- Hide And Seek(1) -

【 ご注意! 】
優生が淳史以外の相手と過ごすのは許せないという方は、この11話は飛ばしてくださいー。



「突然すみません、番号、変わってなかったんですね」
切羽詰っているはずなのに、妙に暢気な口調になってしまう。何と名乗れば良いかわからず名前は告げなかったが、相手には通じたようだった。
『……どうかされましたか?』
相変わらずの穏やかな声にホッとするのは、優生が投げ遣りになっているからなのかもしれない。
「愛人の席って、もう埋まってしまいました?」
『どうしたんです? 急に』
「空いてたら立候補したいと思って」
『……工藤さんと喧嘩でもされたんですか?』
急に不機嫌そうな声になるのは、二度と関わりたくないと思っていたからなのだろうか。それでも、短時間でとはいえ、さんざん迷って白羽の矢を立てた相手を諦める気にはなれなかった。
「別れて欲しいと言われたんです」
『まさか』
「本当です。それでスポンサーを探してるんですけど、黒田さん、なってくれませんか?」
そんないい加減な口説き文句にも拘らず、黒田はとりあえず会うことを提案してきた。
連絡がついたことと、すんなりと応じてくれたことで、優生はそういう運命だったのだと錯覚してしまった。ただ単にタイミングが良かったからに過ぎないと考えられれば、遠回りしなくてもすんだかもしれなかったのに。



あまり人目に付くのは避けたいことを告げて、黒田の指定する駅で落ち会うことになった。
既に黒田の家の側まで行っていた優生は来た方向に三駅戻ることになり、淳史と出会いかねない路線に緊張しながら約束の場所へ向かう。
黒田が会うことに応じたのは優生の申し出を受ける気があるからかもしれないと期待してしまいそうになるが、自惚れるのは早過ぎるのかもしれない。気が変わっていなければ、黒田には心に決めた相手がいるはずなのだから。
改札を抜けると、背の高い黒田の姿はすぐに視界に飛び込んできた。
けれども、生成りのシャツにデニムという、おおよそ優生の持っていたイメージとかけ離れた格好に一瞬別人かと疑ってしまった。殆ど黒いスーツ姿しか見たことがなかったせいで、白っぽい色が意外と似合うことにも驚かされた。いつも晒されていた額も、今日は少し長い前髪が柔らかくかかっている。もしかしたら、黒田は優生が思っていたよりも若いのかもしれないと思った。

「すみません、待ちました?」
「いいえ。電話を終えて30分ほどですから、そんな余裕はありませんでした」
「あの……?」
進むべき方向を迷い、黒田を窺う。わざわざ黒田の部屋から遠ざかってきたような状態では、どこか話せる場所を探さなくてはならなかった。
「うちへ来ますか?」
「え、でも」
「引っ越したんですよ、前の所は不便になりましたので」
「そうだったんですか」
優生の知らない半年ほどの間に、黒田の生活にも変化があったのだろう。新しい就職先のせいか、恋人のためか、気にはなったが、何となく問うのは躊躇われた。
「断っておきますが、工藤さんの所のように高級ではありませんし、広くもないですよ?」
淳史の部屋がムダに広いのだと思うが、そう言うわけにもいかない。
「住む所があるだけでも羨ましいですけど……俺は今日のベッドもまだ確保できてないのに」
「好きで出てきたんでしょう? あなたには帰る場所がたくさんあるはずですよ?」
優生の素性を調査済みの相手の同情を引くには、分が悪過ぎるようだった。
緊張感のない会話をゆったりと交わしながら、10分ほどで、まだ新しそうなマンションに着いた。
建物に入るだけで暗証番号がいるような構造ではなかったが、決して卑屈になるような粗末な物件でもない。
「2階に上がってすぐ左です。表札は掛けていませんので、覚えておいてください」
それは置いてくれるという意味なのだろうか。
黒田が玄関のドアを開けたまま待ったのを、先に入るように促されたのだと思い、軽く頭を下げて足を踏み出した。
「先に言っておきますが、中に入ったらただでは帰しませんよ?」
「そうなったら一晩くらい泊めてくれますか?」
「……全く、あなたという人は進歩がありませんね」
やれやれと言いたそうな表情からは、黒田の思惑は読めないままだ。でも、このまま帰るくらいなら、最初から電話をかけたりしなかった。
軽く肩をすくめて、思い切って玄関を上がる。廊下の向こうの、リビングダイニングに続くドアを開けると、意外なくらい生活感に溢れた部屋に驚いた。
「黒田さんて……もっと几帳面な感じかと思ってました」
「散らかってますが、と言うのを忘れていましたね。これでも、男の独り住まいにしては片付いている方だと思ってるんですが」
「ごめんなさい。散らかってるとかいうんじゃなくて、黒田さんは神経質そうだと思ってたので」
「本当にあなたは人を見る目がありませんね。とりあえず適当に座っててください。コーヒーでも淹れますから」
「あの、できたら先に話したいんですけど……黒田さんに断られたら次に行かないといけないので」
当てがあるような言い方は嘘になるかもしれないが、少なくとも今夜の宿泊先くらいは確保しておかないといけないという切実な事情がある。遅くなるほど、当たるのが困難になってしまうことはわかっていた。
促されるまま、壁際のソファに腰を下ろす。少し距離を置いて黒田が隣に腰掛けた。
「そちらの条件は?」
「寝食のお世話になりたいっていうのと、匿って欲しいんですけど」
「匿うというのは、工藤さんからですか?」
「あ、いえ……もしもの話なんですけど、誰かに尋ねられても俺のことは内緒にして欲しいんです」
捜してくれると思い込んでいるかのような自分の言葉に泣けてきそうだ。諦めたつもりでも、やっぱり淳史に追われたいと思ってしまう。
「期間は?」
「黒田さんが、俺に飽きるまで……って言っても、最初から俺には興味ないのかもしれませんけど」
以前、あと五年ほど経って黒田の好みに育っていれば考えてもいいと言われた言葉からすると、今の優生には何の価値もないのかもしれないが。
「一生飽きなかったらどうするんです?」
「え……そんなことには、ならないと思いますけど……」
わざと優生が返答に困るようなことを選んで言っているのだろうが、一瞬本気に取って戸惑ってしまった。そんな先のことではなく、今夜の、或いは暫くの居場所が欲しいだけだ。
「では、終わりは私が決めても構わないということですね?」
「……はい」
念を押す口調の強さにたじろぐ。引き返せるはずもないのに、つい戻ることを想定してしまう自分の往生際の悪さに唇を噛んだ。
「自殺は考えてないでしょうね?」
「もう黒田さんに迷惑をかけるつもりはないので……早くラクになりたいとは思いますけど」
「死に場所を探してるんでしたら、私は辞退しますよ?」
「そういうんじゃないですけど……もう時効だったらハッキリ断ってください。でも、受け入れてくれる気があってもなくても、淳史さんには知らせないで欲しいんですけど」
「わかりました。他の男を思って泣くあなたは嫌いじゃないですから」
身勝手な申し出を受け入れたもらえたことに、ホッと息を吐いた。
「解約はさせませんよ?」
鋭い眼差しで念を押す黒田に、深く考えずに頷く。
もう、優生には引き返す道もなければ他の未来を描く気力もなかった。今はただ、安易な方に引き擦られそうな優生を止めてくれる腕が必要なだけだった。



- Hide And Seek(1) - Fin

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ヘタレ過ぎてなかなか始められなかったのですが、やっと始動です。
相手役はご想像の通りだったんじゃないかと思っているのですが、いかがでしょう?
たぶん、次回からずっと優生が泣きっぱなし、な感じになりそうなので、
ほんと、苦手な方は12話が始まるまで待っててください。