- Someone else like me(2) -



部屋に着くと、家主は南央を振り向き、思案するような表情を見せた。
「こういう場合は何て呼べばいいのかな?」
呼称に迷っているようだと気付いて、南央は他人行儀な呼び方をされないよう、愛称を答える。
「ナナでいいです。みんな、そう呼ぶし。お邪魔します」
軽く頭を下げて玄関を上がると、リビングらしい部屋の方ではなく、廊下の右手のドアの方を指し示された。
「それじゃ、ナナ?先にお風呂を使っておいで。もう遅いし、早く休んだ方がいいよ」
「ありがとうございます。でも、俺は清水さんの後でいいです」
「僕も“俊明”か“俊(とし)”でいいよ。きみの着替えとか寝る場所を用意しておくから、気を遣わないで先に入っておいで」
「すみません、俊明さん。お先です」
おそらく相手の半分ほどの年齢でしかない南央が馴れ馴れしい呼び方をするのは良くないだろうと思ったのだったが、少し驚いたような顔で見送られる。
別な方で呼び直してみようか迷ったが、時間が遅くなるほどに俊明の迷惑になると思い、入浴を優先させることにした。
まだ、玄関と洗面、風呂場しか目にしていないが、俊明以外の誰かの気配や名残のようなものは感じられない。南央が鈍いのでなければ、俊明は今のところ家に呼ぶような相手はいないということのようだ。
なるべく急いで風呂を上がり、用意されたパジャマを身に付けてゆく。俊明のものらしいそれは、南央がもう一人入れそうなほど大きかった。
まだ少年期ということもあって南央はかなり華奢な方だったが、こんな風に大人の服を借りると、それを顕著に思い知らされてしまう。自分でも、これでは対象に見て貰えないのも仕方ないなと、鏡を見ながら納得してしまった。
気持ちを切り替えて、入り口のドアを開けたままのリビングへと移動する。
「すいません、お先でした」
「どうぞ。パジャマ、やっぱり大き過ぎたようだね。違うのを出した方がいいかな?」
心なしか、俊明の眼差しは南央を通り越えてどこか遠くを見ているような気がする。他の衣類をと考えてくれているのかもしれないが、俊明のものを借りるのなら、どれを着ても同じことではないのだろうか。
「全然大丈夫です。俺の方こそ、迷惑をかけてすみません」
「最初にお節介をしたのは僕だから気にしないで。きみの寝る場所だけど、ソファを使って貰って構わないかな?ベッドになるタイプだから寝心地は悪くないと思うんだけど」
「ありがとうございます、俺はどこでもいいです」
「あと、飲み物は冷蔵庫に入ってるから適当に飲んで?眠くなったら、遠慮しないで先に休んでいいからね」
まるで親戚の子供を預かっているみたいに、俊明は南央を気遣ってから、リビングを後にした。



思っていたよりも俊明は長風呂で、用意されたソファベッドに腰掛けていると眠気が襲ってくる。
引き込まれそうな睡魔をやり過ごすために、明るめの色合いで統一された部屋を観察したり、時折ストレッチをしたりしながら主が戻るのを待った。
「……まだ起きていたの?」
少し驚いたような声音は、南央に寝ていて欲しかったということだったようで、今更ながら、面倒な事態を避けるために俊明が態と長湯をしてきたのかもしれないことに気付いた。
「あ、あの。俺、明日は何時に起きたらいいですか?俊さん、お仕事ですよね?俺もそれまでに出ないといけないでしょう?」
さっきと呼び方を変えたことに気付いていないのか、そもそも気にする必要がなかったのか、俊明の反応は特になかった。
「僕は7時半頃に出るつもりだけど、どうかな?」
「大丈夫です。そしたら、6時半くらいに起きたらいいですか?」
「いいんじゃないかな?あ、朝はご飯とパンのどっち?好き嫌いはある?」
「特に食べられないものはないし、どちらでも大丈夫です。すみません、朝ご飯の心配までかけてしまって」
「ついでだから気にしないで。他に急いで話しておかなければいけないことがなければ、もう寝た方がいいと思ってるんだけど?」
眠るよりも、たくさん話して相手のことを知りたいとか、できれば南央にも興味を持って欲しいとか思っていたが、睡眠を優先させたいというようなことを言われると、引き止めにくくなってしまう。
「あの、次はどうしたらいいですか?朝はあまり時間がないだろうし、先に決めて貰ってもいいですか?」
「ああ、そうか。きみを“買った”んだったね」
思い出したような言い方に、もしかしてこれきりにされるところだったのかと心配になった。
「先にきみの都合を確認しておいた方がいいかな?」
「俺は放課後と休日ならいつでも……あの、会うの一回だけってこと、ないですよね?」
「僕はそのつもりでいたけど、授業料以外にも必要なの?」
「そうじゃなくて、一回会ったくらいで5万ってぼったくりでしょう?」
「そんなこと気にしなくていいのに。きみは何回会えば納得するのかな?」
ただ貰うだけでは南央が気にするという配慮から会う約束をしたものの、本心では関わり合いたくないと思っていたのだろう。やはり、南央から積極的にならなければ、俊明との関係を進展させていくことは無理らしい。



「一回5千円として10回?それでも高過ぎると思いますけど」
相場は知らないが、ウリでも1万5千から2万と聞いたことがあるのに、ただ会って食事するだけなら(しかもその料金も相手持ちだというのに)、5千円でも貰い過ぎだと思う。
けれども、相手にとっては南央と会う方が負担なようで、それを10回と言われて困惑したようだった。
「 そんなに長期になるとは思っていなかったよ。もう少し短くなるよう交渉したいところだけど、今日はもう遅いし、詳しいことは次に会ったときに決めようか?もしきみの都合が良ければ、木曜なら7時くらいには仕事が終わってるけど?」
「じゃ、明後日っていうことでいいですか?」
「きみが良ければ」
「俺も大丈夫です。またここに来てもいいですか?」
「外で食事をする約束じゃなかったかな?」
部屋に入れれば南央が良からぬことを考えるとでも思っているのか、俊明の態度は頑なだ。俊明の警戒心を緩めさせるためにも、何とか長期戦にしなければと改めて思った。
「じゃ、ケーバンだけでも教えてください。あと、名刺も貰っていいですか?俺、社名だけじゃ、どこにあるのかもわからないし」
せっかく知り合えた理想的な相手をこのまま逃したくないという思いが先走ってしまい、つい追い詰めるような言い方をしてしまう。
「なんだか、脅迫でもされそうな雰囲気だね」
冗談というよりは牽制するような返事をしながら、俊明は名刺を取ってくるために一旦部屋を出て行き、少し厳しい表情で戻ってきた。
「名刺を渡す前に断っておきたいんだけど、会社に来るとか電話をかけてくるとかいうのは困るよ?」
「わかってます。ちゃんとつき合ってくれたら、そんなことする必要ないし」
「きみは世間知らずなのか、しっかりしているのか、判断に迷うよ」
口元は辛うじて笑みの形を作っているが、おそらくは非難されているのだろう。
番号とアドレスの交換を済ませると、南央の要求は一通り叶えられたことになった。俊明は、責任は果たしたと言いたげに、早くその場を離れたそうな素振りを見せる。
「もういいかな?いい加減寝ておかないと、僕の方がもたないよ」
「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」
俊明はちっとも眠そうには見えなかったが、これ以上心象を悪くしないために、南央は素直に頭を下げた。




朝食を済ませて一段落してから、俊明がテーブルに置いた授業料分の現金を、南央は受け取らなかった。
「ありがとうございます。でも、学校に持って行って、また失くなったら困るから」
もし学校で盗難に遭っていたのだとしたら、また狙われる可能性は高いと思う。
それは勿論本音に違いなかったが、南央が現金を断ったのは、その心配とは別の理由があったからだった。
「今からじゃ家に帰る時間はないかな?」
「帰れないこともないけど、お義母さんが変に思うだろうし……俊さんに振込みに行って貰うのは無理ですか?」
不躾は承知で尋ねた。
現金を受け取って俊明の気がかりが解消されてしまえば、もう南央と会ってくれないような気がして、保険をかけておかなければという思いが働いたからだ。
もし、昨夜渡された名刺が本物ではなかったり、携帯の番号やメールアドレスが嘘だったりしたら。疑い出したらキリがないが、会わないわけにはいかない理由を作っておきたかった。
「……行けないということはないけど」
返事に迷う俊明が何を思ったのかはわからないが、詐欺のようだと懸念されるのは今更のはずで、疑うなら、授業料を失くしたと言った時点で怪しまれていたはずだと思う。
「じゃ、通帳、預かっててください。明後日会うまで」
「……他から振込みがあれば変に思われると心配するのもわかるけど、気安く他人に預けるようなものじゃないと思うよ」
「いえ、授業料のためだけに作った口座だから残高も殆どないし、気にしないでください。それより、厚かましいことをお願いしてすみません」
どう言えば断りづらくなるだろうかというようなことばかり考えていた南央の思いを汲み取ってくれたのか、今日も結局は俊明の方が折れることになった。つくづく優しい人だと思う。この人が南央と恋をしてくれたら、きっと幸せだろうと、離したくない思いが強くなる。
次に会うまでに、もっと確り攻略法を考えておこうと、南央の野望は膨らんだ。



- Someone else like me(2) - Fin

【 Someone else like me(1) 】     Novel       【 Someone else like me(3) 】  


☆ほんとの相場(売春の)は知らないのですが、とある記事の価格を参考にして書いています。