- Someone else like me(3) -



南央の望みの一端は、二度目に俊明に会った日に叶えられた。
食事を摂った店でも、人目も憚らず頻りに口説くようなことばかり言ってしまう南央に辟易した俊明は、外でしか会わないという考えを改める気になったようで、自分の部屋へ連れて来る方がまだマシだと思い直したようだった。
最初に足を踏み入れた時にも思ったが、俊明の住居は独身男性が一人で住んでいるにしては広く、生活観はあるのに片付いていて掃除もされている。泊まった翌朝に食事の用意をする俊明の手際の良さを目にした時にも思ったが、もしかしたら、家事に不慣れな義母よりよほど主婦らしいかもしれない。
勧められるまま先にソファに腰を落ち着けた南央から、俊明は少し距離を置いて、疲れた素振りで腰を下ろした。
「……どうやら僕は離婚すると男の子を拾うことになっているらしくてね」
南央の熱意に観念したのか、俊明は南央が知りたいと思っていたことを察したように話し始めた。それは、少なくとも二回以上の離婚暦があるのだということよりも、南央にも可能性があるという意味に聞こえて、俄かに期待が膨らんだ。
「じゃ、俊さん、男も大丈夫ってことですよね?」
率直に尋ねる南央に、俊明は苦笑しながら、明確な答えを回避した。
「どうかな前につき合っていた人は例外というか、中性的な感じだったからね。いかにも男っていう感じの人は無理かもしれないな」
「俺って、いかにも男って感じですか?あんまり言われたことないんだけど……あ、これから男っぽくなるってことですか?」
声が変わり、身長が伸びて骨格がしっかりしてきたように、やがて体毛が濃くなり髭が生えたりするようになるのだろう。俊明が女性寄りの容姿を好むのなら、今はボーダー内にいるとしても、これからどんどんタイプから外れてゆく南央を敬遠したくなる気持ちも理解できる。
「きみも外見はどちらかといえば中性的だと思うよ。成長期といっても、もうそんなに極端な変化はないだろうしね。個人的な好みを言えば、きみのように“可愛い”と“綺麗”の中間くらいの顔がタイプだし、少し細すぎる体つきもいいなと思うよ」
半ば開き直ったように告げられる言葉に、望みを持つなと言う方が無理だと思う。
コーヒーは飲めないと言った南央のために買ってくれた微炭酸のペットボトルを傾け、気を落ち着かせようと試みる。
もっと慎重にならなければと思うのに、逸る気持ちは抑えられそうになかった。



「それなら、サポとかいうんじゃなくて、俺とつき合ってくれませんか?」
「……簡単に言うね」
南央がそう言いそうなことくらい容易に想像がついたはずなのに、俊明は 難しい顔をする。
「だって、俺もタイプの範疇なんでしょう?」
「きみは明快でいいね。僕は前の人で懲りたというか……少し臆病になっているのかもしれないけど」
前の相手とはあまり良いつき合いではなかったのかと思ったが、俊明の表情に恨みのようなものは見当たらず、強いて言えば未練に近いものが窺えた。
ふと、勢い込んで口説く前に、一番大切なことを確認していなかったことに気付く。
「俊さん、もうつき合ってる人がいるんですか?」
「今はいないよ。誰かと深くつき合う気にはなれなくてね」
付け足された一言で、これまでの俊明の態度の微妙さに納得したような気がした。だからといって、このまま引き下がって機会を待っていたのでは、他の誰かに持っていかれてしまうに決まっている。
「俺、次の人が決まるまでのツナギでもいいし、軽いつき合いでもいいです。つき合ってくれるんなら、もうしつこくしないし、俊さんが前の人を忘れるまで待ってます」
思い余ってイタイほどの言葉を並べ立てた南央に、俊明は呆れもせず真面目に答える。
「……僕のことを何も知らないのに、そんなことを言って大丈夫かな?」
「初対面の俺に5万も払ってくれて、何の見返りも要求しないし、こんないい人はいないと思います。もし、騙されたとしても、悔いはないです」
素直に答えたつもりが、俊明は気を悪くしたのか、語調まで厳しくさせた。
「僕は逆の心配をしているんだよ。僕はつき合った人のことは好きになってしまうからね。僕が本気になったとき、きみは責任を取ってくれるのかな?」
「責任って、どういう……?」
まさか男同士で籍を入れるとかいうようなことを言い出す気ではないだろうかと、ほんの少し身構えてしまった。
「興味本位じゃなく、ちゃんと僕の本気につき合える?思っていたのと違ったとか、やっぱりこんなおじさんは嫌だとかいうことにならないかな?」
「遊びじゃないっていうこと?俊さんが構わないなら、俺もその方がいいです。俺、最初は優しい年上の人がいいって思ってたし……」
思わず顔を赤らめた南央は“本気”の意味を取り違えていたようで、すかさず俊明に訂正されてしまう。



「誤解があるようだからハッキリ言っておくけど、きみが卒業するまでは“清いおつき合い”だよ?」
至極当たり前、という態度に、南央は思わず不満の声を上げた。
「ウソ……あと、2年近くあるのに?」
「きみは僕を犯罪者にしたいのかな?未成年者と性関係に至ったら、“真摯な交際関係”であっても罪に問われる場合があるようだからね。特に、同性間では“結婚を前提としない”と取られかねないし、きみの親に訴えられたら僕は逮捕されてしまうんだよ?」
青少年保護育成条例に定められた、いわゆる“淫行”とみなされれば、たとえ双方の合意のうえの行為であっても罰せられてしまう。ずいぶん固い性格の俊明には、そんなリスクは冒せないということなのだろう。
「……じゃ、それは保留でいいです。つき合ってくれることになっただけでも、すごいことだと思うし」
「保留じゃなくて延期だよ?」
「どっちでもいいです、俺には同じことだから」
とりあえず、つき合うことを最優先に考える南央には、俊明の慎重さが“2年後もつき合っている”という前提で話しているからだとは気付けなかった。
「わかってもらえてよかったよ。早速だけど、いくつか尋ねてもいいかな?つき合っている人の住所も知らないというわけにはいかないしね」
初めて俊明の方から南央に興味を示されたことが単純に嬉しくて、深く考えずに最寄の駅と住所を告げる。あの日、学校帰りに適当に乗った電車は南央の利用している路線ではなく、俊明の所から家に帰るには2駅戻って乗り換えなくてはならず、少し不便な位置関係にあった。
「思っていたより遠いんだね。それに路線も違うし、遅い時間に一人では帰せないな」
「大丈夫です。慣れてるし、男だし」
「だめだよ、きみには前科があるからね」
早速の過保護ぶりに驚きながら、ささやかな意地悪を思いつく。
「じゃ、遅くなったら泊めてください。朝帰る方が安心でしょう?」
「……そうだね。送って行くか、泊めるかするのが一番だろうね」
南央の想像と違い、俊明は泊めることには抵抗がないようだ。
「外泊は許されてるんだったね?こんな急でも大丈夫かな?」
今後のつき合いで遅くなった場合の話ではなく、今夜も泊める気になっている俊明に、軽い冗談のつもりだったとは言えず、携帯電話を持って立ち上がる。
「家に電話してみます」
おそらく親には反対されないだろうが、場所と相手をどう告げるかを迷いながら窓辺へと移動する。頭の固そうな俊明の前で嘘を吐くわけにはいかないし、本当のことも言えない。
つき合いが続くなら、追々無難な言葉で俊明のことを知り合いだとか恩人だとか適当な言葉で説明するとしても、今は知り合ったばかりの倍ほども年上の男の所に泊まると事実を告げて面倒なことになるのは避けたかった。




結局、南央は少し狡い、義母への“お願い”で乗り切ることにした。
「……南央です。ごめんなさい、急だけど、今日、泊まってもいい?うん、遅くなっちゃったし……うん、明日はそのまま学校に行くから……うん、うん。大丈夫。じゃ、おやすみなさい」
いわゆる猫撫で声に近いトーンで、淀みなく、思惑通りに会話が進んだことにホッと息を吐いて、俊明を振り向く。
「泊まってもいいそうなので、お世話になります」
「今のは新しいお母さん?」
複雑な表情の訳はわからず、尋ねられるままに答える。
「そうですけど、もしかして、疑われてるんですか?」
「そういうんじゃないけど、意外と甘えるのが上手そうで驚いたというかね」
慎重に、その意味を解析しようと思ったが、じっと見つめられていては考えていることなど見抜かれてしまいそうで、已む無く正直に答えることにした。
「親孝行の一種というか、新しい義母と仲良くなるための手段なんですけど……家の電話じゃなくて携帯にかけるとか、父より先に話すとか、ささいなことでもメールしておくとか、すごく喜んでくれるから」
俊明の傍まで戻った南央の腕が引かれ、隣へと座るように促される。どうやら、“清い交際”はスキンシップ禁止というわけではないようで、大きな腕に包まれるように肩を抱かれた。
「あまり上手くいってないのかと思っていたけど、そういうわけでもないようだね」
「上手くやってるつもりなんだけど……うち、父の浮気が原因で離婚して、その相手とすぐに再婚したから、義母は俺にすごい気を遣ってて……最初はそれで却ってやりにくかったっていうか。だから、俺の方から友好的な感じにしなきゃって、ちょっと無理したりして」
「ナナはその人を好きじゃないの?」
「ううん。優しいし、美人だし、若いし、文句つけるトコないくらい。ただ、最初に良い子ぶり過ぎたぶん、ちょっと気疲れしてしまうことがあって」
「気を遣っているのはナナも同じだね」
「だって、俺、本当の母親には捨てられちゃったから、その人と仲良くなれないと困るんです」
「え……?」
「離婚の原因が父の浮気だったから母は男嫌いになってしまったみたいで、姉と妹を連れて、俺だけ置いて行っちゃったんです」
或いは、父と浮気相手の二人きりにするのが嫌だったのか、女手ひとつで三人の子育ては無理だと思ったのか、本当の所は知れない。ただ、『ナナはお父さんについていてあげなさい』と言う母に、嫌だと言えずに父と新しい人の元に残ることになったのだった。



「それはナナが捨てられたということじゃないだろう?離婚してから日が浅いようだし、もう少し落ち着いてから話し合う機会を持った方がいいよ」
「……うん」
南央の方から歩み寄る気はなかったが、俊明にそう言うのは大人げないと思い、頷いた。
「ナナは女きょうだいに挟まれてたんだね。だから、しっかりしているのかな」
「しっかりしてないです、口喧嘩でも勝てたことないし……そういえば、俺だけ名前にも差をつけられてるんです。母の名前が“南”だから、子供はみんな名前に南っていう字が入ってるんですけど、姉は初めに南って書いて“ういな”で、妹は結ぶに南で“ゆうな”で、俺は真ん中だから“南央(ななか)”なんだって。俺だけ南が先だし、読み方も違うし……」
つい愚痴っぽい言い方をしてしまっていたことに気付いて口を噤む。こんな話をするつもりではなかったのに。
俊明の肩へと、南央の頭を抱きよせた手が、優しく髪を撫でる。恋人というより保護者のような、愛おしいというより慈しむような穏やかさで、大きな手が南央を宥めようとする。
「ずいぶん大人びているというか、ドライな子だと思っていたけど、年相応なところもあるようで安心したよ」
優しい声で庇うように言われても、言葉通りに受け止めることはできなかった。南央がどんなに大人っぽくしていようと努めても、つまらないことで本性は表に出てしまう。
「俺、ほんとに子供だから……俊さんみたいな大人の人から見たら、まともに相手にできないと思われてしまうのも仕方ないってわかってます」
「ナナ」
卑下する言葉を咎めるような声の、少し強い調子につられて俊明を見上げた。
「僕は本気だと言ったはずだよ?きみが若いからといって、おざなりに扱っているつもりはないから。むしろ、年齢を意識しているのはナナの方じゃないのかな?」
「……ごめんなさい」
つき合うということを、そう深く考えていなかった南央にとっては、俊明の真摯さは驚きを通り越して怖いほどだった。
「それから、もっとくだけた喋り方をしてくれないかな?この調子じゃ、なかなか親しくなれないような気がするよ」
南央の母親が躾に厳しかったおかげで、大人や年上の相手にタメ口をきく のは抵抗があったが、俊明の言う通りにした方がいいのだろう。それが親しくなる近道なら、慣れなければと思った。



- Someone else like me(3) - Fin

【 Someone else like me(2) 】     Novel       【 Someone else like me(4) 】  


☆設定上の県の青少年の健全育成に関する条例を引用します。
(青少年とは6歳以上18未満の者をいい、婚姻した女子を除く。)
・条例で定めるものは、性交またはこれらに類する性行為で、次のいずれかに該当するもの/
男女間の性交または性交を連想させる行為、ごうかんその他の陵辱行為、
同性間の性行為、変態性欲に基づく行為、
・淫行行為等の禁止/何人も、青少年に対して淫行やわいせつな行為をしてはいけません。
何人も、青少年に対して淫行やわいせつ行為を教えたり、見せたりしてはいけません。