- 欲情 -



「おかえり」
嬉しそうに“ただいま”のキスに応える優生が、淳史の背中に回した腕にギュッと力を籠める。
この頃の優生はやけに素直で、嵐の前の静けさではないのかと勘繰ってしまうほどだった。
「いい子にしてたか?」
「うん」
わざと子供扱いしてみても一向に気にする素振りも見せず、髪を撫でる手にくすぐったそうに笑う。何か良からぬことを考えているのではないかと心配する淳史の背後に回って上着を受け取りハンガーにかけると、先にソファに座った淳史の隣に落ち着いた。ネクタイを緩める淳史の手元に視線を向けて、解いてしまうのかどうかを見極めようとしているようだ。
「優生」
「うん?」
ほんの少し首を傾げるようにして淳史を見上げる。それほど深読みしなくても、ただ単に外出を禁止したせいで懐っこくなっているだけなのだろうとは、なかなか安心することができなかった。
「遠い」
腕を伸ばすと、細い体が淳史の肩の辺りへ寄り添ってくる。それだけでは足りずに膝へ抱き上げると、少し恥ずかしそうに胸元へ顔を伏せた。
片腕にすっぽり納まってしまうような華奢な体は、あまり力を籠めると壊してしまいそうで怖いほどなのに、本人はタイトに抱かれたがる。誘うように瞳を上げたり、細い腕にギュッと力を籠めてしがみつかれたりすると簡単に理性が飛びそうになることを、優生は知らないらしかった。
空いている方の手で頬を包むようして上向けさせると、軽く目を閉じる。笑みの形を作る唇が淳史の唇を待つ。いつからこんな幸せそうな顔をするようになったのだろうか。
唇が触れ合うと先に舌を覗かせたのは優生だった。そっと唇をなぞり、けれども内側に入ってくるのはためらう。キスをするのさえ優生は遠慮がちで、それがもどかしくて愛おしい。
「ん」
なぜ優生のキスがそんなに甘いのか知っているのに、何度でも確かめたくなってしまう。
胸元を辿る手に息を洩らして、優生の体がびくりと震えた。生地の上から指で摘む一点が固くなってゆく。
「ぁん……」
鼻に抜ける声が艶を帯びてゆくにつれてキスが深まる。淳史の背に回された手が肩を伝って髪に埋められ、抱きよせようとする。より欲情しているのは優生の方なのかもしれなかった。
「場所を変えないか?」
「……ん」
中断されることが不満なのか、優生はすぐには答えなかった。名残惜しげに離れかけた唇をもう一度啄むと、濡れた目を上げる。ぐずって先伸ばしにされるより、早く続きを始めたいのかもしれない。
抱き上げられることを知っている腕が、窮屈なほどに淳史の首へしがみついた。身長のわりに軽過ぎる体を大切に腕に抱いて立ち上がる。
うっとりと淳史に身を預ける優生にもう一度口付けて、寝室へ急いだ。


- 欲情 - Fin

【 動悸 】     Novel     【 誤解 】


本編8話を想定して書きました。
最近、素直な優生を書くのが楽しくてハマってしまっていますvv
きっとベッドでも素直だと思うので、ここでエンドマーク。