- 愛のかたまり(8) -



肩へと伸ばした俊明の手を避けて、南央の体はいざるように奥へと逃げる。
体勢を立て直そうとするように後ろにやった手が、ふいに思い立ったように財布を抜く。
「俊さんには、これぐらい何でもないんだろうけど……」
徐に差し出された数枚の札に気が動転する。
「……ナナ、これをどうやって?まさか、また」
俊明の危惧を遮るように、南央は顔を上げ、強い口調で言い切った。
「違うから。お義母さんに貰った、ちゃんとしたお金だから。ずっと、返さなきゃって思ってたんだけど、遅くなってごめんなさい」
「ナナ?」
聞きたくないと言いたげに首を振り、俊明の追及を拒むように顔を背ける南央の意図に思い当たって愕然とした。
「まさか、別れるつもりじゃないだろうね?」
無言は肯定だとわかっていても問い詰めずにはいられず、肩を掴む手に力が籠もる。
「ナナ?」
俊明から逃れようとするように視線を伏せる仕草に、頭に血が上った。
「僕を好きになってくれたわけじゃなかったということかな?」
答えようとしない南央に焦れ、これまで慎重に隠していたはずの通俗的な欲求が抑え切れなくなる。
「責任を取る約束だったね?」
激昂するあまり、無害な大人を装うことを忘れた。
「それは、本気になったらっていう約束でしょう?」
まだ、どこか他人事のような顔をしている南央の背を抱きよせ、腕の中へと閉じ込める。
「僕は本気だよ。本気じゃない恋愛なんて、したことないしね」
「……え」
南央を腕に抱いたまま、ソファへと倒れ込む。見開かれた瞳は、さんざん俊明を誘うような態度を取っていたのは何だったのかと思うほどに驚愕と拒否を湛えていて、焦燥を煽るばかりだった。
「いや」
逃げようとする南央の細い手首を押さえ付ける手の力を加減することもできないほど、俊明は切羽詰っている。
思えば、南央に出逢ってからというもの、俊明は忍耐を強いられ続けていた。
「卒業するまでは我慢しているつもりだったけど、そんな悠長なことを言ってる間に逃げられてしまったら意味がないね」
これまで大切に守ってきたはずのものをあっけなく壊してしまうことに、もう躊躇いは無くなっていた。



- 愛のかたまり(8) - Fin

【 (7) 】     Novel       【 (9) 】


2009.10.6/.update