- Hide And Seek(3) -



チャイムの音に、出るべきか待つべきか迷ってしまった。
10時までに戻るといった黒田だろうと思いつつ、もし他の誰かだったら、どういう対応をすればいいのかわからない。
玄関の内側で迷っている間に、黒田は自分で鍵を開けて入ってきた。
「開けてくれないんですね」
責めるような口調に、用意していた言い訳を返す。
「ごめんなさい、もし黒田さんじゃなかったらどうしようと思って」
「そんなに困るほどのことでもないでしょう? 小学生でも留守番くらいできますよ。迂闊に開けないように躾けられていたんですか?」
その通りだと言えば、また呆れられると思って答えに迷う。
「工藤さんは過保護ですね。まあ、起きたことを思えばわからないでもないですが」
張本人の言葉とは思えない、ふてぶてしい言葉にカッとなった。少し乱暴に、黒田の服を引く。
「……お出迎え、しないといけないですよね」
優生が届くくらいに屈ませて唇を狙うつもりが、軽く払われた。
「仕事から戻るとすぐ入浴することにしていますので、ハグもキスも身綺麗にしてからにしてください」
不要だと言われると、押し売りしてしまったようで少し恥ずかしい。
「別に、ムリにしてもらわなくてもいいです」
「愛人になったんじゃなかったんですか?」
正しい愛人のあり方など知らない優生には、自分のためではなく相手のためにそうするのだということがすぐには理解できなかった。
「俺は、汗をかいてるくらい気にしませんけど」
もし、そのまま行為になだれ込む気だったとしても、優生は一向に構わない。
「そういうレベルの問題ではないんですよ。話は後にしてください」
そんなにも浴室へ急ごうとする理由がわからなかった。警護だか警備だかの仕事は、そんなにも不衛生なのだろうか。
「あの、俺はどうしてたらいいですか?」
背中を流すとか、バスタオルを広げて待っているとか、ビールを用意しておくとか、何か愛人らしいことをしなければならないのかと思った。
「今日は結構です。好きにしていてください」
「あの、お風呂上がったら、すぐごはんにします?」
「そうですね、お願いします」
前に泊まった時には朝食は米飯の方がいいと言っていたから、焼き魚に出し巻き卵に味噌汁というオーソドックスな和食のメニューで様子を見るつもりだった。おいおい好みがわかってくれば、少しずつ変えていけばいい。
一通りよそってテーブルに用意してから、お茶を淹れるためにキッチンへ戻る。
湯が沸くのを待っている間に、風呂を上がったらしい黒田がキッチンへ向かってくるのがわかった。優生の傍まで近付いてきた気配に、振り向きもせずに声をかける。
「黒田さん、緑茶でいいですか?」
「あなたと同じで構いませんよ」
「もう少し待っ……」
背後から伸ばされた腕が、少し乱暴に優生の肩を振り向かせた。覆い被さるように優生を腕に閉じ込めると、せっかちな唇で言葉を塞ぐ。反射的に逸らせようとした頬を、強い指が押えた。身を離そうと黒田の胸元を叩く手が、手狭なキッチンの壁に押し付けられる。
「……や、んっ」
「身綺麗にしてからと言ったでしょう?」
一度離れた唇がゆっくりと重ねられてゆく。さっき断られたと思い込んでいただけに、黒田の意図がわからず戸惑った。後で、という言葉通りの意味だったのだろうか。
首筋から衿の内側へ、撫でるように辿る掌が止まった。
「熱がありますよ。どうも、あなたは私の所に来ると熱が出るようですね」
いろんなことが短期間に起きて、優生の精神がついていかなくなり、それが体に出てしまったようだった。優生はいつも、体の疲れも精神の疲れも、熱や胃痛になって表れてしまう。
「食事は済ませましたか?」
「いえ、俺は」
「食べられそうにないんですか?」
「はい」
「では水分だけでも入れておきましょう。後のことは構いませんから休んでいてください」
「でも」
少し強めに背を押されて、仕方なく寝室に向かう。ついてくるかと思ったが、黒田はキッチンから出てこなかった。
少し遅れて、黒田はスポーツドリンクのペットボトルを持って優生の傍に来た。ベッドに腰掛けた優生にペットボトルを差し出す。
「なるべく水分を入れて、ゆっくり休んでください。私も食事をいただいたら眠りますので」
「……ごめんなさい、お先です」
軽く頭を下げると、黒田は優生の唇へと短いキスを落とした。


「眠れないんですか?」
ベッドに横になっていても一向に睡魔の訪れる気配はなく、黒田が寝室に入ってきた時にも眠ったフリをする気にはならなかった。
「俺のことは気にしないで休んでください」
「そういえば、あなたは添い寝が要るんでしたね。それで昨夜は寝付きが悪かったんですか?」
冗談とは思えないほど真面目な顔で尋ねられると、そうなのかもしれないと思った。強い腕に包まれて眠るクセがついてしまったせいで、一人では落ち着けなくなってしまっている。
「本当に、中身は幼い子供のようですね」
呆れたような口ぶりだったが、差し出された腕はひどく優しかった。
「腕枕がいりますか?」
他の男の腕でも、抱きしめられていれば安眠できるだろうか。
「甘えん坊なんですね。抱き枕もないと眠れないんですか?」
もしも淳史も同じなら、すぐに別の枕を探すだろう。自ら放棄してきたその場所に、他の誰かがいるかもしれないと思うと胸が苦しくて、黒田の胸元へそっと顔を伏せた。
「今日はおとなしいんですね」
撫でるように頬を包む手の、意外な優しさに泣きそうになる。“おやすみ”の代わりのように、軽く唇が触れた。
厚い胸板に身を預けて目を閉じていれば、眠りが訪れそうな気がする。黒田の思惑は知れなかったが、錯覚してしまいたくなるほど、優生の好きな腕に似ていた。
薄れかけた意識が沈んでしまう前に、黒田の声に戻される。
「本当に見つかりたくないんでしたら、あまり外に出ない方がいいかもしれませんね。私には前科がありますから、工藤さんも警戒しているかもしれませんし」
「……籠もってるのには慣れてます」
もし黒田が優生の行動に制限をかけたいのだとしても、取り立てて不便は感じなかった。特にしたいことも、他に会いたい人も、もういなかった。




視線に気付いて目を開いた。随分と長く眠っていたような気がする。
軽く唇を啄むと、黒田は優生の額に手を当てた。もしかしたら、今だけは看護者の目線で優生を見ているのかもしれない。
「少しは楽になりましたか?随分よく眠っていましたが」
「ごめんなさい……何時くらいですか?」
「四時過ぎですよ。寝汗をかいたようですし、熱で消耗していますから水分を摂っておいてください」
「すみません」
渡されたペットボトルを受け取って、黒田の指示に従った。少し甘い電解質は、思っていたよりもスムーズに喉を通ってゆく。
「起きられますか? 食欲がなくても、少しでも食べた方がいいですが」
「ごはん、作らないといけないですよね」
「私の心配は回復してからにしてください。胃が弱いそうですが、お粥くらいなら食べられるでしょう?」
返事をすりかえた優生の思惑はバレているらしく、黒田は少し怖い顔を見せた。
「……欲しくないんです」
「そうやって拒食症にでもなるつもりですか? どうしても食べないんなら、鼻からチューブを通して栄養剤を入れますよ?」
「鼻からって……」
「点滴では痛くも苦しくもないから食べる気にならないでしょう? 鼻からチューブを通して、直接胃に入れてあげましょうか?」
まだ黒田の言葉の意味がよく掴めないまま、剣幕に負けて食事を摂ることにした。

パジャマのままリビングに移動して、言われるままに席につく。
すぐに、黒田は小さな土鍋に入った卵粥を優生の前に置いた。
「黒田さん、普段から料理するんですか?」
「一人暮らしですから基本は自炊ですよ。あなたほど上手ではありませんが」
「そんなことないです。お粥、おいしそうだし」
「それなら残さず食べてください。食事をしないで元気にはなりませんから」
「はい」
黒田はまるで監視でもするように、優生をじっと見つめた。食べることがそれほど大事だとは知らなかったが、素直にレンゲを取る。
黙々と粥を減らす努力をしながら、ふと、黒田が昨日はとうに家を出ていたことに気付いた。
「そういえば、お仕事は大丈夫なんですか?」
「昨日の夕方から今朝まで働いていたというのに、まだ仕事に行かせるつもりですか? 今日は既に出勤扱いですよ」
「はい……?」
「仮眠を取っているといっても約16時間勤務ですから、二勤務分をこなしたのと同じようなものです。もちろん明日は休みですよ。シフト表を渡しておきましょうか?」
「はい」
渡されたA4サイズほどの用紙に印刷された表は、アルファベットでシフトを表しているらしい。暗号のようなその表の見方を尋ねるより先に、欄外に書かれた“病院”という文字や師長という言葉の方が気になった。
「あの、黒田さん、警護やってたんじゃなかったんですか……?」
「あれは求職中にしつこく誘われたので繋ぎに引き受けただけですよ。今は看護師に戻っています」
「戻ってって……黒田さん、看護師さんなんですか?」
「まあ、最も白衣の天使にほど遠い人種だろうという自覚はありますが」
イメージが違うにもほどがある。まだ医師だと言われた方が真実味があるような気がした。きっと、患者をびびらせる怖い看護師なのだろう。
「あ……だから、鼻からチューブって言ったんですか?」
「そうですよ。食べない患者さんに言う常套句です」
絶対に、黒田の勤務する病院の世話になりたくないと思わずにはいられない。
「帰ってすぐにお風呂に入るのは、消毒の臭いが気になるとか、そういうのですか?」
「いいえ、あなたが想像も出来ないような患者さんと接していますから、病気に対して神経質になっているんですよ。検査して初めて結核や肝炎だとわかる場合もありますから」
「病院って怖いんですね」
「そうですよ。私が菌を持ち込めば、あなたに感染してしまうかもしれませんしね」
そこまで気遣っているのなら、どうしてコンドームを使わないのだろうかと、ふと思った。優生が病気を持っていない保証もないのに。
自分でも驚いたことに、話している間に粥はすっかり片付いてしまっていた。軽く両手を合わせて頭を下げる。
「ごちそうさまでした」
「まだ何か食べられそうですか?」
「いえ、もうムリです。急に食べると胃がびっくりするし」
「そうですね。思っていたより入りましたし、いいでしょう」
どうやら優生はすっかり患者になってしまっているようだった。そのうち、聴診器でも持ってきてナントカごっこを始められるのではないかと少し不安になる。
「あの、黒田さんは看護師さんを長くやってたんですか?」
「奨学金を頂いたので、三年勤めました。いわゆるお礼奉公というやつですね。晴れて自由の身になってから、あなたもご存知の方の所で一年近く勤めて、解雇されたのでまた病院勤務をしているんですよ」
「え、え? 黒田さんて……いくつなんですか?」
「25歳ですよ」
「ウソ……そんな若かったんですか?」
「工藤さんより年上だと思っていたんでしょう?」
「そんなことは……でも、そんなに若いとは思ってませんでした」
「たいてい年齢より上に見られますので」
知れば知るほど、黒田は優生の思っていた人物像からかけ離れてゆくようだ。
「あの、そしたら、警護の方は本職じゃなかったんですよね? なんか、そっちの方が全然本当っぽい感じがするんですけど……」
「全くの素人ですよ。かなり強引に頼まれましたので、断り切れなかったという感じでしたから。給与が破格でしたから怪しいとは思っていたんですが、やっぱりひどいオーナーでしたよ。日常的にセクハラされましたし」
「梨花さんて人にですか?」
性格はともかく、グラマーで美人だったが。おそらく、普通の男なら喜んで受け入れてしまいそうに見えた。
「生憎、私は女性には全く感じませんので。いろいろやられましたけど、反応しないだけでなく全身総毛立った時に漸く無理だとわかっていただいたようで、ターゲットを別な方に移されました」
それが淳史だったのかどうか聞くことは出来なかった。意味ありげな顔をしていても、黒田の方から教えてくれることはなかった。




「抱いても大丈夫ですか?」
並んで腰掛けたベッドで、尋ねられるまでもなく求められることはわかっていたのに。それが優生の存在意義だということも。
俯く優生の首筋へと指先が触れた。胸元へと肌をたどられると熱が灯ってゆく。
耳に軽く立てられる歯が背をぞくりと震わせた。その感覚から逃れようと前のめりに倒れてゆく体が、うつ伏せにベッドの方に倒されてゆく。
「あっ……」
シャツの裾を上げさせるようにして胸へ辿りついた手が、固く尖った小さな粒を撫でる。
「や」
身を引いても背後の黒田に密着するだけで、逃れることは出来ない。
「……は、ん」
うなじに口付けられると体の力が抜ける。緩く触れた唇と、産毛をなぞるように舐める舌が優生の抵抗を苦もなく解いてしまう。
愛撫を請うように熟れた突起を弄られているだけで、血液が下半身へ集まってゆく。熱を逃がしたくて捩る腰を黒田に押し付けるような格好になり、更なる刺激を催促してしまう。
「あぁっ……あ、ぁんっ……」
下着の中で窮屈に生地を押し上げるものへと指が絡む。裏側を指の腹でさすられると腰が跳ねた。
「……敏感過ぎますね」
囁くような声とともに、下着とパジャマのズボンをまとめて抜かれる。優生の背中に黒田の体重がかけられて、うなじから顎へと滑った手が唇を撫でる。
「っん……」
開かせるように入ってきた長い指が舌を探った。表面を撫で、裏へ潜り、指に絡ませようとする。
「舐めてください」
囁くような声に、おずおずと舌を動かした。太い指にキスをするように舐めたり絡んだりしているうちにひどく淫らな気分になってくる。
「あっ……」
唐突に指を引き出されて、思わず背後を振り返った。優生がよほどもの欲しげな顔をしていたのか、黒田は苦笑まじりに唇へキスをくれた。
「ん……ぁん」
優生が濡らした指が、まだ固い入り口を撫でる。
「もう少し腰を上げてくれませんか」
口調は丁寧なのに、優生には逆らうことが出来なかった。膝を立てて腰を浮かすと、馴染ませるように中で指が回されて、敏感なところを優しく押す。
「あっ、ぁんっ……ああっ」
背骨を走る快感に仰け反るように体を揺らした。複数の指は奥まで埋められて、優生を高みへと追い上げる。
いきたいと伝えようとした時、痛いほどに立ち上がった根元を、大きな手が止めた。指の抜け切れないうちに、熱い切っ先が優生の体を裂くように押し入ってくる。
「……いっ……」
性急さに息を飲んだ。いつも、馴染ませるようにゆっくりと優生の体に入ってくる淳史に慣れ過ぎていたせいで、体が油断してしまっていたのかもしれなかった。締め出そうとするように、全身に力が籠る。
「そんな、初めてみたいな反応をしないでくれませんか……それとも、そんなにも我慢できないんですか?」
感じ入ったわけではなく、傷付けられることを恐れた体が反射的に身を硬くしたのだったが、黒田は気にも留めずに強引に押し入ってきた。
「……っく……や、あ」
「少し、緩めてくれませんか? そんなにがっつかなくても、いくらでもおつき合いしますよ」
「ちが……急、だったから、びっくりして……」
「こんなになってるくせに、まだ急だと言うんですか?」
「……痛いの、ダメなんです」
「そんな初心者でもないでしょう? 工藤さんはそんなに焦らすんですか?」
「違います、淳史さんのは凄く大きくて……入ってくる時が辛くて、いつも時間をかけてくれて……んあ、あっ」
更に奥を突かれて息が止まる。身に覚えのあるオーラは怒りの色をしていた。
「私では物足りないですか?」
「そういう、意味じゃ、ああっ……っく」
淳史ほどではないにしても、大人の男の充分過ぎる質量を持った黒田のものが優生の過敏なところを擦りながら捻じ込まれる。折り曲げられた体が容赦なく揺さぶられて、その存在感を主張する。
「いっ……あっ、ああ」
そんな嫌がらせをするほど瑣末なものではないくせに。
毒づこうと思ったが言葉にならず、ただ喘ぐことしかできなかった。挿入されたまま中で回されて突き上げられると怖いほどの快感が体を巡る。
「はんっ、や、やぁっ……」
抑えようと思う間もなく、優生の前が弾けて、銜え込んだ黒田のものを締めつけた。短く呻いた黒田が、優生の中で身を震わせる。
「やっ……いやっ」
中で出されるのは嫌だと、あれほど言ったのに。
黒田の体を押し返そうとする優生をきつく抱いて、そこにも意思があるかのように激しく脈打つものが、全てを中へ吐き出した。
「……っく」
自分でも驚くくらいに感情は納まらず、しゃくり上げるように嗚咽が洩れる。
「……そんなに、イヤですか」
黒田の声は少し掠れて、心なしか傷付いているかのように響いた。



- Hide And Seek(3) - Fin

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やっと黒田の本職が出てきましたvv
次は名前ですー。
それにしても、エロ度が上がるわけではありません、と言いつつ、
毎回エッチばっかしてるような気がします……。