- ドメスティック.Z (2) -



ベッドの中央へと上体を倒され、男たちの方へ脚を投げ出すような態勢で押さえ込まれる。膝にかけられた手に逆らう無意味さを知りながら、それでも抵抗せずにはいられなかった。
「敦也(あつや)、黙って見てないで手伝えよ。こいつ、意外と強情だぜ?」
一瞬、“淳史”と呼んだのかと思いドキリとする。大柄な方の男は敦也という名前らしい。
「本当に何か仕込まれてるんじゃないのか?」
「いっ……」
開かせられまいと膝に力を籠めていたせいで僅かに浮いた尻の狭間にいきなり指を差し入れられ、息が詰まった。
「何も入ってないけど、すごく熱いな」
腫れた粘膜を無遠慮に探る指の感触に肌が泡立つ。濡らされていないせいか異物感と痛みが強く、吐き気がするほど気持ちが悪い。
膝裏を押し上げられ、いくつもの視線に晒されているのだと思うと羞恥よりも恐怖心の方が勝った。
そんなことはあり得ないと、まだ現実逃避したがる自分と、免れようがないなら諦めるしかないと投げやりに思う気持ちが交錯して、紫の抵抗を鈍らせる。
「やっぱ、ヤり過ぎ? 俺らの相手まではムリそう?」
「そうだな、全然反応しないしな」
無造作に前を扱かれても、体の両側から二人の男に圧し掛かられているような状態では、感じる余裕などあるわけがなかった。
「こっちは?」
一際赤く腫れた胸の尖りを摘まれ、鋭い痛みが走る。
払い退けようとした両の手首は煩さげに頭上に押しやられ、その酷薄そうな唇が胸元へ近付く。
鬱血した周囲を舐められ、先端を噛まれ、強く吸われても、愛撫というには刺激が強過ぎて、紫には痛みしか感じられない。
昨夜から黒田に弄られすぎて麻痺してしまっているのかもしれないが、どの指も唇も紫の肌を震わせるばかりで、快楽に結び付くような感覚は訪れなかった。
「もしかして、あんた不感症?」
落胆したように問われても、紫には答えようもない。
黒田に触れられている時の自分の反応を思えば到底そんなわけがないが、今の紫は一向に昂ぶってきそうな感じはしなかった。
今更のように、黒田が優しいというのは本当だったようだと知る。
紫の抵抗を躱すのも、肌に触れる指も唇も、比べものにならないくらいソフトで、体が馴染むまで時間をかけてくれていたことに気付く。
少なくとも、紫が感じ入って抗えなくなるような状態にされていたと思う。
現実逃避してしまいそうになる紫の、俯きがちな顎を掴むように手のひらが伸びてくる。上向けさせ、紫の目線を覗き込む眼差しが、悪戯を思いついた子供のように煌めいた。

「あんた、こっちは得意? マサトに仕込まれてるんだろ? ちょっと舐めてみて?」
無遠慮に唇を割る指に驚いて、咄嗟に閉じたタイミングは一呼吸遅く、舌に触れかけた指を噛んでしまう。
「痛っ」
「マナ?」
気遣わしげな声が呼ぶのがこの軽薄な男の名前なのだろう。人のことを言えた義理ではないが、ずいぶん可愛らしい名前だ。
「も、こいつ、ほんと腹立つし、ヤっちゃえば?」
焚きつけるような言葉でマナに視線を向けられた敦也は、窺うように陽希を見た。年長者二人は、まるで責任転嫁をするように陽希の返事を待っている。
「だから、俺は最初からそう言って……」
陽希の言葉を遮るように、突然鳴ったインターフォンの音に、一瞬場が固まった。
その隙に男たちの腕から逃れようと身を起こしたが、簡単に敦也に腰を押さえ込まれ、再びベッドへと倒されてしまう。
「マサトか?」
尋ねられても、紫は今が何時なのかもわかっていないような状態で、そうとも違うとも答えられなかった。ただ、早出の黒田の帰宅が早いのは間違いなく、その可能性に縋りたい思いで肯定的な表情を作る。
「帰るの早過ぎだよな、まだ何もしてないのに」
舌打ちしそうな勢いで文句を零しながら、マナが寝室を出ていく。インターフォンを取る気配がしないのは、家主を出迎えるためらしい。
「マサト、早いよ、今日って早番……?」
玄関の開く音と、幾分トーンの変わったマナの声が寝室まで聞こえてくる。
「後藤が居るなら呼んで貰えないか」
予想外の、けれども耳に覚えのある低い声に、考えるより先に叫んでいた。
「工藤、助けて……っ」
言い終えないうちに口元を男の手のひらに塞がれたが、助けを求めた相手には届いたようで、マナが何やら喚く声とほぼ同時に大きな衝撃音が響き、ほどなく頼りがいのある大きな男が寝室に現れた。
駆け寄ってくる工藤が、紫に乗り上げたまま振り向く敦也の頸部に拳を振り下ろす。あまりの早業にただ呆然と眺めるだけの紫の上へ、男の体が倒れ込んでくる。
「わ……」
見た目に違わぬ重量級の体を受け止め切れず、息が詰まった。
「な、なに、こいつもマサトの知り合い?」
マナは、一撃で敦也を失神させた工藤に恐れをなしたようで寝室の入り口から中に入って来ようとはせず、対応に迷っているようだ。
そうでなくても大柄で厳つい工藤は、凄むと別の職業の人に見えかねない風貌をしているだけに、本来の姿を知らずに対峙した相手はビビってしまうのだろう。
自分が初対面の相手にそんな影響を与えることがあると知ってか知らずか、工藤はマナの方を一瞥しただけで、紫の上から敦也の体を引きはがし、床へと転がした。
紫の方を見ないまま、乱れた毛布を黙って引き上げる。
そのとき初めて、紫は自分の格好の不適切さに気が付いた。よもや、工藤にそんな気遣いをされる日が来るなんて想像したこともなかったのに。
ひとまず、工藤の目に余計なものを映させないよう体を毛布に包んでから、ベッドの縁に腰かけ直した。


「こいつら、どうすればいいんだ? 警察を呼んだ方がいいか?」
工藤の落ち着いた声に促され、紫も事態の収拾をどうつけるか考えなくてはならなくなった。
「どう、なのかな……黒田に聞かないと何とも……」
「こういう手合いに甘い顔をするとまた同じ目に遭わされかねないと思うが」
「だよな、通報しといた方がいいんだろうな……」
面倒ごとは苦手だが、ここできちんと対処しておかなければまた危ない目に遭うことになるという考えには同感だった。紫の性癖や黒田の部屋だということを考えると警察沙汰にするのは抵抗があるが、うやむやにしない方が後々のためだと思う。
「ちょ、ちょっと待てよ、そんな大げさなことじゃないだろ? まっぱにして手錠掛けたのは俺らじゃないし、ちょっと触ったくらいで……」
聞くに堪えない言い訳を始めたマナを振り向いた工藤が、僅かに眉を顰める。
「一人足りないんじゃないのか?」
言われて初めて気が付いたが、いつの間にか陽斗の姿が消えていた。
「みんな黒田の知り合いみたいだから、聞けばわかると思うけど」
「そうだよ、知り合いっつうかお友達? だから、そういう物騒なのナシな?あんただって、男に襲われそうになったとか言いにくいだろ? それに、警察の事情聴取って、どこをどんな風に触られたかとか、感じたかとか、赤裸々に聞かれるんだぜ?」
まるで、そうされたことがあるみたいに語り出すマナの言葉は、想像してみれば確かに紫には耐え難いものだった。
「次も助けられるとは限らないぞ?」
揺れる心情に釘を刺す工藤の言葉が、ますます紫を悩ませる。他の男に触れられるのは耐えられないと、ついさっき思い知らされたばかりだ。
「わざわざ訴えなくても、マサトにバレたら俺らは何もできないから。今日だって、敦也と俺は、マサトが入れ上げてる相手がどんなのか見てみるだけのつもりだったし。物騒なことを考えてたのは陽希だけだよ」
だから、逐一、陽希の顔色を窺っていたのだろうか。
とはいえ、マナは嬉々として紫をいたぶろうとしていたような気がする。そのうえ、敦也には指まで挿れられたというのに、“見るだけ”なんて厚かましいにもほどがある。
「でも、工藤が来てなかったら、どうなってたかわからないよな? なんか、ゴーサイン出てた気がするし」
「それは……まあ、陽希はああ言ってたし、ヤってないとは言いきれないけど」
あっさり認めるマナを冷たい目で睨んでから、工藤の視線が紫に戻る。
まともに目が合うと、なぜだか急に鼓動が逸り、紫は自分の反応に驚いた。今まで特に意識して工藤を見たことはなかったが、頼りがいのある分厚い体は、今の紫の好みに適っているのかもしれない。
「一応、確認しておいた方がいいだろうな。今日は出勤してるのか?」
「そうだけど……でも、今は俺の携帯ないし、勤務中だったら、あいつの携帯には連絡つかないし……なあ、今って何時くらい?俺、昼飯の後でウトウトしてたから時間の感覚ないんだけど」
やはり寝室に時計は必要だと、携帯電話のない今、つくづく思う。
「ないって、今朝もおまえの携帯から電話してきただろうが。まさか、取り上げられてるのか?」
答えられない紫に、工藤は心底忌々しげに続けた。
「だから、あんな男はやめろと言ってるんだ」
再三の忠告をされるまでもなく、それは紫も何度となく思ったことで、それができないからこんな目に遭っているのだった。



- ドメスティック.Z (2) - Fin

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2010.3.26.update