- 二度寝 -



「おはよう」
そっと頬に触れた唇に、かすかな反応が返るが、瞳はまだ開かない。
いつもよりかなり遅めに里桜を起こしたつもりだったが、昨夜の疲れはまだ抜け切っていないらしい。
髪をかき上げてキスの雨を降らせると、ようやく焦点の合っていない瞳で義之を見上げた。
「……おはよ」
寝惚け眼も、少し掠れた声も、油断したらすぐに眠りに連れ戻されてしまいそうだ。
「お腹すいてない?」
「……すいてるかも」
まさに色気より食い気の恋人は、空腹を思い出した途端に目が冴えてきたらしい。
「起きる?」
「うん」
また大騒ぎされないうちにパジャマの上着を羽織らせてやってから先に部屋を出た。
朝から食欲旺盛な恋人のために、ついさっき買い出してきたドーナツを大皿に並べて、コーヒーをマグカップに注ぎ分ける。里桜は紅茶の方が好きなようだったが、いつも朝はコーヒー党の義之に合わせてくれている。
「顔洗ってくるね」
声だけ掛けてから、里桜が洗面所に消える。義之はぼんやりとした里桜もかわいくて好きだったが、本人はそういう姿を見られることには抵抗があるようだった。大きな瞳をしっかり開けて、寝癖を直してからという拘りがあるらしい。
一応、身嗜みを整えた里桜が席につく。どうやら、本人的にはパジャマ姿のままなことは気にならないらしい。
「いただきます」
きちんと頭を下げて、ドーナツに目を輝かせる。幼さ故か、里桜は手間もお金もかからない恋人だ。殆どわがままも言わないし高価なものをねだったりもしない。それが少し物足りない理由なのだと思う。時には義之の手に負えないほど我儘を言ってみればいいのにと思うことさえある。
幸せそうにドーナツにかぶりつく恋人は、昨夜の恨み言などすっかり忘れてしまったようだった。義之がどんなに甘く起こしてもせいぜい睡眠を妨げることしかできないのに、たかだか1個百数十円のドーナツはこんなにもあっさりと里桜の眠気を奪ってしまう。
「里桜?」
「うん」
満足そうな顔を向けられると、嫌味のひとつも言おうとしていたことを忘れそうになる。
「今日はどうしようか?」
あまり出かけたがらない恋人をなるべく外に連れ出そうと思うのは、義之が家に籠るのが好きではないからではない。
「う……ん」
「買出しにも行かないといけないだろう?」
「そうだけど」
「出掛けたくないの?」
「っていうか、もうちょっと寝たいなあ」
こんな時だけ、上目遣いのおねだりのポーズがひどく上手なのは何故なのか。これで里桜の望みがもう少し甘いことなら文句はないのだったが。きっと、最初からそのつもりで着替えずに朝食だけを摂りに来たのだろう。
「寝直す?」
「うん」
嬉しそうに頷く里桜には、義之のささやかな望みなどきっと1ミリも伝わっていないのだろう。
「1時間くらい経っても寝てたら起こしてくれる?」
「わかったよ」
短いキスで寝室に戻っていく恋人の後姿にそっとため息をついた。
義之が里桜くらいの年齢の時には底なしに体力が余っていたように思う。いくら慣れないからといって、2度や3度義之を受け入れることがそれほども負担なのだろうか。それも毎日というわけでもない。15、6歳といえば、むしろいくらやっても足りないくらいではなかっただろうか。
大体、特に疲れていなくても8〜9時間も睡眠が要るというのも理解できない。油断したら10時間を越えて眠ってしまう。今時、小学生でも日付が変わる頃まで起きている子も多いと聞く。小学生でも7〜8時間の睡眠時間が普通だと考えると、高校生の里桜がそれ以上の睡眠を必要とするのはどこか悪いせいなのかもしれない。
もしかしたら重篤な病気かもと思うと居ても立ってもいられなくなり、里桜の様子を見に行ってみた。
「里桜?」
近付くと、気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。幸せそうな寝顔が、義之の心配は杞憂だと言っているようだった。
まだまだ起きそうにない里桜に寄りそうように横になる。
里桜の頭を上げさせて、少し強引に腕枕を入れた。無意識だろうが、里桜が肩口へと頬を寄せてきた。
鼻先へキスをして囁く。
「愛してるよ」
くすぐったそうに、寝顔が笑みを作る。ほんの少しでも、里桜にその意味は伝わっているのだろうか。
おそらく、里桜が思っている以上に義之は思い入れが深く、決して寛大な男ではない。里桜がそのことに気付くのはもう少し先になりそうだった。


- 二度寝 - Fin

【 ピロートーク 】     Novel       【 シーツ 】


最近の小学生は眠るのが遅く、睡眠時間が短いそうですね。
成長ホルモンは寝てから1時間後に、しかも12時までしか出ないそうなのに、
何であんなに生育がいいんでしょうか。
そういう意味では里桜は小学生以下かも……。
前回ハメを外し過ぎたので、今回は色気も何もなく終わります。