- 詭弁 -



「ゆいさん、電話じゃない?」
家庭教師をしてもらっている時は音を消しているらしい優生の携帯が、発光して震えていることに気付いて声をかけた。
「ごめん、じゃ、ちょっとだけ」
携帯を開きながら窓際へと急ぐ優生が、抑えた声で“ゆかりさん?”と呼びかけるのが聞こえた。
女の人からかな、と考えている横を、顔色を変えた淳史が通り過ぎる。
「ううん、まだだけど。ごめんなさい、今お客さんが来てて。うん、ごめんなさい。じゃ、また」
優生がごく短い通話を終えても、嫌な緊迫感は部屋を覆ったままだった。
「優生」
低い声に身が竦む思いがしたのは里桜だけで、当の優生は何事かと言いたげな顔で淳史を見返している。
「何で後藤から電話がかかってくるんだ」
「前に話してた本の感想を聞きたかったらしくて」
「そうじゃない、何でおまえの携帯を知ってるんだ」
「何でって、番号交換したからだよ。たまにメールも来るし」
「何で後藤に教える必要があるんだ」
至って平静に答える優生と、今にもキレてしまいそうな淳史のやり取りを見ているのは、当事者でない立場としては寧ろおもしろい。
里桜の傍に来た義之の、笑いを堪えているような表情からも、同じように思っていることが窺えた。
「紫さんと番号交換しちゃいけないとは言われてなかったと思うけど」
「そんなのは詭弁だ、おまえには良識ってものがないのか」
とうとう、痴話喧嘩というものに発展してしまったらしい。そちらを刺激しないように、小声で義之に話しかける。
「ねえねえ、義くん、“きべん”って何?」
「こじつけとか、へ理屈とかって意味だよ」
「そうなんだ……でも、ゆかりさんって女の人じゃないの?」
「確か、淳史と同期の男だったように思うけど」
「じゃ、あっくんは他の男の人がゆいさんに電話してきたから怒ってるの?」
「というより、ゆいが教えたことを怒ってるんじゃないかな」
「ふーん。でも、あっくんてさあ」
横暴だよねー、と続けようとした時、痛いほどの視線に気付いて言葉を止めた。ただでさえ淳史は怖い顔をしているのに、睨まれたら何も言えなくなってしまう。
空気が気まずいと思ったのは優生も同じだったらしく、小さく息を吐き出した。
「淳史さん、そういう話は人のいない時にした方がいいんじゃないかな?」
「……そうだな」
渋々だったが、淳史が同意したことで雰囲気はいくらか和らいだが、その後の展開を知ることができなくなってしまった。
「里桜、続き」
里桜の前に戻ってきた優生が、このままうやむやになっても構わなかった勉強を再開させようとする。
「ねえ」
件の話を尋ねようとした里桜を、優生はいつになくきつい視線で止めた。普段穏やかなだけに、それ以上追及することができなくなってしまう。
仕方なく、里桜は当初の目的のはずの勉強に戻ることにした。後で義之の知っている情報だけでも教えてもらおうと思いながら。


- 詭弁 - Fin

【 誤解 】     Novel       【 余韻 】


どうでもいいことなのですが、“メアド”という言葉が苦手です。
語感もなのですが、舌馴染みが悪いというか、非常に発音しにくく感じます。
文章中でも、なるべくその言葉を回避するよう努力しています。
(←もっと違う努力しろよって叱られてしまいそうですが。)
ちなみに、優生の携帯には黒田さんの情報も入ってるみたいですv