- Love And Chain.(3) -



「今後のためにある程度の目安を聞いておきたいんだが」
簡単に身支度を整え、淳史の肩に凭れた優生へ、あまり甘くない声が尋ねた。
淳史の切り出した言葉が何を指すのかもわからず、首を傾げる。
「おまえの年齢ならいくらでもやりたいところだろうが、現実には毎日は難しいからな」
ようやく、それがいわゆる夫婦生活の頻度だと気付いて、今更のように頬を熱くした。
「……そういうこと、聞く?」
「浮気されたらかなわないからな」
至って真面目に返されて、迷った挙句、淳史に質問を戻すことにした。
「淳史さんは?」
「たぶん、おまえが思うほど強くないだろうと思うが」
淳史の言い方は抽象的過ぎて判断できないが、控えめに申告しろと言うことだろうか。といっても、優生も一般的な数字など知るはずがなく、答えるのは難しかった。
「……どうなのかな。比較対象が少な過ぎてわからないんだけど」
「少なくとも俊明を基準にするのは止めろよ? あの一族は皆強いらしいからな」
他の親族や一般論がどうなのかは知らないが、たぶん俊明が強い方だろうというのは頷ける。
思えば、俊明は優生に行為の気持ち良さを教えてくれたが、同時に過剰なほど淫らに育てたのではなかったろうか。未熟なままなら、或いは黒田に良いようにあしらわれることもなかったかもしれないのに。
「俺も、そんなには」
「本当か? 足りないと思ったら俺に言えよ?」
曖昧に頷きながら、淳史がそんな状態にならないように接してくれることを祈るしかなかった。求められるということ自体が、一種の尺度になっていたことに自分でも気付かないまま。
結局、目安となる具体的な数字を導き出すことはなく、結論を曖昧にしたままで中断されることになった。音を消していてもしつこく震え続ける携帯を、淳史が取ったせいで。

優生を腕に抱いたまま、淳史が応対する。固い表情と言葉遣いで会社からだというのは察しがついた。紫に明日から出社すると言ったことが上司にも伝わっているようだ。
「おまえが余計なことを言うから、明日から行く破目になっただろうが」
通話を終えた淳史に、責めるような目を向けられた。
「特に理由もないのに休んでちゃダメだよ」
「仕事に行ったら遅くなるぞ? こんな状態でおまえを一人にして大丈夫なのか?」
「小学生でも一人で留守番くらいできると思うけど」
「じゃ、おまえは小学生以下だな」
「なっ……」
反論しようとした優生と淳史の間で、また携帯が震え出した。サブディスプレイに表示される名前を見て、淳史が小さく舌打ちする。
「明日から行くと言ってるのにな」
一旦応対したために、淳史を携帯に取られてしまったような気さえした。
その後、淳史の方から何本か電話を掛けて一段落したかに思えたのに、携帯を置いた途端にまた震え出した。見るつもりではなかったが、つい視線がその文字を追ってしまう。今度は俊明からだった。
短い言葉で戻ったと言った淳史は、俊明にも優生がいなくなっていたことを知らせていたらしい。もしかしたら、俊明に連絡をしているかもしれない可能性を無視しきれなかったのだろう。優生からすれば、絶対にあり得ないことだったが。
「優生」
携帯を耳元へやられて戸惑った。今更、俊明と話すことなどない。ややこしい説明や言い訳をするのも面倒だった。
「優生」
有無を言わせぬ声に小さく息を吐く。仕方なく淳史の携帯を受け取った。
「はい」
意識して素っ気無く出た優生に、俊明はずいぶん心配そうな声でいろいろと尋ねてきた。淳史が自分勝手だったのだろうとか、優生を大切にしていなかったのだろうとか、殆どが非難するような内容だった。優生が家出したせいで、著しく淳史の評価を落としてしまったらしい。苦笑まじりに、ひとつずつを否定して、俊明の考え過ぎなのだと擁護した。
上辺だけの会話に疲れて、淳史に代わるように要求する。
「ピアノ、どうするか聞いてくれてるんだけど?」
できるなら、淳史の所に置かせてもらえれば一番有難いのだったが。淳史が俊明と交わす短いやりとりを聞いただけで、それが叶いそうなことが窺えた。
電話を終えると、淳史は優生の肩を抱き直し、思いがけないことを言い出した。
「俊明は何と言っておまえの親を説得したんだ?」
「え?」
唐突な話題の転換に、すぐに思考がついていかない。
「それによって俺も出方を考えないといけないだろうが」
「え、と、本当は知り会ったばかりだったんだけど、長くつき合ってるみたいな言い方をしてたかな。高校を出るまで待とうと思ってたけど、おじいさんが亡くなったのを機に、少し早いけど独立させてほしいっていうような感じで言ってくれたんだったと思う」
「認められていたと言っていたな?」
「まあ、一応は」
認められたというよりは、両親ともあまりにも突然のことに驚き過ぎていただけだったのだろう。やっと手元に戻ったばかりの優生をまた取られてしまうようだと言った母親にも、やさしい言葉をかけることもしないまま出てきてしまった。心配げにかけてくる電話にもなるべく素っ気無く対応してきたのは、もう優生のことなど初めからいなかったと思って欲しかったからだ。
「俺が強引に口説いたとでも言うか」
俊明がバツイチだったことも知らない両親は、前妻と元の鞘に納まったことを聞けば卒倒してしまうかもしれない。誠実そうな俊明が、まるで正式に結婚の申し込みに来たような挨拶をしたからこそ、許す気になったのだろうから。
にもかかわらず、どれほども経たないうちに別の男の籍に入りたいなどと言うのはさすがに気が引けた。
そんな優生の都合など知らない淳史は、携帯で六曜をチェックし始めた。
「日曜なら日がいいな。都合を聞いておいてくれ」
「うん……」
久しく会っていない親にそんな話をするのは気が進まず、返事だけで濁そうと思っていたが、淳史には見抜かれていたらしかった。
「嫌なら拘束するか?」
「嫌だとは言ってないでしょ。聞いてはみるけど、都合がつくかどうかはわからないからね?」
「今週が都合が悪いなら、いつならいいのか聞いておいてくれ」
「うん」
そこまで言われると、連絡しないわけにはいかなくなってしまう。
「やっぱり結納とか、した方がいいんだろうな」
優生に尋ねているというより独り言に近い言葉だったが、聞き捨てならないと思った。
「淳史さん、普通の親は引くと思うから、そういうのはやめといて?」
「嫁に貰うのに結納も交わさないのか?」
交わす、という言葉にふと疑問が湧いた。
「そういえば、淳史さんの親にはどう言うの? まさか、親同士にも挨拶させようとか思ってないよね?」
「するに決まってるだろうが。俺の親にはもう話してあるから心配するな。相当ショックを受けてたが、自分の再婚の時にも快く承諾してやったんだから息子にも反対するなと言ったら納得してたぞ」
「そういうの、納得って言わないでしょ。なんでそんなに横暴なのかな」
「何とでも言え。俺はもう待たないからな」
言い合う気力も失せて、優生はため息を吐いた。少しの沈黙を待っていたかのように優生の携帯が鳴り出す。ディスプレイには勇士の名前が表示されていた。
「はい」
なるべく気負わずに出た優生を、低い声が一喝する。思わず携帯を取り落としてしまいそうになるくらい驚いた。
「……ごめん、また迷惑かけて」
まずは下手に出て様子を見る。
『迷惑じゃない、心配だろ?』
「ごめん」
優しい声にホッとした。本当に心配をしてくれていたらしかった。
『工藤さんの所に戻ったんだろう?』
「うん」
『俺にも弁解したいよな?』
「う、ん……」
会うこと自体を禁止されたわけではないが、何となく、淳史の前で約束するのはためらわれた。
『じゃ、落ち着いてからでいいから連絡入れろよ?』
「うん」
傍に淳史がいるからと言うわけにもいかず、微妙な応答をする優生の気持ちはわかってくれていたようだ。
短い通話を終えて携帯を閉じると、淳史が顔を覗き込んできた。
「もういいのか?」
「うん、また落ち着いたら連絡することにしたから」
「あいつの部屋に行くのはダメだからな?」
「うん」
頷く優生の頬にかけられた掌が淳史の方に向かせる。とりあえず、会うことの了承はもらったと取っていいのだろう。
目が合うと、自然に瞼が落ちてゆく。ほどなく触れる唇に意識を集中させてキスを始める。開いた唇から入ってくる舌にそっと触れた。優しく絡んで緩く吸い合って、長く気持ちの良いキスに満たされていく。強く求められたい思いとうらはらに、穏やかで優しいキスの方が優生を幸せにしてくれる理由に気付かないまま、ようやく平穏な生活が戻って来たことにホッとした。






翌日、今日は休憩も取れそうにないとぼやく淳史を宥めながら送り出すと、留守にしていた2日分の家事に取り掛かることにした。
洗濯と掃除だけでもかなりの時間がかかり、一段落したのは10時を過ぎていた。それから勇士に連絡を入れて、午後から会うことと、冷蔵庫の整理を兼ねて弁当を用意していくことを決めた。
ちょっと怪しげなきのこを処分するか使うか迷ったり、やや萎びてきたレタスを使うのをためらったり、いつも以上に時間がかかってしまった。たった2日留守にしただけなのに、家事とは何ともシビアなものらしい。

何とか折り合いをつけて弁当が出来上がった頃には昼近くなっていた。急いで勇士の所に向かい、駅からも連絡を入れないまま部屋を訪ねる。
快く出迎えてくれるはずの勇士は、渋い顔をしていた。
「工藤さんが心配するわけだよな」
「……何が?」
「おまえ、俺の部屋に来ても大丈夫なのか?」
「都合が悪いんなら出直そうか?」
勇士の言いたいことが理解できず、優生がいたら具合の悪いことでもあるのかと思った。もしかしたら、もう次の彼女ができたのだろうかと見当違いのことを考える優生に、勇士が小さく首を振る。
「いや。おまえが構わないなら上がれよ?」
「じゃ、上がる」
深く考えずに勇士の部屋へと入った。
いつものように、ラグを敷いたフローリングの壁際にクッションを引っ張っていって勝手に座り込む。小さなテーブルの上で、さっさと弁当を広げ始めた優生の手を止めさせるように、勇士の口調がきつくなる。
「おまえ、工藤さんに俺の部屋に来るなって言われてるんじゃないのか?」
「もしかして、勇士にも何か言った? 淳史さん、横暴なところがあって」
「おまえがそうさせてるんだろう?」
まるで、優生が悪いと言わんばかりの口調に、まじまじと勇士の顔を見つめてしまった。
「……勇士、俺を押し倒しそうになったりする?」
「なるわけないだろう」
「だったら関係ないと思うけど」
なぜか、勇士がため息を吐く。
「ちょっと工藤さんに同情するよ、俺は」
「何で?」
「もし、俺の彼女がおまえの友達だったとしても、二人きりで会われたらいい気がしないだろうと思うからな」
「ふうん」
相手が女性なら、まかり間違うということさえあり得ないのに、勇士が何を心配するのかがわからなかった。もちろん、勇士の部屋へ来るのが気に入らないと淳史に思われる理由も理解できないままだ。
「とりあえず、食べないかな?」
話題を変えるために、用意してきた弁当を広げる。
生姜焼きに温野菜、きんぴらごぼうにだし巻き卵、鮭とおかかのおにぎりに、りんごのうさぎ。何だかんだと言いながらも箸を伸ばす勇士の満足そうな顔に安堵した。
「俺、お茶淹れてくるから食べてて」
声をかけてから立ち上がる。
「おまえって、ほんと母親か嫁みたいだよな」
「そう?」
生憎、身近にどちらもいなかったから実感は薄いのだったが。
少し距離のあるコンロの前に立つ優生の方へ、勇士が顔を向ける。
「女だったら惚れてるかもな」
そうしたら、勇士と幸せになれたのだろうか。
ふと掠めた感傷的な思いに自嘲する。もしも女性に生まれていたら、祖父の会社を欲しがっていた従弟か親族と結婚させられていただろう。男の優生にさえ、関係を強要していたくらいだったのだから。
「俺、そしたらもっと早く結婚してたかも」
「……俺とか?」
「ううん。山倉の親戚の誰かと。俺が男だったから、相続を放棄して自由になれたんだと思うよ」
両親の元へ戻るまで17年も名乗っていたのに、その名字には何の愛着もなかった。
「そうなのか?」
「うん」
何かに気付いたらしく、勇士の視線が優生を真っ直ぐに捕らえる。見透かされたのかとドキリとする優生の心配には気付かないらしい。
「おまえ、名字変わったんだよな?」
「うん。そうみたいだよ」
「みたいって何だ、一緒に提出しに行ったんじゃないのか?」
「そうだけど、名前を名乗ったり使ったりする機会がなかったから実感がないんだ。学校にも、まだ変更届けみたいなのも出してないし」
急須と湯飲みを持って、勇士の所へ戻る。優生も少し遅い昼食を摂ることにした。
「そういや、水野に変わってからでも、あまり経ってないんだよな」
「うん。自分の名前って感じはしないかな」
「ずっと山倉だったんだからしょうがないよな」
「なのに、また変わったんだよ。俺が養子縁組なんてしたくないって、わかってくれなくて」
もし、淳史と別れてしまったら、優生の名字はどうなってしまうのだろう。何度も書き変えられる戸籍が汚れているとまでは思わないが、綺麗だとは言えないことも優生が快諾できなかった理由のひとつだった。
「したくなかったのか?」
勇士の向ける鋭い視線に、言葉を誤ったことに気付いた。
「そういう意味じゃなくて、短期間に何度も名前が変わるのが嫌だったんだ。それに、淳史さんとは一緒に住み始めて1ヶ月かそこらだし、気が早過ぎるだろ?」
「名前よりも、おまえが相手を変えるのが早過ぎるんだ。だから、工藤さんも焦ってるんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「籍を入れておけば別れにくくなるってことだろ?」
「振られてるの、いつも俺の方なんだけど?」
優生の方から別れたいと言ったことなど一度もない。
「いつもって、そんな何人もいたのか?そりゃ工藤さんだって心配するだろ」
「そんなことないって」
淳史が優生を束縛したがる理由を、勇士にどう説明したらいいのかわからなかった。
「コーヒー、淹れていいかな?」
話を逸らしたくて、優生は食後のコーヒーを言い訳に立ち上がりかける。
「俺が淹れるよ。飯食わせてもらったんだしな」
「じゃ、待ってる」
上げかけた腰を下ろして、勇士に任せることにした。
「カフェオレにするんだったか?」
「そのままでいいよ」
勇士がブラックしか飲まないことを思うと、手間をかけさせたくなかった。
揃いではないマグを2つ持って勇士が傍へ戻ってくる。優生の隣へ腰掛けると、すぐに煙草に手を伸ばした。
自分で吸おうとは思わないが、勇士の煙草の匂いは嫌いではない。むしろ、その匂いに惹かれるように勇士の肩に凭れかかった。
「ゆい」
やや低められた勇士の声が、優生を不安にさせる。
「工藤さんと上手くいってたんじゃなかったのか?」
「……どうなのかな」
「結婚するなんて俺らの年じゃまだ誰も言わないのに、ゆいは大人だなと思ったけど」
「俺じゃなくて、相手がそういうことをしたい年齢なんじゃないかな」
「だから逃げ出したくなったのか?」
「そういうんじゃなくて……」
梨花とそのボディーガードだった男のことを、勇士に言うかどうか迷った。聞いた後でも、反対しないでいてくれるだろうか。
「ちょっと嫌がらせみたいなのがあって」
「工藤さんも同じようなことを言ってたけど、何されたんだ?」
「それは……ちょっと」
「言いたくないことをムリに聞こうとは思ってないけど、何か疎外感を感じるよな」
おそらく、勇士の優生を見る目が変わらないよう配慮してくれたのだろうと思った。優生が、淳史の評価を下げてしまわないよう話すのをためらうのと同じように。
「ごめん、そういうんじゃなくて、二人だけの問題じゃないようなことになってて。どこまで話していいのかわからないんだ」
「誰かに反対されたのか?」
「反対っていうか、結婚したかったんだって」
「誰か他の奴が工藤さんと、ってことか?」
「うん。その人、淳史さんが俺とのことを話したのを断る口実だと思ったみたいで……俺みたいな子供と恋愛するわけないって言われた時、俺もそうかもって思っちゃって……」
「それで黙って出て行ったのか?」
頷く優生に、勇士はひどく冷たい顔を向けた。
「別れるつもりだったのか?」
「そんな深く考えてたわけじゃなくて……なんか、投げ遣りになってしまってたっていうか」
「あれだけ惚れられてて、まだ疑う余地があるのか?」
「え……」
どこか淳史に似た物言いに驚かされる。
「本人に言われたんならともかく、何でそんな訳のわからない奴の言うことを間に受けてんだ?」
いつの間にか、勇士は優生の味方ではなくなっていたのかもしれない。
「だって、俺は使用人みたいなもんだったし……」
「使用人としか思ってないんなら、結婚してくれなんて言うわけないだろう」
「それは……偽装かもと思ったし」
真っ赤になる優生をからかうでもなく、勇士は額の辺りを軽く小突く。きっと、半年前の優生なら鼓動を暴走させてしまっていただろう。
「もっと自信持てよ」
「だって」
「なんとも思ってない相手のために何日も仕事休んだり、小姑みたいな友達にまで頭下げたりするわけないと思うぞ?」
取調べのようだった、と言った淳史の言葉を思い出す。勇士がどんな風に聞いたのかはわからないが、おそらく淳史にとってはいたたまれない時間だったのだろう。
「……俺が軽率なことをしたせいで、迷惑かけてしまったのはわかってる」
「そんなことを言ってるんじゃない。それとも、おまえの方は別れてもいいと思ってたのか?」
「そうじゃなくて……別れると言われても仕方ないとは思ってたけど、俺から別れるなんて、できるわけない」
「工藤さんを好きなんじゃなかったのか?」
「正直に言うと、自分でもわからないんだ。最初は住む所を提供してもらえるだけで有難いと思ってたのに、どんどん欲張りになって……家に帰ってくるのが遅くなって一緒にいる時間が減ってくると凄く不安になって」
「恋愛してるんだから、欲張りになるのも不安になるのも当たり前だろう?」
「そうなのかな……最初は挨拶のキスをしてくれたり腕枕してくれたりするだけで嬉しかったのに、それが当たり前になって、してくれないと不安になって……お仕事が忙しくなって構ってくれなくなったのは、もう俺に興味なくなったんじゃないかって思えてきて」
「……おまえ、本当に工藤さんのこと好きなんだな」
「え……」
思いがけないことを言われてうろたえた。自分では、もしかしたら逆なのではないかと思っていたのだったが。
「そういうの、ちゃんと言ったか?」
「ううん、だってそんなの鬱陶しいだろ?」
「惚れてる相手に淋しいって言われて鬱陶しがる奴なんていないだろ?」
「だって」
確か、勇士もつき合ってる女にしつこく詮索されて疎ましがっていたはずだったが。
「だから、何とも思ってない相手にしつこくされたら鬱陶しいだろうけどな、おまえを煩わしいと思うわけないだろ?」
「そう、なのかな?」
「ちゃんと言わないとわからないんじゃないか?おまえ、工藤さんとつき合い始めてまだ1ヶ月やそこらなんだろう?」
「うん」
「いい子過ぎると損するぜ?」
頭を撫でられて、もうその手にときめかなくなっている自分に安心した。淳史に見透かされたようなことを言われた時にはドキリとしたが、いつの間にか、勇士のことはちゃんと過去になっていたようだった。






「ん……」
玄関先で交わす“ただいま”のキスにしてはずいぶんと長かった。
愛おしいというより、苛立たしいと言わんばかりの攻撃的なキスだ。執拗に舌ばかり求めてくるのは、淳史のストレス解消の一種なのだと思う。
息苦しさに胸元を押し返すことさえ気に入らないらしく、一層きつく抱きしめられて何度も舌を絡め取られる。せめてリビングで、と促すことは諦めた。覆い被さるような抱擁からそっと腕を抜いて、淳史の首へと回す。殆どしがみつくように背を反らせて、淳史の腕に身を任せた。昂ぶってくる体を意図的に押し付ける。
キスだけじゃ、足りない。
それに気付いたように、ようやく淳史が少しだけ抱きしめる腕を緩めた。
「ソファでもいいか?」
舐めるように耳元で囁かれて、そっと頷く。
「あっ……」
不意に脇と膝を掬われて体が宙へ浮く。軽々と抱き上げられたのが恥ずかしくて、思わず淳史の胸へと顔を押し付けた。淳史の腕に抱かれたまま、ソファへと辿り着く。
淳史の首筋へと抱きついたままの優生の唇を探るように、またキスが始まる。体を捻ったまま、今度はやさしいキスを受け入れた。啄むようなキスを何度かくり返してから、ゆっくりと唇を深く合わせる。誘うように開いた唇から入ってきた舌に舌を擦らせるように重ねて、ゆっくり絡ませる。やさしく触れ合うキスの方が気持ちがいいことを、つい最近知った。
「や……ん……」
いつの間にか胸元へ忍んでいた手が、過敏な突起を撫でる。身を捩る優生の体が、後ろから抱くような姿勢に引きよせられた。
「あ、ん」
痺れるような刺激から逃れようと腰を捩る。して欲しいのか、止めて欲しいのか自分でもわからなくて、ただ淳史の胸に頭を擦りつけた。
確かめるようにデニムの上から辿る掌に、優生の下半身が跳ねた。ひとつずつボタンを外して前を緩めてゆく手に応えるように成長してゆく。
「腰、あげろよ」
囁かれるままに腰を浮かせてデニムを下ろすのに協力する。膝の辺りで引っかかった生地を抜いてしまう気はないらしい。
「や……」
勃ち上がりかけた所を淳史の掌に包まれただけで震えてきそうなのに、敏感な先端を指先で擦られると気が遠くなりそうだった。大きな掌が上下する度に優生の息が乱される。
力の抜けていく膝に力を籠めようとするのを、淳史の脚がジャマする。開かされた内腿の生白さが目にも恥ずかしい。
「いや」
背後から優生の肩に乗せられた淳史の顔から庇うように首を振った。
「暴れるな」
囁くような声が首筋に触れる。そのまま肌を吸われて喉を仰け反らせた。淳史に触れられる場所が悉く敏感になっていくようで優生を戸惑わせる。
瞳と唇を閉ざして耐えようと思うのに、堪え切れずに目尻に涙が滲んでゆく。
「ん、あ、ああ……」
「ほんと、おまえは弱すぎるな」
からかうような言葉と指で優生を追い詰めてゆく。何とか淳史の言葉に態度で反抗したかったが、自分の体のくせに、いつも優生の思い通りにはなってくれなかった。
無骨な指をしているのに、どうして淳史はそんなにも繊細に優生を扱うのだろう。
「あっ……んっ」
抵抗は虚しく、淳史の手の中であっけなく弾けた。絡む指が、ゆっくりと優生に全てを吐き出させる。
「は……あ」
肩で息をしながら、脈を打つ音が耳の奥まで聞こえてきそうな錯覚に一人頬を熱くした。
淳史が濡れた手を拭うのをぼんやりと見ながら、その違和感に不安を覚える。なぜ、淳史はこんなにも落ち着いて見えてるのだろう。後ろへは触れもせず、欲望を感じている風もなく。
「剥けてないから早いんじゃないのか」
「え……」
聞き流してしまえるほど小さな声だったが、淳史の一言は耳に痛かった。聞き返さなければ傷付くこともないのに、意識せず声は洩れてしまっていた。
「被ったままだと生育も悪いし、もたないらしいな」
確かに、過敏で堪え性のない不肖の息子かもしれないが、そこまで言わなくても、と思った。
「まあ、他所で使わせるわけじゃないからどうでもいいが」
さんざん勝手な言葉を吐きながら、淳史は優生の服を直し始めた。どうやら、気持ち良くてもそれだけでは満足しないことを淳史は知らないらしい。
確かめるように、淳史の表情を窺った。
「淳史さんは……?」
「俺はおまえのように若くないからな」
それは、今日はできないという意味なのだろうか。以前にも一度、そういうようなことを言われたことがあったことを思い出して、入れてほしいと言ってしまいそうになる口元を掌で覆った。
「優生?」
「……ごめんなさい」
「疲れてるんだ、気にするな」
淳史を気遣ったわけではなく、自分のことしか考えていなかったのだったが、優生の言いたいことは伝わらなかったらしい。
「おまえが仕事に行かせるからだぞ? 頭を下げるようなことばかりだったから、疲れてそんな気にならないんだ」
何気なく言われた一言が優生を傷付けることに気付かないらしかった。束縛は人一倍でも、愛情をかけるのは気まぐれだということだろうか。
そのくせ、淳史の腕は窮屈なくらいに優生を抱きしめた。
愛しそうに髪を撫で、何度もキスを振り撒いて、愛されているのは本当かもしれないと思えるくらい優しかった。
優生がもっと慎ましかったら、幸せな気分に満足したに違いないのに。



- Love And Chain.(3) - Fin

【 Love And Chain.(2) 】       Novel     【 Love And Chain.(4) 】


立ったままの姿勢からのお姫様抱っこって大変ですよね。
こちらの二人のように体格差があるとそうでもないかもしれませんが。
淳史はよっぽど腹筋&背筋を鍛えないと大変なことになりそう。

毎度のことですが、色っぽく書けなくてごめんなさい。
足りない部分は想像力で補ってくださいませ。