- ドメスティック.Y -

☆無理やり表現等が出てきます。
やや痛いので、苦手な方はご注意ください。



“気がすむまで”と言われた以上、睡眠不足で出勤することになるだろうという覚悟はしていたが、朝までヤり通してもまだ黒田の気が済まないというような展開になるとまでは思っていなかった。
そうでなくても紫は体力にはあまり自信がないのに、三十路を超えて完徹という事態に有給を使いたくなったが、一睡もしていないのは同じはずの黒田が普段通りに朝食の用意をしている姿を見たら、自分だけ休むとは言えずに一緒に家を出たのだった。

あまりのダルさに途中のコンビニで栄養剤を買い、会社に着くとまず休憩室に来て服用しておいたが、気休め以上の効果は期待できそうになかった。
背凭れに寄りかかるように座り直すと、引きずり込まれそうな睡魔が押し寄せてくる。仕方なく、熱いコーヒーを買い、ポケットにミントガムを探した。
始業までのひととき、何とか仕事モードに切り替えようと紫なりに努力していたのに、慌しく休憩室に入って来た笹原と顔を合わせた瞬間、一気にテンションが下がってしまった。

特定の相手がいると話していなかったことを責めるような雰囲気は気まずく、精神的にも追い込まれる。挙句の果てには、紫あてのクレームの電話を取った工藤が呼びに来たところで、黒田とつき合っていることをバラされ、逃げるように電話の応対に走ることになった。

とりあえず、志乃家の件は昨夜の非礼をひたすら謝り、日を改めて謝罪の席を設けるということで一応収まりはついた。
迷いながら休憩室に戻ったときにはもう笹原の姿はなく、責任は紫ひとりにあると言われているような気にさせられる。

仕事はこれからだというのに、とてもではないが、心身ともに仕事をするようなコンディションには整えられそうにない。

「……やっぱ、今日は帰らして貰お」
小さく呟き、重い腰を上げたところで、今最も対峙したくない人物が休憩室に戻って来てしまった。
そうでなくても威圧感のある大柄な工藤の、有無を言わせぬ視線に気圧されるように長椅子に戻り、用件を切り出されるのを待つ。



「笹原が言っていたのは本当か?」
怖い、などと言えば尚更怒りを煽ってしまいそうで、紫は震えそうな手のひらを膝の横で握って、いつもの表情を作って顔を上げた。
「……俺が可愛いってやつ?」
この期に及んでまだ惚けてみせる紫に、元より気が長いとはいえない工藤が長い腕を伸ばしてくる。距離を取って腰掛けておいたつもりでも、工藤の手は苦もなく紫の襟元を掴んでしまった。
「おまえがつき合っているという男の話だ」
わざわざ凄まなくても十分に怖い面差しをしているというのに、工藤は低い声を更に落とし、厚い手のひらに力を籠めて紫を威嚇してくる。
「笹原の言った通りだけど?」
「よりによって、何であんな男とつき合ってるんだ? 可愛い年下男の方がよっぽどマシだと思うが」
ついこの間まで紫の趣味を揶揄していたくせに、今の工藤は黒田でさえなければ何でもいいと思っているようだ。
「可愛くはないけど、あいつ、俺より5つも年下だよ? それに、俺が逃げたら、ゆいちゃんを取り返すみたいな言い方してたし」
恩に着せるつもりはないが、事の発端は優生で、心配のあまり黒田と抜き差しならぬ関係に至ってしまったというのに、工藤の言いようはあんまりだと思う。
「脅迫されてるのか?」
「最初はそういうニュアンスに聞こえたけど、今も続いてんのは俺の意思。工藤に黙ってたのは、あいつの名前も聞きたくないだろうと思ったから。大体、俺が誰とつき合おうが、いちいち工藤に報告する義務はないだろ?」
あまり追及されたくないという思いは伝わったようだったが、工藤は納得いかないという表情を崩そうとしなかった。
「……あんな男とつき合わなくても、相手には困ってないだろうが」
いくら気に食わない相手でも、工藤は親でも兄弟でも元カレでもなく、紫のつき合う相手に口出しするのは筋違いだろう。
「まあ、俺はあいつのタイプじゃないらしいし、長続きするとも限らないし、あんまり気にするなよ。もし別れても、もう可愛い男子にはいかないから心配無用だし。あ、でもゴツ好きになってて工藤にセマったらゴメンな?」
間髪入れずに拳骨を入れる気の短い同僚は、先までとは違う意味で腹を立てたようだった。
「おまえが見た目ほどいい加減じゃないことは皆知ってる。でも、そんなグダグダな所を見せられたら、誤解されても仕方ないだろうが。金輪際、枕営業みたいなことはするな。誰に頼まれても断れ。損調(損害調査部門)にでも回されたらどうするつもりだ?」
「そうだよなあ……。俺、事故処理なんてできないし、自重しないとな」
素直に頷く紫に、工藤の表情が少し和らぐ。
「ともかく、志乃家の専務や笹原に何と言われようと、おかしな詫びの仕方をするなよ? 十分懲りてるだろう?」
「それはもう、身に沁みてわかってるよ」
工藤の言っているのとは違う理由で、だったが。

休憩室を出てゆく工藤の背を見送って、紫もゆっくり立ち上がる。
とりあえず今日一日を乗り切る程度のテンションには戻すことができたようだった。








「少しは懲りましたか?」
心なしか嬉しげに響く黒田の声が、紫の疲労に拍車をかける。
長い一日を終え、出勤前に約束させられていた通り、紫は自宅には帰らず黒田の部屋へ戻ってきていた。
できることなら、このまま睡魔に身を任せてしまいたいのに、紫をソファに座らせ、まるで侍従か嫁のように手際よく上着を脱がせていく黒田は、とてもではないがそれを許してくれそうにはなかった。
「一睡もしてないのはあんたも一緒だろ? 仕事に差し支えなかったのか?」
「一日くらいなら問題ありませんよ。逆に気が昂ぶって、テンションが上がり過ぎたくらいです」
仕事の話を振ったつもりなのに、答えと同時に紫の体は黒田の下に敷き込まれていた。ネクタイを解き、襟元を緩めてゆく指先は、それを証明しようとしているかのように淀みない。
つくづく、手際の良い男だと感心させられるとともに、昨夜あれほどヤリ尽くしておいてまだ余力があるという並大抵ではない体力(もしくは精力)に呆れる。
「抑えてくれよ、俺は身も心も疲れ果ててるんだからな」
「それなら、マッサージでも?」
言いながら、黒田は紫の体を軽く反転させ、肩に手をかけた。適度な力を籠めた指先が絶妙な位置を押さえ、ゆっくりと解してゆく。
「うわ……ヤバい、気持ち良すぎて寝そう」
そうでなくても、眠気はとっくにピークを超えてしまっているというのに。
僅かに力を強めた指先が、紫の入眠を妨げる。
「その前に、少し話を聞かせていただきたいんですが。昨夜は頭に血が上って、話どころではなくなってしまいましたので」
「も、俺、ほんと限界なんだけど?」
切実な訴えを軽く無視して、黒田はもう一度紫の体を反転させると、真上から瞳を覗き込んできた。
「紫さんの言う“接待”の話ですが、今までにもそういったようなことがあったんですか?」
「全然。このところ急にだよ。なんか、俺を試してみたい奴が増えてるらしいけど」
「紫さんの可愛さに気付き始めたんですね。そこはかとなく色気も出てきたようですし、目に付くようになったのかもしれませんね」
「そんなこと……」
否定しかけた言葉を止め、紫は黒田に責任転嫁してみることにした。
「俺が色気づいてきたとしたら、それってあんたのせいなんじゃないの? この頃、“フェロモン垂れ流し”とか言われてんだけど?」
実際のところは当の紫にはわからないが、そう言われたことがあるのは事実だ。
「私のせいで余計なフェロモンが出るようになったということですか?」
「なんじゃないの?」
その根源は黒田なのだから、反論のしようがないだろうと踏んでの言いがかりだった。

紫の肩の辺りで吐かれる、大げさなため息には覚えがある。紫の言動は、また黒田を呆れさせたのだろう。
「我慢のきかない人ですね。まあ、あなたのことですから無自覚なんでしょうが……もう他では色気付かないようにしてください。私ならいくらでもお付き合いしますので」
「俺が職場で色目を使ってるとでも思ってるのか?」
「違いますよ、あなたはすぐに曲解するから困りますね。フェロモンを撒き散らすのも色気を出すのも私の前だけにしておいてくださいと“お願い”しているんです」
黒田の言いたいことはやっぱりわからず、紫を見下ろす瞳を見つめ返しながら考えを巡らせた。
紫の体を腕と脚の檻で閉じ込めた黒田は、それ以上の解説をする気はないらしく、勝手に話を変えてしまう。
「それより、昨日と、その前の相手のことを聞かせて貰えますか?」
自分は守秘義務だ何だと言い訳をつけて話そうとしなかったくせに、紫には無遠慮に聞いてくる無神経さに腹が立つ。
詳しく知ったところで何か行動を起こすということはないだろうが、一応、差し障りのない程度の情報を頭の中で整理してから口を開く。
「……前のは俺の担当先の顧客で、起業したばっかのソフトウェア開発会社の社長。この頃、IT関係は多いよ。開発したソフトが不具合起こして損害賠償を求められたりってケースが増えてるから」
「その人が“体を張った接待”をしろと言ったんですか?」
口論の中で投げやりに言った一言まで、いちいち突き詰めようとする黒田のしつこさが面倒くさい。大きな図体をしているくせに黒田は意外と細かく、さんざん爛れたつき合い方をしてきたと言うわりには紫に対して制限が厳し過ぎる。
「言われてはないよ、俺がそういうニュアンスに受け取ったっていうだけで。俺と二人で会ったのは表向きプライベートってことになってるし」
「それでは、昨日の人も紫さんの勝手な判断で“おつき合い”しようとしていたということですか?」
まるで紫が好きで接待をしていたような言い方にカチンときたが、いつも熱くなっては失敗していることを思い出し、グッと堪えた。
「昨日のは同僚の担当のお客さんで、その人がどうしてもって言うから俺が同行することになったの。旅館の跡取り息子っていうか専務で、まだ代がわりはしてないけど、経営の方を任されることになって、保険の見直しをするために何社かに見積もりを出させてたらしいよ。先代は金額とか保証内容よりもそれまでのつき合いを重視してたようだけど、若さまはリアリストらしくて」
「それなら、接待なんて必要ないんじゃないんですか? しかも、紫さんの担当ではないんでしょう?」
「俺が“見初められ”なかったら、そうだったのかもな。ほぼ、うちに決まってたみたいだから。だからこそ、機嫌損ねて乗り合いの会社に取られたら勿体無いだろ」
「何ですか、乗り合いというのは」
「代理店がうちの専属じゃなくて、他の保険会社とも提携してるってこと」
「代理店?」
「俺らは営業って言っても“間接営業”だから、契約取ってくるのは本来は代理店の営業なの。けど、うちは同行することが多いんだよな」
いちいち説明するのも面倒くさく、一秒でも早く眠らせて欲しいと思っている紫は、極力短い言葉で答えた。こんな話なら、無理に今しなくてもいいのではないだろうか。

「そういえば、工藤さんの時もそうでしたね。どうでもいいことですから、 すっかり忘れていました。紫さんの会社は代理店任せにすることはないようですね」
紫も忘れていたが、かつて工藤の担当先の老舗ホテルの令嬢のボディーガードをしていた黒田は、損保の内情もある程度知っているはずだった。
「この頃の損害保険って複雑だから、代理店任せだと知識があやふやで説明不足があったり、顧客の勘違いで想定外のクレームが来たりとかってケースが多いんだよ。だから、うちでは新規とか大口の契約の場合は同行するようにっていう、すごく慎重なスタイルを取ってんの」
結果的に、その方が負担が小さいというのが実情で、少なくとも紫の会社ではその方針を貫いている。
「それで、枕営業までやらされているんですか?」
「いや、それはうちの営業が勝手に気を回して仕組んだというか……あ、オッケーしたの俺だし、そいつを恨むなよな?」
何気に庇ったことが気に入らなかったようで、黒田は紫の顔の横に置いた手を頬へと伸ばしてきた。
「思い出したら、また腹が立ってきました」
「いや、だから昨夜、あんたの言うこと全部きいてやっただろ? しつこく言うのナシな?」
先手を打ったつもりが、黒田はますます表情を険しくするばかりで、どうやら紫はまた余計なことを言ってしまったらしかった。
「……誰が、気が済んだと言いました?」
幾分トーンを落とした声に、予感というにはあまりに確信的な、逼迫した身の危険を 感じる。
「人に完徹させといて、まだとか言う?」
「全然足りませんよ。昨日にしても、私が行かなかったら抱かせるつもりだったんじゃないでしょうね?」
「や、それはないから。予め挿れんのはダメって言っとくつもりだったし」
慌てて否定した言葉は、自ら墓穴を掘る結果にしかならなかったらしい。
表情を消した黒田から立ち上るオーラは、産毛が逆立つほどにおそろしかった。
「……抱かせないなら、どうするつもりだったんです? 口を使うつもりだったということですか?」
どうしてこの男はこうも紫に対して高圧的なのだろうか。わざわざ威嚇しなくても、その強靭な体躯に逆らいたいと思うほど紫は勇敢ではないのに。


どう言えば黒田の怒りを和らげられるだろうかと、考えても詮無いことをつらつらと思い悩んだ。
時間をかけるほどに黒田の怒りが増すとは気付かないままに。
「確か、私のために経験を積もうとしていたと言っていましたね。それなら、他所の男ではなく、私で“練習”してください」
唇に伸ばされた手から、逃れようもないと知りながら腰が引ける。
紫の躊躇いを見越したように中まで入ってくる指を噛んでしまいそうで、唇を閉じられなくなってしまう。
長い指は更に口を開かせ、舌を撫でながら奥へ進んでゆく。思いのほか深く差し込まれ、嘔吐感と共に湧き上がってくる唾液を上手く飲み込めず、噎せそうになった。
「唾液は飲み込まないで、流れるままにしておいた方がいいですよ」
心持ち顔を傾けさせようとする手を、首を振って外させる。
「も、今日は勘弁してくれよ、俺はあんたみたいに体力ないんだ。早退しなかったのが奇跡って感じで……ほんと、ムリだって」
紫の哀願など耳に入らないように、黒田は紫の胴を跨いだまま、チノパンツの前を寛げてゆく。
昨夜から今朝の間に絞り尽くしたと思っていたが、露になってゆく黒田のものは既に勃ち上がりかけていて、その底なしの回復力に眩暈がした。
「それだけ喋る元気があるんですから大丈夫でしょう?」
慰めにもならないことを言いながら、黒田は躊躇いもなく紫の唇に腰を近づけてくる。拒否権がないなら受け入れるより他になく、紫は強引に押し入られる前に体を起こそうと思った。
「え」
紫の肩を押し、起き上がることを阻む手に驚いて、抗議するように睨み上げる。
「……やりにくいんだけど?」
「お疲れのようですから、紫さんは何もしていただかなくて構いませんよ?」
意味がわからず見つめ返すと、紫の前髪を掴むように伸ばされた手が、ソファの縁から落ちそうなほどに頭を端に寄せさせる。
額を押され、喉を晒すような体勢はそれだけで苦しいほどなのに、反るほどに充血したものは緩く開いた唇を割り、上顎を擦りながら中まで入り込んできた。
催促するように力を籠める手に応えようと舌を動かしてみるが、呼吸を妨げるほどに深く銜え込まされ、反射的に押し戻してしまいそうになる。
「息は鼻で吸って口から吐くんですよ」
黒田は簡単げに言うが、そうしている間にもいっそう容積を増してゆくものに塞き止められ、悪態を吐くこともできない。
視線を上げて息苦しさを訴えると少し引き出されるが、またゆっくり奥まで入ってくる。
えづきが絶え間なく襲い、大量の唾液が溢れても、黒田は緩やかに腰を使うことをやめてくれなかった。
次第に息が吸えなくなり、焦点がぼやけ、気が遠くなってくる。
なんとか唇を外そうと首を振り、手の届く範囲をタップしてみても、黒田の膝に挟み込まれた肩は自由にならず、解放されることはない。
強く奥を突かれ、窒息させられてしまいそうな恐怖に止めを刺したのは咽を打つ迸りで、その熱さを感じたところで意識が途切れた。




背を叩かれ、気付けば黒田の胸に凭れかかるように腕に抱かれていた。
何か言おうと思うのに、痛む喉から洩れるのは掠れた喘ぎだけで声にならない。視界がぼやけている理由もわからず、答えを求めて黒田を見上げた。
「大丈夫ですか?」
心配げな声色に、曖昧に首を傾げる。
おそらく一瞬落ちただけだろうと思うが、実際のところはわからない。
「すみません、あまりに気持ちが良かったので途中で加減ができなくなってしまいました」
強く抱きしめられ、素直に頭を下げられても、息苦しさと強引な行為の身勝手さを思うと怒りがこみあげてきた。
責めるつもりが、やはり声は上手く出ない。
「水を取ってきます」
言いながら、黒田はそっと紫の体をソファに預けて立ち上がった。
不快さに手をやった口元や顎はベタベタしていて、襟元を開かれたシャツまで濡れている。唾液と、おそらくは黒田の放ったもののせいだと気付いても、どうにかする元気はない。
紫が眉を顰める理由を察してか、ペットボトルと濡らしたタオルを持って戻ってきた黒田は、ぐったりとソファに凭れたままの体を再び腕に抱きよせた。
「先に拭いておきましょう」
頬の辺りへ触れたタオルは、唇を撫で、顎を拭って首筋へと降りてゆく。
「美人は泣き顔まで綺麗ですね」
ペットボトルの水を紫の手に持たせながら、ささやくような黒田の声は満足げで、まさかと思いながら自分の目元に手をやって、濡れていることに気付いて愕然とした。
いい年をして人前で涙するなど、いくらそれが生理的なものであったとしてもショックだった。
それに、黒田は寧ろ普通顔のほうが好みだと聞かされているのだから、褒め言葉と受け取ることもできない。

黒田の手に助けられながら水を一口含んだが、飲み込むのは困難だった。先の行為で傷付いたのか、咽喉が引き攣れるように痛む。
時間をかけて嚥下したあとも違和感は消えなかったが、何とか声を出す努力をしてみた。
「……帰る」
頭を上げようとしたつもりが、くらりと揺れて、また黒田の胸に戻る。
黒田の片腕は紫の首の後ろを支えるように回されたまま、もう片方の手は半ば開いた胸元を撫で上げた。
濡れた顎を舐め、ゾッとするほど静かな声が、紫を追い詰める。
「まだそんな元気があるんですか……それなら、今日は足腰が立たなくなるまで抱いてあげますよ」
ただの脅しではなく、この男なら本気でやりかねないと知っている体が震え出す。
「イヤだ、も、何にも、ムリ」
小さく首を振りながら、切れ切れの言葉で拒否を伝えると、強靭な腕が紫の体をきつく抱き寄せた。
「それなら、おとなしく私の腕の中でいてください」
「ヤだ……ディープ・スロートなんてさせるような奴の傍にはいたくない」
これ以上何かを求められたら、体より精神がもたなくなってしまう。
好きな男の望むことなら何でも叶えてやりたいと思ってはいても、黒田の要求は紫のキャパを超えてしまっている。近いうちに、紫の手に負えなくなることは目に見えていた。
宥めるように、大きな手のひらが髪を撫で、背をあやす。
「もうしませんよ、泣き顔まで見られるとは思っていませんでしたし、満足しました。今晩も泊まってゆくなら、今日のところは許してあげます」
黒田の気は済んだのかもしれないが、紫にとっては昨夜以上に苦しく屈辱的な夜だった。
本気で身の振り方を考えさせられるほども。


シャワーを済ませてベッドに潜り込んだあとは、目覚まし代わりの携帯のアラームが鳴るまで、夢も見ない深い眠りを貪った。
どうあっても逃がす気はないと言いたげな、息苦しいほどに強い腕の中で。








通話ボタンを押すのを一瞬迷ったのは、こんな展開になることを頭の片隅で気付いていたからなのかもしれない。
『ゆうちゃん、あいつとは上手くいってるの?』
近況を尋ね合った末の雛瀬の問いは、今の紫にはすぐには答えられないものだった。
威圧的な態度や強いられる行為の意味を考えると、やはり自分は恋人扱いされているとは思えず、精々、“目下お気に入りのセフレ”といったところだろうか。
少なくとも、若い恋人をベタベタに甘やかし、優し過ぎるとまで言わしめていた紫の恋愛感とは雲泥の差だ。
「……上手くっていうか、“大人のつき合い”だよ」
『それなら良かった、って言った方がいいのかな……ゆうちゃん、あの人にも他の誰にも深入りしないでね? 俺、ちゃんと頑張ってるから』
以前、雛瀬に言われた“もうちょっと待ってて”は依頼ではなく勧告だったのだと、わざわざ念を押されて言葉に詰まってしまった。
“恋人”という概念が黒田とは違うと思い知らされ、いつまで続けられるとも知れない関係でも、紫はどっぷり深みに嵌っている。
こんな状態では軽く相槌を打つわけにもいかず、かといって断るには説得力が足りず。
紫の沈黙をどう取ったのか、雛瀬は畳み掛けるように口説き文句を続けた。
『もし、カッコよくなる前でもよかったら、俺はいつでもオッケーだからね? 俺、最初の相手はゆうちゃんって決めてるし』
できるなら、あんな男とつき合っているとは認めたくなかったが(雛瀬にはとっくに見抜かれてしまっていたが)、期待を持たせるような言い方はしてはいけないと思っている。
「ヒナがどう思ってるのかわからないけど、俺は誰とも軽い気持ちでつき合うことはないよ」
『だとしても、俺を振るのはもう少し待ってね?俺、絶対もったいないって思われるくらいカッコよくなるから。返事はそれまで保留にしておいて?』
雛瀬のダメ押しを否定する言葉が見つけられない。
守れそうにない約束は、紫には荷が重いのに。

そう思ってはいても、近頃めっきり優柔不断が板についてきてしまった紫には、やはり明確な拒否を告げることはできなかった。








「ゆうくん、そいつ何者?」
いきなり、敵意剥き出しで二人の前に回り込んできた人影を認めて、紫は固まってしまった。
怒りに眦を吊り上げた大きな瞳が印象的な、まるでアンティックドールのように可愛らしい顔立ちは、化粧気がないせいかどこか中性的に見える。ましてや細身の体にざっくりとしたニットにデニムといった格好では、女性と見紛う美少年なのか、ボーイッシュな美少女なのか判断がつきかねるほど。
ただ、その容姿は、おそらく誰もが一目で紫の血縁者だとわかるくらいに似通っている。
「何って……カレシ、とか?」
果敢に黒田を睨み付けながら仁王立ちで紫の返事を待つ姿に、ごまかすことは無理だと悟って正直に答えた。
この超絶可愛い妹に問い詰められれば、隠しごとなど出来るわけがないのだから。
「ゆうくん、ヒナと別れてから随分趣味が変わったのね? 可愛い男子じゃなくて、何でこんな厳ついオヤジが彼氏なの?」
面と向かって罵倒されているにも拘らず、黒田は無表情に紫の出方を待っている。
こんなところは大人だと感心するべきなのか、単に相手が女性だから無視を決め込む気なのか、ともあれ紫が窘めないわけにはいかないのだろう。
「碧(みどり)、初対面の相手にそういう言い方は失礼だよ。黙ってたのは悪かったけど……帰ったら、ちゃんと話すから」
「帰ったらって、この頃ゆうくん外泊ばっかりで全然話す暇なんてないじゃない? ゆうくんの彼氏がターミネーターだったなんて、ショックで熱が出そうだわ」
碧の怒りが相当のものだと知って、黒田と一緒だということも忘れてうろたえた。昔から、紫は妹に弱くて、機嫌を損ねたり泣かれたりすると我を忘れてオロオロしてしまうのだった。
「ごめん、今日は早く帰るから」
「そんなこと言って、どうせ明日もそのまま出勤するんでしょ? ゆうくん、この頃ほとんど家に帰ってないじゃない」
言われてみれば正にその通りで、この頃の紫は通い妻を通り越して、半同棲状態に発展している。それもこれも、全ては自分勝手で強引な自称恋人のせいで、決して紫のせいではない。毎回、何だかんだと引き止められたり疲れて眠り込んでしまったりで、紫は当初の約束の“三日と空けず”以上に黒田と過ごしている。
「……じゃ、土曜は? 買い物でも映画でも、碧の行きたい所につき合うよ」
「そんなこと言って、土曜も日曜もその人の所に行くんでしょ?」
「いや、土曜は俺は朝から晩まで空いてるから大丈夫」
その日の黒田の勤務は日勤のはずで、万が一前日から泊まったとしても、朝の7時半には解放されるはずだった。
「……じゃ、土曜は一日つき合ってね?」
差し出された小指と、何気なく指切りを交わす。
碧は挑発的な眼差しで黒田を一瞥してから、申し訳程度に頭を下げて背を向けた。一応の“お許し”が出たことにホッとしながら、去ってゆく背中を見送る。
ぼんやりと碧が小さくなってゆくのを眺めていた紫は、かなり経ってから、不穏な空気を感じて我に返った。



誰かに見咎められないよう、紫はいつも黒田と会うのは職場から少し離れた場所にしている。碧に見つかったのは、おそらく意図的なものがあったからなのだろう。
「悪い、時間取らせて」
二人とも明日は休みではなく、本音を言えば、時間が惜しいと思っているのは紫の方だった。
とりあえず、予め決めてあった目的地に向かうべく黒田を促すように歩き出す。今日は軽く飲んで食事も済ませて帰る(紫からすれば行くというべきなのかもしれないが)予定だった。
「私のシフトを把握していることは褒めておいた方がいいんでしょうね」
紫の隣を歩く少し高い位置にある黒田の顔からは表情が読めず、何を考えているのかは口調からも窺えない。
「その、何て言うか……悪かったよ、あいつ、機嫌悪かったみたいで」
「紫さんが女性も大丈夫だとは知りませんでしたよ」
「そういうんじゃないって、妹だよ。見てわからなかったのか? よく、似てるって言われるんだけど」
「確かに、身内だろうと推測できるくらいには似ているようでしたが、兄妹にしてはずいぶん仲が良いような気がしましたので。それに、幼く見えましたが、幾つ離れてるんですか?」
「8つだよ。うちの家系、みんな若造りなの。ああ見えて立派に社会人やってるから」
「いい年をした妹さんに、ずいぶん甘いんですね」
それが嫌味だとは気付かず、紫はつい余計なことまで言ってしまう。
「あれだけ可愛かったら自然そうなるって。そのうえ年が離れてるから、つい甘やかしたくなんの。それくらいわかるだろ?」
「そうですね。見た目といい、年齢といい、あなたの好みに見事に嵌っているんでしょうね」
揶揄する言葉が的確に核心をついていたことに驚いて、咄嗟に“兄馬鹿”を装うことができず、動揺はもろに態度に出てしまった。
「……そういうことですか」
ひとりで納得してしまう黒田に、何が、と尋ねるのも恐ろしい。
「それで、“メンタルな恋愛”ですか?」
すっとぼける余裕もなく絶句する紫に、黒田はいつものように勝手な推論を押し付けてくる。
「いい年をしてプラトニックだなんておかしいと思っていたんですが、相手が妹では仕方なかったのかもしれませんね。男にベクトルが向いたのも、そのせいですか?」
「あんた、何言って……」
「仲の良い兄妹は珍しくないでしょうが、あなたの妹さんに対する態度は異常です」
はっきり言い切られてしまうと、何も返せなくなってしまう。よりによってこの男に見抜かれるなんて最悪だった。
「可愛い年下の男子とばかりつき合っていたのは代替行為だったんですね。プラトニックを貫こうとしていたのは罪悪感から、といったところでしょうか」
問いかけるようでいて断定的な憶測は、見当違いだとは言い切れない。
そこまで深く、妹に抱いた思いを自分で分析したことはないが、言われてみればその通りのような気がした。


「そういえば、家族構成を聞いてませんでしたね。他にも?」
めっきり口数の減ってしまった紫に、黒田は頻りに話を振ってくる。
初めて黒田と二人で会った居酒屋はあれから何度となく来ているのに、今日はひどく居心地が悪かった。
紫にしては珍しく食が進まず、ビールばかりを空けてしまう。
「……両親と妹のほかに、パールホワイトがいるけど」
「パールホワイトというのは動物ですか?」
「ハムスターだよ、ジャンガリアンの一種で白地に淡いグレーの、ちっちゃくてすごく可愛いコ」
「あなたの“可愛い好き”は人間だけじゃなかったんですね」
ため息と共に吐き出される含みのある言葉に、また紫の胸が打撃を受ける。
それが、黒田のどこにも可愛い要素がないゆえの嘆息だったなどとは、紫に気付けるはずもなく。

食べるわけでもないのに、煮物の皿を箸でつついては間を繋ぐ。
紫自身も気付いていなかった(もしくは気付かないようにしていた)胸のうちを唐突に暴かれ、いつかこんな日が来るかもしれないとは想定していなかったために、今も受け止めきれずにいる。
許容量を超えているかもしれないと思いながら、なかなか酔いが回らない苛立ちに、紫はつい飲み過ぎてしまっていたようだった。
「わ……」
不意に伸びてきた強い腕が、支えるように紫の肘を引き寄せる。
「あなたがそんなだから、つい口煩くなってしまうんですよ」
殆ど食べずに飲むだけの紫を見過ごしていた黒田も、さすがに紫の顎が頬杖から滑り落ちたときには窘める気になったようだった。
「別に、ちょっと手が滑っただけだろ、そんな言うほどは酔ってないし」
黒田に指摘されたことを考えるほどに気も漫ろになってしまい、酔っているというよりは衝撃が大き過ぎたのだと思う。
「……相手が大人で、面影の被りようもない厳つい男だったら、あなたは疾うに流されていたんでしょうね」
「何の話?」
「いえ、よくまあ30年も無事でいられたものだと改めて感動しているんですよ。本当に、私は幸運な男のようです」
何となく黒田の言いたいことはわかるが、同意できるほど紫は可愛い性格をしていない。
「それを言うなら、あんたに出逢った俺の不運、だろ?」
「いいえ、あなたと本当の意味で恋愛ができるのは強引な相手だけのようですから、私と出逢えたのはあなたにとっても幸運なことだと思いますが」
「……あつかましいんだよ」
辛うじて言い返したものの、強く否定するには説得力が足りなかった。
黒田の言うのはおそらくは真実で、その想像力だか推理力だかにはつくづく感心させられる。
こんな重大な秘密を見抜かれてしまっては、ますます黒田に敵わなくなってしまう。
そうでなくても、もう紫のキャパはいっぱいいっぱいで、あとは飽きられるのを待つばかりだというのに。
それがそう遠い先のことではないだろうとわかっていても、容量を増やす余裕は今の紫にはなさそうだった。




「悪い、先に風呂行かして」
黒田の部屋に着くとすぐに、紫は抱き寄せようとする黒田の腕を振り解いてバスルームを目指した。
「しょうがないですね……」
紫の背にかけられた声はどこか甘さを含んでいて、黒田が既に欲情しているようだと知れる。
まだ、紫が危機を感じるほどには黒田は物足りなくは思っていないようで、その猶予に却って追い詰められている。

――いつまで、黒田の気を引いていられるだろうか。
考えてもどうしようもないことを、つい気にしてしまう紫は本当に重症らしい。
熱いシャワーを頭から浴びて、長めの髪に指を通す。ごく明るい薄茶色は染めていると思われがちだが、緩いクセと同じく地毛だった。
少し強めに頭を擦り、疲れも迷いも洗い流してゆく。
手早く全身を洗い、一日の汚れを落とし切ってしまえば、体が軽くなる気がする。
ずいぶんスッキリしたのは頭の中も同じで、考えても詮無いことをウダウダと思い悩むのはもう少し先でもいいかと思えるようになった。

スウェットに着替え、首からタオルをかけた、あまり色気のない格好で廊下に出る。
リビングへと向けかけた足が、閉められたドアを越えて洩れ聞こえてきた黒田の声が誰かと話しているようだと気付いて止まる。
誰かが来ているというわけではなく、電話中のようだった。
入ってもいいものか躊躇して中へと神経を傾けた紫の耳が、最悪なタイミングで黒田の言葉を拾う。
「……一番愛してるのは稲葉さんですよ、知っているでしょう?」
一瞬でほろ酔いが飛び、世界が止まる。
ドアのレバーに伸ばしかけたまま固まった手を、下ろすことさえ容易ではなかった。
もう終わっていると思い込んでいた相手と、実は今も連絡を取っていたうえに未練を訴えるような関係だったとは、想像もしなかった。
まだ通話は続いているようだったが、黒田の声は耳を上滑りするだけで意味を捉えることはできなくなる。
聞こえなかったフリをして入ってゆくような余裕は、紫にはなかった。



どうやって帰りついたのか、朧気な記憶しかない。
気が付いた時には自室のベッドを背に、スウェットに上着を羽織ったまま床に足を投げ出して座り込んでいた。
ほとんど無意識に、帰ることを伝えるメールを打って携帯の電源を落としたように思うが定かではなく、記憶を反芻する度にバクバクと跳ね上がる鼓動は、いつまで経っても落ち着きそうにない。
気を抜けば、すぐにもポケットの重みに手がいきそうになり、慌てて上着を脱ぎ捨てた。
きっと、そこに入れたままの携帯を手にすれば電源を入れてしまう。
視界に入れないよう、ベッドへと体を引き上げて背を向け、頭からすっぽり毛布を被って耳を塞ぐ。
考えないようにしようと思うのに、他の男を一番愛していると言った男の声が、耳から離れてくれない。
あの日、紫の方が可愛くなったと言ったのは、稲葉を諦めて紫を選んだという意味ではなかったのだろうか。それとも、“可愛い”と“愛している”は黒田には同義語だというのは紫の思いこみで、全然別ものだったのかもしれなかった。






朝になっても紫の胸の痛みが和らぐことはなかったが、諦めの境地に至るくらいには落ち着きを取り戻していた。
昨夜の電話を紫が聞いてしまったとは知らないはずの黒田に、せめてメールの一通くらいは打っておこうと思えるくらいには。
敢えて、早出の黒田の出勤前を見計らってメールを送る。とりあえず、終業後に連絡を入れるという、すぐには追及され難い一文を添えておいた。


黒田の返答は、電話やメールで済ませるのではなく仕事が終わったら来いという内容だった。
さすがにその頃には紫も覚悟を決めていて、残業に逃げたくなるというようなこともなく、定時で会社を後にするとすぐに黒田の所へ向かった。
それでも、日勤に比べればかなり早く帰っていた黒田を長く待たせることになったせいか想像以上に不機嫌そうで、紫がインターフォンを鳴らした直後に玄関のドアが開かれ、いきなり中へ引きずり込まれたほどだった。
「申し開きしたいことがあれば、一応聞いておきますが?」
怒りを通り越して冷たいほどの黒田の視線に責められると、なぜか悪いのは自分の方のように思えてくる。
「だから、悪かったって言ってるだろ」
無意識に黒田を宥めようとしてしまう自分が情けない。むしろ、傷心を隠して黒田の部屋まで訪ねて来たことを褒めて欲しいくらいなのに。

逃げられるとでも思っているのか、黒田は玄関を上がってすぐの壁に両腕をついて紫の体を閉じ込めている。
そうやって巨体の影にすっぽり入ってしまえば、紫はまるで自分こそが小さな生き物になってしまったような錯覚を起こして落ち着かなくなった。まるで、本当は紫が可愛い存在になりたかったみたいに思えてきて、ますます混乱してしまう。
「仮に急用が出来たとしても、帰るのは直接言ってからにしてください。攫われたのかと、本気で心配しました」
「大げさだな、あんたの家には誘拐犯でも出るのか?」
「出ないという保障はありません。私は紫さんと出逢うまであまり褒められた人付き合いをしてきていませんので」
「あんたの身から出た錆で俺が被害を被るかもしれないってことか。なのに、それで俺が責められんのって納得いかないんだけど?」
辛辣な物言いに、浮かない顔をする黒田の事情など紫の知ったことではない。そこに、笑いごとでは済まないような深刻な事態が潜んでいたとしても。

「責めているわけではありませんよ、どうして黙って帰ってしまったのかを聞いているんです」
なおも追及しようとする黒田への言い訳は、仕事中もずっと考えていた。
「……酔ってたし、よく覚えてないんだ。気が付いたら家で寝てて」
視線は合っているようでも、瞳の奥では無意識に逸らせようとしてしまう紫に、黒田は怪訝な顔を向ける。
「それほど酔っていたようには見えませんでしたが……まさか、目が覚めたら他の男の腕の中にいたなんていうんじゃないでしょうね?」
剣呑な色を浮かべる瞳の鋭さから逃れたくて、紫は黒田の腕の狭間で身を返した。
「そんなわけないだろ、俺は家族と同居だし、誰も連れて帰ってないよ」
腕から抜け出そうとする仕草と掠れた声が、黒田の疑惑をいっそう深めてしまうと思う余裕もなく。
「確かめさせてください」
言い終えるより早く、背後から回された黒田の手は紫の上着の内側へと滑り込んできた。器用にネクタイを緩め、シャツのボタンを外しながら、はだけさせるように触れてくる。
更に降下してゆく手にベルトを外され、スラックスの前を緩められると体が硬直してしまう。
「何もないだろ? あんた、心配しすぎ」
肩越しに振り向き、紫の浮気を心配するのは杞憂だと説くつもりが、黒田の表情はますます険しくなってゆく。
「ヤ、だ……っ」
下着にかけられた手が、乱暴な仕草で下肢を露にしようとする。ずり下げられ、中途半端な位置で蟠った生地は、器用に足をかけられ、床へ落とされてゆく。
焦って暴れる紫の体は、背後から覆い被さっている厚い胸と、脚を開かせるように裏側から挟み込まれた膝に阻まれ、思うように動かせない。
「も、こんな所でそういうことすんなよ、何の跡もついてないだろ?」
「何もないなら、抵抗する必要もないでしょう?」
紫の腿を撫で上げる手が後ろに回り、尻を撫でさする。
「やめろって。俺は、あんたとは面の皮の厚さが違うんだ」
「そこまで嫌がるということは、見られてまずいものでもあるということでしょうね」
「ないって言ってるだろ? ていうか、こういうことは部屋に入ってからしろよな」
なんとか振り解こうと足掻く紫の体は強い力で押さえ込まれ、窪みを辿るように滑ってゆく黒田の指は紫の中まで調べようとする。
「うっ、つ」
乾いた指は躊躇なく中を探り、引き攣れるような痛みに呻く紫の都合など思いやってくれそうになかった。
「やめろ、って」
「ここを使ったわけではないようですね」
耳朶を舐めるように近付いた唇から発せられる声音は、情欲とはかけ離れているように感じる。
“最愛”の相手を引き止めるようなことをしていながら、紫のこともキープしておこうとする男が憎らしく、なのに、それでもいいと思ってしまいそうな自分が何より情けない。いい加減、思い切ってしまわなければいけないと頭ではわかっているのに。
「前にも言いましたが、私は浮気も本気も許しませんので。覚悟はできているでしょう?」
ささやかれる声は、産毛を逆立てさせるほどに冷たく、紫の神経を麻痺させるほどに甘く響いた。


この男から逃れるためには物理的な距離を取るしかなさそうで、いっそ転職でもしようかと、短絡的な思考に陥りそうになる。
密な関係を続けているようでいて、未だにお互いのことをよく知らないという現状は、やはり紫はただのセフレに過ぎなかったのだという結論に行き着かせてしまう。今もって、紫は黒田の出身や家族構成はおろか、交友関係の殆どを教えられていない。
それとなく尋ねたことはあるが、はぐらかすような返事をされればそれ以上詮索しようとは思わなかった。面倒がられるのも、女々しい態度を取るのも、紫のポリシーから外れている。
こんな不確かな関係では、もし黒田が突然行方をくらませるようなことがあれば、紫には行き先を想像することすらできないだろう。同様に、紫が携帯と職場を変えれば、自宅も知らない黒田がコンタクトを取る術は無くなってしまう。
こうして黒田に呼び出されれば、紫は鬱屈した胸の内を隠して会いに来ずにはいられないが、連絡する手立てを失くしたら、黒田との関係はあっけなく終わらせられる気がする。
黒田に染められた身と心が、癒えるまで会わずにいられれば。

頬を掠めた生地の感触に気付いて視線を上げる。
いつの間にか廊下に倒されていた紫の胴の辺りに、馬乗りになったまま服を脱ぐ黒田の表情はひどく不機嫌そうだった。
無言のままシャツのボタンを外し、デニムの前を緩めてゆく仕草を、呆けたように見つめる。
なぜか、黒田が紫に下腹部を晒すときにはいつも既に勃ち上らせていて、こいつは本当に性欲の塊なのではないかと思わずにはいられなかった。

「……いきなり突っ込まれたくないでしょう?」
紫がぼんやりしていたせいか、黒田の声には苛立ちが滲んでいる。
何を求められているのか察すると、紫は慌てて手を伸ばした。誇示するように上向いたそれに手をかけ、首を上げる。また喉の奥まで使われないうちに体を起こしておいた方が身のためだと、理屈より先に体が反応する。
黒田は今日は遮る気はないようで、紫の促すままに体勢を入れ替え、壁に寄りかかるように腰を下ろした。その脚の間に蹲り、催促される前に顔を伏せる。
あまり大きくしては受け入れるときに辛いだけで、紫は唾液を塗しつけるように舐め、申し訳程度に口の中へと迎え入れた。
紫の髪を弄んでいた手が、もっと奥まで銜え込ませようとするように、首の後ろを引き寄せる。強引に喉を開かせられ、ゆっくりとはいえ出し入れされると呼吸が困難になってゆく。
それでも、上から押し込まれたときに比べれば、下から突き上げられる方がマシだった。
潤みそうになる目で睨み上げながら、舌を這わせ、喉の奥まで飲み込む。挿れる気がなくなったのなら、少しでも早く終わらせてしまいたかった。

きっと、黒田が盲目的に愛し続けている相手には、こんな無理強いはしないはずだ。それどころか、“奉仕”はする方で、させることなど考えもしないのかもしれない。
思えば、紫は都合のいい相手になり過ぎて、常に流され、受け入れ過ぎてしまった。それが、余計に紫の価値を落とすことになったのだろう。
手に入らないものの方が強く心に留まり、簡単に思い通りになる紫を軽んじるのも、客観的に考えれば当然のことなのかもしれなかった。


「っう」
その大きさと深さに耐え切れず吐き出しそうになっても、黒田は紫の後頭部に回した手から力を抜こうとはしない。
「……何を考えているんです? まさか、他の男のことじゃないでしょうね?」
苛立ったような声が、見当違いなことを言う。
何故そんなに勘繰るのかわからないが、この頃の黒田は少し異常だ。他の男のことを考えているのは、きっと黒田の方なのに。
そう思うと、また昨夜の声が耳の奥に甦り、胸が痛んだ。
今も黒田の胸を占めるのはあの短気そうな男で、紫に求められているのは体の欲求を満たすことだけなのだと思い知らされる。だから、黒田は紫にこんな扱いをしてなお横柄な口をきくのだろう。

返事をさせたいのか、黒田は紫の口を解放し、顔を上げさせた。
大きな手のひらで紫の目元を覆う髪をかき上げ、頬を包むように撫で、軽く口元を拭う。
そうやって催促されてもすぐには言葉が出ず、小さく首を振ることしかできなかった。
他の男どころか、紫の頭の中は黒田のことで一杯だというのに。
たとえそれが、愛情とは対極にある感情が巡らせた思考だったとしても。

腕を引かれ、腰を抱き寄せられ、結局は挿れる気になったようだと知る。
物足りなかったのか、最初から抱くつもりだったのか、黒田は紫の脚を開かせると膝を跨がせるように腰を引き寄せ、容赦なく貫いた。
「い……っつ」
慣らされないまま擦られてゆく内部が引き攣れるように痛む。なおも腰を落とさせようとする手に逆らうように、黒田の肩に爪を立てた。
ささやかな抵抗は逆に作用したのか、いっそう深く抉られ、痛みに滲む生理的な涙が視界を歪ませる。
「……そんなに締め付けないでください、少しは我慢できないんですか?」
心なしか乱れた息が、紫の項にかかる。からかうような囁きに応える気力はなかった。
どんな評価をされようと、もうどうでもいい。
紫では役者不足なら、他の誰かを探すだろう。体だけでいいなら、黒田は相手には事欠かないのだろうから。




「泊まっていかないんですか?」
不満げな黒田の問いを、いつものように素っ気無く流す。
「明日早いんだ。心配させて悪かったと思ったから寄っただけで、長居するつもりじゃなかったし。じゃあな」
「では気を付けて」
別れの挨拶を終えても、黒田は引き止めるように紫を腕に抱いたまま、なかなか放そうとはしなかった。気を張っていなければ、また部屋へ引き返してしまいそうな危うい心地よさだ。
小さく息を吐き、心を決める。
まとわりつくような抱擁から身を抜いて、部屋を後にした。






結局、紫が取ったのは着信拒否で、番号やアドレスを変えるようなことはしなかった。
他の友人知人に知らせるのが面倒というのが一番の理由だったが、そこまでするのは思い上がりのような気がしたからというのもある。

それほども思い入れている相手がいるのなら、紫のことなど直に諦めるだろう。
そのうちには海外赴任を終えて帰って来るだろうし、それまでは不便していなかったという相手で繋げばいい。紫と知り合う前にそうだったと言っていたように。
お互い、出逢う前に戻ったと思えばたいしたことではないはずだ。
体に馴染んだ習慣が抜ければ、紫はまた元のように軽いキャラを装って生きてゆける。
あるいは、モテ期を生かして、遅まきながら経験値を上げてみるのもいいかもしれない。義理立てする意味がなくなれば、紫も潔くなれるような気がした。




「ゆうちゃん?」
耳に覚えのある声に呼ばれて、俯きがちな顔を上げる。
声をかけてきたのは雛瀬で、紫の仕事が終わるのを会社の近くで待っていたらしかった。
人懐っこい笑顔は紫の知るままの雛瀬のようでいて、つき合っていた頃に好んで着ていたような淡い色合いの品の良いスタイルとは違い、黒いライダーズジャケットに濃紺のデニムといった、ややハードな印象に様変わりしている。ダメージジーンズも意外なほど雛瀬に似合ってはいるが、見慣れないせいか、ひどく違和感を覚えた。
それは服装のせいだけではなく、雛瀬の言うところの“頑張って”いる成果が表れているのか、ほんの短期間で紫と変わらないほどの背丈になり、華奢に見えていた体に少し厚みが出てきたことに、改めて驚かされる。
「ヒナ……なんか、ちょっと見ない間に厳つくなってない? また背も高くなったみたいだし」
「ほんと? 成長が止まったら困ると思って筋トレし過ぎないよう気を付けてるんだけど、成果が出てるんなら良かった」
「もう可愛いなんて言っちゃいけないかな?」
「可愛くなくていいよ。ゆうちゃん、本当は男くさいのが好きなんでしょ? もっと早くわかってたら“成長しない努力”なんてしなかったのに。今急いで体作ってるから、もうちょっとだけ待ってて? あんなオジサンに負けないくらい、カッコよくなるから」
心なしか非難するような雛瀬の言葉のいくらかは意味不明だったが、明らかな間違いだけは訂正しておく。
「ヒナ、知ってると思うけど、俺は30歳越してるよ? ヒナの言ってる“おじさん”、俺より5つも若いんだから」
「ウソ……ゆうちゃんは30歳でも見た目も若いし全然いいけど、あの人、ゆうちゃんより5つも年下なの? 絶対、もっと年食ってると思ってたのに……」
雛瀬は暫くショックを受けていたようだったが、気を取り直したように言葉を続けた。
「で、その見た目アラサーの人とはまだ続いてるの? 俺がカッコよくなる頃にはすんなり別れてくれそう?」
雛瀬の描く“カッコイイ”基準がどれほどなのかわからないが、まだまだ先だと言うなら、無意味な問いだ。
「……残念ながら、間に合ってないみたいだよ」
「え、間に合ってないってどういうこと?」
「もう、振られたから」
「ウソ……ゆうちゃんを振るなんて厚かましい……。別れてくれたのは嬉しいけど、なんかムカツク」
「しょうがないよ、最初から俺みたいなのは好みじゃないって言われてたし」
何か反論しかけたような唇が、ふっと不謹慎な笑みを作る。殆ど身長差のない、寧ろ少し高いかもしれない位置から、雛瀬が紫の耳元へ顔を近付けてくる。
「……ねえ? もしかして今って付け込み時?慰めちゃっていい?」
こんな表情をする子ではなかったのに、と思いながら、そのしたたかな眼差しから目が離せなくなる。
もう、自制心など使い果たしてしまっていた。
つられるように頷いていたのは、紫の想像以上に別れのダメージが大きかったからかもしれない。
今は、無条件の好意と優しい腕の誘惑を断れないくらい、紫の身も心も渇き切っていた。






ふと視線を向けた先に佇む大きな影に、上向きかけていた気持ちがまた乱される。
いくら他の手立てが無くなったからといって、会社の前で出待ちされるとは思っていなかった。黒田の執念深さは身を持って知っていたが、天敵であるはずの工藤と鉢合わせる可能性のある場所も厭わないとは、どこまで厚顔なのか。

さすがに、気付かないフリも、知人のような顔をして挨拶することもできず、リーチが届かない程度の距離を保った位置で足を止めた。
睨めつけるような視線を無視すれば大事になりかねず、かといって、こちらから歩み寄る気にもなれない。
黒田はまだ、紫を手放す気にはならないのだろうか。
あんなにハッキリと、愛しているのは別の男だと言い切っていたのに。割り切れる相手は他にもいると言っていたくせに。

紫の反応に業を煮やしたように、大股に近付いてくる黒田の剣幕に身が竦む。
「どうして“拒否”されているのか、理由くらい聞かせてくれませんか?」
穏やかとは言えない声から滲み出す怒りは未練のようで、紫の決心を揺らがせる。だから余計に、強気を装わなければならなかった。
「……察しろよな。俺、しつこいの、キライなんだけど?」
「しつこいと言われるほど、まだ何もしていませんよ。手放すつもりはありませんし、私には追及する権利があるはずです」
所有権を主張する黒田の鈍さを、詰るとか諭すとか、方法はいくらもあると思うのに、どれもできない。人目を利用してこの場を逃れることも可能だろうが、一時凌ぎにしかならないことは明らかだった。
「……わかったよ、つき合えばいいんだろ」
自分でも、この男には甘過ぎると思いながら、路駐された車へとついていく。
助手席のドアを開ける黒田が、紫がシートに落ち着くのを待ってドアを閉めるのはエスコートしているわけではなく、逃がさないためなのだろう。
車が走り出しても黒田は口をきかず、本題を切り出さない訳を思うと、紫の方から話しかけることもできなかった。
この後の展開を考えれば世間話ひとつする気にはなれず、おとなしくシートに凭れて黒田の出方を待つ。
ふと、今夜も紫からの連絡を待っているはずの相手に、今日は無理そうだと知らせておいた方が無難かもしれないことに気付いて、静かに携帯を取り出した。
サイレント設定を解除しないまま、なるべく短い言葉で、今日は遅くなりそうだから会えない、というような内容のメールを送る。
本音では、もしかしたら展開次第ではまた慰めてもらいたくなるかもしれないと思っていたのだったが。




「……話がしたいんじゃなかったのか?」
黒田の部屋に連行され、即行ソファに放り投げるように押し倒されている現状に、つくづく自分の弱さを思い知らされる。
「3日と空けないでやらせてくれるんじゃなかったんですか? 今はあなただけだと知っているでしょう?」
真面目な顔をして大嘘を吐く黒田を見つめていると、泣きそうになった。
いや、嘘ではないのだろう。今は、体のつき合いがあるのは紫だけ、という意味なら。
「……そろそろ本命にヤらせて貰えば? あんたは気持ちと体は別なんだろうけど、相手はそうじゃないだろ? たまには会いに行ったり来て貰ったりして、あんたもヤリ溜めできるよう体質変えろよな」
「何の話ですか?」
訝しげに紫を見下ろす黒田は、しらばっくれているのか紫が知らないと思っているからか、思い当たることはないというような顔をしている。
黒田がそういう態度を取るのなら、紫がはっきりと言うしかないのだろう。
「あんたの“一番愛している人”の話だろ? いつ帰ってくるのか知らないけど、遠恋だって試してみれば案外いいものかもしれないし、あんたももうちょっと誠実な男になるよう努力しろよ」
「ちょっと待ってください」
説教じみた言葉を遮るように、紫の肩を掴む黒田の手に力が籠められた。
「まさか、あの時の電話を聞いていたんですか?」
侮るような視線に、割り切ったつもりの感情が噴き出しそうになる。思い切るには、まだまだ時間が足りなかった。
「だから、俺にはもう何も求めるな」
まるで頭が痛いとでも言いたげに一瞬目を閉じた黒田の顔に、隠し切れない焦燥が滲む。
「……聞いていたんなら、どうしてすぐに話してくれなかったんです? 今私が一番愛しているのは紫さんですよ、知っているでしょう? あの時は込み入った事情があってそう言わざるをえなかっただけで、真実ではありません」
甘い言葉を本気にしてしまいそうな自分を叱咤するために、紫は言うつもりのなかった弱音まで吐き出すことになった。
「あんたに必要なのは、本命の代わりに性欲を満たしてくれる相手だろ? 悪いけど、俺はあんたみたいに割り切ることはできないんだ。あいつもそうなんじゃないのか? いつまでも勝手な理屈ばっか通してないで、そろそろ腹括ったら?」
「紫さんこそ、勝手に誤解して自己完結するのもいい加減にしてください。真実ではないと言っているでしょう?」
黒田の言い訳に耳を傾けたら最後、容易く言いくるめられてしまうことは、これまでの経験からわかり切っている。だから、耳を塞いで、早口に返した。
「誤解も何も、俺はカラダとココロは一緒なの。体だけとか、つき合ってやれないから。せっかく気持ちよく別れてやったんだし、あんたもきちんと向き合えよ?」
ほぼ真上にある黒田の顔が色を失くしてゆく。
いつもの人を食ったような不敵な雰囲気はなりを潜め、まるで痛むみたいに表情を歪ませる。


「紫さん、少しは私の話を聞いてください。あなたを本命だと言わなかったのは、電話の相手があまり品のいい輩ではなかったからです。私が心変わりしたとわかれば、あなたに接触しようとするかもしれませんから、稲葉さんを引き合いに出したんです。稲葉さんとのことは周知の事実ですから、信憑性があるかと思いましたので」
“稲葉”と繰り返す口元を塞ぎたくなるくらい、紫は何も越えられていないのに。
肩に置かれた手を振り払い、身勝手な男を睨み上げる。
なるべく穏便に収めたいと思っていたが、もうどうでもいいという気にさせられていた。
「……仮に、俺があんたの“本命”だったとしても、その定義があんたとは違うんだよ。ふつう、つき合っている相手にレイプ紛いのことはしないし、無理やり窒息しそうなフェラなんてさせないもんなの。俺は、あんたの“本気の”セフレになんかなりたくないんだ」
実際には、セフレどころか、本命にはできないことを心置きなくヤれる相手、程度にしか思われていないのだろうが。
紫の反論がよほど意外だったのか、黒田は暫し呆然としていた。
ややあって、頬へと伸びてきた手のひらは、確かめるようにそっと撫で、優しく包み込んだ。
「度が過ぎたのなら謝ります。でも、そんな風に言われるのは心外です。確かに、経験の浅い紫さんには酷なこともしてしまったかもしれませんが、今まで何でも許しておいて、後からそれを理由に逃げるのは狡いんじゃじゃないですか?」
神妙なようでいて、結局は紫のせいだという男に、絆されかけていた気持ちが萎む。
「……あんたが強引すぎんだろ、イヤだって言ってもきかないくせに」
「きけない時もありますよ、紫さんは他の人に対して無防備過ぎます。私は心の広い男ではありませんから、仕事絡みだろうが元彼だろうが、紫さんには指一本触れさせたくないんです。紫さんにささやかな仕返しをしてはいけないと言うなら、これからは相手の方に報復することになるかもしれませんね」
「なっ……どういう理屈だよ、あんた、頭おかしいんじゃないのか?」
「おかしいとは思いません。恋人に手出しされて平気な方が異常です」
そこだけ取れば黒田の言い分は正論で、紫には返す言葉がなかった。
「自分でも心配しすぎだとは思いますが、あなたのことになるとセーブできなくなるんですよ。さっきの話にしても、あなたに危害が及ぶのを避けるために、良かれと思ってしたことです」
そんなことをすれば矛先が稲葉に向くかもしれないということで、そう考えるとやはり信じ難い思いがする。
「あいつなら、日本にいないから危なくないってことか?」
「いえ、結局は稲葉さんを落とせなかったことも知られていますし、そもそもあの人はこちら側の人ではありませんから心配ないと思います。でも、紫さんは、私が脇目も振らずに夢中になっている相手だと気付かれれば、下世話な興味を持たれるでしょうね。一見、紫さんは遊んでそうな印象を受けますから、軽く見られかねません。私は紫さんを危険な目に遭わせたくないですし、興味本位に触れられたくもないんです」
懐柔されたくないのに、雄弁な唇は淀みなく言い訳を語り、舌戦でも紫が黒田に敵うはずがないことを痛感させられる。
とはいえ、黒田の話が事実だったところで、もう手遅れなのだったが。



紫の頬から首筋へと伝い降りてゆく手のひらが、ネクタイのノットに指をかける。
バクバクと鳴る鼓動に急かされるように、紫は露見する前に告白せずにはいられなくなった。
「でも、俺、他の人とつき合うことになったから……あんたとは別れた気でいたし……」
「たった2日でもう次の男ですか? 接待相手からも逃げ出すような紫さんに、そんなことできるわけが……」
ネクタイを解き、シャツのボタンを上から順に緩めていた手と同時に、黒田の言葉が止まる。
沈黙の方が恐ろしいと思い知らされるのに十分な間と立ち上るオーラの凄まじさに圧倒され、指先ひとつ動かせなくなってしまう。
一瞬置いて荒々しく開かれ露になった胸元には、不慣れな雛瀬の残した情事の跡が、恥ずかしいほどに散っているはずだった。
「……そんなに簡単に切り捨てられるとは思ってもみませんでしたよ」
低音を更に落とした、押し殺したような声が、紫の産毛まで逆立てる。裸の胸に触れる手のひらが、張り詰めた肌をなぞってゆく。
「相手は誰です?」
聞き取りかねるほど掠れた声が黒田の心情を端的に表しているようで、紫には答えることができなかった。うかつに白状すれば、相手にまで危害が及びそうな殺気が漂っている。
「あ」
もどかしげにベルトが外され、ひどく乱暴な仕草でスラックスも下着も奪われてゆく。片裾を残したまま大きく割られた膝が、腿裏が攣りそうなほど強く押し上げられ、後ろまで晒される。
「ひ……っ」
昨夜の熱をまだ残したそこを太い指で暴かれ、衝撃で声が引っくり返った。
「あ、ああっ……く、っう」
痛みに引き攣る体に埋められた指が、腫れた内部を探るようにかき回す。
経験値の低い雛瀬との行為は紫を慰めてくれたが、中に痛みを残すほど情熱的で、少し拙いものだった。
「こんなに腫らして……誰に抱かせたんです?」
首を振る紫の耳元を噛むように、黒田の唇が辿る。追い込むように、穿たれたままの指は紫の弱いところを擦り、激しく出入りし始めた。
「やっ……さわ、んっ……あっ、ああっ」
体に馴染んだ指は、紫の抵抗を易々と封じ、慣れ親しんだ感覚を引き摺り出そうとする。疾うに知り尽くされた紫の感じる場所を執拗に責め、無理やり性感を高めてゆく。
「し足りなかったんですか? それとも、私の方が良いですか?」
優しげな声に潜む昏いものが肌を伝って、じんわりと紫の中まで染み込んでくる。それはまるで傾きかけていていた紫の思いを惑わそうとするように、体の芯まで侵食していった。



「ひ……っや、あ、ああっ……」
いつしか指は黒田自身に代わり、雛瀬が紫に刻んだ全てを上書きしようとするかのように深く貫かれていた。
容赦なく打ちつけられ、脳髄まで痺れるような絶頂感が体中を支配する。
浅いところを強く擦られ、角度をつけて奥まで抉られ、ギリギリまで抜いては勢いを増して戻ってくる毎の、腹を破られるのではないかと恐ろしくなるほどの強い突き上げに意識が途切れそうになる。今すぐ失神してしまえば楽になれるだろうと思うのに、黒田のくれる快楽を知っている体はもっと欲しがって、貪欲にその動きを追う。
揺さぶられ、奥までかき回され、まともな思考力など吹き飛んでしまった。ただ、体の求めるまま素直に流され、酔いたがる。
「あっ……や、だっ……手、はなせ……っ」
強烈な射精感を黒田の指にせき止められ、解かせようと伸ばす手に力が入らない。
間際で喘がせられ続ける甘苦しい感覚が堪らなくて、腰を捩ってみても結合を深めるばかりで、気を逸らすこともできなかった。
「私をいかせてから、ですよ」
上ずる声は黒田も切迫しているということだろうに、快楽に侵された脳は深く意味を考えることもなく、安易な言葉を返してしまう。
「じゃ、イけよ……も、早く……っ」
「このまま出していいんですか?」
「いいから、早く……も、あっ、ああ……っ」
いっそう激しく擦り付けられ、受け止め切れないほど強い快感に紫の内側が痙攣する。
「あああっ」
熱く、断続的な迸りを奥に受けて、過敏になった体がびくびくと跳ね上がった。頭の中が真っ白になるほど極まっているのに、未だ縛められたまま解放されない苦しさに、潤む目で黒田を睨み上げる。
「も……手、放せ、よ……っ」
圧し掛かる体を押し返そうとする手に返る絶望的な重さは僅かも離れることなく、未だ紫の自由を奪ったままだ。
「……私をいかせてからと言ったでしょう? 紫さんの中で私がどんな状態なのか、わからないわけはないですね?」
一度吐き出しておいてなお硬く滾ったものは紫の中で力強く息衝いて、まだまだ終息には向かいそうになかった。
「イヤだ、ズル……っあ、あんた、自分、だけ……っ」
紫の泣き言など聞いていないかのように再開された行為は強引なうえに執拗で、今の紫には刺激が強過ぎる。
黒田が身勝手なことなど、初めからわかっていたのに。
身も心も、この男の呪縛からは逃れられないと、白く濁ってゆく意識の底で思い知らされた。






気が付いたときには紫はベッドの上にいて、ずいぶん深く寝入ってしまっていたようだった。
「やっと目を覚ましましたか。もう少ししたら私は仕事に行かなければいけませんので、手短に話しておきます」
ベッドサイドから紫を見下ろす黒田は既に身支度を終えていて、憑き物が落ちたように穏やかな表情をしている。
紫を苛めたことで気が晴れたのか、溜まっていたものを出して落ち着きを取り戻したのか、雰囲気が和らいだことにはホッとした。
とはいえ、紫の処遇がどうなったのかはまだわからないが。
とりあえず身を起こそうと手を動かしかけたときの、耳が捕らえた微かな金属音と嫌な感触に、自然と目がそちらへ向く。
まさかそんなわけがないと頭の中で打ち消した予感は、衝撃的なビジョンを伴って紫の身に降りかかっていた。
弾かれたように飛び起き、黒田に詰め寄る。
「ちょ、何で俺、こんなもの付けられてんの? 冗談、きつ過ぎだろ?」
両方の手首に嵌められた、どう見間違えようにも手錠にしか見えないものは、まるで紫を重罪人にでもなったかのような気分にさせる。
「繋ぐのは可哀相かと思いましたので、手首だけにしておいたんですが」
しれっと答える黒田の涼しげな顔は、いかにも譲歩してやったと言いたげで、紫は自分の置かれた立場も忘れて熱くなった。
「だから、何でこんなもの付けてんのかって聞いてんだろっ」
纏められた両手を振り上げ、声を荒げてみたところで黒田の優位を揺らがせられるはずもないのに、だからといって甘んじて受け入れることはできなかった。
黒田は動じた風もなく、紫の手をそっと引き寄せ、身を屈めて顔を近付けてくる。
「あなたを自由にしておくわけにはいかないとわかったからですよ。多少不便かもしれませんが、部屋で過ごすぶんには問題ないでしょう? 言うまでもないと思いますが、その格好では外に出ないと踏んで最低限の拘束に留めているんですよ。万一逃げ出すようなことがあれば、本気で拉致監禁しますから覚悟しておいてください。そうなれば、四肢拘束に“おむつ”ですから」
「な……何だよ、それ、意味わかんないんだけど? あんたが仕事から帰るまでこのまま放置するつもりかよ?」
「そのくらいのペナルティは当然じゃないですか? 浮気も本気も許さないと言ってあったでしょう? 守れないなら、繋いで閉じ込めておくまでです」
むちゃくちゃなことを言われているのに、黒田が本気だとわかると怒りを通り越して恐ろしくなる。自分こそが理路整然と言わんばかりの態度は、一見冷静なようでいて、とても正気とは思えなかった。

「あんた、頭おかしいよ?それって、犯罪だろ?」
腰が引ける紫を追うように、黒田はベッドの縁へと膝をつき、身を寄せてくる。
出勤前だと言っていたわりには、黒田は落ち着き払っているようだ。
「犯罪だとしても、当然の権利ですよ。自分のものが他の男に奪われそうになっていると知って、放っておけるわけがないでしょう?」
「だから、もうあんたのものじゃないって言ってるだろ、俺はヒナとつき……」
口を滑らせてしまったと気付いたときには、黒田の表情から余裕は消えていた。途中で言い留まったつもりが、相変わらず黒田は、紫が隠したいと思うことを見抜くのが得意らしい。
「……また仕事絡みかと思っていましたが、雛瀬さんだったとは驚きましたよ。あなたに見合うようになるのはもう少し先だと思っていたんですが、身の程を弁えていないようですね」
「ヒナには手を出すな」
そんなことを言うから弱味になってしまうのだと、焦る頭は回らず自ら墓穴を掘るような真似をしてしまう。
「そうですね。あなたが勝手に帰ったり、気安く他の誰かに触らせたりしなければ、手出ししませんよ」
明確な脅迫は寧ろ幸いだと思った。雛瀬に危害を及ぼさずに済むなら、少々横暴な要求を飲むくらい大したことではない。
「帰るなって言うんならずっと居るし、他の男なんてこっちから願い下げだ」
「本当ですね?」
疑り深い眼差しで念を押されても、紫は深く考えることなく、確りと頷いた。
「ああ、だから、ヒナには関わるな」
「それなら外さないでもないですが……でも、他の男は嫌だと言いながら、雛瀬さんとはそうじゃなかったんですか?」
許容するような言葉とうらはらに、紫の手首へ視線をやる黒田はまだ不満げな表情をしている。
「それは……あんたとはもう終わった気でいたし、ヒナとは元々つき合ってたんだから、接待相手とは一緒にならないだろ」
実際には、新規開拓も含め他の相手にも慣れておいた方がいいかもしれないと思っていた、というのが本音だったが。それどころか、あの時は自棄になっていて、もしかしたら誰でもよかったのかもしれないとさえ思う。
「他にもいますか?」
まだ渋面を崩さない黒田の問いは、本気で理解不能だった。
「何が?」
「あなたが受け入れられる相手ですよ」
「ばっ……いるわけないだろ、あんた、人の話聞いてんのか」
危うくバカと言いそうになったことも、黒田には見抜かれているのかもしれない。

「信じていいですね?」
この期に及んでまだ胡散臭げに紫を見据える眼差しの不遜さに、ふと見解の違いの可能性を思って不安になった。
確認を取るまでもないと思いながら、紫の横へと腰掛ける黒田に、一応、尋ねてみる。
「あんたが仕事行ってる間に、ちょっと家に帰ってくるくらいはいいよな? 昨夜は連絡しないままだったから心配してるだろうし、一回顔見せとかないとまた機嫌損ねてしまうし」
その意味が、碧と接したことのある黒田になら通じると思ったのだったが、或いは妹以上に手強そうな気配を醸し出す今の状態では、火に油を注ぐことにしかならなかったのかもしれない。
「ずっと居ると言って油断させておいて、外してもいいと言った途端、翻すつもりですか?」
「だから、あんたが仕事から帰るまでには戻るし、今日も泊まるって言っておくから……」
「きけません。あなたが“ずっと”と言うから、今回だけは追及しないでおこうかという気になったんです。勝手に人のものに手を出したんですから、覚悟はしているでしょうしね」
暗に雛瀬を狙うと仄めかす黒田に、今の紫の立場では反論できるはずもなかった。
「わかったよ、あんたが戻るまで、ここから一歩も出なければいいんだな?」
これでも紫からすれば随分と下手に出たつもりだったのだが、黒田の返事はあまりにも横暴なものだった。
「いいえ、これからも“ずっと”ですよ。私の許可なく、たとえ実家だろうが近くのコンビニだろうが、勝手に出歩くなら私も雛瀬さんの身の保障はしません」
「なっ……横暴にもほどがあるだろ、あんたが仕事から帰るまでっていう意味で言ったんだ。週が明けたら、俺も仕事なのわかってるだろ? まさか、仕事に行くのもダメとか言わないよな?」
「枕営業させるような会社など、辞めてしまえばいいんですよ」
あまりにも身勝手な言いように眩暈がする。黒田は本気で紫を閉じ込めておくつもりなのだろうか。
「辞めてどうするんだ? 新卒でも就職先がないって言ってるくらいなのに、俺には簡単に転職なんてできないんだからな? もちろん、あんたに養って貰う気もないし」
さすがに“囲う”のは無理があるとわかっているのか、黒田は少し考え込み、思い直したようだった。
「……仕事に行きたいなら、ここへ帰って来ればいいでしょう? 家から通うつもりなら、私も約束はできませんので」
「いい加減にしろよ、俺が自宅なの知ってるだろ? 親にだって、あんたのこと何も話してないのに」
「いい年をした男子が家を出るのに、いちいち親の許可が要るとは思えませんし、そもそも紫さんの性癖は家族にもカミングアウト済みなんでしょう?私が“可愛い10代の男子”じゃなかったからといって、話したがらないのは納得がいきません」
「拘んの、そこかよ……」
自分勝手な男だということは知っていたが、ここまで融通がきかないとは思わなかった。
「ともかく、話し合うのは帰ってからです。念のため言っておきますが、もうひとつ“保険”をかけてありますから、おとなしくしていないと、何が起きても知りませんよ?」
不吉な一言に、また背筋が寒くなる。もうこれ以上、紫の理解の範疇を超えるような事態にならないことを祈るばかりだった。

「……保険って、何だよ?」
できるなら聞きたくなかったが、知らなければ却って身の危険を招くことになると思い、おそるおそる黒田の様子を窺ってみる。
「眠っている間に、いろいろ“撮影”させていただいたんですよ。おとなしくしているなら私が個人的に楽しむだけに留めておきますが、きけないなら、どこにばら撒くか責任は持てません」
「なっ……何なんだよ、それ。個人的にもダメだろ。っていうか、何であんたが俺にそこまでするのか理解できないよ」
欲求を満たしてくれる相手には困っていなかったと言っていたはずなのに、そうまでして紫に拘る理由がわからない。
「愛しているからに決まっているでしょう。いい加減、“一番愛されている”のは誰か自覚したらどうですか?」
「……は?」
間の抜けた声を上げた紫に、黒田は苛立たしげに言葉を継ぐ。
「ですから、もうずっと前から紫さんが一番可愛いと言っていますし、本命だということも、まじめにおつき合いさせていただいていることも折りに触れて伝えてきましたし、当然、一番愛しているのも紫さんですよ」
「そんなこと……いきなり言われても」
俄かには信じられなくて、真っ直ぐに見つめてくる黒田の目を見返すこともできないくらいうろたえた。
「いきなりじゃないでしょう? 何度となく言い続けてきましたし、ついさっきも言ったはずです。まさか、本気に取っていなかったなんて言うんじゃないでしょうね?」
そのまさかだと、口にしなくても、わかりやすいと言われる紫の表情に書いてあったらしい。
「人が真剣に言っている言葉は本気にしないくせに、どうして盗み聞きした一言は簡単に信じるんでしょうね」
大きくため息を吐かれ、紫は今更のように申し訳ない気持ちになった。
とはいえ、紫がそういった言葉を素直に受け止められなくなった原因は黒田にもあると思うのだが。
「とにかく、浮気も本気も許さないと言ってありましたし、守れなかった以上、償っていただくのは当然のことだと思いますが?」
「わかったよ、わかったから、拘束したり監禁したりするのはやめてくれ。脅迫されて一緒にいるなんて、親にも妹にも言えないだろ?」
「脅迫されて、なんて、本気で思ってるんじゃないでしょうね?」
自覚がないのか、黒田はそんなはずがないだろうと、同意を求めるように紫を見下ろす。
なんと言葉を繕ってみても、不本意に留め置こうとしている現状は、脅迫以外の何ものでもないと思うのだが。
「そんな風に思っているんでしたら、今度はビデオでも撮っておきますよ。どんな顔をして抱かれているのか知れば、あなたも少しは自覚するでしょうから」
黒田の言い分が事実かどうかは別にして、そんな写真や動画は、撮られるのも見せられるのも絶対に嫌だった。
「あー、もう。脅迫じゃなくて合意でいいから、写真もビデオも勘弁してくれよ。俺、そういうのは、ほんと苦手なんだ」
やむなく紫が折れたことで、何とかその検証は免除して貰えることになったようだった。



「外してくれるんじゃなかったのか?」
そろそろ仕事に行くと言う黒田に、紫は纏められたままの手首を持ち上げて見せる。
「そのくらいの“お仕置き”は甘んじて受けるべきじゃないですか? 勝手な思い込みで浮気までしておいて、反論する権利があるとでも?」
主導権を取ったことでますます強気に出る黒田に、返す言葉はもう見つからない。
「……人を子供扱いするけど、あんたの方がよっぽど大人げないよな」
小声でぼやく紫の口を塞ごうとするキスを、反射的に目を閉じて受け止める。
突然帰れなくなったことや、紫とつき合うつもりでいる雛瀬のこと、黒田を気に入らないらしい妹のことと、頭の痛い問題は山積みだったが、今はおとなしく拘束されておくのが一番の良策のようだった。



- ドメスティック.Y - Fin

【 X 】     Novel     【 Z 】



2010.2.11.update

今回の裏テーマは“愛され受け”で、“軽くキチクな攻め”を目指してみました。
書いていて、黒の愛をすごく感じて、いっそイタかったです。
Zではヤツも反省すると思うので、今度は“やや尽くし攻め”を目指してみますーv