- 余韻 -



「泣くな」
瞳に留まり切らずシーツを濡らしてゆく涙に気付かれたのか、淳史が低い声で囁いた。優生は半ば意地のようになって、何度か訴えてきた言葉をくり返す。
「だから、バックはやだ、って……ぁんっ」
「感じてるようにしか見えないんだが」
「やっ……あ、あ」
揶揄する風ではなく告げられた事実に、減らず口をきく余裕も失くして喘いだ。淳史に縋れない代わりに、頼りない指先が痛むほどにシーツを掴む。
優生の中を満たした熱い昂ぶりが体に馴染んでゆくにつれて抗う気持ちは塗り替えられていたが、そうと認めるような言葉を淳史に返すのは癪だった。
「優生?」
確かめるように身を引かれると追いかけずにはいられなくて、やめないで欲しいとねだってしまう。いくら反抗的な態度を装ってみても、強く突き上げられる度に体は強烈な快楽に溺れていくようだ。
「やぁっ……や、そこは、いや……ぁあんっ」
感じ過ぎた体が断続的に痙攣する。ビクビクと跳ねる腰を引き寄せられてより奥へと押し付けられた。ため息のような短い声と同時に、動きを止めた深い場所に熱い迸りを感じて優生も深く息を吐く。
中で出されるのは嫌だと、もうあの時の言葉は時効にして欲しいと思いながら、やはり言えずに、ささやかな嫌味を返す。
「慣れて、きたんじゃない……?淳史さんが、意地悪ばっか……するから」
優生が後背位は嫌だと言って以来、淳史の機嫌を損ねる度にその体位でばかり求められてきた。今日も、紫から電話がかかってきたことで淳史はひどく不機嫌になり、つまらない理由を付けて来客を追い返すと、優生を寝室に連れ込んだ。
いつからだという問いに、正直に以前食事を奢って貰った時だと答えて怒りを煽ってしまった。なぜ紫に教えたか重ねて尋ねられても、番号交換することになったからだとしか答えようがなかった。特別知りたかったわけでも教えたかったわけでもないが、自然な流れだったと思う。もちろん、どちらにも下心などはなかった。淳史が心配するような意味では、紫は優生を気に留めてはいないだろう。尤も、淳史にセマられた時ですら、まさかと思ったような優生の感覚はあまり信用できないかもしれないが。
「意地悪、か?」
背後から抱きしめられているというのに、余韻に浸るような甘い雰囲気ではなかった。生理的な涙は止まらず、少し掠れた声で反論する。
「嫌なの、知ってて、態とするのは意地悪でしょ」
「おまえが素直じゃないだけだろうが」
「ちが……淳史さんが、強引なんでしょ」
結果的に快楽に引き摺られてしまうのは、合意とは言わないはずだ。
「大体、何でバックを嫌がるんだ?」
「……あんまり、いい思い出がないから、かな」
もう何度目かの同じ問いに、優生は初めて本当のことを答えた。淳史の顔は見えなかったが、背後で不穏な空気が醸し出されるのを感じた。
「そいつを思い出すのか?」
「そんなんじゃないけど……ただ、何となく抵抗があるっていうか」
「いい加減、上書きしろよ?俺は嫌な思いをさせた覚えはないぞ」
「でも……淳史さんと俺は……サイズが合ってないっていうか」
「合ってないのか?」
「だって、痛いっていうか苦しいっていうか……内臓は口から飛び出しちゃいそうになるし、息はできなくなるし……」
まだ熱も冷めやらない体が、ほんの数分前まで感じていたことを列挙してゆく。
「それは体位の問題じゃないんじゃないのか?」
「そうだけど……淳史さん、後ろからの方がすごい奥まで入れるし……俺も、わけわかんないこと、言っちゃいそうになるし」
真っ赤になって俯く優生の、尾てい骨を掠めて押し付けられたものに体がビクリと震えた。滾るような熱さと硬さに引き摺られそうになる。
「まだ言いたいことはあるか?」
「や、だ」
反射的に引ける腰を、背後から回された手が逃がさないように抱き止める。
「我慢するなとおまえが言ったんだろうが」
「でも、あっ……っく」
ついさっきまで淳史を受け入れていた場所は柔らかく潤んだままで、優生の言葉を裏切って侵入を拒もうとはしなかった。せめて体位を変えてくれればいいのに、と思ったが、淳史は敢えてそれを貫く気なのだろう。
「淳史、さん……しつこい、んっ、ぁん」
深く突き入れられる衝撃を逃すために息を吐く。優生の苦情を聞き入れる気は全くないのか、僅かも手加減をしてくれるつもりはないらしい。
「浮気されると困るからな」
「っん、な元気……ない、から……」
どちらかといえば淳史は淡白なのだと思っていたことが嘘のように、このところの執心ぶりには辟易してしまいそうになる。それが優生の言動のせいだとわかってはいても。
「まだ足りないと言われたら、俺の手には負えないな」
冗談とも本気ともつかない口調に、優生も同意する。
「そんな、のっ……俺も、つき合いきれない、から」
「ということは、このペースだということだな」
「え、あっ……ぁん」
勝手に結論づけて、淳史は優生を喘がせることに没頭し始めた。
それが、以前尋ねられた頻度の話だと気付くには、優生はもう余裕を失くしてしまっていた。


- 余韻 - Fin

【 詭弁 】     Novel       【 転寝 】


『詭弁』の続きです、どうしても書きたかったので。
ほぼ同時にお話は出来ていたのですが、形になるのに時間がかかってしまいました。
そのわりに、やってるだけのお話になってしまったのがちょっと心残りです……。