- 衝動 -



「……何だ?」
差し出された箱を受け取るかどうかためらう。
急に、会いたいと里桜に呼び出されたことにも驚いたが、“はい”と言って出された、明らかに洋菓子の箱と思しきものに心当たりがなかった。
「やだな、バレンタインにチョコレートもらったでしょ?だからお返し」
「やった覚えはないが?」
もらった記憶なら鬱陶しいほどにあるが、渡したことなど一度もないはずだった。まして、里桜を相手にそんな意味で贈るはずがない。
「あっくん、物忘れがひど過ぎるよ。メッセ神戸くれたの、覚えてない?」
「……まさか、偶然会った時に、たまたま持ってたチョコレートをやったことを言ってるのか?」
「そんな色気のない言い方しなくてもいいでしょ?素直に俺が可愛いからくれたって言えばいいのに」
臆面もなくそんな台詞を言う里桜は、本当に不思議な生き物だと思う。
「たまたま会ったから、やっただけだからな?」
「ほんと、素直じゃないんだから。ともかく、これは貰ってね?」
「俺は甘いものが苦手だからおまえにやったんだぞ?気持ちだけでいいから持って帰ってくれ」
「えー、ちゃんとビターなやつにしたのに」
「……義之に殺されそうだな」
その予感が強ち外れていなかったことは、ものの5分と経たないうちに証明された。
ガラス張りの店内は外の通路からも見通しが良かったのだろう。幸せそうにチョコレートパフェにかぶりついていた里桜の表情が、不意に強張った。
「義くん……」
麗しい、と言っても差し支えないほど整った顔から、能面のように表情を消した義之がテーブルの横に立っていた。
「申し開きしたければ、聞いてあげるけど?」
「する必要もないと思うが……まあ、座れよ?俺とこいつで、おまえが心配するようなことが起こるわけがないだろう?」
淳史の前へと腰を下ろした義之が、隣の恋人とチョコレートパフェを交互に見比べる。
「これだけ油断してれば、簡単にお持ち帰りできると思うけど?」
「俺はまだ勤務中だぞ?大体、こんな子供を持って帰って何ができるって言うんだ?」
「何でもできるけど?」
「俺をおまえと同じ次元で考えるな」
どういうわけか、この綺麗な友人は、淳史と里桜の間に何かが起こるのではないかと勘繰るようになった。確かに、里桜は淳史によく懐いてくるようになったが、決して義之が心配するような意味ではない。
柄の長いスプーンを握ったまま、二人のやり取りを見守っていた里桜が小さく息を吐く。甘いものを食べ始めたばかりの、おそらく里桜にとっては至福の一時をジャマした義之に恨みがましい目を向けた。
「……義くん、何でわかったの?」
「GPSを付けてるだろう?里桜が携帯を取らないから何かあったのかと思って心配したよ」
「ごめんね、でも、約束の時間までまだ大分あるでしょ」
「どうして出なかったの?こんな所を見せられたら、やましいことがあるからだと思われても仕方ないだろう?」
「だって、義くん、ジャマするでしょ」
「僕に隠れて淳史と何をするつもりなの?」
できることなら、痴話喧嘩を続ける二人を放って帰りたかった。早々に仕事を切り上げて帰ってきたらしい義之と違って、淳史にはまだまだ仕事が残っている。さっさと片付けて家に帰って優生の顔を見たかった。
「言うまでもないと思うんだが、誤解だからな?」
「バレンタインに淳史にチョコレートをあげてたことが?それとも、僕に黙ってホワイトデーに会ってたことの方かな?」
「やったのは俺だ。もちろん、深い意味があって渡したわけじゃないぞ。出先でもらったのを、たまたまこいつに会ったから回しただけだからな」
「ふうん……なんだかんだ言って、淳史も里桜を手懐けようとしてるってことだね」
「そうじゃない、俺は甘いものは食わないから、ちょうどいいと思っただけだ。まさか、そういう意味に取るとは思わないだろう?」
義之を説得するつもりが、今度は里桜の反感を買ったらしかった。
「バレンタインデーにチョコレートくれたくせに、そういう意味に取るなって言う方が無理でしょ?」
「だから、おまえらの感覚で考えるのはやめろ。俺がこいつに惑うとでも思ってるのか?」
「今の淳史には安心できないよ?何だかんだ言いながら、人の仔猫を取っちゃったんだからね」
一瞬、義之に殴りかかりたい衝動に駆られた。確かに、それは申し開きのしようのない事実だったが。
「……それを知ってるんなら、他の相手に目移りするわけがないことくらいわからないのか?」
「ああ、そういう考え方もできるかな……それじゃ、淳史より里桜の方が問題なのかな」
「え、俺?何で?何も問題なんてないし」
「里桜、何度も言うようだけど、他の男と二人っきりで会ったり、何かをもらったりしちゃダメだよ?」
「おいおい、そこまで束縛してるのか?」
「僕に会うまで無事だったのが不思議なくらい危なっかしくてね。卒業させる約束じゃなかったら完全室内飼いにしてるところだよ」
確かに、最初の頃の人見知りが嘘のように里桜は人懐っこくなった。でも、だからといって世の男が全て里桜を狙っているかのような感覚になる義之は心配性過ぎると思う。
「早く帰りたいんだろう?ここは構わないから行ってくれていいよ?」
時間が惜しいと思っていたことを、義之は察したらしかった。
「悪いな」
「あっくん、これ」
受け取らなかったお返しの箱を、里桜が差し出す。
「悪い、義之にやってくれないか。俺は本当に甘いものは苦手なんだ」
さすがに、里桜もしつこく勧めるのはやめて、手を引いた。
「じゃ、今度はお酒か何かにするね?」
それには答えずに、軽く手を上げて二人から離れる。これ以上、義之を逆撫でるのは避けたかった。
痴話喧嘩をくり返す二人を少しだけ羨ましく思いながら、淳史は職務に戻ることにした。早く片付けて、優生の所へ帰るために。


- 衝動 - Fin

【 口調 】     Novel     【 抱擁 】


『口調』の続きになっています。
本当は、やらしい方の“衝動”のことで書きたかったのですが、
この3人で淳史の視点でエロなんて絶対ムリだし……。