- 余談 -



頬を撫でる手の優しさに気が付いた。
けれども、瞬かせようと思う瞼は重く、その指に触れたくて上げようとする手もすぐには動かせなかった。
「優生?」
囁くような低い声が心地良く響くと、また眠りに戻ってしまいたくなる。
「目を覚ましたわけじゃないのか?」
覆い被さるように近付いてくる体に、なんとか意識を保つ努力をした。大きな掌に包まれた手に、少しずつ感覚が戻ってくる。
「……淳史さん」
ぼんやりと開けてゆく視界に少し厳つい顔を認めると、知らずに笑みが零れてくる。目覚めて最初に見るのが好きな人の顔というのは何て幸せなことなのだろう。
「また調子が悪いのか?」
「ううん」
心配げな顔に、小さく首を振って否定した。淳史の首へしがみつくようにして、体を起こしたいことをアピールする。背に回された腕に支えられて何とか上半身を起こした。
「ごめんなさい、俺、血圧が低いから寝起きが悪くて」
優生は普段から朝が起きられないといったようなことはない。ただ、眠る前に体内時計に起きる時間をセットしておかなくてはならないこととと、目を覚ましてからも完全に覚醒するまでには時間がかかるという少し厄介な体質だった。時間にルーズではない優生が、実は寝起きが苦手だということは親しい相手にもあまり知られていない。
「朝は普通に起きてるのにな。元から低かったのか?」
「うん。ここに来てからも、よく寝過ごしてるでしょ」
「そういや、そうだな。もう少し寝てるか?」
「ううん、もう大丈夫。それより、淳史さんがこっちに連れてきてくれたの?」
眠りに落ちる前の記憶を辿ってみても、ソファに凭れて見るともなしにテレビを眺め始めたところまでしか思い出せず、ベッドにいるということは淳史が連れてきてくれたと考えるのが自然だった。
「ソファで転寝していたからな、掛けるものを取りに来るよりおまえを連れてきた方が早いだろうと思ったんだ」
「ごめんなさい。俺、どのくらい寝てたの?」
「そうだな……1時間かそこらだと思うが」
眠りが深かったせいか、もっと長く眠ってしまっていたような気がしていた。淳史の胸に凭れかかったまま、ぼんやりと一日を振り返る。
些細な諍いの後、いつものように少し強引に体を求められて和解した。それから一度は起き出して身繕いを整えたはずなのに、気を抜くとすぐに眠ってしまう自分がちょっと情けない。思えば、まだここへ来る前から、淳史の傍にいるといつの間にか睡魔に襲われて寝入ってしまうことがよくあった。優生にとって淳史は、睡眠導入剤で安定剤なのかもしれない。それがすっかり気を許してしまっているからなのだと、今ならわかる。
「ごめんなさい、俺、寝てばっかりで」
「いや。疲れさせるようなことばかりしてるからな」
すぐにはその意味がわからず、瞳を見つめ返してしまった。淳史は少し驚いたような顔をしたが、曖昧に笑うだけで答えてくれそうになかった。


- 余談 - Fin

Novel


おまけというか、本当に余談ですが。
更に甘々な展開になりそうというお話でした。
当分、この二人は甘いままでしょう。