- Love or Lust(5) -



「優生」
苛立ちを含んだ声が、食事の用意をしようとキッチンへ入った優生を呼ぶ。どうやら、戻ってすぐに届いたメールが、淳史の機嫌を損ねてしまったようだった。
「ご飯、いらなくなったの?」
とりあえずIHの電源を落としてからと思う優生に焦れたのか、淳史の声が荒くなる。
「いいから先に来い」
ソファで待つ淳史に、急かすように膝を叩かれると、そこに座らないわけにはいかなくなってしまう。
なるべく端っこに、と思う心理は読まれていたようで、強い腕が優生の腰を抱き寄せた。
「俺はおまえから誘われたくないというようなことを言ったか?」
「え……あ、メール、義之さんからだったの?」
看護師のくせに義之には守秘義務というような概念はないのか、内緒のつもりの相談事まで淳史に筒抜けにしてしまったようだ。
「俺には思い当たることがないんだが、どういう意味なんだ?」
「あの、義之さんは何て?」
「俺がおまえに聞いてるんだ」
有無を言わせぬ口調と心の中まで見透かすような眼差しに沈黙を貫けるほど、優生は胆が据わっていない。義之がどう言ったのかわからない以上、ヘタに隠して火に油を注ぐより、観念して白状する方がマシだろうと思った。
「……淳史さん、俺にフェラが好きなのか聞いたことあったでしょう? 俺、そんなことないって言ったけど、本当は触りたいし舐めたいし、口にも入れて欲しい。でも、また淫乱だって思われたくないし……淳史さん、そういうの嫌いなんでしょう?」
言ってる途中でどうにも恥ずかしくなって、淳史の肩へと顔を伏せた。今は顔を見られたくないし、淳史の反応も知りたくない。肯定されてしまったら、きっと優生の鼓動は止まってしまうだろう。

「嫌いじゃないし、おまえを淫乱だと思ってもいないんだが……そう思わせるような態度を取ったんなら悪かった」
拍子抜けするくらいにあっさりと淳史は自分の非を認めて、宥めるように優生の髪を撫でた。
「ほんとに、嫌いじゃない?」
おそるおそる顔を上げて、淳史を窺う。
試してみれば、と言った義之の言葉をすぐに実行するつもりはないが、いつ気が緩んで誘惑に負けてしまわないとも限らず、確認せずにはいられなかった。
「ああ。おまえがいつもと違うことをした時には、他の男を連想して大人げないことを言ったかもしれないが」
「よかった……」
ホッと息を吐いたのも束の間、淳史は少し意地の悪い声で続けた。
「でも、そんなことを気にしてるわりには、おまえ、結構大胆なことをやってるとは思ってないのか?」
「え……」
「こっちは傷付けないように慣らしてからと思ってるのに、おまえはすぐに焦れて入れさせようとするし、先に動くし、ゴムを使うなとか挙句は中で出せとか言ってるだろうが。自覚はないのか?」
頭で思うより先に羞恥を感じた顔を、再び淳史の肩へと押し付ける。
指摘されるまで気付かなかったと言えば嘘になるが、これでも自分では我慢しているつもりでいた。けれども、言葉にしなくても、逸る体は抑えきれずに催促したり、もっと奥まで欲しくて自ら引き込んだり、とても慎ましいとは言えなかったかもしれない。
「……ごめんなさい。そうかも」
「いや、俺にもそのくらいの見返りがないと、抱くことを優先している甲斐がないからな。もっと素直になって貰いたいくらいだ」
淳史の言うことはよく理解できず、大きな手が背中をあやしてくれるのに任せて次の言葉を待つ。
「おまえは言葉では何も言わないだろう? 俺も、少しは好かれていると思いたいからな」
「少しはって、俺、淳史さんのことすごく好きなのに」
驚きのあまり、反射的に訂正した優生の体がギュッと抱きしめられる。
「前は“思う”がついていたからな。昇格していたとは知らなかったよ」
つい先日、自発的とは認め難いにしても、愛していると言ったはずなのに、それはカウントして貰えていないらしかった。


居心地の良い腕に包まれて耳障りの良い声を聞いていると、ぐるぐると悩んでいたことが嘘みたいに安らかな気持ちになる。
「男の性欲のピークは19歳だと言うから、おまえが特別サカってるということはないんじゃないか? 俺のピークもその辺りだったから、おまえを口説く頃には落ち着いていたのも仕方ないだろう?」
優生がいつも欲しがられていたいと望んでしまったことを庇う代わりに、淳史は弁解とも釈明とも取れる言葉を続けた。深読みすれば、下降線を辿っているはずの淳史に、体の都合に逆行して毎日つき合わせてしまっているということなのだろう。
「ごめんなさい。無理してくれてるんだよね」
「いや。毎日は厳しいと思ってたんだが、意外と慣れるもんだな。代謝と回復力の問題だから、しないと衰えてしまうと言われたんだが、その通りだったようだな」
「……それも、義之さん?」
「ああ。やまいもを食えとか貝類や豚肉がいいとか、いろいろ言うから面白がっているのかとも思ったんだが、効果はあったようだし、聞いておいて良かったんだろうだな」
雑学に長けているのか単なるお節介なのか、義之は大抵の問題に簡単に答えてしまう。優生も、もっと早く相談していれば思い悩まずにすんだのかもしれない。
「優生?」
頬に触れる手に、顔を上げるように促されて、何気なく従う。
「俺は今まで一方的過ぎたかもしれないな。たまにはおまえの好きなようにしてみるか?」
耳を疑うようなことを言われて、目の前の顔をまじまじと見つめてしまった。
いざ好きにしていいと言われると固まってしまうのは、その誘惑が優生の身に余るからだ。
「……そういうのは、ムリだから」
「ムリってことはないだろう?」
怪訝な顔をする淳史には、優生が今、どれほど心臓をバクバク言わせているのかわからないのだろうか。
「恐れ多くて、俺にはできないよ……」
「おかしな奴だな、今更何を遠慮する必要があるんだ?」
何と言われようとも、優生を自在に翻弄する相手に自分から仕掛けるなんて大それたことは出来そうになかった。


「しょうがないな」
このままでは進展しそうにないと思ったのか、淳史は自分でシャツのボタンを外し始めた。
胸元から肌が覗くと、見慣れていないわけでもないのに何故だか気恥ずかしくて、直視できずに視線が泳いでしまう。
「脱いでいいのか?」
確かめるように優生を見るのは、脱がせたいか、という意味なのだろうか。
優生が答えられずに黙ると、淳史は苦笑しながらシャツを脱ぎ、ベルトに手をかけた。下を脱ぐには膝に乗っている優生が邪魔になっているとわかっていても、避けるタイミングが上手く掴めない。
「おまえは? 自分で脱ぐのか?」
色気のない言い草なのに、それでも優生には耐え難いほど恥ずかしくて、また淳史の肩へと顔を伏せて首を横に振った。
「これくらいで恥じらってるようじゃ、何もして貰えそうにないな」
さも可笑しげに笑われても、意識するほどに体は強張って、思うように動かせなくなってしまう。
「……意地悪、しないで」
「そんなつもりはないんだが」
心外だと言いたげな唇が髪を揺らす。優しい指が顎に伸びて、俯きがちな顔を上げさせる。
軽く触れただけのキスは深まりそうになく、したければ優生から仕掛けて来いということのようだった。夢中になっていれば自分から求めることに躊躇いはないのに、意識すると何もかもが覚束ない。
「んっ……」
Tシャツ越しに胸へと触れてくる指に、緊張した体が小さく跳ねた。生地の上からでも、慣れた指は微かな隆起を正確に探し当て、強い刺激を与えようとする。
「や、ん」
皮膚を伝う快感に堪らず腰を押し付けると、熱くなっているのは優生だけではないことに気付く。
「窮屈だな」
そっと、撫でるように触れる手が優生のデニムのボタンを外す。
「俺にはしてくれないのか?」
そこまで言われては、いつまでも任せきりというわけにはいかず、なんとか指を伸ばして、淳史が優生にするように前を緩める努力を試みた。

「……舐めたいんじゃなかったのか?」
意地悪な問いに、それでも誘惑に逆らい切れずに頷いた。
膝から下りてラグに座り、怖々指を伸ばす。怯みそうになりながら、そっと唇を近付けた。軽くキスをして、舌を這わせながら唇で覆う。
「ん、あっ……」
顎に伸ばされた無骨な手が頬を撫で、髪を梳くように差し入れられる。心持ち上向けさせようとする指にひどく感じて、まるで優生の方がされているような気分になってしまう。口腔にも性感帯があるというが、優生はどこもかしこも敏感過ぎて、その指が優生に触れる度に体の芯から蕩けてしまいそうな気がする。
「っは……う」
淳史を高めることに集中しようと思うのに、次第に硬度と質量を増してゆくものの、喉を突きそうな勢いに上手く対応できずに咽せ込んだ。
「……そうやって無理をするとわかっているから、させたくなかったんだ」
ふいに優生の両脇へ通された手が体を引き上げる。淳史の胸元へと抱き寄せ、宥めるように軽く背を叩く。優生はまだ続けたいと思っていたが、淳史の欲求は次に向かっているようだった。
「あっ……」
予め緩められていた優生のデニムと下着が下ろされ、手早く抜き取られる。
「ぁんっ」
疾うに限界寸前になっていた優生のものに触れられるのはいっそ辛く、それより別な所を何とかして欲しくて腰を浮かせた。
「いや……そっちじゃ、なくて」
喘ぐように呟いたときにはもう恥ずかしいと思う余裕もなく、早く優生の中に触れて欲しい一心だった。
「ああ……っん……」
物欲しげに綻ばせた入り口は太い指を待ちきれないように締め付けながら、奥へと誘おうとする。馴染ませようと、ゆっくり撫でるような動きをする指に焦れて、腰を揺すった。
躊躇うように小さく吐く息が、優生の髪にかかる。
「自分で挿れられるか?」
問われて、改めて手に触れたもののサイズに戸惑った。
本当にいつも、こんな規格外なものが全部自分の中に入っているのだとは信じ難い。しかも、痛みではなく快楽ばかりを与えてくれているのだとは。
「……おっきくなり過ぎだよ」
弱音を吐きながらも、傷付けられることなどないと知っている。初めての時から、単に優生が男を受け入れることに慣れていたからか、淳史が慎重に扱ってくれたおかげか、傷付けられるというようなことはなかった。ただ、その重量感のせいか、ひどく感じ入ってしまったせいか、腰が立たなくなってしまったのだったが。
「んぁっ……」
そっと、淳史の指に開かれた場所に押し付けられたものへと腰を沈めてゆく。ゆっくり息を吐きながら、硬く張り詰めたもので傷をつけないよう慎重に動かす。
「っ」
短く息を詰めたのは淳史で、優生の好きなようにと言っていたはずなのに、優生の腰を掴んで強く突き上げた。
「あぁっ……ん、ぁんっ……」
思わずしがみついた上体が倒され、膝を押し上げられて激しく穿たれる。結局、淳史はそういうスタイルの方が好きなのかもしれないと、甘く霞む頭でぼんやりと考えた。




「……おまえ、俺じゃなくて、俺のが好きなんてことはないだろうな?」
ぐったりと身を預けていた淳史の胸元から、そっと頭を上げる。
淳史の口調は冗談ともつかなくて、優生もつい真面目に答えてしまう。
「どっちも、好きだよ?」
思えば、好きだと認めた途端に、まともに向き合うのも恥ずかしくなってしまっていたというのに、今日は“好き”を連発しているような気がする。もしかしたら、一度口にしたことで気負いが取れてしまったのだろうか。
「喜んでいいのか微妙なところだが……いい気になっておくことにするか」
「そうして」
淳史の肩へ頭を戻して目を閉じる。少し眠りたいと思ったが、優生の髪を撫でる淳史の指は、そうさせてくれるつもりはなさそうだった。
「優生……義之は毎日来てるのか?」
「うん? 平日は殆ど毎日かな?」
「どのくらい居る?」
「一時間か二時間くらい? あ、でもすぐ帰る時もあるし」
深く考えずに答えてしまってから、拙かったようだと気付いて言葉を足す。
「おまえにばかり時間を使っていれば、里桜にまで回らないだろうな」
「でも、義之さんが来るのは日中だけだから里桜は学校だし、関係ないでしょう?」
「おまえに気を取られて、仕事から帰るのも遅くなってるんじゃないのか?」
淳史の言いたいことは理解できず、確かめるように顔を見つめた。里桜に迷惑をかけているから、もう来てもらうのをやめた方がいい、ということなのだろうか。
「もう義之が来るのは歓迎できないと言ったら、また具合が悪くなるのか?」
「……どういう意味?」
「義之とおまえを二人きりにさせるのは本意じゃない」
注意深く、淳史の表情を窺う。
妬いている、というような直情的なものではなく、もっと深刻な雰囲気に 戸惑った。
「……浮気するとか、思われてる?」
「おまえは気を許すと無防備だからな。いくら義之が里桜に夢中だからといって、間違いが起きないとは言い切れないだろう?」
疑われても仕方のない身だとわかっていても、傷付くことは止められない。
それを察した淳史が、優生の頬を大きな掌で包み、俯かせなくさせる。
「おまえを疑ってるわけじゃない。“はずみ”とか“事故”を回避させたいだけだ」
その言葉を返せば、疑われているのは義之ということになってしまう。確かに、危うげな気配を感じたことは幾度となくあったが、優生の自意識過剰だったかもしれず、今のところ実害も出ていない。ましてや、淳史公認で二人になっていたのだから、そんな事態になるとは考え難かった。
「あまり煩く言わないつもりでいたんだが……逆の想像をしてみろよ? もし里桜が病気になって、義之がおまえにするように俺が世話を焼いたらどうする?」
淳史が誰かを眠らせるために腕や胸を貸すとか、優しく髪を撫でるとか、手を繋ぐとか、想像しただけで涙がこみあげてきそうだ。
「……やだ」
「そんな悲壮な顔をするようなことを義之はしてるのか?」
苦笑する淳史は本当の所を知っているわけではないのだろうが、深く考えもせず義之に甘えていた自分が、ひどく愚かに思えた。
「俺、自分でちゃんと体調管理するから、淳史さんも他の人の面倒みたりしないで?」
「当たり前だろうが」
普段は少しきつく見える目元が、優しく細められる。
「おまえだけで手一杯だ」
安堵のあまり、淳史の首へと抱きついた。
自分勝手だとわかっているのに、優生は今まで代替の優しさを享受してきたのに、それを淳史が僅かでも他の誰かに与えるなんて耐えられない。
「……俺も、おまえを孕ませることができれば、少しは安心するのかもしれないな」
独り言のような言葉を聞いて、不安に思っているのは優生だけではないことに気付く。
「安心しないで? ずっと、心配していて?」
信用されて放っておかれるくらいなら、疑われても縛っていて欲しい。自由なんて、優生には何の価値もないものだ。
「これ以上心配できないくらい、おまえのことばかり思っているだろうが」
強い腕が、優生の背を抱き直す。
呆れたような言葉とうらはらに、優生の言いたいことをわかってくれているように、淳史の返事はひどく甘く響いた。



- Love or Lust(5) - Fin

【 Love or Lust(4) 】     Novel     【 Do Me More(1) 】  


“ピーク”は25歳という説もありますし、本当のところはわかりません、ごめんなさい。
とりあえず、30歳は下り坂らしいです。
まあ、淳史は愛でカバーすると思うので、たぶん大丈夫でしょう……。