- シーツ -



「気持ち良いなあ」
取り込んだばかりのシーツを掛けながら、そのふわりとした肌触りに思わず頬をくっつけた。
里桜はパリッと糊の効いたシーツはキライだ。柔軟剤の効いた、ふわっと柔らかい方が気持ちが良いと思う。義之もその好みを優先してくれている。
「やば、寝ちゃいそう」
ふとんの誘惑は強力で、油断したらすぐにも夢の中に引きずりこまれてしまいそうになる。
「里桜?」
ふいにかけられた声に驚いた。
「あ、おかえり」
いつの間に帰ってきたのか、義之がベッドの側に立っていた。慌てて体を起こす里桜へ義之が屈み込んでくる。
「ただいま」
いつものことながら、あいさつにしてはキスが長過ぎると抗議しようとした頃、里桜の体が後ろへと傾いていった。頭を抱くように回された義之の腕がシーツに波を作る。
「待っ……」
里桜の顔を包むように置かれた腕が逃げる隙間を塞いだ。どうやら、睡魔の誘惑より義之の方が強引らしい。
焦る里桜に、義之が少し意地悪な顔を向ける。
「昼寝の時間だったかな?」
「昼寝なんてしてないし!」
ほんの少し、気持ち良さに負けそうになっていただけで。
「残念だけど添い寝してあげる時間はないんだよ。カードを取りに寄っただけだからね」
「カード?」
「今日は早く終わりそうだからジムに行ってから帰るよ。サボり過ぎて体が鈍ってきたようなんだ」
以前は頻繁に通っていたらしいが、里桜が一緒に住むようになってから行くのは初めてかもしれない。
「遅くなる?」
「7時か8時くらいかな?帰る前に電話を入れるよ」
「うん。頑張り過ぎて筋肉痛にならないでね」
「そんなハードなトレーニングはしないよ。あまり筋力が落ちて里桜を抱き上げられなくなったりしない程度に鍛えておこうと思ってるだけだからね」
「……別に、抱っこしてくれなくていいのに」
「僕がしたいんだよ?」
返事に困る会話を打ち切ることにした。
「……急いでるんじゃなかったの?」
「キスするくらいの時間はあるよ」
さっき、“ただいま”のキスをしつこいほどしたばかりなのに、今度は“いってきます”のキスをする気らしい。
反抗的な思いとうらはらに、額にかかった髪をかきあげるように撫でられて、瞳をじっと覗き込まれると自然に瞼が落ちてくる。里桜はまだその綺麗な顔をまともに見つめ続けることができずにいた。里桜が視線を向けると必ず義之に見つめ返されて、あっという間に頬が熱くなってしまうからだ。
軽く触れただけですぐに唇が離れる。想像していたのと違う、ずいぶん淡白なキスに拍子抜けして、思わず問うように見上げた。目が合うと、義之が満足げに笑っていた。どうやら里桜は無意識に長めのキスを催促してしまったらしい。
唇を舐めた舌先が歯列を撫でて里桜の舌を誘う。ためらいがちに義之の舌に触れると、すぐに絡め取られて緩く強く吸われる。うっとりと、義之の首へと手を伸ばす。抱きしめたいと思うのに、弛緩した腕には力が入らなかった。
里桜の頬を辿った義之の手の平が、耳の後ろから首筋を撫でる。くすぐったいと気持ち良いの中間くらいの感覚が里桜の口元を緩ませる。
「……本当に猫みたいだね」
きょとんとしてしまう里桜の顎を、義之の指先が撫でる。
「ほら、耳の後ろとか顎の下とかを撫でられると気持ち良さそうな顔をしているよ?」
そう言われてみれば、自覚がないでもない。
「だからって……」
「よく眠るし」
「う」
これだけは反論のしようがなかった。ねこの由来はよく寝る子で“寝子”という説もあるらしい。
「少し昼寝をして、夜更かしをするのもいいかもしれないよ?」
「じゃ、そうしようかな」
「あまり寝過ぎちゃダメだよ?夜眠れなくなったら困るからね」
「うん」
会社に戻るために立ち上がる義之を玄関まで見送りに行く。もう一度、今度は唇が触れるだけの軽いキスで出かけて行った。
寝室に戻って、必死に抗っていたシーツの誘惑に全面降伏することにする。
とはいえ、昼寝をしたからといって里桜が夜更かしできるとは限らないことを、二人はまだ知らなかった。


- シーツ - Fin

【 二度寝 】     Novel       【 寝言 】


どんだけ寝んねん?というツッコミはいけません。
いや、マジで寝れますから。昼寝しようが夕方寝しようが、夜は夜でいつも通りに。

それにしても、ほんと、義之ってちゃんと仕事してるんでしょうか。
それなりに普通じゃない設定はあるんですが、なかなかそこまで辿りつきません。