- ナイトキャップ -



「里桜?」
心配げな顔が里桜を真上から見下ろしている。控えめなダウンライトが逆光になっても、それが義之だとわかっていた。
ただ、きちんとパジャマを着込んでベッドにいる自分と、ネクタイを緩めただけの義之との違和感は、ぼんやりとした頭では理解できなかった。
「里桜、チューハイ飲んだね?体が真っ赤だよ」
“チューハイ”という言葉に、不意にベッドに辿り着く前の記憶が甦ってきた。
義之を電話で呼び出した相手に対する、つまらない嫉妬。金曜の夜に呼び出す相手も、それに2つ返事で出掛けていく義之も、どちらも腹立たしくて。遅くなると言われたことも先に休んでおくように言われたことも、里桜を落ち込ませた。
だから、ふらりと立ち寄ったコンビニで、以前友人がおススメだと言っていたカシスオレンジのチューハイを買ってみた。暇潰しの雑誌と一緒に。いつも義之と行くコンビニで店員とも顔見知りだったからか、未成年だからと断られもしなかった。
入浴を済ませてソファに凭れながら一口飲んでみたチューハイは、飲み口が甘くて微炭酸程度の刺激しかなくて、とてもアルコールっぽい感じはしなかった。風呂上りで喉が渇いていたせいもあって、ほぼ一息に飲んでしまった。それから買ってきた雑誌をざっと読み終わって立ち上がろうとした時、足元が怪しくなっているのに驚いた。ムリに体を起こしたせいか、頭がぐるんと回ったような気さえした。やばいかも、と思いながら、ふわふわとした体で何とかベッドに辿り着くと、そのまま突っ伏して眠ってしまったのだと思う。
目の前の義之に反応を返さないまま思考していた里桜の唇に、そっと唇が触れる。
「里桜?ただいま」
里桜が反応を返さないままだったから、もしかしたらまだ酔っ払っていると思われたのかもしれない。億劫だったが何とか返事を返す。
「おかえりなさい」
「赤い顔をしてるから熱でもあるのかと思ったよ」
「ううん。すごく気持ち良いから寝るね。おやすみなさい」
支離滅裂な言葉に、義之が不満げなため息を吐く。丸くなろうとした里桜の肩を掴んだ。
「里桜、忘れ物」
唇へと被さってくるキスが、ほんの少し面倒で。軽く腕を上げて嫌だというアピールをしてしまった。
「わ」
掴まれた肩が乱暴なくらいに押え付けられて、義之が乗り上げてくる。思いがけない激しさに、一気に酔いが醒めていくような気がした。
「僕がいない間に誰かに会ったの?」
その発想がどこから来るのか甚だ疑問だ。
「チューハイの買い置きなんてなかったね。童顔のきみに買えるとは思えないけど?」
そんな風に考えるなんて思いもしなかった。里桜の恋人がひどく疑り深いことを今更のように思い出す。
「いつものコンビニだったからおつかいだと思ったんじゃない?アフタヌーンと一緒に買ったから義之さんのだと思ったのかも」
里桜にしてはずいぶんまともな分析だったと思う。
「本当に?」
「うん」
“本当に”がどこにかかるのかもわからないまま、肯定した。
「甘夏のアイスを買ってきたんだけどどうかな?」
「うん。好き」
「アイスが?」
「うん?」
何気なく答えた里桜は、義之の問いの意味がわからなかった。
ため息を吐く義之が、心なしか怒っているように見える。
「ほんと、里桜は冷たいな。急いで帰ってきたのに先に寝てるし」
「え、だって、先に寝てていいって……」
「遅くなると思うから、って言ったと思うけど?」
「うん?」
「まだ10時半だよ?いくら里桜が夜が弱いって言ってももう少し待っててくれてもいいんじゃないかな」
「ごめんなさい」
むしろ、先に休んでいるように言われたのだと思っていた。
「起きるのは無理かな?」
さすがの里桜も、この状況で寝ると言う勇気は持ち合わせていない。
「ううん、起きる」
「じゃ、リビングへ行こうか」
「うん」
義之に腕を引かれてベッドから抜け出す。手をつないでリビングへ向かいながら、義之の機嫌が治っていることにホッとした。
義之の、意外なくらい嫉妬深くて子供っぽいところを見つけるとちょっと嬉しい。一回り以上も年下の里桜は、義之に釣り合わないんじゃないかといつも不安に思っているから。
もちろん、義之が逆の心配をしていることなど、里桜には知る由もない。



- ナイトキャップ - Fin

【 寝言 】     Novel     【 おはよう 】


このお題のナイトキャップは、いわゆる“寝酒”です。
里桜の場合は自棄酒になっていたような気もしますが……。
この段階では、里桜はまだアルコールに慣れてなくて弱いようですが、
そのうち酒豪になりそうな感じがしますvv