- おはよう -



ぼんやりと開けた視界のごく近い所に綺麗な顔を認識した。
里桜が目を覚ましたことに気付くと、愛しげに目を細めて笑いかける。目が覚めて一番最初に見るのが義之の顔だというのは何とも贅沢だと思う。
うっとりと見惚れる里桜の鼻の頭に、義之が小さな音を立ててキスをする。
「おはよう」
「おはよ」
腕を上げて、義之の首へと抱きついて体を起こす。
「起きる?」
「うん」
「じゃ、顔を洗っておいで」
里桜を残して先に義之が部屋を出る。きちんとパジャマを着込んでいない日は、里桜がテレてベッドから出られないことをわかってくれているからだ。
小学生並みに睡眠時間が必要な里桜は、毎日8時間以上眠る。最初は呆れていた義之も、里桜の体質を理解した今は不満げな顔をすることは殆どなくなった。
着替えて顔を洗ってダイニングに行く。家事の殆どをしているのは里桜だったが、朝食を作るのは早起きの義之の仕事のようになっていた。
テーブルの上のサンドウィッチを見たとたん、自分でも目が輝くのがわかってしまった。
「おいしそう」
「里桜が好きだろうと思ったからたくさん作ったよ」
「いただきます」
早速、一目見た時から里桜を誘惑するフルーツサンドにかぶりついた。ほのかにチャービルの甘い風味が広がる。いちごとパイナップルとオレンジが入っているらしい。生クリームも控えめで、いくらでも食べられそうな気がした。
「どうしよう、全部食べちゃうかも」
サンドウィッチ用の食パンの2パック分くらいはありそうに見えたが、朝から食欲旺盛な里桜には余裕で平らげられそうだ。
「食べるのは構わないけど、お腹をこわさないようにね」
「義之さんは?」
「普通のも作ったからね」
そう言って席を立った義之が、キッチンから大皿を持って帰って来た。こちらも量は多めで、ハム&チーズ、ツナ&きゅうり、卵&レタス、トマト&バジルの4種類あるようだ。
「こっちも食べていいよ」
じっと見つめてしまっていた里桜に、可笑しそうに義之が笑った。そうするのは恥ずかしかったが、今更否定しても白々しいだけかもしれない。
元から食欲旺盛な里桜だが、最近ますますその傾向がひどくなった気がする。もちろん、こうやって餌付けする保護者がいるからに他ならない。
「あんまり食べさせると太っちゃうよ?」
「その方がいいよ。里桜は少し痩せ過ぎだからね」
笑い返しつつ、内心ではそんな会話がいつまでできるのか少々不安にならないでもない。元が痩せているとはいえ、里桜は義之と一緒に住むようになってから確実に体重を増やしていると思う。
それでも、美味しいものの誘惑には勝てない里桜は、本気で心配しているわけではなかったが。


食事が済むと、ほどなく義之が家を出る時間になる。
洗面所から戻った義之がネクタイをきっちりと結んで上着を羽織ると、今更ながら社会人だということを実感する。
年齢以上の距離を感じて淋しい気もするが、初めて会った時から、義之のスーツ姿を見るのは好きだった。似合うのはもちろんだが、仕事のできる大人の男性らしく見えて憧れる。
「そろそろ行くよ。今日は夜まで帰れそうにないかな。遅くなるようだったら連絡するよ」
「わかった。お仕事がんばってね」
短いキスを交わして、出掛けるかに思えた義之が里桜を抱きしめたまま、なかなか離れようとしなかった。
「どうしたの?」
「昼休みの分だよ」
そう言いながら、また唇が触れてくる。義之はいつもより長く名残を惜しんでいるようだった。
「しわになっちゃうよ?」
里桜をギュッと抱きしめた義之の胸元が気にかかる。上着とネクタイでごまかし切れないほどではないが、細い線が何本か走っていた。
義之の方は一向に気にした風もなく、まだ里桜の頭を撫でている。
「里桜に10時間以上も会えなくなると思うと、仕事に行くのが嫌になるよ」
ついさっき、仕事のできる男に見えると思ったところなのに。
いつも里桜を子供扱いするが、こんな時は義之の方が子供っぽいような気がする。
「続きは帰ってからにしようね」
笑って送り出す里桜にもう一度キスをして、ようやく義之が家を出た。
対応に困るとつい使ってしまう言葉をまた言ってしまったと気付くのは、いつもその時になってからだ。
里桜はまた今夜も義之と些細な攻防を繰り広げることになりそうだった。


- おはよう - Fin

【 ナイトキャップ 】     Novel  


お題も最後なんだなあと思うと、ついつい甘々に重点を置いてしまいました。
まあ、年中甘いカプですが(^^ゞ