- 口調 -



「昨日、淳史に会ったの?」
思い出したように尋ねる言葉に頷いた。
眠気に負けそうな里桜に添い寝するために一緒に部屋に来た義之と、ベッドに並んで腰掛けたままで話を始める。
「会ったっていうか、友達とゲーセン行った帰りに偶然見かけて声かけたんだ。ゴンチャロフのチョコもらったよ。もう食べちゃったけど」
「君は誰と一緒だったの?」
「秀と、柴田っていう同じクラスの奴」
早く横になりたかったが、義之に肩を抱きよせられて阻止される。どのみち腕枕で眠るのだと思い、そのまま胸元へ凭れかかった。
「淳史を彼氏だと思われたんじゃないの?」
「そういえば、そうかも」
里桜は自分の性癖を隠してはいないが、あまり大っぴらにしているわけでもない。親しい友達でも、眉を顰める奴がいることがわかっているからだ。
だから、淳史を見かけた時にも、“ちょっとごめん”と友達に断って里桜だけで傍に行った。もちろん、淳史にも紹介したりしなかった。淳史との関係を説明するためには、義之のことから話さなくてはならなくなってしまう。
淳史と別れた後で、義之のことを知らない友達に“彼氏?”と聞かれて、つい意味有りげに笑ってしまった。いろいろ説明するのも面倒だったが、それ以上に、義之にあまり良い印象を持っていない秀がどんな反応をするか見てみたくなったからだ。
「どうして違うって言わなかったの?」
「秀が義くんのこと、あまり良く思ってないから、あっくんだったらどうなのかなあとか思って」
「淳史なら認めてくれそうだったの?」
里桜を片腕に抱いたまま、義之が別な手で頬を撫でる。義之の方を向くように促されて視線を上げると、胸の奥まで見透かすような瞳にぶつかり、慌てて首を振った。
「そういうんじゃなくて」
「何て言ってた?」
「……おまえ、また二股いってんのかよ、って」
秀明の二股疑惑はいつまで経っても晴れないままだ。
「ホントに彼は厳しいね。それとも、僕が気が付いていないだけなのかな?」
「そんなわけないって……義くん?」
静かに、後ろへと倒されて驚いた。真上にある義之の顔を窺う。ずっと穏やかなトーンを崩さなかったから油断してしまっていた。
「本当に?実は淳史と浮気してるなんてこと、ないかな?」
「ないない、あっくんは大人の女の人がいいんでしょ?俺、全然違うじゃない」
「じゃ、証明してくれないかな?」
まっすぐに見つめられると、なぜか見つめ返す勇気が出なくて目を伏せた。やましいことなど、ひとつもないはずなのに。
「義くん、今日はもう遅いし……」
やんわりと辞退したつもりだったのに、義之の腕に力が籠められる。
「僕だけじゃないの?」
「そんなわけ、ないでしょ」
穏やかな時の方が怖いと知っていたのに。
里桜はいつも穏やかな口調に騙されてしまう。今だって、きっと断れば怖いことが待っているに違いなかった。
「じゃ、いいね?」
口調はやさしげでも、里桜には拒否権などないことを知っている。これ以上義之を怒らせないうちに、里桜は慌てて頷いた。


- 口調 - Fin

【 暗示 】     Novel     【 衝動 】


実は、次の『衝動』に続いています。
個人的バレンタイン企画ということで……。