- パジャマ -



「おっきいなあ……」
何気なく羽織ってみた義之のパジャマは、里桜が二人入れるんじゃないかと思うほど大きかった。
見た目が細身なせいか、義之はそれほど筋肉質には見えなかったが、里桜が思っている以上に体格差が激しいのかもしれない。だから里桜を軽々と抱き上げられるのだろう。
「里桜?」
「……あ」
見られることを想定していなかったので焦った。どうやら義之は、なかなか起きてこない里桜の様子を見に寝室まで来てくれたらしい。
「これから起きるところだったかな?」
「うん」
慌ててパジャマを脱いだが、義之のパジャマを着ていたところを目撃されたのは間違いなさそうだった。
「寝惚けてたの?」
「え……」
「着替えるんなら自分の服を着た方がいいよ?」
「間違えたわけじゃなくて……」
また天然だと言われるのが嫌で思わず否定してしまったが、かといって、ふっと義之のパジャマを着てみたくなった心理を何と説明すればいいのかわからない。
「僕のだってわかってて着たの?」
そんな言い方をされると、深い意味があるようで頷くのがためらわれる。
「なんか、すごく大きく見えたから……俺とどのくらい違うのかなと思って」
「僕の腕の中にすっぽり入るから一回りは違うんじゃないかな」
言いながら、義之が自分の台詞を証明するかのように里桜の体に腕を回す。ギュッと抱きしめられると、息ができなくなってしまいそうだ。
何気なく、手の平で確かめるように義之の胸板を撫でて上腕を辿る。今まで特に意識したことはなかったが、里桜とは明らかに違っていた。
「義之さん、やっぱ筋肉あるんだ……」
「まあ、それなりにね」
耳元へと触れる吐息にドキリとする。裸の背中を抱く手が熱っぽい気がして、今更のように焦った。早く色っぽい雰囲気から脱け出さなければ、と思った。
「何かスポーツとかやってるの?」
「今はジムに行ってるだけだよ」
「え、ジムとか行ってたの?」
全然知らなかったので驚いた。
「最近は控えめだけど、時間があった頃は結構通い詰めてたかな」
「鍛えてたんだ……」
「不規則な仕事だから体力をつけておかないといけないしね」
それは里桜にこそ必要な気がした。
「俺も鍛えた方がいいのかな」
「どうして?」
「俺、あんまり体力ないし」
「でも、筋トレすると背が伸びなくなるらしいよ?」
いかにも気の毒そうに義之が笑った。
「そうなの?じゃ、しない方がいいの?」
「里桜が身長が伸びる可能性を取るんなら、その方がいいかもしれないね」
「じゃ、やめとこ」
しなかったからといって、背が伸びるという保障もないのだったが。
「僕は今のままの方が好きだけどね」
体格の話になると、義之は決まってそういう風に言う。里桜を庇ってくれているのか本当にそうなのかはわからないが、一つの事実として、前妻は里桜より背が高かった。
「もしかして、義之さん、若い方がいいの?」
「何だか、すごく失礼なことを言われたような気がするんだけど?」
「ごめんなさい、でも俺は義之さんの好みとは違うでしょ」
「強いて言えば、好みが変わったのかな?今は里桜が一番いいと思ってるよ」
相変わらず、義之は里桜を懐柔する術をよく知っていると思う。たとえ嘘でも構わないと思ってしまうくらい、義之は里桜を愛おしげに見つめる。
「じゃ、あんまり大きくならなくてもいいかな……」
軽く頭を撫でて満足そうに笑う顔も、すぐにキスをしかける唇も、里桜の心を簡単に攫ってしまう。今日初めて交わしたキスに、起きなければいけないということも忘れて溺れてしまいそうになる。
「そろそろ着替える?」
「……うん」
長い抱擁が解かれて、先に義之が寝室を出た。着替える時に一緒にいることを里桜が嫌がるから、わざと意地悪をする時以外は一人にしてくれている。
ウォークインクローゼットに向かいながら、さっきベッドに投げ出した義之のパジャマに目がいった。義之のだというだけで、ひどく里桜を誘惑するようだ。でも、その心理を理解できるほど、里桜はまだ大人にはなっていなかった。


- パジャマ - Fin

【 腕枕 】     Novel     【 夜更かし 】


姫抱っこって、腕力だけじゃなくて背筋もかなり使うので、
鍛えておかないと将来的に困ったことになります(腰痛とかね)。
逆に、姫側はなるべく軽い方がありがたいです。
私、姫抱っこはする側なので、切実にそう思います。