- Not Still Over(2) -



「もう少し後なら、出られるか?」
「え……」
自分ひとりでは座っていることさえ辛いほどなのに、できるなら出歩いたりしたくなかった。
「外で食うにしろ、買ってくるにしろ、一度出かけないといけないだろうが」
優生のいない間の淳史の食生活は、おそらく一緒に住む前の状態に戻ってしまっていたのだろう。食材がないなら買いに行かなければならないとわかってはいても、正直体が辛かった。
「……留守番してるのはダメ?」
「おまえを一人にしたくないんだ」
それが疑われているからなのだと察して、淳史を納得させられる言葉を探す。
「自分で歩く元気も出そうにないんだけど」
事実だと知っているはずなのに、渋面をつくる淳史の了承は得られそうになかった。
少し考えて、黒田からもらった睡眠導入剤のことを思い出した。強制的に起きられない状況になっていれば、淳史も落ち着いて出掛けられるかもしれない。
「心配だったら、眠剤を飲んでおくから」
「そんなものを使ってたのか?」
ますます表情を険しくさせる淳史に、逆効果だったかもしれないことに気付いた。淳史が、優生よりよっぽどまともな神経をしていることを、知っていたはずなのに。
「そうじゃないけど、眠れない時にもらって……」
また、淳史の腕が伸びてきて、優生の息を止めそうに抱きしめる。
「薬なんか飲まなくても眠らせてやるから、もう飲むな」
「……うん」
服用したことはなかったと、言うタイミングを逸してしまったまま、訂正することは出来なかった。




結局、優生を残したままでは家を出られないと言う淳史は、優生が戻ったという報告がてら、義之に差し入れを頼んでしまった。
優生の家出中にも迷惑をかけたに違いないのに、帰ってからも手間をかけさせてしまうことに気が引ける。ましてや、引っ越して間もないという義之と里桜が忙しくないはずがないのに、電話をかけて一時間足らずで二人は揃って訪れた。
覚えのある気配が近付いてくると、ソファに凭れかけさせた背が自然と伸びる。
淳史から絶対安静を命じられている優生は、毛布にくるまった病人然とした格好のまま、先に姿を見せた義之に頭を下げた。
ともすれば息が詰まりそうな空気が、続いて現れた里桜を認めた途端に和む気がする。
「ゆいさん、久しぶり」
屈託なく優生を見つめてくる里桜の、変わらぬ子供っぽさが清潔に見えて、つい目を逸らしてしまう。優生が里桜を苦手だと思う一番の理由がそれだと、本当はずっと前からわかっていた。幼さゆえの一途さで、ただ一人を思い、他の誰にも誘惑されない。叶うことなら、優生もそうありたかったと思うのに。
「……ごめん、わざわざ来てもらって」
何とか言葉を返した優生に、里桜は嬉しそうに笑いながら傍にやってきた。
「ううん。ゆいさん、ちょっと見ない間にますますキレイになった気がするねー」
その理由を確かめるように、優生の顔を覗き込んでくる。
「あ、ゆいさん、細眉……」
優生の頬へと伸ばされる指が、今にも触れそうなところで不意に遠ざかった。不思議に思って見上げると、不穏なオーラを撒き散らす淳史と目が合う。優生に触れさせないために掴んだらしい里桜の腕を、淳史は少し強めに後ろにいる義之の方へと押しやった。
「優生に触るな」
淳史が低く一言発しただけで空気が凍るような気がする。神経質なほど、淳史は優生が誰かと接触するのを警戒しているようだった。

「……ごめんなさい」
小柄な体を縮めて項垂れる里桜に、申し訳なさでいっぱいになる。
義之は不満げな表情を隠さず、庇うように里桜を腕に包んだ。無理を言って来てもらっている相手に不快な思いをさせている現実に、また優生の胃が痛くなってくる。
「俺、ごはんの用意してこようか?」
誰にともなく尋ねる里桜の言葉に、淳史は短く息を吐いて首を振った。
「いや、悪い、優生についててやってくれないか」
「うん……?」
わけがわからない、といった風に見つめ返す里桜を置いて、淳史は義之を連れてキッチンの方へ行ってしまった。聞かれたくない話があるのだろうと、わかっているから何も言えなかった。
不自然なほどの距離を取って優生の隣へと腰かける里桜に、声を抑えて話しかける。
「ごめん、ちょっとピリピリしてるみたいで」
「ううん……びっくりしただけだから」
首を振ってみせても、里桜の表情はまだ強張っている。体格の大きな相手や怒声に酷く怯えるという里桜に、怖い思いをさせてしまった。そうと知っている淳史に、鋭い声を出させてしまう自分の存在自体がもどかしい。
「他人事どころじゃない時期なんだろうけど……無理言ってごめん」
「そんなことないから気にしないで? 俺はテストも終わって、冬休みに入るのを待ってるだけみたいな感じだし」
「でも、緒方さんは12月は特に忙しいんだろ?」
「忙しいっていうか、毎日のように忘年会だとかクリスマスパーティーだとかっていって遅くまで帰らないけど、すごーく楽しそうだから気にしないで?」
義之に対する嫌味にしか聞こえない里桜の言葉は、引っ越し早々家を空けてばかりいるということなのだろう。年末が近付くと、つき合いだけでなく、挨拶回りなどの余分な仕事も増えるのだろうが、まだ高校生の里桜にはピンとこない世界なのかもしれない。
「里桜一人で待ってるの?」
「そういうことが多いかも」
「ごめん、せっかく早く帰ってる日に来てもらって」
「ううん。あっくんが電話くれたから早く帰って来たんだと思うから……俺の方が感謝しないといけないくらい」
義之は里桜をベタベタと甘やかしている印象しかなかっただけに驚いた。
里桜の顔は笑っているのに淋しげな気がして、ふと思いつくまま口にしてみる。

「里桜も一人で留守番してるんなら、こっちに来てもらうのはムリ?」
「えっ……?」
「俺、ほんと信用なくて……淳史さん、また仕事に行かなくなりそうな気がして心配なんだ。里桜が冬休みに入ったら、都合が良い時だけでいいから、こっちに来てくれないかな?」
「俺はいいけど……あっくんがダメって言いそう」
さっきの様子では、里桜が浮かない顔をするのも頷ける。けれども、だからこそ誰かと一緒にいた方が少しは淳史を安心させられるのではないかとも思った。
「あとで聞いてみるから……緒方さんがダメって言わないとも限らないし」
「義くんは大丈夫だよ。今は俺にとやかく言えるような立場じゃないもん」
それも、里桜を一人にしているからなのだろうか。
尋ねる前に、土鍋を持った義之がこちらへ来るのに気付いた。優生と里桜の話を聞いていた様子はなく、キルトの鍋敷を器用に敷いて、テーブルに小さな土鍋を置く。
「ゆいは調子が悪いときには固形物が食べられなくなるって聞いたから」
義之が蓋を取ると、やさしい匂いが鼻腔をくすぐった。細かく切った野菜と卵の浮いたリゾットは、食べてみたい気にさせる。
「すみません、気を遣わせてしまって」
「そんなことはないよ、少しは淳史に料理を仕込んでおかないといけないと思ってね」
ということは、これを作ったのは淳史だということなのかもしれない。
「味見はしたから安心して?」
優生の戸惑いは義之にしっかり伝わってしまったらしく、可笑しそうに返されてしまった。
またキッチンに戻る義之を見て、今更のように気付く。
「緒方さんと里桜もまだなんだよな?」
「ううん、俺は帰りに実家に寄って食べてきた」
「そうなんだ?」
「うん。やっと義くんと二人になったんだし、あんまり実家に入り浸りにならないようにしようと思ってるんだけど……一人になると、つい、くーちゃんの顔が見たくなっちゃって」
殆ど話題に登ることもなく優生には馴染みがないが、里桜には年の離れた弟がいる。
「そういえば、里桜には小さな弟がいるんだったよな」
「うん。もうすぐ7ヶ月。すっごく可愛いよー」
里桜の弟なのだから、相当に可愛いのだろうという想像はつく。


手狭なテーブルで食事を済ませると、後片付けまで義之に甘えることになってしまった。今度は里桜も一緒にキッチンに向かい、代わりに淳史が優生に付き添うことになったようだ。
口数の少ない淳史に話を切り出すのは勇気が要る。その胸元に預けていた頭を、そっと上げて表情を窺った。
「……里桜が冬休みに入ったら、遊びに来てもらってもいい?」
「構わないが……どうかしたのか?」
「緒方さんも留守がちだって言うし、俺も……閉じこもってるんなら、誰かと一緒の方がいいし」
「……合わないんじゃなかったのか?」
声を潜める淳史に、小さく首を振る。合わないというより、合わせようとしたことがなかったのだと思う。それに、他に淳史の同意を得られる人物が思いつかなかった。
「いろいろ迷惑かけたし、お隣さんになるんだし」
「もう里桜とはそういう話になってるのか?」
「淳史さんと緒方さんがいいって言ってくれたら、だけど」
「義之は反対しないだろう? それなら少しでも早く引越した方がいいか……落ち着いてからと思っていたんだが」
改めて、義之と里桜がもう引っ越しを済ませている意味を考えさせられる。
「ごめんなさい、とっくに引渡しも終わってるんだよね」
「おまえを連れていかなけりゃ意味がないからな」
先に引越しを済ませなかった理由を、淳史は事も無げに答えるが、とてもダウンしている場合ではないのだった。
「ごめんなさい……明日は頑張って起きるから」
また淳史に会社を休ませないためには、明日の日曜のうちになるべく用事を済ませなくてはいけない。
「無理しなくていいからな? 当面必要なものだけを先に揃えて、残りは追々にすればいい」
「でも、急がないと年末に掛かったら、いろいろ大変でしょう?」
淳史の仕事が年末年始はどれほど忙しいのか知らないが、急に欠勤したり気安く有給を取ったり出来るとは思えない。

「そういや、そうだな。カーテンはオーダーになるから年末にかからない方がいいだろうな。ベッドもソファも、もし在庫がない場合のことを考えたら少しでも早い方がいいか」
「えっと……淳史さんの仕事の話をしてるんだけど……?」
「引越しの時くらい融通がきくだろう? そのために、おまえがいない間も真面目にやってたんだからな」
「それは当日の話でしょ? ……っていうか、土日のうちに引越しすれば休む必要もないんだし」
「目処が立たないことには日も決められないだろう?」
今に始まったことではないが、私的な事情を優先させようとする淳史に、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
「……とりあえず、急ぎの用は明日中に済ませておこうよ?」
「そうだな、他のものは我慢できても、ベッドとソファくらいはないと困るからな」
「買い変えるの?」
「ああ、全部な」
「全部って……全部?」
間の抜けた問いを返してしまったのは、純粋に驚いたからだ。
「そうだ。ラグもテレビもダイニングの……いや、おまえが揃えたものは好きにして構わないが」
「それって、キッチンの中のもの? 炊飯器とかレンジとか……フライパンとかも?」
「そうだ。おまえの使い勝手が悪くならないように考えて決めればいい」
「じゃ、全部持ってく」
揃える時には、淳史が勤務中に抜けてきていたという事情があって、急いで決めてしまったものが殆どだが、優生には深い愛着があった。料金を払った淳史が処分するというなら仕方がないが、優生が決めていいのなら勿論持っていきたいに決まっている。
「引越しの荷造りは業者に任せても構わないか? 全部が嫌なら、荷解きだけ自分でするとかいうのもあるらしいが」
「よくわからないけど、置く場所とかって使う本人が決めないと不便じゃないのかな?」
「だろうな。結局やり直さなけりゃならなくなるくらいなら、荷解きはこっちでした方がいいか?」
「うん、その方がいいと思う」
「あとは色だな。おまえ、何色が好きなんだ?」
何色が好きというより、現状で充分に満足していた優生としては、できるだけ印象が変わらないようにしたいと思った。

「今もメインは白系だし、俺は同じ感じの方がいいけど……でも、緒方さんの所は? こっちが後になるんだし、被らない方がいいでしょう?」
といっても、もし里桜のイメージで合わせているとしたら、同じように白を基調としていたとしても、オレンジかピンクを利かせていそうな気がする。ましてや、義之の執着ぶりから察するに、新婚家庭をイメージしたコーディネイトをしているに違いない。
「うちはねー、アンティークホワイトにベビーピンクだよ。カーテンは淡いグリーン系」
唐突に話に入ってきたのは里桜で、後片付けを終えたらしく、義之と一緒にキッチンから出てきた。ソファに近いカウンターに置かれたダイニングチェアーに、並んで腰を掛ける。
「それは里桜の趣味?」
「俺もだけど、お母さんと義くんが特にねー。くーちゃんが産まれてから、みんなそっち系統に走っちゃってるんだ」
「やっぱり、赤ちゃんの影響って大きい?」
「うん。義くんなんて可愛がりすぎちゃって、いつ誘拐犯になるか気が気じゃないよ」
「そういうけど、もしかして里桜が産んだんじゃないかって思うくらいソックリなんだよ?」
見るからに子煩悩になりそうな義之は、籍を入れれば義弟になるはずの赤ん坊に、すっかり参っているらしい。
「また始まっちゃったよ……だから、くーちゃんの話は振らないようにしてたのに……」
「真面目な話、僕たちにくれないかなって思ってるんだけど、お義母さんがどうしてもダメって言うんだよ」
「当たり前だろうが」
横暴さでは勝っているに違いない淳史でさえ、それが無理な望みだとわかっているというのに、一番常識のありそうな義之が納得がいかないという顔をしているのが可笑しかった。
「でも、僕たちには子供は持てないんだから、里桜のミニチュアのような赤ちゃんが目の前にいたら、欲しくなってしまうのも仕方ないと思わないか?」
「勝手な理屈だ。俺が里桜の親なら、おまえを出禁にするぞ」
「淳史だって、ゆいに瓜二つの赤ちゃんを目の前にしたら気が変わると思うよ?」
まるで、その姿を思い描くような表情を見せる淳史に、鼓動が上がる。欲しいと言われても、優生に叶えることは出来ないのに。
「……確かに、誘拐犯になってしまいたい衝動に駆られそうだな」
「あっくんも、赤ちゃん欲しいの?」
会話に入りたくないと思ってしまう優生よりも、小さく呟く里桜の方がよほど切実に見えてドキリとする。

「僕は子供が欲しいわけじゃないよ? 里桜と血の繋がった来望(くるみ)だから欲しくなってしまうだけで」
問いかけられた淳史を遮って、先に答える義之の言葉は正しく里桜に伝わっているようだった。そっと里桜を抱きよせる義之の仕草にも、僅かも嘘は感じられない。
「俺も、子供が欲しいとは思ってないからな? ただ、おまえのミニチュアなら他の誰かの手元に置いておきたくないと思っただけだ」
同じように優生にフォローをする淳史の言葉も、嘘だとは思わなかった。ただ、その言葉のもっと深い意味には気付かないまま。
気恥ずかしさを隠すために、少し強引に話を元に戻す。
「……緒方さんのところがピンクなら、絶対に被ることはないよね」
「そうだな、さすがに俺にはきついな。無難に茶系か、淡いトーンにしてもらいたいところだが」
「俺も、派手じゃない方がいいかも」
「好みが近いと、こういう時に便利だな」
淳史の好みの色など聞いたことはなかったが、漠然とダークな色の方が好きなのだと思い込んでいた。それが間違っていることは、身近にある色がそうではないことで気付くべきだったのに。
「そういえば、淳史さんて車以外に黒ってないんだよね? スーツは濃い色が多いけど、他はそんなことないし。初めてここに来た時に、ちょっと意外な感じがしたんだけど」
「車は他に合うと思う色がなかったんだ。黒自体は嫌いじゃないんだが、いかにもという感じが気に入らなくてな。それに、部屋は暗くならない方がいいからな」
いかにも、というのは頷ける。殆ど黒を纏うことがないのに、なぜか淳史には黒の印象が強かった。
「……良かったら、引越しの手伝いにも来るから、遠慮しないで呼んで?」
二人だけの世界に入ってしまいそうな淳史と優生に気を遣ってか、近々隣人になる二人は世が更ける前に帰って行った。






知らぬ間に眠っていたようだと、目が覚めたことで気付く。
無意識に淳史を探す優生は、その腕の中にいることを知ってホッと息を吐いた。
ソファに深く腰掛ける淳史の膝に乗って、その胸に全身を預けるように凭れかかっている体勢は、まるで幼い子供になってしまったかのようだ。
夢だったのかもしれないと、まだ疑ってしまう優生の不安に気付いているかのように、淳史はそっと唇を寄せてくる。優しいキスを止めないで欲しいと言う代わりに、その首へギュッと抱きついた。
少し落ち着いてくると、義之と里桜が帰ってから、新しい部屋をどういう風にするのかイメージを膨らませながら話し合っていたことを思い出す。大体の予想図が描けたことで、張り詰めていた気が抜けたのか、優生の記憶はそこで途切れていた。
何度ここで抱き合ったかしれないのに、こんなにも愛着のあるソファを買い換えると言う淳史に、本当は同意出来ない。けれども、今の優生は淳史に意見できるような立場ではなく、何を言われても頷くしかなかったのだった。
「……何時?」
「11時過ぎだ。起こしたくなかったんだが、薬を塗らないといけないからな」
何を言われたのか理解できないうちに、優生の背を抱く手がすべり下りて、上着の裾を引き上げる。
「薬……?」
疑問形で呟いたつもりだったが、淳史は答えてくれそうもなく、あっという間に優生の下半身からスウェットも下着も抜いてしまった。
「うつ伏せの方がいいか」
独り言のような淳史の言葉に抗ってみても、その強い腕だけで、苦もなく優生の上体をうつ伏せに倒してしまう。淳史の膝に腰を残したまま、後ろから脚が開かれてゆく。
意識すれば相当に恥ずかしい格好だと、淳史は思いやってくれそうになく、まだ熱く充血している場所に視線を感じて、優生は為す術もなく顔を伏せた。
紙の擦れるような微かな音が、部屋が静か過ぎるせいで耳につく。腿に触れる手に、体中が震えた。
「いや……入れないで」
腫れぼったい入り口を指先で撫でられるだけで緊張が走り、とてもではないが中を触れられることには耐えられそうになかった。
「あっ……」
強い手が閉ざそうとする体を開かせる。
「薬を塗るだけだから少し我慢しろ」
「いや、何……の?」
「炎症を抑える薬を出してもらったんだ。往診してもらうのは嫌なんだろう?」
ということは、義貴に知られたということだろうか。あの見透かしたような眼差しを思い出しただけで熱が上がってきそうになる。きっと、また優生のことを淫乱だと思ったに違いない。それが事実だったからこそ、余計に恥ずかしくなった。
「や、いや」
いくら薬で滑りやすくなっていても、淳史の指を挿れられるのは辛く、我慢できずに腰を引いた。
「自分で塗るか? おまえの指の方が細いからな」
淳史の口調が些かも色気を含んでいないことに気付き、漸く、処置をするだけなのだと理解した。
指先に薬を落とされて、いざ自分で触れようとしたとき、不意に黒田にされたことが甦った。
淳史にそんな下心はないとわかっていても、灼け付くような羞恥に指を進めることが出来なくなる。優生の指ごと中をかき回していたのが淳史だったらと、想像しただけでぞくりと甘い痺れが背を走った。
「優生?」
震える指先を熱い襞の中へ埋めてゆく。思っていた以上に腫れているのは、昼間いやというほど淳史を受け入れたからで、思い出すとまた体中の熱が一ヶ所に集まってくるようだった。痛みと不安に緊張していた粘膜が、何かを待つように緩んでくる。
「いや……淳史さん、手伝って……?」
「大丈夫か?」
心配げな声は、優生が痛みに耐えられなくなったと思っているのだろう。耐えられないのは痛みではなく、甘い疼きだった。
「お願い、淳史さんの指も入れて」
優生の指に添うように中を探ってくる確かな質量感に、体は次第に甘く蕩けてくる。すぐに痛みを忘れて、また乱されたくなってしまう。
「ん……ぁん」
薬を塗布するために中で回される指を追うように腰を揺らして、更に奥へと誘った。自分の指を抜いて、淳史の指に擦りつけるようにしているうちに、どうしようもなく体は昂ぶってゆく。
「優生……?」
訝しげな声に、被せるように囁く。
「……指で、して」
ゆっくりと沈んでくる指が優しく撫ぜるのがもどかしく、感じる所へ当たるように腰を動かす。
「あぁっ……ん」
それに合わせて強く擦られると、痺れるような快感が体中に広がってゆく。背を仰け反らせて喘ぐ優生を、一気に追い上げようとするように指の動きが早まり、前を握る手に激しく扱かれる。もう、出すものはないと思っていたのに、銜え込んだ指を、襞が痙攣するように締め付けた。
「ん……あ、ぁんっ……」
張り詰めた糸がふっと途切れ、急速に波が引くように高揚感が治まってゆく。
淳史の腕に抱き起こされるまま、その胸先へぐったりと凭れかかった。
「……やっぱり、サイズの問題か」
「え……?」
聞き漏らしてしまいそうに小さく呟かれた言葉の意味を問い返す。
「俺が抱くと傷付けるだけのようだからな……指でこれだけ感じるんなら、その方がいいのかもしれないな」
「そんな……指も、気持ちいいけど……ちゃんと抱いて……?」
優生が淫乱なのだと、淳史のせいではないと言いたかったのだったが、随分驚かせてしまったようだった。
「治ってからな?」
困ったように笑われて、今すぐして欲しいと言ったように受け取られたことを知る。余裕の顔を向けられると、淳史の状態が知りたくて、そっと指を伸ばした。
「……驚かすなよ」
「だって……ごめんなさい、俺ばっか」
苦笑する淳史の、思ったほど余裕はなさそうな固く張り詰め始めたものを引き出す。
「優生」
咎めるような声を無視して頭を屈める。離れようとする淳史の腿へと手を置いて、唇を近付ける。
「そんなことはしなくていい」
寧ろ迷惑そうに見えたが、ただ、優生がそうしたかった。他の男のものの感触を消せるくらい、全て淳史の記憶に塗り変えたかったのかもしれない。
止められるのにも構わず、指で包んだ淳史のものへと口付けた。舌先を伸ばすと、淳史に触れた悦びで止まらなくなった衝動に任せて唇を被せる。舌で刺激しながら手を使い、高めることに夢中になった。なるべく深く迎え入れたり浅く出したりしながら舌を動かす。
声も洩らさない淳史の反応が不安で、上目遣いに表情を窺う。すぐには感情が読み取れず、ついじっと見つめてしまった。
「……優生、それは反則だ」
囁くような言葉と同時に口の中で一気に体積を増してゆくものへ、必死に舌を絡める。唇と舌で扱きながら、時折強めに吸う。喉の奥まで迎え入れようと思うが、全部を収めることは出来なかった。
「もう、いいから離せ」
優生の髪へ埋められた指が、膨らみきった欲望から唇を外させようとする。小さく首を振って、添えた手の動きを早めながら舌で擦る。
低く呻いた淳史が動きを止めると、熱いものが優生の口の中へ迸った。懸命に喉を上下させて、後から湧いてくるものを零さないように飲み下す。
受け止めきれたことにホッとして肩で息をついた。きっと、これから思い出すのは淳史の記憶に変えられる。
大きな掌に頬を撫でられて、両脇の下へと回された腕に淳史の胸元へと引き上げられる。優生の後頭部を抱き寄せた手が、あやすように髪を梳く。押し付けた頬へ伝わる少し早い鼓動と、微かに感じる機嫌の悪さに、淳史の気に入るようには出来なかったのかもしれないとわかった。
淳史が胸に留めていたものは、優生の思いもよらないものだったらしい。
「……ずいぶん慣れてるんだな」
低められた声は聞き洩らしてしまいそうに小さいのに、はっきりと優生の耳に届いてしまった。
聞こえなかったような顔をしていればいいと思うのに、嘘のつけない体質は聞き流すことも出来ない。首の後ろに回された淳史の腕に力が籠められるのを感じながら、雄弁に語る空気と裏腹に押し黙った。



- Not Still Over(2) - Fin

【 Not Still Over(1) 】     Novel       【 Not Still Over(3) 】  


なぜか、私の勤務する病棟は妊娠率が高いんです。
それに感化されたわけではないのですが、暫くそういう系統のお話が続きそうです。

今回、うちにしては(あくまで当サイト比)描写がきつめになっていますが、
お話の展開上必要だと思ったので……苦手な方には本当に申し訳ありません。