- ドメスティック.Y(6) -

☆無理やり表現等が出てきます。
やや痛いので、苦手な方はご注意ください。



紫の頬から首筋へと伝い降りてゆく手のひらが、ネクタイのノットに指をかける。
バクバクと鳴る鼓動に急かされるように、紫は露見する前に告白せずにはいられなくなった。
「でも、俺、他の人とつき合うことになったから……あんたとは別れた気でいたし……」
「たった2日でもう次の男ですか? 接待相手からも逃げ出すような紫さんに、そんなことできるわけが……」
ネクタイを解き、シャツのボタンを上から順に緩めていた手と同時に、黒田の言葉が止まる。
沈黙の方が恐ろしいと思い知らされるのに十分な間と立ち上るオーラの凄まじさに圧倒され、指先ひとつ動かせなくなってしまう。
一瞬置いて荒々しく開かれ露になった胸元には、不慣れな雛瀬の残した情事の跡が、恥ずかしいほどに散っているはずだった。
「……そんなに簡単に切り捨てられるとは思ってもみませんでしたよ」
低音を更に落とした、押し殺したような声が、紫の産毛まで逆立てる。裸の胸に触れる手のひらが、張り詰めた肌をなぞってゆく。
「相手は誰です?」
聞き取りかねるほど掠れた声が黒田の心情を端的に表しているようで、紫には答えることができなかった。うかつに白状すれば、相手にまで危害が及びそうな殺気が漂っている。
「あ」
もどかしげにベルトが外され、ひどく乱暴な仕草でスラックスも下着も奪われてゆく。片裾を残したまま大きく割られた膝が、腿裏が攣りそうなほど強く押し上げられ、後ろまで晒される。
「ひ……っ」
昨夜の熱をまだ残したそこを太い指で暴かれ、衝撃で声が引っくり返った。
「あ、ああっ……く、っう」
痛みに引き攣る体に埋められた指が、腫れた内部を探るようにかき回す。
経験値の低い雛瀬との行為は紫を慰めてくれたが、中に痛みを残すほど情熱的で、少し拙いものだった。
「こんなに腫らして……誰に抱かせたんです?」
首を振る紫の耳元を噛むように、黒田の唇が辿る。追い込むように、穿たれたままの指は紫の弱いところを擦り、激しく出入りし始めた。
「やっ……さわ、んっ……あっ、ああっ」
体に馴染んだ指は、紫の抵抗を易々と封じ、慣れ親しんだ感覚を引き摺り出そうとする。疾うに知り尽くされた紫の感じる場所を執拗に責め、無理やり性感を高めてゆく。
「し足りなかったんですか? それとも、私の方が良いですか?」
優しげな声に潜む昏いものが肌を伝って、じんわりと紫の中まで染み込んでくる。それはまるで傾きかけていていた紫の思いを惑わそうとするように、体の芯まで侵食していった。



「ひ……っや、あ、ああっ……」
いつしか指は黒田自身に代わり、雛瀬が紫に刻んだ全てを上書きしようとするかのように深く貫かれていた。
容赦なく打ちつけられ、脳髄まで痺れるような絶頂感が体中を支配する。
浅いところを強く擦られ、角度をつけて奥まで抉られ、ギリギリまで抜いては勢いを増して戻ってくる毎の、腹を破られるのではないかと恐ろしくなるほどの強い突き上げに意識が途切れそうになる。今すぐ失神してしまえば楽になれるだろうと思うのに、黒田のくれる快楽を知っている体はもっと欲しがって、貪欲にその動きを追う。
揺さぶられ、奥までかき回され、まともな思考力など吹き飛んでしまった。ただ、体の求めるまま素直に流され、酔いたがる。
「あっ……や、だっ……手、はなせ……っ」
強烈な射精感を黒田の指にせき止められ、解かせようと伸ばす手に力が入らない。
間際で喘がせられ続ける甘苦しい感覚が堪らなくて、腰を捩ってみても結合を深めるばかりで、気を逸らすこともできなかった。
「私をいかせてから、ですよ」
上ずる声は黒田も切迫しているということだろうに、快楽に侵された脳は深く意味を考えることもなく、安易な言葉を返してしまう。
「じゃ、イけよ……も、早く……っ」
「このまま出していいんですか?」
「いいから、早く……も、あっ、ああ……っ」
いっそう激しく擦り付けられ、受け止め切れないほど強い快感に紫の内側が痙攣する。
「あああっ」
熱く、断続的な迸りを奥に受けて、過敏になった体がびくびくと跳ね上がった。頭の中が真っ白になるほど極まっているのに、未だ縛められたまま解放されない苦しさに、潤む目で黒田を睨み上げる。
「も……手、放せ、よ……っ」
圧し掛かる体を押し返そうとする手に返る絶望的な重さは僅かも離れることなく、未だ紫の自由を奪ったままだ。
「……私をいかせてからと言ったでしょう? 紫さんの中で私がどんな状態なのか、わからないわけはないですね?」
一度吐き出しておいてなお硬く滾ったものは紫の中で力強く息衝いて、まだまだ終息には向かいそうになかった。
「イヤだ、ズル……っあ、あんた、自分、だけ……っ」
紫の泣き言など聞いていないかのように再開された行為は強引なうえに執拗で、今の紫には刺激が強過ぎる。
黒田が身勝手なことなど、初めからわかっていたのに。
身も心も、この男の呪縛からは逃れられないと、白く濁ってゆく意識の底で思い知らされた。






気が付いたときには紫はベッドの上にいて、ずいぶん深く寝入ってしまっていたようだった。
「やっと目を覚ましましたか。もう少ししたら私は仕事に行かなければいけませんので、手短に話しておきます」
ベッドサイドから紫を見下ろす黒田は既に身支度を終えていて、憑き物が落ちたように穏やかな表情をしている。
紫を苛めたことで気が晴れたのか、溜まっていたものを出して落ち着きを取り戻したのか、雰囲気が和らいだことにはホッとした。
とはいえ、紫の処遇がどうなったのかはまだわからないが。
とりあえず身を起こそうと手を動かしかけたときの、耳が捕らえた微かな金属音と嫌な感触に、自然と目がそちらへ向く。
まさかそんなわけがないと頭の中で打ち消した予感は、衝撃的なビジョンを伴って紫の身に降りかかっていた。
弾かれたように飛び起き、黒田に詰め寄る。
「ちょ、何で俺、こんなもの付けられてんの? 冗談、きつ過ぎだろ?」
両方の手首に嵌められた、どう見間違えようにも手錠にしか見えないものは、まるで紫を重罪人にでもなったかのような気分にさせる。
「繋ぐのは可哀相かと思いましたので、手首だけにしておいたんですが」
しれっと答える黒田の涼しげな顔は、いかにも譲歩してやったと言いたげで、紫は自分の置かれた立場も忘れて熱くなった。
「だから、何でこんなもの付けてんのかって聞いてんだろっ」
纏められた両手を振り上げ、声を荒げてみたところで黒田の優位を揺らがせられるはずもないのに、だからといって甘んじて受け入れることはできなかった。
黒田は動じた風もなく、紫の手をそっと引き寄せ、身を屈めて顔を近付けてくる。
「あなたを自由にしておくわけにはいかないとわかったからですよ。多少不便かもしれませんが、部屋で過ごすぶんには問題ないでしょう? 言うまでもないと思いますが、その格好では外に出ないと踏んで最低限の拘束に留めているんですよ。万一逃げ出すようなことがあれば、本気で拉致監禁しますから覚悟しておいてください。そうなれば、四肢拘束に“おむつ”ですから」
「な……何だよ、それ、意味わかんないんだけど? あんたが仕事から帰るまでこのまま放置するつもりかよ?」
「そのくらいのペナルティは当然じゃないですか? 浮気も本気も許さないと言ってあったでしょう? 守れないなら、繋いで閉じ込めておくまでです」
むちゃくちゃなことを言われているのに、黒田が本気だとわかると怒りを通り越して恐ろしくなる。自分こそが理路整然と言わんばかりの態度は、一見冷静なようでいて、とても正気とは思えなかった。

「あんた、頭おかしいよ?それって、犯罪だろ?」
腰が引ける紫を追うように、黒田はベッドの縁へと膝をつき、身を寄せてくる。
出勤前だと言っていたわりには、黒田は落ち着き払っているようだ。
「犯罪だとしても、当然の権利ですよ。自分のものが他の男に奪われそうになっていると知って、放っておけるわけがないでしょう?」
「だから、もうあんたのものじゃないって言ってるだろ、俺はヒナとつき……」
口を滑らせてしまったと気付いたときには、黒田の表情から余裕は消えていた。途中で言い留まったつもりが、相変わらず黒田は、紫が隠したいと思うことを見抜くのが得意らしい。
「……また仕事絡みかと思っていましたが、雛瀬さんだったとは驚きましたよ。あなたに見合うようになるのはもう少し先だと思っていたんですが、身の程を弁えていないようですね」
「ヒナには手を出すな」
そんなことを言うから弱味になってしまうのだと、焦る頭は回らず自ら墓穴を掘るような真似をしてしまう。
「そうですね。あなたが勝手に帰ったり、気安く他の誰かに触らせたりしなければ、手出ししませんよ」
明確な脅迫は寧ろ幸いだと思った。雛瀬に危害を及ぼさずに済むなら、少々横暴な要求を飲むくらい大したことではない。
「帰るなって言うんならずっと居るし、他の男なんてこっちから願い下げだ」
「本当ですね?」
疑り深い眼差しで念を押されても、紫は深く考えることなく、確りと頷いた。
「ああ、だから、ヒナには関わるな」
「それなら外さないでもないですが……でも、他の男は嫌だと言いながら、雛瀬さんとはそうじゃなかったんですか?」
許容するような言葉とうらはらに、紫の手首へ視線をやる黒田はまだ不満げな表情をしている。
「それは……あんたとはもう終わった気でいたし、ヒナとは元々つき合ってたんだから、接待相手とは一緒にならないだろ」
実際には、新規開拓も含め他の相手にも慣れておいた方がいいかもしれないと思っていた、というのが本音だったが。それどころか、あの時は自棄になっていて、もしかしたら誰でもよかったのかもしれないとさえ思う。
「他にもいますか?」
まだ渋面を崩さない黒田の問いは、本気で理解不能だった。
「何が?」
「あなたが受け入れられる相手ですよ」
「ばっ……いるわけないだろ、あんた、人の話聞いてんのか」
危うくバカと言いそうになったことも、黒田には見抜かれているのかもしれない。

「信じていいですね?」
この期に及んでまだ胡散臭げに紫を見据える眼差しの不遜さに、ふと見解の違いの可能性を思って不安になった。
確認を取るまでもないと思いながら、紫の横へと腰掛ける黒田に、一応、尋ねてみる。
「あんたが仕事行ってる間に、ちょっと家に帰ってくるくらいはいいよな?昨夜は連絡しないままだったから心配してるだろうし、一回顔見せとかないとまた機嫌損ねてしまうし」
その意味が、碧と接したことのある黒田になら通じると思ったのだったが、或いは妹以上に手強そうな気配を醸し出す今の状態では、火に油を注ぐことにしかならなかったのかもしれない。
「ずっと居ると言って油断させておいて、外してもいいと言った途端、翻すつもりですか?」
「だから、あんたが仕事から帰るまでには戻るし、今日も泊まるって言っておくから……」
「きけません。あなたが“ずっと”と言うから、今回だけは追及しないでおこうかという気になったんです。勝手に人のものに手を出したんですから、覚悟はしているでしょうしね」
暗に雛瀬を狙うと仄めかす黒田に、今の紫の立場では反論できるはずもなかった。
「わかったよ、あんたが戻るまで、ここから一歩も出なければいいんだな?」
これでも紫からすれば随分と下手に出たつもりだったのだが、黒田の返事はあまりにも横暴なものだった。
「いいえ、これからも“ずっと”ですよ。私の許可なく、たとえ実家だろうが近くのコンビニだろうが、勝手に出歩くなら私も雛瀬さんの身の保障はしません」
「なっ……横暴にもほどがあるだろ、あんたが仕事から帰るまでっていう意味で言ったんだ。週が明けたら、俺も仕事なのわかってるだろ? まさか、仕事に行くのもダメとか言わないよな?」
「枕営業させるような会社など、辞めてしまえばいいんですよ」
あまりにも身勝手な言いように眩暈がする。黒田は本気で紫を閉じ込めておくつもりなのだろうか。
「辞めてどうするんだ? 新卒でも就職先がないって言ってるくらいなのに、俺には簡単に転職なんてできないんだからな? もちろん、あんたに養って貰う気もないし」
さすがに“囲う”のは無理があるとわかっているのか、黒田は少し考え込み、思い直したようだった。
「……仕事に行きたいなら、ここへ帰って来ればいいでしょう? 家から通うつもりなら、私も約束はできませんので」
「いい加減にしろよ、俺が自宅なの知ってるだろ? 親にだって、あんたのこと何も話してないのに」
「いい年をした男子が家を出るのに、いちいち親の許可が要るとは思えませんし、そもそも紫さんの性癖は家族にもカミングアウト済みなんでしょう? 私が“可愛い10代の男子”じゃなかったからといって、話したがらないのは納得がいきません」
「拘んの、そこかよ……」
自分勝手な男だということは知っていたが、ここまで融通がきかないとは思わなかった。
「ともかく、話し合うのは帰ってからです。念のため言っておきますが、もうひとつ“保険”をかけてありますから、おとなしくしていないと、何が起きても知りませんよ?」
不吉な一言に、また背筋が寒くなる。もうこれ以上、紫の理解の範疇を超えるような事態にならないことを祈るばかりだった。

「……保険って、何だよ?」
できるなら聞きたくなかったが、知らなければ却って身の危険を招くことになると思い、おそるおそる黒田の様子を窺ってみる。
「眠っている間に、いろいろ“撮影”させていただいたんですよ。おとなしくしているなら私が個人的に楽しむだけに留めておきますが、きけないなら、どこにばら撒くか責任は持てません」
「なっ……何なんだよ、それ。個人的にもダメだろ。っていうか、何であんたが俺にそこまでするのか理解できないよ」
欲求を満たしてくれる相手には困っていなかったと言っていたはずなのに、そうまでして紫に拘る理由がわからない。
「愛しているからに決まっているでしょう。いい加減、“一番愛されている”のは誰か自覚したらどうですか?」
「……は?」
間の抜けた声を上げた紫に、黒田は苛立たしげに言葉を継ぐ。
「ですから、もうずっと前から紫さんが一番可愛いと言っていますし、本命だということも、まじめにおつき合いさせていただいていることも折りに触れて伝えてきましたし、当然、一番愛しているのも紫さんですよ」
「そんなこと……いきなり言われても」
俄かには信じられなくて、真っ直ぐに見つめてくる黒田の目を見返すこともできないくらいうろたえた。
「いきなりじゃないでしょう? 何度となく言い続けてきましたし、ついさっきも言ったはずです。まさか、本気に取っていなかったなんて言うんじゃないでしょうね?」
そのまさかだと、口にしなくても、わかりやすいと言われる紫の表情に書いてあったらしい。
「人が真剣に言っている言葉は本気にしないくせに、どうして盗み聞きした一言は簡単に信じるんでしょうね」
大きくため息を吐かれ、紫は今更のように申し訳ない気持ちになった。
とはいえ、紫がそういった言葉を素直に受け止められなくなった原因は黒田にもあると思うのだが。
「とにかく、浮気も本気も許さないと言ってありましたし、守れなかった以上、償っていただくのは当然のことだと思いますが?」
「わかったよ、わかったから、拘束したり監禁したりするのはやめてくれ。脅迫されて一緒にいるなんて、親にも妹にも言えないだろ?」
「脅迫されて、なんて、本気で思ってるんじゃないでしょうね?」
自覚がないのか、黒田はそんなはずがないだろうと、同意を求めるように紫を見下ろす。
なんと言葉を繕ってみても、不本意に留め置こうとしている現状は、脅迫以外の何ものでもないと思うのだが。
「そんな風に思っているんでしたら、今度はビデオでも撮っておきますよ。どんな顔をして抱かれているのか知れば、あなたも少しは自覚するでしょうから」
黒田の言い分が事実かどうかは別にして、そんな写真や動画は、撮られるのも見せられるのも絶対に嫌だった。
「あー、もう。脅迫じゃなくて合意でいいから、写真もビデオも勘弁してくれよ。俺、そういうのは、ほんと苦手なんだ」
やむなく紫が折れたことで、何とかその検証は免除して貰えることになったようだった。



「外してくれるんじゃなかったのか?」
そろそろ仕事に行くと言う黒田に、紫は纏められたままの手首を持ち上げて見せる。
「そのくらいの“お仕置き”は甘んじて受けるべきじゃないですか? 勝手な思い込みで浮気までしておいて、反論する権利があるとでも?」
主導権を取ったことでますます強気に出る黒田に、返す言葉はもう見つからない。
「……人を子供扱いするけど、あんたの方がよっぽど大人げないよな」
小声でぼやく紫の口を塞ごうとするキスを、反射的に目を閉じて受け止める。
突然帰れなくなったことや、紫とつき合うつもりでいる雛瀬のこと、黒田を気に入らないらしい妹のことと、頭の痛い問題は山積みだったが、今はおとなしく拘束されておくのが一番の良策のようだった。



- ドメスティック.Y(6) - Fin

【 Y(5) 】     Novel     【 Z(1) 】



2010.2.11.update

やっぱり、紫は黒からは逃れられないということで。
残念ですが、黒との拘束プレイは今後ともなさそうですー。