- Jealousy In Love.(2) -



「いや」
浅い眠りの中にいても、淳史の体が離れてゆくのを感じてしがみついた。
「悪い、起こしたか?」
そのまま離れようとする体を抱き止めようとした腕に、淳史は困ったような顔をする。もしかしたら、仕事に行こうとしていたのかもしれないことに気が付いた。
「……仕事に行くの?」
「おまえが元気になったらな」
それなら元気にならなくていいと思ってしまった自分に驚く。あの美形の医師が来るまでは、淳史を仕事に行かせなければいけないと思っていたはずなのに。
優生の不安に気付いたのか、淳史は目を覚ます前と同じように腕に抱き直した。宥めるように、優生の背中をトントンと叩く。まるで幼い子供のような扱いに泣きそうになる。
「……ギュって、抱いて」
我に返ったら、きっと顔から火を吹きそうな稚拙な言葉が口をつく。でも、僅かでも離れたらまた優生は誰かに取られてしまう。
「大丈夫か?」
心配げな淳史の問いに答える代わりに、背に回した腕に力を籠めた。
「どこか痛むのか?」
「嫌だ」
体を起こそうとする淳史を引き止める。何かに急かされているかのように、いつもの自制心が利かなかった。
「優生?」
「傍にいて」
もう一度その腕に抱き直されると、ほんの少しだけ安心した。
窺うように目を上げると、覗き込んでくる瞳とぶつかる。視線を結んでから、ゆっくりと瞼を閉じた。
キスを請う唇に気付いてくれたのか、“おやすみ”の代わりなのか、吐息がやさしく重ねられる。触れ合いたくて開く唇が、軽く躱された。
「いや」
「熱いな。また熱が上がってきたんじゃないのか?」
額を確かめる手が髪をかき上げるように撫でる。でも、今はそれだけでは足りなかった。
「抱いて」
あやすように抱きよせる腕はやさし過ぎて、優生の不安を拭ってくれない。
「窮屈じゃないのか?」
見当違いな心配にいてもたってもいられず、縋るように首筋へ抱きついたまま、淳史の唇を塞いだ。驚いて離れようとする淳史を必死に追いかける。
抱きしめて欲しいのではなくて、抱いてほしい。それをどう伝えたらいいのかわからず、淳史のカッターシャツの衿を引いた。
「優生?」
淳史のシャツのボタンを外してゆく優生に、淳史はひどく驚いた顔を見せた。どのみち、皺になったシャツのままでは仕事に行けないのだから、さっさと脱いでしまえばいいと思う。
「暫く禁止だと言われてるんだが」
諭そうとするような言い方に、ますます我慢ができなくなる。
「……あの医者が相手だったら良かったの?」
義貴のことを思い出すだけで、優生は震えてきそうなほど怖くなる。なのに、あの冷たい指が優生の肌を晒してゆくのも、触れることさえも、淳史には気にならなかったようだった。誰にも触らせるなと言ったのはつい昨日のことだというのに。
「いいわけないだろうが。でも、診察してもらう時には仕方がないだろう?」
「……ふうん」
優生のものになったのかと思うたびに、いつも淳史の大人ぶった態度に傷付いてしまう。理性の利かなくなるような存在には、まだなれないらしかった。
「俺は医者でも看護師でもないし、病気にも詳しくないからな。下心のある相手には指一本触れさせたくないが、医者が診察する分には我慢するしかないだろうが」
納得のいかない優生を、淳史は辛抱強く説得しようとしているようだった。素直にわかったとは言わない優生に、淳史が不穏な顔を向ける。
「優生?」
同意を求められても、優生は目を逸らしたまま答えなかった。口を開いたら、きっとまたひどいことを言ってしまう。
「優生」
大きな掌に包まれた肩が、静かにベッドへ押し付けられる。優生の頑なさに、先に折れたのは淳史だった。
「また熱が上がっても知らないからな?」
甘い言葉の代わりに、淳史が短く息を吐く。
望むところだと言う代わりに、優生は淳史の首へ腕を回した。




「……もっと」
うわ言のようにくり返す言葉にも、淳史はあまり気が乗らないようだった。熱を出した原因がわかっているだけに躊躇いの方が勝ってしまうのだろう。
「いや」
深く欲しがる優生に、淳史は困惑顔を向ける。こんなになってもまだ求めようとする優生の淫らさに呆れているのかもしれない。それでも、繋がっていないと不安で仕方なかった。しっかりと繋ぎ止めていてくれないと、誰かに優生を攫われてしまいそうな気がする。或いは、淳史が優生のものではないのだと思い知らされてしまいそうで。
「ん……ぁん……」
少しでも深く淳史を感じようと腰を浮かせる。抱え上げられた脚が苦しいほど胸を圧迫しても、少しでも深く淳史を感じたかった。
「あまり、無茶をするな」
窘めるような声に従う気にはどうしてもなれない。僅かでも優生のものだと実感するにはまだ足りなかった。
「や……淳史さん、も、っと……」
「まさか、変な副作用があるなんてことはないんだろうな……」
独り言のように呟く淳史の肩に、指を伸ばしてギュッと掴む。猛々しいくらいの方が、優生の中にある存在を強く感じることができるような気がして、必死に淳史の動きを追った。
「……き……あっ……ぁん、ああ」
何と口走ってしまいそうなのか、自分でもわからない。
「優生?」
「もっと……強く、して……」
優生のものにはならなくても、淳史のものでいたい。もう、誰にも奪われたくなかった。
「俺の理性をあまり過大評価するなよ」
低い声も、少し苦しげな息使いさえ、優生の官能を刺激する。
「ぁんっ、あん……」
もう何処を擦られても感じ過ぎてしまう。引き出されてしまわないように必死で絡みつき、少しでも長く優生の中に留めておこうと躍起になった。
「優生?」
心配げな声に首を振る。体調が悪かったことなど記憶の果てに飛んでいってしまうくらい、ただ淳史のことだけ感じていたかった。
「まだ、やだ」
とっくに、優生の体は限界を越えているはずなのに、もっとと望む気持ちが淳史を引き止める。
「今日は“いや”ばっかりだな」
呆れたような口調だったが、行為はひどく優しかった。
疲労はむしろ淳史の方が強いのだとは知らずに、ただ貪欲に求め続けて、満たされた途端に意識を手放すことになった。




結局、仕事を休ませてしまったのだと気付いたのは、夕方近くなって目を覚ました優生がまだ淳史の腕の中にいたからだ。
「あ……」
熱が引いて冷静になった頭は、とんでもないことをしてしまったことに軽いパニックを起こしていた。
「少しは落ち着いたか?」
やさしい声に、頬が熱くなっていくのを意識しながら、答える言葉がなくてただ頷いた。
「起きられるなら何か食うか?」
「ごめんなさい……また、お仕事を休ませてしまって」
「今日は行かないって言ってただろう? 気にしなくていい」
こうも頻繁に休んでばかりだと淳史の査定は相当厳しくなっているだろう。ほぼ全ての欠勤が自分のせいだと思うと少し気が重くなった。
「ちょっと留守番できるか?」
「うん」
「何か欲しいものか食えそうなものはあるか?」
「うん……ヨーグルトとか杏仁豆腐とか」
「固形物は無理か?」
コンビニの棚を思い浮かべてみるが、あまりそそられるものが思い浮かばない。
「強いて言えば、蒟蒻めんとか」
「それ以上痩せてどうするんだ……手巻きくらい食えないのか?」
「じゃ、ツナかエビで」
「わかった。すぐ帰るからおとなしくしてろよ」
「うん。いってらっしゃい」
すぐ近くのコンビニに行くだけなのに、キスをしてから出掛ける淳史のやさしさが少しくすぐったい。今に始まったことではなかったが、おおよそ、イメージとは違った甘い行為だった。
優生が寝ている間に行ってくるのではなく、起きるのを待ってくれていたことも嬉しかった。
あの綺麗な医師にあってから、優生はわけのわからない不安に駆られてしまっている。なぜだかわからないが、嫌な予感が背筋を走り、見つめられただけで体が震えた。もし淳史がいなかったら気を失っていたかもしれないとさえ思う。


30分足らずで淳史は戻ってきた。出掛けた時と同じように、唇に“ただいま”のキスをして隣に腰掛ける。
「起きられるようなら、向こうで食わないか?」
「うん、大丈夫だと思う」
無茶をしたのは優生の勝手で、だるいとか足元がふらつくとかは言いたくなかった。
「あ」
ベッドから床へと伸ばした足元の頼りなさに、淳史は気付いているらしかった。
「暴れるな」
毛布を掛けたまま膝の裏をすくわれて、脇の下に腕を通されると容易く体が浮き上がる。
「淳史さん」
声を尖らせる以外にテレを隠す方法が思いつかない。
先にソファに下ろされて、纏った毛布を直される。隣に腰掛けた淳史に、肩を抱きよせられて寄りかかった。今日は、自分自身にも淳史にも驚かされることばかりだ。

淳史の肩に凭れたままで食事を始めることになったが、渋好みの淳史にはコンビニ弁当など似合わなかった。早く元気になって、優生のするべきことをしなくてはいけないことを痛感する。
「そういえば、淳史さんも食事できなかったんだよね。ごめんなさい、俺につき合わせてしまって」
「いや、朝は食ったからな。仕事で10時間くらい飲まず食わずの日もあるから気にしなくていい」
「うん……」
きっと、そんなことはアクシデントに見舞われたような特別ツイてない日にしか起こり得ないのだろうが。
騒いだり甘えたりと不慣れなことばかりしでかしてしまったせいで、我に返るとどうにも落ち着かなかった。いつも淳史には強がってばかりいたのに。年齢ほど幼くないから傍にいられたのかもしれないのに。
「優生?」
黙ってしまった優生を、淳史は心配そうに見つめる。
「うん」
「義貴先生は苦手か?」
唐突な問いに、平気なフリはできなかった。どういう知り合いだか知らないが、本人のいない所でそれほどの気遣いは無用に思えて肯定する。
「……ちょっと」
「外科の先生にしては穏やかなタイプだと思うんだが。おまえがあんな風に露骨に態度に出すのは珍しいから驚いたな」
「義貴っていうのは名前なの? 名字じゃなくて?」
「ああ、まだ代替わりしてないからな、名字で呼ぶと院長のことを指すんだ。たいてい、若先生とか義貴先生とか呼ばれてるな。俊明の父親だってことは、気が付いていたんだろう?」
「うそ……全然、思いもしなかった……あんまり似てないよね……?」
「いや。似ているから嫌がったのかと思ってたんだが」
「ごめんなさい、本当はちゃんと見てなかったかも。なんか、あの人に触られるのも見られるのも嫌だったから……」
思い出してもドキリとする。あの優美で穏やかそうな仮面の下に、一体どんな本心を隠しているのだろう。それとも、単に体調の悪さゆえの思い込みだったのだろうか。
「他の男に対してもそうだといいんだが」
やさしく抱きよせる腕は、もう怒っているわけではなさそうだった。
そっと凭れかかる優生の髪へ唇をよせてくる。
こんな風にされるのが初めてではなく、むしろずっとそうだったことを不意に自覚した。ずっと、やさしく抱きしめてくれていたのに。どうしてあんなに不安でいっぱいだったのだろう。いつもちゃんと腕に閉じ込めてくれていたのに。
「……好き、かも」
「優生?」
聞き返そうとするかのように優生を見る淳史の顔を、まっすぐ見つめ返して言い直す。
「俺、淳史さんが好きなんだと思う」
唐突に口をついた言葉は、相当に淳史を驚かせたらしかった。
「……早く、“思う”がなくなるといいんだが」
言葉より嬉しそうに唇が触れる。キスのジャマになりそうで、“思う”は余計だったと言うのはやめた。



- Jealousy In Love.(2) - Fin

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なんというか、やっと、落ちたようですね。(遅っ!)
かなり甘めで書いてて楽しいんですが、楽しんでるのが私だけだったらごめんなさい。