- 転寝 -



「優生?」
淳史の後方のソファでテレビを眺めているはずの優生に、何とはなしに違和感を覚えた。
キーボードを叩く手を止めると、ボリュームを絞ったテレビの音声が耳につくくらい静かで、全くといっていいほど優生の身動ぐ気配さえしないのは不自然な気がする。かといって部屋を出ていったような様子もなかったはずだった。
淳史の呼びかけに返事がないのも訝しく、優生の方へ体を振り向かせて確かめる。
ソファに浅く腰掛けて顔を俯かせている姿勢はいかにも転寝しているといった風情で、少し気が抜けた。傍まで近付いて、身を屈めて覗き込んでみると、長い睫毛が影を落とす目元は閉じられていて、聞き取れないほど小さな寝息を立てている。間近で見つめても僅かも反応がないほど寝入っているようだった。
そっと頬を撫でると、眠っているとばかり思っていた優生の口元が笑みを作る。
「起こしたか?」
眠りを妨げたかと思って掛けた言葉に返事はなかった。
静かに優生の隣に腰を下ろして、そっと首の後ろから抱きよせる。穏やかな寝息は乱れることなく、無防備に淳史に身を預けてきた。
暫く髪を撫でていたが、一向に目を覚ます気配はなく、また風邪をひかせないうちに寝室へ連れていくことにした。
眠っていてさえ軽過ぎる体を大切に腕に抱き上げると、頼りなげな腕が淳史の首へ回された。意識はなくても、こんな風に抱かれることに体が慣れてきたのかもしれない。
優生を抱いたままベッドに膝で乗り上げて、そっと横たえる。力の籠らない優生の腕が、淳史の首からするりと滑り落ちてゆく。
安心しきったように眠り続ける優生の唇に触れると、甘い吐息に誘われてしまいそうで、振り切るように身を離した。優生の体に綿毛布を羽織らせて、傍らに腰掛ける。
こんな風に寝入ってしまうほど疲れさせてしまったのだという自覚がなかったわけではないが、目の当たりにするとまた迷いそうになる。優生に言われた、淳史とサイズが合っていないというのは反論しようのない事実だった。なにしろ、優生の身長は淳史の肩ほどしかなく、体重に至っては半分近い。淳史の片手に納まりそうに小さな顔も、強く抱きしめると折れそうに華奢な体のラインも淳史とは相容れない。
そう思っていたからこそ、優生を気遣い大切に扱ってきたつもりだったのに、それが裏目に出たようなことを言われた日から自制が効かなくなってしまった。あっさりと挑発に乗せられて、誰かに攫われるくらいなら壊すのもやむを得ないと本気で思った自分に驚いた。大切にしたかったはずなのに、一筋なわではいかない恋人に、知らずに踊らされている。それが優生の本望だったとしても、淳史には不本意だった。
思考を遮るように、優生が寝返りを打つ。背を向けた優生の頬に触れると睫毛が震えた。眠りが浅くなったのかもしれない。呼び戻すように名前を呼んだ。


- 転寝 - Fin

【 余韻 】     Novel  


続きのつもりで書いていたのですが、平穏過ぎて物足りないですね……。
なので、優生の視点で続きを書いてしまいました。
やっぱり抑揚がないんですけど、よろしければ こちら から。