- ゆびわのきもち(5話) -



緊張で眠れないのではないかと心配したのは横になるまでで、意外にもレナードの傍は心地良かった。
ドキドキしているのは間違いないが、どちらかといえば安心感の方が強い。
わざわざ近付かなければ触れ合わないほども広いベッドでは、寝返りを打ったはずみで相手に触れてしまうというようなこともなく、ふっと流されたくなるような指環の効果もそれほどの脅威にはならなかった。
だから、翌朝の目覚めも清々しいもので、これなら毎晩でも同衾してもらいたいくらいの快適さといえる。
ただ、幸いと思うべきなのだろうが、マシューが起床を促すために部屋を訪れるまでの間にも、レナードは甘い雰囲気を作ろうとはしなかったのだった。


身支度を済ませてレナードと一緒に朝食を摂った後は、今日も執務室に移動して内務諮問会議の見学をすることになっていた。
昨日のように離れた場所で静観しているつもりが、レナードの隣に用意されていた席に半ば強引に座らされてしまう。
さすがに衆目の中でレナードに意見する勇気はなく、恨みがましい瞳で見上げてみる。
「特に意見を求めたり発言させたりするつもりはないから心配しなくていい。今は座って見ているだけでいいからな」
レナードは和巳の抗議の視線を受け止めながら、やんわりと諭すように声をかけてきた。
そこだけ見れば、二人の仲が多少なりとも進行したように見えるようで、あちらこちらで冷やかしともとれる声が上がる。レナードはそれを諌めるでも否定するでもなく、満足げに笑うだけだった。
これではますます誤解されてしまうと思いつつも、レナードの意図が掴めないままではどんな表情をするべきなのかわからず困ってしまう。
空気を壊さないよう含羞んで見せるべきなのか、いっそ無表情を装ってみるべきか。

戸惑っているうちに、雑談を制止する声がかかり、会議が始まった。
取り仕切っているのはレナードを挟んで反対側の隣に座るフレデリックで、和巳に対する時と同様、穏やかな雰囲気で進行させてゆく。
今日の議題は排水路の補修工事の進捗状況の報告及び見直しについてだった。
この国は精霊の守護のおかげで自然災害は殆どないということだが、それなりにインフラも整備されているらしい。
和巳が保護されているのが王宮という場所柄もあるのだろうが、風呂場や洗面所には水が引かれていて、ランタンライトのような照明は夜間でも十分な明るさを得ることができた。
和巳が快適に過ごせているのは特別扱いされているからだけでなく、民間レベルでも、ある程度の文明は発達しているのだろう。
ましてや温暖な気候のこの国では、王宮を出たあとも、カレンの言っていたようにさほど不便を感じることなく暮らしていけそうだった。
どのみち帰れないのなら、少しでも順応する努力をする方が有意義だと、少しずつ気持ちが傾いてゆく。
レナードの元を離れるのは時間の問題だろうから、情報を得ることとと生活力をつけておくことが今の和巳のしておくべきことに思えた。



昼食後もレナードは和巳に付き添うことになっているらしく、お茶の時間まで庭園を散歩しながら、とりとめのない会話をして過ごす。
最初は並んで歩いていたはずが、いつの間にか手をつながれていて、そうでなくても恋愛経験のない和巳は、過度な胸の高鳴りを持て余していた。
そのくせ、レナードに触れられるのは気持ちが良くて、気を抜くと、ふらっと寄り添ってしまいたくなる。

「おまえの髪が短いのは何か理由があるのか? カレンは最初から長い髪をしていたが、おまえは随分と短いが」
並んで立つとかなり高い位置にあるレナードの青い瞳が和巳を見下ろす。
見つめ合ったら胸が苦しくなるとわかっているのに、その誘惑に勝てずに視線を上げてしまう。
「……僕の住んでいた国では、男子はあまり髪を伸ばさないんです。カレンさんは女性だから長くてもおかしくないんですけど、僕は男なので」
和巳が出会った人たちは皆長髪だったから、おそらくこの国では長く伸ばす方が一般的なのだろうが。

立ち止まったレナードが、さりげなく和巳の髪に手を触れてくる。そう長くはない髪を撫でるように滑ってゆく指が、戯れるように絡む。
「おかしくなどないと思うが。綺麗な髪をしているのだから、寧ろ伸ばした方がいいんじゃないのか?」
口もきけないほどの胸の高鳴りに、和巳の体は制御が利かなくなっているようで、意思を無視してレナードの方へと引き寄せられたがる。

「陛下」
目に見えない引力に支配されそうになっていた意識が、ふいにかけられた声に驚き、我に返る。
見えない支配から解放された体を振り向かせてみれば、そこに佇むのはフレデリックだった。

「睦まじく過ごされているところをお邪魔して申し訳ありません。とりいそぎ、陛下に目を通していただきたい書簡が届きましたので」
用件を告げる声音は、申し訳なさそうというより、心底残念そうに響く。

今日の午後はゆっくり過ごす予定だったが、急用では仕方なく、レナードは少々不機嫌な素振りを見せながら、王宮へと戻って行った。
てっきり和巳とマシューだけが残されるのだと思っていたが、なぜかフレデリックはレナードに同行せず、午後のお茶を一緒することになったのだった。




お茶の用意を調えると、マシューは近くで控えようとはせずに、すぐに退がって行ってしまう。
それを目で追ってから、斜め前の席に座るフレデリックは静かに和巳の方へと向き直った。
「和巳さまとは一度きちんと話させていただきたかったので」
そう前置きをしてから、フレデリックはレナードとの関係を続ける気はないことを和巳に訴え始めた。
そのためにレナードを追い払ったわけではないのだろうが、フレデリックは他の誰かに邪魔されることなく和巳と話をしたかったと言う。

「でも、カーディフさん、ぼくがこの世界に来た日にも陛下の部屋に泊ってらっしゃいましたよね?」
本当にその気がないなら、異界から来たばかりで何も事情の飲み込めていない伴侶候補の和巳に知られ得る状況で、敢えて深い仲を疑わせるような行動を取るのは軽率過ぎるのではないか。

「申し訳ありません、気付いていらっしゃったんですね。けれども、あの時は和巳さまがご心配するようなことは一切ありませんでしたので、どうかお気を悪くなさらないでください。ただ、私は陛下を説得するつもりでお部屋に伺っていただけなのです」
フレデリックに限ったことではないが、和巳がレナードの伴侶になることを決定事項のように言われることには抵抗があった。いくら当事者の片方が否定しようとも、もう一方の気持ちは固く、変わりようがないと知っているのに。

「あの、何度も言いますけど、陛下が伴侶にしたいと思っているのはカーディフさんなんですから、そんなに遠慮しないでください。指環はたまたま僕の指に嵌ってしまっただけで、運命の相手ではないと思います。陛下も僕も、恋愛感情は一切ありませんし、周りが盛り上がっているから否定しにくいだけで、陛下と僕は絶対に結婚なんてしませんから」
和巳が強く言い切ったことで、却ってフレデリックは態度を硬化させてしまったのかもしれない。
「和巳さまが誤解していらっしゃるようなので、失礼を承知ではっきりと申し上げておきます。私は陛下が幼少の折に絶対服従を誓った身ですから、関係を迫られれば、断れる立場にはないのです。とはいえ、婚姻ともなれば話は別です。陛下には然るべき相手を伴侶に迎えていただかなければなりません。くり返しますが、私は陛下に対して個人的な恋愛感情は一切抱いておりません。陛下がお小さい頃からお傍に仕えさせていただいておりますし、年齢的にも、とても恋愛の対象にはなり得ないのです」

毅然とした態度と語調で言い切られ、返す言葉を失ってしまった。
レナードの思い入れの深さを知っているだけに、フレデリックの意思の強さに困惑すると共にひどくショックを受けた。
それは、知らぬ間にフレデリックの背後に立っていたレナードにはより強いものだったに違いない。
整い過ぎて冷たく感じるほどの麗容は色を失くして、不本意にも痴話喧嘩に居合わせることになってしまった和巳は取りなすこともできず、ただうろたえるばかりだった。

「何と言われようと、放してやる気はないからな。伴侶の件については和巳の了承も得ている。おまえがしたくないなら、俺も一生結婚などしなくても構わない」
もはや気遣う余裕も失くして、レナードはフレデリックの肘を掴むと乱暴な仕草で席を立たせようとする。
「陛下……先に戻られたのではなかったのですか……」
「おまえがついて来ないのが引っ掛かったからな、途中で引き返して来た」
急ぎの用件ではなかったのかと、部外者の和巳でもツッコミたくなるのに、レナードはしたり顔をしている。

「……そうですか。では、こんな話をしている場合ではありませんね。ひとまず王宮に戻りましょう」
そもそもレナードを呼びに来たのは緊急性があったからのはずで、フレデリックは執務の方が優先だと判断したらしい。
「そうだな、そのうち指環の方が諦めて、外れるかもしれないしな」
依然として、レナードは指環の意思に従う気などないようで、自分の伴侶は自分で決めるという決意を翻す気はないようだった。

まるで和巳がそこにいることを忘れているみたいに、レナードは一言の断りもなくフレデリックを引き摺るようにして去ってゆく。
そこだけ空気が違うような二人の後ろ姿を見送りながら、和巳は胸の痛みに耐えかねて、その場へ座り込んでしまった。

レナードが誰を選ぶのかなんて、最初から知っていたはずなのに。
なぜ、こんなにも落ち込んでいるのかわからない。
婚姻を結んでいるわけではないから浮気ではないし、それどころか結婚などしないと言い切られていたのに。

かつて、指環に認められないカップルが幸せになった前例はないという話だったが、もしかしたらレナードとフレデリックが最初の一組目になるのかもしれない。
逆に言えば、レナードと和巳が指環の見立ての最初の間違いなのだろう。
せめて指環が外れれば、こんな思いからも解放されるのではないかと、和巳は無駄な努力を試みずにはいられなかった。




左手の薬指の根元を、右手の指先で摘んで揺すってみる。
普通の指環なら、外れないまでも多少は動かせそうに思うのだが、誂えたようにピッタリと嵌ったそれは、きついわけでもないのに微動だにしないのだった。

どう考えても、指環に宿る精霊が相手を見誤って和巳を異世界まで連れて来たに違いないのに、中途半端にその効果に振り回されている自分にも腹が立つ。
指環の精霊は自分の間違いを認めない代わりに、和巳にだけこんな効果をもたらしているのではないか。

ふと思いついて、指環に向かって意思の疎通を試みてみる。
レナードの守護をしているのは精霊王だと言っていたことも忘れて、ただ意思があるはずだという思い込みだけで話しかけた。
「精霊が宿ってるんだったら、話くらい聞いてくれるはずだよね? 陛下が僕を伴侶にすることはないから、早く外れて。陛下の好きな人の指に嵌めさせてあげて?」
フレデリックの態度を見ていれば、あの二人が正解とも言い難い気もするが、レナードに試す機会くらいは与えてあげればいいのにと思う。
指環の精霊がどういう意図を持っていようとも、レナードがフレデリックの他に目を向けてみる気がない以上、和巳の指に嵌っていても意味がないのだから。


「えっ……」
ぼんやりと指環を見つめていた視界が、霧のようなものに覆われていることに気付いて顔を上げる。
いつの間に現れたのか、和巳のすぐ傍に、おそろしいほどの美貌の男が佇んでいた。

「だ、誰……?」
かろうじて声は出たものの、和巳の体は金縛りにあったみたいに固まってしまっていて、身じろぐこともできなくなっている。
和巳を見下ろす蒼穹の瞳には魔力でもあるのか、目が合った瞬間に和巳の鼓動を暴走させ、血液が沸騰してゆくような錯覚を起こさせた。

「わかっていて呼んだのではないのか? 先の問いも兼ねて答えるなら、私は指環を通して請われた縁を見極め、必要に応じて他の相手を探して引き合わせたりもしている。アルフレッドと言えばわかるか?」
「アルフレッドって、確か、この国の名前ですよね?」
国名を出された意味を理解するよりも前に、その美しく高貴そうな男はとんでもないことを言う。
「そうだ。歴代の王と、その指環を代々受け継ぐハノーヴァー家の当主の守護だけでなく、この国を災害や侵略から守る精霊たちを統べている」
「それって……もしかして、精霊王ってことなんじゃ……?」
今更のように、自分がどんな凄い相手と喋っているのかを悟って血の気が引いた。

改めて見上げてみれば、その神々しさに息が止まる。
眩いほどに煌めく金色の髪と晴れた空色の瞳はレナードに似通っているが、群を抜いて美しいと思っていたその人さえも圧倒的に凌ぐ麗しさは、魂まで奪われてしまいそうなほど。
まさしく神と呼ぶに相応しい秀麗な容姿だと、惚けた頭ながら納得した。

「そういうことだ。おまえには特別にアルフと呼ぶことを許そう」
頭上から降ってくる声に我に返り、この期に及んで、先に言われた“アルフレッド”が精霊王の名前だったのだと気付く。
「え、と、アルフさまとお呼びすればいいんでしょうか?」
「敬称は必要ない。おまえは私が直々に連れて来たのだから、遠慮は無用だ」
「でも……あ、では、あなたも王さまなのだから、陛下とお呼びしましょうか?」
いくら本人の了承があったところで、神さま的存在を愛称で呼ぶなど滅相もないと思っての提案だったのだが、精霊王は眉を顰めて、あからさまに不機嫌を露わにした。
「私をそんな風に呼ぶ者はいない。おまえにはアルフと呼べと言ったはずだが」
つまりは許容ではなく命令だったのだと思い至ったところで、呼び捨てにするような勇気は持ち合わせていない。せめて、軽く敬称を付けて呼ぶことを許されるよう祈った。




「あの、アルフさんは、僕を陛下の伴侶にさせるために連れて来られたんでしょうか? もしそうだとしたら、陛下には心に決めた方がいらっしゃるので、僕では伴侶になれないんですけど」
気を取り直し、和巳はアルフレッドを呼び出してしまうきっかけとなった疑問を再度投げかけてみた。
「おまえが人の王に合うとわかって連れて来たのは間違いないが、あれは思っていた以上に頑固なようだな。素直におまえの手を取ればいいものを」
アルフレッドの言いように何とはなしに違和感を感じながらも、見込み違いの責任の一端を感じて、とりあえず頭を下げておく。
「すみません、陛下には指環の力はあまり効かなかったみたいです」
「その伝承自体が間違っている。この国の人間は皆、思い違えているようだが、指環には人の気持ちを操るような力はない。あくまで番う相手をわかりやすくするために外せなくするだけで、惹かれ合うように作用するようなものではないからな」
「え、でも、それなら僕は、どうして陛下に……?」
自分には情緒が欠落していて、一生恋愛とは無縁だろうと思って生きてきた和巳が、初めてそれらしい感情を覚えたのは指環のせいではなかったのか。

「だから、相性が良い相手を引き合わせていると言っているだろう? 必ずしも互いにただ一人というわけではないが、一番上手くいくと思われる組み合わせになるよう気を配っている。ただ、先にも言ったが、“縁結び”は指環を嵌めた者に加護を与える際の副産物で、本来の目的ではない」
にも拘わらず、レナードにときめいてしまった自分にショックを受けた。
指環に起因する感情ではなかったのだとしたら、恋に落ちかけているのは和巳だけで、レナードはありもしない指環の効力を警戒しているだけということになる。

「……僕との相性がどうであれ、陛下はカーディフさん以外の人は認めないと思うんですが」
「だろうな」
涼しい顔で肯定するアルフレッドに、立場も忘れてカッとなってしまう。
「わかっていらっしゃるんなら、僕を元の世界に戻してください」
「悪いが、それは私にもでき得ないことだ。こちらの世界に来ることはできても、元の世界に戻る術はない」
痛ましげに、アルフレッドが表情を翳らせる理由は、和巳には想像もつかなかった。
和巳を異世界へ連れて来た張本人に、元の世界に戻る方法を探索しても無意味だと言われたことはショックだったが、あらゆる手を尽くしても帰りたいとまでは思っていないというのが本音だ。
こちらに来た当初は、生まれ育った場所で平和な一生を終えたいという思いが強かったが、言葉や環境の不自由がなく暮らせるならば、どこでも同じと思えなくもない。
たぶん、その程度にしか、和巳は元の世界にも、家族や交友関係にも思い入れはなかった。

「僕を元の世界に戻すのは無理だとしても、指環は陛下に返してあげてください。僕の指に嵌っていると、カーディフさんも遠慮しないわけにはいかないでしょうし」
「あれが遠慮しているように見えるのか?」
呆れたように和巳を見下ろす冷たい眼差しに驚く。
「え……」
「仮に、指環を嵌める機会を与えてやったところで、相手が受け入れるとは到底思えない」
守護者というだけあって、アルフレッドは二人の実情も把握しているようだった。

「でも……カーディフさんは僕の指に指環が嵌っているから意地になってるっていうのもあると思うんです。僕が陛下の対の相手ではないとわかれば、指に嵌めてみるくらいはしてくれるんじゃないでしょうか」
「おまえを理由にしているだけだろう。現に、指に嵌められそうになって放り投げたのだからな」
そこまで言われて気が付いたが、そもそも和巳がこちらに連れて来られることになったのはカーディフのせいではないのか。

「もしかして、指環が僕のいた世界に落ちてきて指に嵌ったのは、カーディフさんが放り投げたからなんでしょうか?」
「いや、投げた勢いでおまえが元いた世界へ飛んでいったわけではない。今回に限らず、番いになる相手がこの国の中にいない場合は他の世界まで探しに出向いている。もし、人の王がおまえと番わないなら、生涯一人身ということになるだろう」
だからレナードの伴侶になれと言われているように聞こえて、言葉に詰まる。
ほんの少し前に、フレデリックと一緒になれないなら独身を貫いてもいいと言い切ったのを聞いたばかりでは、とてもではないが和巳の方から歩み寄ってみる気にはなれなかった。




とはいえ、このあとの余生をこちらで過ごすことになるのなら、国や王の世話になるのは必至で、自分の感情ばかりを通すわけにもいかないことはわかっている。
「……陛下が一生独身を通されたとしたら、僕のせいってことなんでしょうか? それって、陛下の立場的にも良くないんですよね?」
「おまえが気に病む必要はない。独身を貫いたところで自業自得だ。それに、他に良縁がないのはあれだけで、おまえには“当て”があるから心配するな」
とりあえず、伴侶の件については和巳に責任はないと言われてホッとした。
だから、恋愛など一生しないのではないかと思っていた和巳の方に“縁”があるようなことを付け加えられていたことは聞き流してしまっていた。

いくぶん気は楽になったが、敢えてもう一度先の願いを口にしてみる。
「それなら余計に、僕の指に嵌っている指環は外していただけませんか? そうしたら、陛下もカーディフさんに改めてプロポーズできるでしょうし、結果がどうあれ、お互いに納得がいくのではないでしょうか」
とりあえず、指に嵌めてみることを許してくれれば、あわよくばカーディフの指に納まってくれれば、和巳の立ち位置もはっきりするはずだった。

「おまえが来ていなかったとしても、婚姻を結ぶ気がなかったのは明白だと思うが。寧ろ、これ幸いとおまえを伴侶に据えようと画策しているのではないか?」
おそらくはアルフレッドの言う通りで、和巳のしようとしていることは余計なことなのかもしれない。
それでも、レナードの気の済むようにさせてあげたいと思ってしまう。
あれほど頑なに、カーディフの他には伴侶はいらないと言われ続けていれば、そのうちカーディフの気持ちも揺らぐような気がする。
若しくは、心残りがあるからレナードは次に進むことができないのではないかという思いが拭い切れないのかもしれなかったが。

答えられない和巳に根負けしたのか、アルフレッドはわざとらしいほど大きく息を吐く。
「外してやるにしても、いくつか問題がある。まず、異界人のおまえは指環の保護なしには言葉も通じないのに、この世界でどうやって生きていくつもりだ?」
「そんなの……僕の都合も聞かずに連れて来ておいて、どうやって生きていくかなんて、こっちが聞きたいです」
度重なる横暴な言われように、さすがに怒りを抑えられなくなった。
そもそも和巳は被害者のはずだが、この国の人たちは誰もそうは思っていないような節がある。

「方法がないわけではない。一番簡単なのは、おまえが私と番うことだ」
事も無げに告げられた言葉は思いがけなさ過ぎて、驚きの声さえ出てこなかった。
レナードの次には精霊王の番いだなんて、冗談にしても途轍もなさ過ぎて笑うこともできない。

呆然としたままの和巳に、アルフレッドは腰を屈めて顔を近付けてきた。
「人の王に、求婚する機会を与えてやりたいのだろう? そのうえ、おまえにも支障が出ないようにするには一番いい方法だと思うが?」
「だとしても、アルフさんが僕を伴侶にする必要はないでしょう?」
これまでの会話で判断するかぎり、アルフレッドには、和巳を連れて来たことに対して謝意があるようには思えない。
もちろん、和巳がアルフレッドの運命の相手であるはずもない。

「おまえを連れて来たのは、確かに人の王に合うと思ったからだが、番わないのなら、私が貰い受けても問題ないだろう?」
「えっ……?」
不意に掴まれた腕に電流が走る。
初めてレナードに触れた時のように、こみ上げてくる甘い衝動に抗うことはできず、吸い寄せられるようにアルフレッドの胸へと身を捕えられた。

「私と口づけを交わせば、その一日は言葉が通じるようになる。情を交わせば一月はもつだろう。要するに、私の伴侶になれば、言葉の心配はいらなくなるということだ」
確かに、言葉が通じなければ日々の生活に支障が出る。やがては、不便なだけでなく精神的にも参ってしまうだろう。
けれども、それだけの理由で精霊王と結婚するというのはあまりにも突飛な手段に思えた。

「あの、それじゃ、とりあえず、毎日キスだけしてもらうっていうわけにはいかないですか?」
それでも、和巳からすれば随分と妥協したつもりだったというのに。
「当面はそれでいいとしても、この先おまえが誰かに心を寄せるようになったらどうする? 私も、おまえと番わないなら他を捜すことになるが、相手が見つかれば、おまえに口づけることなどできなくなるだろうな」
「え、と、それじゃ、“当面”ってことで、お願いします。とりあえず陛下の件を何とかしないことには、僕のことまで考えられませんし」
苦し紛れの提案を、アルフレッドは不敵な笑いを浮かべながらも、聞き入れてくれることになったのだった。



- ゆびわのきもち(5話) - Fin

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2012.2.28.update