- Hide And Seek(5) -



「いってらっしゃい」
玄関先で黒田を仕事に送り出す優生に、何か言いたげな瞳が覗き込んでくる。
「……あの?」
優生から見送りのキスをするようにということかと思ったが、先日の仕返し代わりにわからないフリをしてみた。
「出勤前には、ハグもキスもしていただきたいんですが?」
いざ明確に言葉にされてしまうと、立場上、嫌だとは言いにくい。形だけでもと開き直り、そっと身を寄せて、唇を合わせた。
「あ……っ」
離れようとした腰を抱きよせられて、重ねたままの唇を割られる。すぐに舌が触れ合って、緩く吸われたり軽く擦られたりしているうちに力が抜けてゆく。その気持ちの良さに出勤前だということを忘れて流されてしまいたくなる。
錯覚しそうなほどの優しさに胸が騒いだ。
情愛を交わすような甘いキスはしたくない。クセも、息遣いも違うのに、目の前にいる男ではない相手を思い出してしまいそうになる。
唇を離してはまた啄むようなキスを何度かくり返して長いキスが終わり、優生を抱く腕が解かれる。
「仕事に行くのがイヤになりそうですよ」
冗談ともつかない笑いを残して、黒田の背がドアの向こうへ消えてゆくのを呆然と見送った。


体調が良くなってきたせいか、一人で待っている時間が少し退屈に思えてくる。
同時に、淳史以外の誰にも何も告げないまま音信不通になってしまったことがひどく気にかかった。
連絡がつかないことに気付けば、また勇士は怒り心頭に発して淳史に当たることになるのだろう。或いは、今度こそ呆れられてしまったかもしれないが。
なるべく早く連絡を取りたいと思いつつ、もう少しほとぼりが冷めるまではおとなしくしているべきだろうかと考えたり、気持ちは一定しない。後になるほど連絡しづらくなるとわかっているのに、いろいろな意味で勇気が足りなかった。
気を紛らわせるために、手間のかかる料理を作ってみたり、勝手に大掃除を始めてみたりと時間を潰す。
なるべく、淳史のことは考えたくなかった。淳史を思うたび、美波子と一緒の姿が浮かんでしまう。緩く波を打つ胸元まで伸ばした髪も、豊かで柔らかそうな白い肌も、淳史の好みに叶っているのだろうとわかる。少し濃い目の化粧は爪の先に至るまで隙がなく、やや派手めな印象からも容姿に対する自信が窺える。
出逢った頃、さんざん子供っぽいと言われた理由が、彩華だけでなく美波子に会ったことで、いやというほど身に沁みてわかった。
本来、淳史が恋愛相手に望む何もかもが、優生にはないものだった。
なぜ淳史が優生と恋愛する気になったのかは今もって謎のままだが、根本的な好みが変わるということはまずあり得ないことで、冷めるのは時間の問題なのだと思う。手を伸ばすまでもなく、既に美味いと知っている獲物の方から近付いてくるものを、断る道理などあるわけがない。
捜し出すと言われた言葉に怯えているのは、見つけられることではなく諦められてしまうことだと、疾うに知っている事実から目を逸らしながら日々を費やしてゆく。いつか、手を離したのは自分の方で、淳史が他の誰かを選んだのは当たり前のことだったと諦められるまで。




「あの、俺、一人で出掛けたらいけないとか、ないですよね?」
いつものように黒田を玄関先まで送り出しながら、優生はずっと気に掛かっていたことを尋ねてみた。といっても、了承をもらうのが目的ではなく、自分を励ますためだ。
「あなたが一緒に来てくれと言ったんですよ。私が止めた覚えはありませんが?」
「じゃ、構わないんですよね?」
「工藤さんには制限されていたんですか?」
黒田の推測はいつも的確で、優生をうろたえさせる。敵わない相手だからこそ選んだはずなのに、優生の想定を超える返答には戸惑ってばかりだった。
「だって、愛人って、いろいろ制限があるのかと思ったんです」
「縛られたいんですか?」
「いえ!」
慌てて首を横に振ったのは、淳史の時に感じたのとは比べ物にならないくらい、本来の意味での危機を感じたからだった。
「人目が気になるのなら、女性にでもなりますか?」
「……え?」
「家から一歩でも出る時には、女性を装えば、あなただとわからなくなりますよ。いっそ、私の連れ合いだということにしておきましょう」
「もしかして、それって追加条件だったりします?」
「いいえ。でも、工藤さんやあなたの親しい人以外なら、欺けるかと思いますが」
女嫌いのくせに優生に女装を勧めてみる心理はどうにも理解できない。
「女装はイヤです……変装くらいじゃダメですか?」
「私は構いませんよ。一目であなただと気付かれない程度に出来ればいいでしょう。次の休みにでも対策を講じましょうか」
出勤前の黒田をそれ以上留めることはできず、優生は短いキスで、広い背中を送り出した。


翌々日、優生は黒田の知り合いがいるという美容院へ来ていた。
優生を迎えてくれた相手は至って普通の、勘繰るなら、だからこそ黒田の好みなのかもしれないと思わずにはいられない20代半ばくらいの細身の男だ。短めの髪に少し彫りの深い顔立ちは女性的な面は全くといっていいほどなかったが、笑うと急に子供っぽくなる表情が印象的だった。
黒田とどういう関係なのかは敢えて尋ねなかったが、職業柄か人当たりが良く優しげな口調は、少なくとも優生の苦手なタイプではなさそうだった。
「性別がわからないような感じに、というお話でしたけど、このままでも充分悩みますね」
元から優生は中性的な容姿をしていたかもしれないが、高校時代は性別を迷われたという記憶はあまりなかった。淳史が長い方が好きだと言ったから伸ばしていた髪のせいもあって、そんな印象がついてしまったのかもしれない。
「細くて柔らかい髪ですね。少しウェーブがかかってるのは天パですか?」
優生はいわゆるネコ毛という髪質で、短くカットしている時はそうでもないが、伸ばすと緩くクセが出て微妙にウェーブがかかったようになってしまうのだった。寝グセはつきやすいが直しやすいという、どちらかといえば扱いやすい髪だと思う。
「短いとそれほどでもないんですけど、伸ばすとクセが出るみたいで」
「もしかして、この色も染めてないんですか?」
「なんか、色素が薄いみたいで」
「いいですね。こんな淡い色、なかなか出ないですよ」
「そうですか」
褒められるということが苦手な優生には上手く受け流すことが出来ない。そうでなくても、中学の頃から染めているのではないかと度々疑われた髪色は、優生にとってはあまり良い思い出がないものだった。
「もう少しボリュームが出るようにカットして、少し女らしい感じにしましょうか」
“女らしい”という言葉にひどく抵抗を覚えたが、女装よりはマシかと思い直して頷いた。当面の不安さえ回避できれば、おそらく次にカットする頃にはほとぼりも冷めて元に戻せるだろう。
鏡の中の自分から目を逸らしながら、器用な指が鋏を操るのに任せる。少し離れた所で待つ黒田の反応を見たくなくて、興味のない雑誌に手を伸ばす。時折かけられる言葉に軽い相槌を打ちながら、カットが終わるのを待った。

「こんな感じでいいですか?」
それは優生にかけられた言葉ではなく、黒田に確認するものだった。
「美人は何をしても似合いますね」
微妙に棘を含んでいるような気がしたが、鏡の中の優生は黒田の好みからますます遠ざかっているに違いなかった。
「化粧映えしそうですね。軽く試してみましょうか?」
冗談ともつかない口調は、事前に黒田がそれらしいことを言っていたのかもしれない。優生は慌てて断った。
「ごめんなさい、俺、アレルギーがあるからダメなんです」
「そうなんですか? じゃ、描くのは諦めて眉を整えておきましょう」
答える代わりに目を閉じる。一瞬の痛みを何度か耐えて目を開けると、意外なほど印象が変わっていることに驚いた。
元からそう濃くはない眉を細く、緩いアーチを描くように形を変えただけなのに、髪型と相まって優生の性別を混乱させるようだった。
「これで口紅を塗れば完璧ですよ」
賞賛の言葉に、優生はため息で答えた。人目を欺こうとしているのは事実だが、決して女性になりたかったわけではないのに。何とも複雑な気分で黒田を振り向いた。
「綺麗ですよ、今のあなたには欲情しませんから」
黒田も優生の心情に近いらしく、嘘を含んでいるようではないのに、とても褒め言葉には聞こえなかった。
「あと、洋服ですけど、一応合わせてみてください」
広げられた洋服の山は、黒田が頼んであったものらしい。主にカーディガンや重ね着用のセーターなどの、上から着るものばかりなのは、出掛ける時には女性を装えばいいと言っていたからなのだろう。
合わせが左上になっていることから、明らかに女性ものというわけではなさそうだったが、今まであまり選ばなかったような少し派手めの色合いの、中性的なデザインのものばかりだった。これでレースかリボンでもついていれば撥ね付けるところだが、明確に断り切れないものを選んでいるところが余計に腹が立つ。
げんなりとして黒田を睨んでみても、軽く肩を竦められただけで試着を免れることは出来そうになかった。
仕方なく、差し出された一枚を羽織る。認めたくはなかったが、ざっくり編まれたフードつきのカーディガンは、細身の優生によく似合っていた。
「そんなに嫌そうな顔をしなくても、自分で言い出したも同然のことでしょう?」
「俺、女装はイヤだって言ったと思いますけど」
「ですから、女性ものではないでしょう? しかも、あなたみたいな細身のサイズは探すのが大変だっただろうと思いますが?」
その労力を思うと、強く反論することは躊躇われた。優生が頼んだわけではなくても揃えてくれたのは事実で、そう思うとつき返すことは出来なかった。
女性の姿に擬態することには馴染めなかったが、良く取れば、自分ではないような気分になれないこともない。優生と親しい相手でなければ、すぐにはわからないだろうと思うくらいに印象が違って見える。そう思えば、一人で外出する勇気が少しだけ沸いた。






求められることが望みで、最初は優生の方からねだっていたはずなのに、日を追うごとに黒田のことが怖くなってゆく。
好きな男の面影に上書きしようとするかのような強さを持った相手に、いつか優生の記憶をすっかり塗り替えられてしまいそうな不安は日増しに大きくなっていった。
先に快楽に溺れたのは優生の方だったかもしれないが、それ以上に、黒田は優生を執拗に抱いているような気がする。やや荒っぽく、時には恋人のように優しく扱われるうちに、優生の気持ちは乱れてどうすれば良いのかわからなくなってしまう。
硬く、熱いものが今にも優生の体を開こうと押し当てられているのに、ムダと知りつつ腰を引いた。驚いたように、黒田が優生の顔を覗き込む。瞳を逸らしたまま、勝手な理屈を口にする。
「……稲葉さんとは、してなかったんですよね? 俺も、口でするだけじゃダメですか?」
「それでは、あなたを置いている意味がないでしょう? 第一、あなたの方が我慢できるんですか?」
「あっ……ん」
意地悪く笑いながら、長い指が中途半端に中をかき回す。欲しくないと言えば、もちろん嘘になる。
「……俺、は……黒田さんの指も、好きですけど」
「今更、条件を変更したいと言われてもきけませんよ。私は稲葉さんを抱けない代わりに、あなたに愛人にならないか尋ねたはずです」
もちろん、それはあの時の言葉遊びのようなもので、優生が本気に取って押しかけてくるなど想像もしなかっただろう。それでも優生を置いてくれた黒田に甘えて、自分から抜き差しならぬ関係を築いてしまった。
「あぁっ」
強引に押し入れられると息が止まりそうになる。無理な挿入は黒田にとっても辛いはずで、僅かに顰めた表情は苦しげだった。
「や……ん、んっ」
大きな掌が優生の前をやわらかく包んで扱く。息が抜けるたびに黒田は優生の中へ身を進めて、やがて全てを納めてしまう。
殊更ゆっくりと出し入れをくり返しながら、優生の中を満たしてゆくそれが、いつも容易く裏切らせる。小刻みに揺すられて、焦らすような緩慢な動きに耐えられずに首を振る。
「いい加減、工藤さんと別れたと認めたらどうですか?」
「……そんなの……最初から、わかってます」
「本当に、あなたは嘘を吐くのが下手ですね」
むしろ嬉しそうな声が、優生の耳元で囁く。腿の裏側を掴む手が、膝が肩につくほどに押し上げた。高い位置から突き入れられ、強く腰を打ちつけられると堪らずに泣き声を上げてしまう。激しい圧迫感と無理矢理引き摺り出される快感に涙が溢れた。
さんざん奥を穿って欲望を放つと、黒田は漸く優生を押え込む手を離して、苦しい体勢から解放した。
「……俺には、手加減しないくせに」
口をついた恨み言に、黒田は涼しい顔をして優生を見た。涙に濡れた頬にかかる髪を、うらはらに優しい指が払う。
「好きでもない相手に遠慮なんかしませんよ。それに、あなたは嗜虐心をそそるというか、泣かせたくなりますから」
まるで恋人のように扱うことがあっても、優生はただの囲われ者に過ぎないと、言い切る言葉を胸に留める。勘違いしたくなるのは優生の悪い癖で、察した黒田が釘を刺すのは、親切だと思うべきなのだろう。
「……そんなに大事にしてたのに伝わらなかったんですね」
「いえ。実は半年以上も離れているのは心配で、少し強引に迫ったのが逆効果になってしまったんですよ。確証が欲しいと言うのは私の身勝手だったようで、ひどい言葉で罵倒されました。やっぱり、愛していれば我慢しなくてはいけないものでしょうか?」
思いがけない言葉に戸惑いながら、優生は率直な答えを返す。
「どうなのかな……俺はしてくれない方が嫌ですけど」
「そのくらい思わせたかったのでクスリを使ったんですが。あなたには良く効いたのに、稲葉さんには効果がなかったようでした」
「え、あの、最初の時の……? でも、入れさせてくれなかったんじゃ?」
「指だけですよ。泣かれてしまったのは初めてで、うろたえてしまっているうちに飛び出されてしまいました。それきり稲葉さんとは音信不通ですから、あの後、どうしたのか凄く気になっているんですが」
「……黒田さんて、愛してるとか言いながら、結構ヒドイことするんですね」
「利己的なもので、どうしても見返りを求めてしまうんですよ。一緒にいられるだけで満足できるほど人間が出来ていませんので」
どこかで聞いたようなフレーズだと思った。稲葉も、黒田の腕の中にいるだけで充足していたのだろうか。即物的に求めてばかりの優生とは違って。
「俺も黒田さんと同じかも……腕枕も要るんですけど、その前にして欲しいと思ってしまいます」
「そのようですね。だから私の所には来たんでしょうから。稲葉さんもあなたのようだと楽だったんですが。あまり潔癖過ぎるのも難しいですね」
ふと、疑惑が胸に湧いた。たぶん、ずっと以前から腑に落ちないと思っていたことだ。
「……それを信じてるんですか?」
「どういう意味です?」
「いえ……もしかしたら、知ってるからこそ、したくなかったのかもと思ったので」
「……そういえば、そうかもしれませんね。その可能性を考えもしませんでしたよ」
「あっ……」
ふいに、優生の体が黒田の上へ抱き上げられる。大きく膝を割られて、硬く立ち上がったものが入り口を探ってくる。ついさっきまで抱かれていた名残を留めたままの優生の中を、一気に穿った。
「や、あっ……ん、は……っん」
下から激しく突き上げながら、優生の腰を大きく揺すって、中を力強く擦りつける。いきなりの行為に体も気持ちもついていけず、離したいはずの黒田の体にしがみついてしまう。
怒らせてしまったことにすぐには気が付かなかった。黒田が僅かも表情を変えなかったせいで、何気なく言った優生の言葉が逆鱗に触れたかもしれないとは思いもしなかった。
「……ぁん、は……あ、あっ……ん」
優生を前後に揺すりながら黒田の昂ぶりへと擦りつけられる度に、痛みよりも強い快楽に塗り変えられてゆく。
優生が黒田の相手なら、悩ませる間もなく簡単に落ちてしまうに違いない。或いは、そういう所が選ばれない理由なのかもしれなかったが。
我慢の利かない優生が達った少し後に、黒田も優生の中へ放った。何度か飛沫を打ち付けてから、ゆっくりと引き出される。
ホッと息をついたのも束の間、黒田はとんでもないことを言い出した。
「これからは、名前で呼んでいただくことにしましょうか」
「……え、でも」
今更のように、未だに黒田のファーストネームを知らない事実を思い出した。
「名前を知らないんでしたか? 聖人というんですよ」
「まさと……さん?」
「そうですよ。聖人君子の聖人と書いて“まさと”です」
「……ウソ」
「本当ですよ。どうやら名前負けしてしまったようですが」
優生の心の中を見透かしたように、先に本人に言われてしまう。
「でも」
優生が名前で呼ぶ理由などないと思ったのに。
「夫婦を装うのに名字で呼ぶのは変でしょう?」
「あ……」
尤もらしい言い訳に返す言葉もない。そういえば、一緒に買い物に出た日から、黒田は優生を“ゆい”と呼ぶようになっていた。
口の中で慣らすように何度か音にせずに呟いてみる。しっくりくるまでには随分かかりそうに思えたが、とりあえず呼んでみた。
「聖人さん」
「はい」
「あの……ごめんなさい、余計なことを言ってしまって」
もう充分な報復は受けたような気がしていたが、それでも謝っておかないといけないと思った。
「いえ、私も大人げないことをしましたので」
「今更ですけど、俺も知り合いにプラトニックしかダメっていう人がいるんです。何度か口説くようなことを言われたんですけど、その人もメンタルな恋愛しかしないんだって言ってました。だから、きっとそういう人もいるんだと思います」
取ってつけたような優生のフォローを、黒田は聞き入れる気はなさそうだった。
「口説かれるような相手を、よく工藤さんが許していましたね」
「だって、淳史さんの会社の人だし……それに、そういう意味では危ない感じは全然しないんです」
もし紫にそんな下心があったのだとしたら、隙だらけらしい優生に指一本触れていないはずがなかった。
「あなたの評価は信用できませんけどね」
「その人、見た目がちょっとチャラいから誤解されるかもしれないんですけど、触られたこともないし、ほんと優しい人なんです」
「工藤さんの会社の人ということは、もしかして後藤さんですか?」
「そうです、黒田さんも面識があるんですか?」
「よく工藤さんと一緒におられましたから、顔と名前くらいは覚えていますよ。直接話したことはないですが。遊んでそうに見えましたけど、よく無事でしたね」
「無事も何も、求められてもないんですけど……紫さんは、あ、後藤さんのことですけど、プラトニックっていうよりストイックなのかもしれません」
黒田と共通の知り合いがいて、論議を交わしているのは何だか不思議な感じがする。
「意外ですね。稲葉さんでもキスくらいはさせてくれますよ。それ以上は難しいですけど」
「あの、入れさせてくれないだけじゃなかったんですか?」
「それが、なかなか手強いんですよ。いい感じになればなるほど機嫌を損ねてしまいますので。あなたの想像通りなのかもしれませんね」
「性急だったとか……ただ怖がっていただけなのかも」
もはや何の意味もなさそうなフォローを、ムリを承知でくり返す。できれば、優生の言葉で海外に行った恋人を諦めさせるような結果にはしたくなかった。
「一度、後藤さんの言い分も聞いてみたいですね」
「紫さんは自分の考えを押し付ける人じゃないし、稲葉さんとは違うかもしれないですけど」
どうあっても黒田に合わせてくれなかったという稲葉とは、おそらく違うタイプだろうと思った。優生のためならポリシーくらい、いつでも変えてもいいと言ってくれた紫とは。



- Hide And Seek(5) - Fin

【 Hide And Seek(4) 】     Novel       【 Hide And Seek(6) 】  


実は、元々の設定では、“毅”と書いて“たもつ”という名前でした。
続けると“くろだ たもつ”。
ん?どっかで聞いたような?と気付いて已む無く改名……。
自分の中でイメージが固まっていただけに結構辛かったのですが、
実在する有名人と一緒というのは自分的にも許せないので。
名前を変えたせいで、自分の中で随分イメージが変わってしまいました。