- 抱擁 -



甘いお菓子で胃が満たされると、自然と瞼が塞がってくるらしい。
眠そうな里桜の代わりに、義之がティーカップやケーキディッシュを片付ける。
片付けを終えて里桜の傍へ戻ると、ほんの数分の間に里桜は睡魔に負けてしまったらしかった。
体のメカニズムがまるで幼児のようだと苦笑しながら、義之はダイニングテーブルに突っ伏して寝息を立て始めた恋人の頬を指先でつつく。
「里桜?」
「うーん」
返事はただの条件反射に過ぎず、里桜の意識はもう夢の中のようだった。里桜の横に立って、軽く腕を揺さぶって声をかける。
「寝るんならベッドへ行かないとダメだよ?」
「……ん」
寝惚けた里桜の腕が、義之の腰へと回される。
「……抱っこ」
「甘えん坊だね」
脇の下から背中へと片腕を通して、膝をこちらへ向けさせようと屈んだ時、里桜が首へと抱きついてきた。迷いのない腕が義之を抱きしめる。はっきりと意識のある時よりよほど素直な抱擁に、つい顔が綻んでしまいそうになる。
「義くん……」
甘い吐息が項へとかかる。何か言いたげに動く唇が首筋をくすぐった。
「里桜?それじゃ何を言ってるのかわからないよ?」
里桜の唇はもう言葉を為さず、ただ体を全て義之に預けるように凭れかかってくる。抱き上げると、首へ回した腕に力を籠めた。
大切に寝室へ運んで、里桜を膝に座らせるようにしてベッドへ腰掛ける。寝入ってしまうと、小柄な体はいつもより少し重くなった。
そっと髪を撫でているうちに、幸せそうな寝息まで聞こえてきそうだ。誘われるようにその唇に触れた。
「や……ん」
意識が無くても、安眠を妨げられようとしていることはわかっているらしい。緩く開いた唇の中へ入ってゆく舌を嫌がるように、小さく首を振る。抵抗されるほど欲しくなると、起きている時には気付かない里桜の無意識の駆け引きにあっさり負けてしまう。
里桜の体を抱いたままでベッドへと倒れ込んだ。耳元でそっと名前を呼ぶ。
「里桜」
くすぐったそうに肩をすくめる里桜の耳の後ろを少し強く吸うと喘ぐような声が洩れる。伸ばされた手が義之の腕を見つけると、縋るようにギュッと掴んだ。
「義、くん……?」
重たげな瞼が瞬いて、焦点の合っていない瞳が義之を捉えようとする。
「目が覚めた?」
「ううん、すぐ寝てしまいそう」
「ダメだよ、もう少し待って」
わざと、掌に力を籠めて里桜の体の線を辿る。驚いて弾けるように身を引く里桜の意識はきちんと覚醒しただろうか。
「義くん?」
問うまでもないことを確かめるように名前を呼ばれて、義之は少し意地悪く笑った。
「僕にはケーキより君の方が甘くて美味しそうに見えるよ」
「何を、言ってるの」
慌てる里桜の頬の横へと両肘を付く。もう逃げられるはずがないのに、義之の胸元を押し返そうとする里桜の抵抗が微笑ましいほど。
「いつも言っているだろう?何か買ってくれるとか美味しい物をくれるとか言う人に着いて行ったらダメだって。あれは下心があるからだよ?」
「義くんもなの?」
「純粋に君の喜ぶ顔が見たい時ばかりじゃないよ?時にはお返しが欲しい時もあるからね」
もちろん、それが目的で贈るわけではないが、結果的にそれ以上のものを貰っているのは事実だ。
「……しょうがないなあ、食べちゃったし」
もしかしたら怒らせてしまったのではないかと思っていたが、里桜は意外なほどすんなりと抵抗を諦めた。大きな瞳が悪戯っぽく煌めく。
「でも、義くんて、いつもそんなこと考えながら選んでたんだ?やらしいなあ」
「だから、時にはって言っただろう?」
里桜は義之の弁解など聞く気はないらしく、笑いながら反論を続けようとする。だから、義之はその前に唇を塞ぐことにした。


- 抱擁 - Fin

【 衝動 】     Novel     【 動悸 】


ハグというと、猫型ロボットアニメのオープニングが浮かんでしまいます。
そう思った時点で、色っぽいのはムリだとわかっていました……。
可愛いのが書きたかったので、個人的には満足することにします。
今回、珍しく義之が里桜を睡魔に取られずに済んだのは、昼間だったからでしょう。
夜ならたぶん、義之に勝ち目はないはずなので。