- 動悸 -



「義くんのバカ。大っキライ」
それは、まるで至近距離から撃たれたほどの衝撃で義之の胸を直撃した。1万メートル全力疾走しても、きっとこれほど動悸が激しくなったりしないだろう。
「……里桜?」
おそるおそる、まだ義之の腕の中で暴れている恋人の寝顔を覗き込む。
「やだ」
とても寝言とは思えない明瞭な言葉に不安が増す。
「里桜?」
元から寝起きの悪い里桜は、少々揺さぶったくらいでは起きなかった。
抱き上げて、窓際に連れてゆく。少し窓を開けて外の風に当てると、ようやく目を開けて義之を見上げた。そんな所までが幼い子供のようだ。
「……あれ、義くん、どうしたの?」
「それは僕が言いたいよ。ひどく罵倒されてたような気がするんだけど?」
「だって、義くんがお菓子禁止って言うからでしょ」
「言ってないよ」
さすがに、義之も里桜の夢の中までは責任が持てなかった。
腕を降りようとする里桜を抱き止める。返答によっては、このまま寝させるわけにはいかないと思っていた。
「だって……あれ?秀だっけ?顔がアンパンマンみたいになってきたって言ったの」
「そんなこと言ったの?」
「うん。カツカレーとおにぎりとサンドウィッチ食べただけなのに」
「夢の中で?」
「ううん。昨日、3、4時間目が体育だったからお腹空いちゃってて」
どうやら、昨日の出来事を、夢の中で相手を義之に変換して再生してしまったらしい。厳しそうな里桜の友人なら言いかねない言葉だったが、それを義之に置き換えられるのは心外だった。
「僕がお菓子禁止って言ったの?」
「うん。痩せるまでケーキもアイスもお菓子も全部ダメだって。俺に死ねって言ってるの?」
「だから、言ってないよ、それは僕じゃない」
「じゃ、食べていいの?」
里桜が上目遣いに可愛くおねだりするのは食べ物に関する時ばかりで、それが少し不満だと思いながらも、甘やかさずにはいられなかった。
「いいよ。ケーキがいいの?明日の帰りに買ってくるよ」
「だから、義くん大好き」
「……“だから”は余計だよ」
義之の抗議は里桜の耳には届いていないらしく、もう明日のケーキに心を馳せているようだった。
「いちごのロールケーキが食べたいな」
「僕は君が食べたいよ」
さらりと告げた義之の下心は里桜の耳には届いてなさそうだったが、死ぬほど驚かされた対価に、その言葉を実行することにした。


- 動悸 - Fin

【 抱擁 】     Novel     【 欲情 】


リアルで衝撃的なことが起こったので、現実逃避してみました……。
なんか、いつも自分が食べたいものばかり書いているような気もしますが。

赤ちゃんが夜泣きした時に、夜風にあててあげてました。
一度ちゃんと目を覚まさしてあげると落ち着いて泣き止むようです。
(何でそれを義之が知ってるのか謎ですが……。)