- 誤解 -



「疲れたのか?」
ため息を吐く優生の肩を抱き寄せると、返事に困っているのか無言で淳史の胸元へ顔を伏せた。
里桜の家庭教師を引き受けてからというもの、優生はまた情緒不安定になっているような気がする。どうやら、第一印象とかなり違う里桜と上手く接することが出来ていないのがその一因のようだったが、悪口になると思うのか尋ねるたびに答えに時間を要していた。
「それ以上痩せるなよ?」
精神的に参るとすぐ拒食症になってしまう優生が心配で、つい言ってしまう口癖も、ストレスになっているのかもしれない。
「里桜も痩せてるでしょ。俺より軽いんじゃないの?」
その意味を深く考えもせず、事実を言ってしまう。
「いや、ああ見えてあいつは信じられないくらい食うからな。おまえよりは重いんじゃないか?」
「……そう、かな」
優生の返事が一呼吸遅れた理由に気付いたのは、それきり落ちた沈黙の気まずさのせいだった。
「優生?」
「うん」
声にも表情にも出さないところが、優生の扱い難いところだと身に沁みてわかっているだけに、フォローしないわけにはいかない。決して、痩せていることを否定しているわけではなく、里桜の方が良いと言ったわけでもなかった。
「あいつはすぐに肩に乗ってきたり凭れかかってきたりするからな、おまえより重いような気がしただけだ」
「淳史さんがそう思うんなら、そうなんじゃないの?」
淳史の胸に預けられていた優生の頭がゆっくりと上げられる。真っ直ぐに座り直した体が今にも立ち上がってしまいそうな気がして、思わず強く腕を掴んだ。
「優生?」
離れていきそうに思えた体が、畏まったまま淳史の方を向く。おそらく、言いたかったのとは違う言葉を優生は口にしていた。
「それより、切羽詰ってるから勉強見て欲しいって言ってたわりに、本人のやる気を全く感じないんだけど?誰か怖い人に傍に付いててもらうとか、何か対策を考えないと身が入らないんじゃないのかな」
「俺が付いてればいいのか?」
「淳史さんじゃ、ナメられきってるみたいだしムリじゃないかな?」
「どういう意味だ」
間近で凄む淳史を軽く無視して、優生はわざとらしいため息を吐く。
「それか、教えるの淳史さんが代わってくれない?そもそも、何で俺に回ってきたのかわからないし」
「俺に頼むくらいなら最初から義之に教わるに決まってるだろうが。おまえの方が年も近いし、似たような立場だから話し相手にもなると思ったんだろう」
「会いたいんなら俺に気を遣わないで外で会えばいいのに。俺は淳史さんが誰かと会うのを止めたこともないし、言われなきゃ疑いもしないよ」
怒りというにはあまりに冷た過ぎる表情に、漸く淳史は自分のミスに気が付いた。淳史が弁解じみたことを言えば言うほど、深みに嵌っていくようだ。
「誤解だ、俺はおまえに言えないような相手に会ったこともなければ、疚しいことをしたこともないぞ」
「誤解も何も、言える言えないは主観の問題でしょ。そうじゃなくたって俺はとやかく言えるような立場じゃないんだし」
それが主従関係を指しているのか、他の男とのことを言っているのかがわからない以上、迂闊に怒ることもできない。
「少なくとも、おまえよりはモラルがあると思ってるんだが。もしおまえに嫌な思いをさせてるんなら、そう言えよ?」
「別に……そういうんじゃ、ないし」
妙に歯切れの悪い言い方に、優生の優位が怪しくなってきたことを知った。攻めどころは間違っていないようだ。
俯きがちな頬を両手で包む。逸らそうとする瞳を追いかけて強気に囁く。
「素直に妬いたって言え」
見開いた瞳と、瞬時に染まってゆく頬が、淳史の自惚れではなくそれが核心をついていたのだと白状していた。
逃れようと腕にかけられた指の弱々しさに構わず強く抱きしめる。
「俺が浮気なんてするわけないだろうが。そんな生半可な思いなら最初からおまえを取ってないからな」
ロジカルと言えなくもない淳史の言い分に、優生はすぐには口答えすることはできなかったらしい。抜け出そうと暴れていた体から次第に力が抜けてゆく。
愛されていないと証明する時は雄弁なくせに、愛していると言われると途端に無口になってしまう素直じゃない恋人の、そんな所も可愛いと思う淳史は相当に重症なのかもしれない。
また反論されないうちに、敵に回すと怖い唇を塞いでおくことにした。


- 誤解 - Fin

【 欲情 】     Novel       【 詭弁 】


淳史のバースデー祝い(?!)用に書いたお話です。
たまには淳史にも良い思いさせてあげようvとか思っていたのですが……甘い?
なんだか、“Bittersweet Honey.7”って感じになったかもしれないですね。