- 愛のかたまり(7) -



土曜の夕方だというのに手ぶらで訪れた南央に違和感を覚えた。
明らかにいつもと違う雰囲気と、部屋に入ることを躊躇うような素振りが気にかかり、少し強引に中へと引き入れる。
「ナナ?何かあったの?そんな思い詰めた顔をして」
南央が暗い表情を見せるようなことは滅多にないだけに心配になる。迷うように揺れる瞳を覗き込むと、南央は意を決したように口を開いた。
「……話したいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。座って聞こうか?」
言い出しづらくならないよう、努めて優しく背を促す。
ソファへと腰を落ち着けてほどなく、南央はひとつ息を吐いてから話し始めた。
「……俊さん、大きな病院の跡取りなんでしょう?」
断定的な問いかけに驚きは隠せなかったが、南央が知っているのなら誤魔化すべきではないと思い、なるべく感情を交えずに事実を告げる。
「大きいというほどでもないよ、個人病院だし。それに、僕は医者じゃないから跡は継がないよ」
「お医者さんじゃなくても、経営に携わったりとか、するんでしょう?」
「先のことは断定できないけど、たぶん関わらないと思うよ。僕には弟もいるし、一度免除されているからね」
「どうして、病院のこと黙ってたの?」
南央がどんな噂を聞きつけたのか、或いは誰かに心無い中傷でもされたのかわからないが、いつになく強い調子で詰め寄られ、俊明もつい言い訳がましいことを言ってしまう。
「別に隠していたわけじゃないよ、わざわざ話すようなことでもないだろう?僕は独立して自分の収入で生活をしているんだから、実家がどうでも関係ない」
俊明の答えに納得がいかなかったのか、南央は俯き、聞き取れないほど小さく呟いた。
「……知ってたら、口説かなかったのに」
南央の反応がただの困惑なのか反発なのか判断がつきかねて、続ける言葉を迷う。
俊明の経験上、親が医者だとか実家が病院だとかいうことが知れて喜ばれはしても、拒否感を示されたことはなかった。むしろ、それで俊明の方が嫌悪しそうになることはあっても。
だから、南央が戸惑っているというより敬遠するような態度を取る理由がわからなかった。
「ひょっとして、医療事故でもあったのかな?僕の知る限りでは、トラブルは父の女性関係以外は聞いたことがないんだけど」
「そういうんじゃなくて。俺は男だし、親は離婚してるし、そのうち秘書か何かが俺のことを調べて、つり合わないから別れろとか言いに来るんでしょう?」
あまりにも突拍子のない、飛躍しすぎた思考に面食らった。適齢期の女性が相手ならともかく、今の南央を有害だと考える身内は少ないだろう。
「すごい想像力だね。それに、とんでもない偏見だ」
「自分の立場を弁えてるだけだよ。それに、俺はそういう格式のある家とか苦手だし」
「格式なんてないよ。ごく普通の外科医の家庭だよ」
単に医者が三代続いたというだけで(しかも一人は婿養子で)、名家というわけではない。傍から見れば特別に思えるのかもしれないが、当人たちは至って普通だと思う。
「……“普通”のレベルが違うんじゃない?俊さんちって、すごくお金持ちみたいだし」
「父はそれなりに収入もあるんだろうけど、僕は独立しているんだから関係ないよ。僕はごく普通のサラリーマンだからね」
「……そんなこと言って、大きな病院とか製薬会社とかから縁談が来たりするんでしょう?俺みたいな毛並みの悪い子供を相手にする必要はなかったんだよね」
「ナナは被害妄想が過ぎるよ。僕の親は家柄や生い立ちで僕の好きな人を否定するようなことは絶対しないし、僕もそんなことを気にしながら恋愛することはないよ。偏見を持っているのはナナの方じゃないのかな?」
言いがかりとしか思えないような言葉に、知らずに口調が厳しくなってしまう。まさか、そんなつまらないことで俊明を否定するようなことを言われるとは思ってもみなかった。
「……もう、いいよ。どうせ、俺じゃ身代わりにもなれないんだし」
「ナナ、何の話をしてるの」
「ごめんなさい。しつこく口説いたの俺なのに、こんなことを言うのは間違ってるよね」
「ナナ?僕はナナを誰かの代わりにしようと思ったことはないよ?」
自己完結するような南央の態度に焦り、南央の不満の根底にあるものが何なのかわからないまま、離れてゆこうとする体に手を伸ばした。



- 愛のかたまり(7) - Fin

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2009.9.23.update