- ゆびわのきもち(4) -



物思いに耽っていたというよりは、ただぼんやりとしていた、という方が正しかったかもしれない。
未だ自分の立ち位置は漠然としか理解していないうえに、おそらく帰ることは不可能だろうと気付いていながら、今一つ緊張感を持ち切れず、何としても帰ろうと死に物狂いで足掻くほどの根性もなく。
持ち前の諦観さで、なるようにしかならないと思っているあたりはポジティブなのかネガティブなのか微妙なところだ。

「わ……」
エレンを見送ったあとも、立ち尽くしたまま自分の世界に入り込んでいた和巳の体が、ふいに傾いた。
強い力で掴まれ、引かれた腕の痛みが、否応なしに和巳の意識をレナードの方に向かせる。
「仮にも俺の伴侶候補のくせに、人妻相手に惚けるとはどういうつもりだ」
「惚けるなんて……ただ話を聞かせてもらっただけで、他意はありませんけど……」
エレンがいる間ほぼ無視をしていたようなものだったから機嫌が悪いのだろうと思い、慎重に言葉を選ぶ和巳の言い分など全く聞く気はないようで、レナードは勝手に思い当たったような顔をする。
「大事なことを確認するのを忘れていたな。仮にも俺の対なら、女には興味がないと思い込んでいたが、おまえは女の方がいいのか?」
それ以前に、恋愛自体に興味がなかった和巳の性癖がどちらなのかは、自分でもわからないのだから答えようがなかった。
強いて言うなら女性の方がいいとか、逆に、どうあっても男は嫌だとか、消去法的な選択肢でもあれば選びようもあるのだろうが、生憎、そういった希望も一切ないだけに難しい。
「昨日お話したように思いますけど、僕はそういったことには疎くて。もしかしたら一生恋愛しないんじゃないかと思ってたくらいなので」
「若いくせに、そんな消極的でどうする。わからなければ試してみればいいだろうが」
レナードは簡単に言うが、自分の方に需要がない以上、相手から望まれない限りそういった機会はなく、かといって誰かに紹介してもらうのも面倒だと思っていた。こちらの世界ではどうだか知らないが、元いた世界では、和巳の年齢なら彼氏もしくは彼女がいなくてもそれほど珍しいことでもなかったのだった。

「まあ、今は俺以外を相手にされても困るし、伴侶候補の名目に違わぬよう、俺が相手をしてやろう」
「いえ、遠慮しておきますっ」
まさかの申し出に、慌てて腕を振り解く。
レナードの立場なら、伴侶にしないことが前提の相手を戯れに構っても許されるのかもしれないが、当の和巳にとっては甚だ迷惑な話だった。
ただでさえ、慣れない環境は居心地が良いとは言えないのに、このうえ三角関係なんてヘヴィな状況に置かれるようなことになったら、尚更居づらくなってしまう。

「あの、ここでは些か差し支えるかもしれませんので、お部屋の方に戻られてはいかがでしょう?」
屋外という状況を考慮してマシューが止めに入ってきたが、“名目”の意味を正しく理解しているはずもなく、和巳にとっては寧ろ迷惑な提案でしかなかった。
「そうだな、俺の部屋の方が邪魔が入らなくていいか」
再び強い力で腕を取られれば、特別鍛えているわけでもない和巳の体はあっさりとレナードの方に倒れ込んでしまう。
「わ、ちょっと待ってください」
肩を抱くというよりは、その腕に囲い込まれるような窮屈な体勢で急かされると、殆ど引き摺られるような格好で歩くことになってしまう。
見るからに楽しげなレナードの行動は単に面白がっているだけなのかもしれなかったが、触れられたところから生まれる熱はいっそ痛くて、やはり和巳には試すことさえできそうになかった。




「陛下、無理強いはいけません」
ふいに背後からかけられた声はフレデリックのもので、落ち着いた声音ながら、その威力は絶大だった。
虚をつかれて固まるレナードの表情がきまり悪そうに見えるのは、浮気現場を押さえられたようなものだからか。

「無理強いではない、少々強引なだけだ。和巳は晩熟だからな、待っていてはキリがない。そもそも親交を深めろと言ったのはおまえだろうが」
挑発的な言葉と共に振り向くレナードに、臣下のはずのフレデリックはあまり畏敬の念を抱いている風には見えず、遂にはお説教が始まってしまった。
「だからといって、異界から来られた方にそのような乱暴な振る舞いは許されません。そうでなくても、和巳さまは指環に選ばれた陛下の伴侶となられる方です。くれぐれも丁重に、紳士的に接していただかなくてはなりません」
冷たささえ感じる物言いに、レナードの顔色が変わる。
いくら和巳の役割が当て馬だからといっても、目の前で痴話喧嘩を繰り広げるのは勘弁して欲しい。
公私の区別が付けられないなら二人きりで話し合ってくれればいいものを、和巳の肩を抱く手が解かれないから、間に挟まれたような立ち位置でいるのは居た堪れなかった。
和巳のいないところでなら、駆け引きに利用されたり、思わせぶりな態度を取られたりしても構わないが、態々目の前で協力させられるのは、どんな顔をしていたらいいのかわからなくて困る。
それとも、この状況もレナードの思惑のうちなのだろうか。

「あの……カーディフさん? 僕はお二人の邪魔をするつもりはないので、誤解しないでくださいね? 陛下も立場上、異界人の僕を蔑にはできないだけで、本当に伴侶にしようとは思ってらっしゃらないでしょうし」
迷った末に、ひとまず真実を告げてフレデリックの出方を窺ってみる。
「なんと恐れ多い……和巳さまにそのようなお気遣いをさせてしまい、申し訳ありません。私の方こそ、陛下と和巳さまのご縁に水を差すようなことは決して致しませんので、どうかお気になさらないでください。既にご存知のようですから今更隠しだては致しませんが、陛下とのことは、あくまでも伴侶となられる方が現れるまで一時的にお慰めさせていただいていただけで、個人的な感情は一切伴っておりません。今後は、一臣下としての立場を弁えてお仕えさせていただきます」
滔々と弁じられる長台詞に呆気に取られ、反論するタイミングを逸した。
それはレナードも同じだったようで、憮然とした態度で和巳をホールドしたまま、連行しようとする。
「陛下」
咎めるように背後からかけられた声に、レナードは権力を振りかざすことにしたようだった。
「邪魔をするな。和巳を部屋に連れて行くのに、おまえの許可は必要ない。それに、和巳が本当に指環に選ばれた伴侶なら、俺に抵抗するはずがないだろう?」
ムキになって反論するレナードはどこか子供じみていて、いっそ可哀そうに思えてくる。
ただ、フレデリックの指に指環を嵌めてみる機会を与えてくれてさえいれば、きっと納得がいったのではないかと、恋愛に疎い和巳にもわかるのに。




「どうやら、フレッドには俺が子供に見えているらしいな」
部屋に戻ったレナードは、長椅子の隣に座らせた和巳と親密になろうとしているわけではなく、まさかの恋愛相談をしようと思っているようだ。
何と答えたものか悩みながら、和巳は考えつく範囲でフォローの言葉を返してみる。
「子供ってことはないと思いますけど……ただ、カーディフさんは陛下より大分年上なんですよね?」
「そうだな、一回り以上離れている。それに、フレッドが教育係に任命された時、俺はまだ5歳だったから、いつまで経っても年齢差以上に若輩に思われているんだろう」
「陛下が5歳からということは、お二人は20年のおつき合いになるってことですか?」
「そうだ。といっても、今のような関係になったのは俺が成人してからだが」
それからでも10年経っているのだから、相当に長いつき合いのはずだ。なのに、一時的な関係とか個人的な感情は伴っていないとか言うフレデリックは、恋愛経験のない和巳から見ても、望みの薄い相手だと思う。いくら和巳に気を遣っての発言だろうということを差し引いても、権利の主張が見られなさ過ぎる。

かける言葉を見つけられずに沈黙してしまった和巳に、レナードは勝手にフレデリックとの馴れ初めを語り始めた。
「元は父の侍従をしていたのを、俺が見初めて教育係に欲しいと父に頼んだんだ。 本人は次期国王の教育係など荷が重いと辞退していたんだが、惚れた贔屓目を除いてもフレッドは優秀だったし、父の口添えもあって、俺の専任となった。以来、ずっと俺の傍にいる」
思いを馳せるように、レナードは視線を宙へと向けた。
当てつけるように二人きりになったというのに、やはりレナードの気持ちが和巳に向けられることはなさそうだった。


「……あの?」
すっかり気を抜いてしまっていたせいで、肩に触れてきた手を避けることができなかった。
「俺の話をしている場合ではなかったな。とりあえず、指環の意思に流されてみるか?」
「は……?」
肩に置かれた手にレナードの方へ向くよう促され、反射的に見上げた目が逸らせなくなる。
うっかり目を合わせてしまったが、レナードに見つめられると、体中が痺れたように動けなくなってしまうのだった。

「思う相手はいないと言っていたが、これまでにも誰かを好きになったことはないのか?」
「そうですね、自覚したことはないです」
今まであまり深く考えたことはなかったが、もしかしたら和巳は感情面で欠陥があるのではないかと思う。
だから、明らかな意図をもって肩に回された腕や、近過ぎる位置にある端正な顔にドキドキしているのは、指環に操られた擬似的なときめきでしかないのだろうと自己分析している。

「俺もフレッドの他には惹かれたことがないが、おまえの年齢でそれは相当に晩熟だな。それとも、おまえのいた世界では皆そうなのか?」
「いえ、僕の年齢で初恋もまだなんて人は滅多にいないと思います。よっぽど何か打ち込むことがあって他に興味が向かないか、そもそも恋愛できない体質か、どっちかじゃないでしょうか」
少なくとも、和巳のように緩く生きているにも拘わらず、誰にも惹かれず、淡い思いを抱いたことさえもないような人間はそういないだろう。
「おまえは自分では後者だと思っているようだが」
「……さすがに、16年生きてきて何の衝動も起こらなければ、異常かもしれないと思うでしょう?」
「特に異常だとは思わないが、かなり晩熟なようだな。だが、衝動がないというのは俺に対してもか? 指環の効果は、おまえには作用していないのか?」
「……いえ。残念ながら、これがそうかなと思う程度には、陛下に見つめられたり触れられたりするのはドキドキします」
ごまかすことは無意味に思えて、和巳は正直に今自分に起こっている状態を明かした。
「残念がる必要はないだろう。恋愛できない体質じゃなかったことを喜べばいい」
残念なのは体質ではなく相手だと、突っ込む勇気はなくて、曖昧に笑ってみせる。

「陛下も、少しは僕に何か衝動を感じますか?」
「そうだな、意識してフレッドのことを考えていなければ惑わされてしまいそうなくらいにはな」
肯定的な言葉のようでいて、結局は和巳ではレナードの相手にはならないと改めて念を押されただけだった。
そのことに、思っていた以上にショックを受けている自分に困惑する。
やはり、レナードに近付いてはいけないと気付いて、覚束ない身を何とか捩らせて距離を取った。




触れ合っていた体が離れたことで、少し呼吸が楽になったような気がする。
そのくせ、いざ離れてしまえば心細く、自分で抜け出した腕に捕らわれたいように思えてきて、わけのわからない感情に戸惑う。
こんな状態では余計に恋愛の話は続けたくなくて、話題を変えてみる。

「そういえば、この国は世襲制ではないというお話でしたけど、次の王さまはどうやって決めるんですか?」
「王族に生まれた者の胸に、薔薇の花のような赤い痣が現れれば王になる運命を負う。俺の左胸には、生まれた時からくっきりと花の形が浮き出ていたそうだ。だから、父に続いて王になることは、物心つく前から覚悟できていた」
「ということは、陛下の場合は世襲されたってことですね」
「王族はそう多くないからな、2,3代続くのも珍しいことではない」
それがわかっているのに、世継ぎを作ることを放棄するというレナードの言い分は認められるものなのだろうか。日本人の和巳からすれば、皇室の件があるから理解し難い事態のように思える。

「王さまの任期みたいなのはあるんですか? 陛下は随分若く即位されたようですけど」
これまでのレナードの口ぶりからは、前国王が崩御しているようには聞こえなかったから、譲位せざるを得ないような事情があったのだろうと、漠然と考えていた。
「明確な決まりはないが、俺の場合は父の意向で25歳から傍について執務や外交などを学び、26歳で正式に譲位された。父は早く隠居したがっていたからな。本人の望み通り、今は田舎で領主に納まって母と共に平穏に暮らしている。もし、おまえを伴侶にすることになれば、会う機会もあるだろうが」
実現する可能性のない最後の部分はスルーして、問いを続ける。
「陛下の次の王さまも、もう決まっているんですか?」
「まだだ。遅ければ、俺が死んでから現れることになるかもしれないな」
「それでは、その子が育つまで、誰かが王さまの代理をすることになるんですか?」
「いや、これまでにも王位に空白の期間はないから、間に合うように現れるはずだ。俺の死後だとしたら、それなりの者に白羽の矢が立つのだろうな」
どうやら、この国には摂政政治というようなものは存在しないらしい。
なのに、王位に空白の期間がないということは、ある程度の教育を受けた者が次期国王になるという意味なのだろう。つまりは、幼い子供ではないということになる。

「では、王さまになる人は、生まれつき決められているというわけではないんですか?」
「どうだろうな……大抵は生まれた時から痣があるものだが、稀に成長過程で現れる場合もあるようだからな。要するに、後継者が現れるまで俺が王位に就いていればいいだけの話だから、そんなに心配するほどのことでもないだろう」
潔いのか、単に世継ぎを作る努力をしたくないからか、レナードは爪の先ほども気に留めていないようだった。

「あの……その痣を見てみたいっていうのは、やっぱり無礼ですよね?」
好奇心に駆られつつ、控えめに尋ねてみる。
「おまえは気を遣い過ぎだ。仮にも伴侶候補なんだから、もう少し厚かましくなっていい」
言いながら、レナードは上着を脱ぎ、中に着ていたものを無造作に頭から抜いて和巳の方に向き直って見せた。
思わず息を止めて見入ってしまうほど、レナードの心臓の上に大輪の花が咲いているような痣は、まるで刺青のように鮮やかで美しい。
「……本当に、薔薇が咲いているみたいなんですね。あまりに綺麗なので驚きました」
「個人差はあるようだが、これだけ濃くはっきりと出ることは滅多にないそうだ。それだけ精霊の加護が強いということらしいが、その割りには恋愛に反映されていないのが納得いかないところだな。ともあれ、神官たちの予想では、俺は長く在位することになるだろうということだ」
和巳の知る限り、見目の優れたこの国の誰よりもレナードが麗しい外見をしているのも、そのせいなのだろう。


初対面の時から、一国の王を名乗るだけあって随分と偉そうな人物だと思っていたが、レナードの態度は少しずつ軟化していっていることに気付く。
結論は依然変わらず、和巳と婚姻関係を結ぶことはないと言いながら、中途半端に情けをかけようとするのはいっそ残酷だ。もし和巳だけが本気になってしまったら、どんな結末が待っているのか想像に難くない。
やはり、極力レナードの近くにはいかないようにしようと、決意を新たにする。




その日の夜は、側近たちを交えての晩餐会が予定されていた。
できることなら辞退したいところだったが、和巳が少しでも周囲に打ち解けられるように計画したと言われては断りようもなく。
それでも、どちらかといえば内向的な和巳の性質を考慮してくれたようで、想像していたよりはずっと少人数の、さほど堅苦しくはないものだった。
ただ、話題のほぼ全てがレナードとのつき合いに関することばかりで、伴侶になるのは決定事項のような言われようにはすっかり辟易してしまった。
ただでさえ、レナードとのことに頭を悩ませている和巳にとっては、相手の気を悪くさせないように話題を躱すのは難しく、しかも、肝心のレナードが一切否定しなかったために、事態はますます面倒な方に転がっていっているような気がする。
いっそ、そうなってしまえば万事上手くいくのではないかと錯覚してしまいそうなほどに。



長い晩餐を終え、与えられた部屋に戻って湯を使い、部屋着のようなものに着替えると、漸く張っていた気を緩めることができた。

「もうちょっと居てもらっていい?」
マシューに早く終業を告げてやる方が親切だとわかっていながら、城から出た後は友人関係になるという野望を実現させるべく、引き止めてみる。
「はい。何でも申し付けてくださいね」
マシューは快く頷くと、ポットに用意された冷茶を注いでから、和巳の手招くままに長椅子に並んで腰掛けた。

「マシューは兄弟いる?」
何の話を振るか迷いながら、無難に家族構成を尋ねてみる。
人の良さそうなマシューはきっと、幸せな家庭で育ったのではないかと漠然と思っていたからだ。
「はい。兄が二人います。兄たちは僕と違って武道派なので、騎士団の方に所属しています」
「いいなあ、僕は一人っ子だから羨ましいよ」
「お一人なんですか……それではご両親も気を落とされていることでしょうね」
そこまで悲痛な顔をされる意味がわからず、返す言葉に詰まる。
そうでなくても、和巳の両親は揃って仕事人間で家庭を疎かにする人たちだから、それほど気に留められないのではないかと思っているのに。

「もしかしたら、僕がいないことにまだ気が付いてない可能性もあるんだけど。うちは二人とも帰宅するのが遅いし、二日くらい僕がいなくても……」
特におかしいとは思わないかも、と続けかけて、ベッドの奥の方で物音がしたことに気付いてマシューと顔を見合わせる。
ほどなく、施錠されていたはずの内扉から、招かれざる相手が現れた。

「へ、陛下、何で……あ、いえ、どうかされたんですか?」
あからさまに迷惑げな顔をしてしまったことを自覚して、和巳は慌てて取り繕った。
「なんだ、マシューで試しているのか?」
和巳の問いに答えず、逆に問い返してきたレナードの言葉の意味が理解できず、首を傾げて思考を巡らせてみる。
「でも、おまえは今は俺の伴侶候補なのだからな、他の相手で試すのは駄目だと言ったはずだが」
「あ……ああ、そういう意味ですか。別に恋愛とかではなくて、僕はマシューと仲良くなりたいだけなんです。こちらの世界に親しい人はいないから、友達になって欲しいなって思っているだけで」
「そうか。それなら、俺が同席しても問題はないな」
国王がいては、マシューは立場を気にして畏まってしまう。それでは、とても友情を育んだりできるとは思えないのだったが。

「あの。陛下は僕に何かご用だったんですか?」
「用がなくては来てはいけないのか? 今夜は一緒に過ごそうと思っていたんだが」
「なっ……そういうことなら、僕じゃなくてカーディフさんの所に行けばいいじゃないですか」
もしや、夜の相手に指名されたのではと思い、つい身構えてしまった。
「そう警戒しなくても、いきなり取って食いはしない」
「こ、この国ではどうだか知りませんが、僕のいた国では、結婚するまで体の関係を持ってはいけないんです」
もちろん、苦し紛れの言い訳だが、実情をレナードが知るはずはないのだから、嘘を貫き通せるのではないかと考えた。
「そんな国に住んでいたから、おまえは晩熟なんだな」
妙なところに納得しながらも、レナードは居座る意思を変えるつもりはないようで、傍に控えるマシューの代わりに長椅子へと腰掛ける。
「まあ、伴侶になると確定するまで手出しするつもりはないから心配するな。ただ、つれない側近を持った王を慰めるくらい、してくれても構わないだろう?」
要するに今夜はフレデリックに振られたのだと察して、尚も無下にできるほどには、和巳も冷たくはなかったのだった。



- ゆびわのきもち(4) - Fin

(3)     Novel     (5)


2011.12.25.update