってしまった。
けれども、本当に恋愛感情ではなかったとしても、優生の交友関係を制限する淳史の行動と矛盾しているとは気付かないのだろうか。
釈然としない気持ちを抑えて、淳史の満足する答えを返すのは簡単ではなかった。
「……ごめんなさい、詮索するつもりじゃなかったんだけど」
「おまえに言えないようなことは何もしてないからな、不審に思ったら俺に聞けよ? 他の男に付け入れられるようなことをしないでくれ」
「うん」
淳史の肩へと顔を伏せて、眠気をアピールするように目を閉じた。淳史の言い分が納得できるようになるまでには少し時間が必要だった。


もう眠らせてくれるのだと思っていたが、淳史はまだ話をしたいらしかった。
「冬湖さんにおまえの話をしたんだが、後藤と一緒に来ていた相手のことだと言ったらずいぶん驚かれてな。年が違い過ぎるとか、美女と野獣のようだとか、ひどい言われようだった」
「俺、そんなに幼く見える方じゃないんだけどな」
おそらく、淳史との差は年齢のことだけでなく、外見的にもつり合わないと思われたのだろう。
優生は淳史の好みに合うような肉感的な女性でも大人でもなく、おおよそ淳史とは何の共通項もないほど貧相だ。
「後藤はおまえを口説いていると、冬湖さんに言ったんだろう?」
促すように頬を撫でられて、仕方なく瞳を上げる。
少しきつい視線と見つめ合って、漸く優生は淳史の言っていることを理解した。疑惑は優生の中にだけあるものではなく、淳史にも不信感を抱かせてしまっていたようだ。
「軽い挨拶みたいなものだと思うけど……」
「後藤の方がおまえに似合うとも言われたな」
優生は紫と一緒にいる所を自分で見たことはなく、客観的にどう映るのか考えたこともなかった。ただ、どちらかといえば細身で優しげな容貌の紫は優生と通じる部分があり、ギャップがない方が似合うのだとしたら、淳史と一緒にいるより自然に見えるのかもしれない。
「ちょっとタイプが似てるからじゃないのかな? 紫さん、顔立ちも優しいし、見た目も若いし」
「そうだな。だから、おまえが靡くんじゃないかと心配されたんだろうな」
自分と冬湖が他人からどう見られているのかには無頓着なくせに、優生が他の男と似合うと言われて気を悪くする淳史の鈍さに、ふいに優生の拘りがひどくつまらないものに思えてきた。優生が卑屈になってしまうように、淳史も優生とのギャップを気にしているのかもしれない。


「俺、自分にないものに惹かれるタイプだけど?」
淳史を安心させるためというより、それは明確な事実だった。
背が高く厚い筋肉を纏った強靭な体躯は努力だけでなれるものではなく、優生が自分の身に望むことは適わない。身長はもちろん、持って生まれた骨細で筋肉のつきにくい体質は変えようがなかった。
「そういや、そうだったな。今度そう言っておくか」
機嫌を戻したらしい淳史の肩へと顔を伏せる。何度目かの眠りたいサインを、そろそろ聞き入れてくれてもいい頃だろうと思った。
控えめに乗せた頭を包むように引き寄せられて、乱れた髪を優しく梳かれる。晒された頬へ寄せられる唇に目を閉じた。わざわざ“おやすみ”を言って話はお終いだと確認するより、喋るのも億劫なほど眠いのだと思ってもらった方がいい。
“今度”はそう先のことではなく、それを容認しなくてはいけない自分の立場が少し辛くなる。
自分は相手のものでも、淳史は優生のものではないと言われたようで、折り合いを付けたつもりの感情がふと乱れそうになった。
少し前まで、相手のものでいたいとは思っても、自分のものにしたいと望んだことはなかったのに。甘やかされるほどに、現状では満足できなくなってゆく自分の欲気が怖くなる。身に余るほどの我儘が止められなくなりそうで。引き返せないほどの深みには嵌りたくないのに。
いつか訪れるかもしれない傍にいられなくなる日のために、優生にも永遠があるかもしれないとは思いたくなかった。幸せは落ち着きがなく、すぐに遠くへ行きたがるものだと知っているのに。
もう手遅れだとわかっているからこそ、少しでも長く引き止めておくために、頼りない腕で抱きしめた。



- Whatever You Say - Fin

【 Jealousy In Love 】     Novel       【 Nowhere To Go .1 】  


2007.9.9.update

大変蛇足ながら、『Whatever You Say』というタイトルは、
「なんでもおっしゃる通りに」もしくは「もういい、あなたの好きなようにして」という意味ですが、
もちろん、ここでは後の方で付けました。
思ったより優生が強くなっていて、拗ねるシーンがなかったのがちょっと心残りです。