- 愛のかたまり.(4) -



南央は今時の子にしてはメールも電話も控えめだった。
もっとくだけた喋り方をして欲しいと南央に言って以来、話すときに敬語を使われることは殆ど無くなったが、メールの文面は常に敬語になっている。しかも、ごく短い用件や返事のみのものが殆どで、俊明の知る誰のものよりも素っ気無かった。
口説かれたときに感じた押しの強さや情熱は、素の南央にはないような気がする。もしかしたら、あと2年間はプラトニックな恋愛しかしないと言ったせいなのかもしれないが、南央は意識して俊明との間に壁を作ろうとしているように思えて仕方なかった。



休日出勤をしていた俊明とは違い、一日休みだったはずの南央は10時過ぎにはもう眠そうな顔をして、一緒に選んだはずのDVDを退屈げに眺めていた。
レンタルする前に南央の希望を確認したつもりだったが、もしかしたら俊明に気を遣って興味のないものを見たいと言ったのかもしれない。
欠伸をかみ殺す仕草を微笑ましいと思う反面、俊明と過ごすのはつまらないという意味にも取れて、ディスクを変えるか、いっそ見るのをやめるべきか迷う。
やがて、画面の中に色っぽい雰囲気が漂い始めると、俊明の肩に凭れかかっている体が居心地悪げに身じろいだ。
映像に刺激されたのか、南央はとんでもない問いを俊明に投げかけてくる。
「……キスするのも、ダメなの?」
出逢った日に言っていた“興味”が視覚的に触発されたのか、南央の瞳は幼いながら危うげな色気を湛え、俊明を惑わせる。
「こういうのを見ると、そういう気分になる?」
内心の動揺を悟られぬよう努めて大人の顔を装って返したが、ふと、自制するばかりでなく、少しは南央の好奇心を満たしてやらなければ愛想をつかされてしまうのではないかと気付いた。
「見なくてもなるけど……“清い”って、どこまでならいいの?」
問い詰めるような口調に、なるべく刺激しないよう無難な言葉を選ぶ。
「そうだね。どこかにラインを引いておかないと、気が緩んで箍が外れてしまうといけないかな」
「……外れた方がいいのに」
「ナナ?」
投げやりな南央に、一瞬でも気を抜けば流されてしまいそうで、ついきついトーンになった。
「俊さんてすごくきちんとしてるみたいだけど、俺くらいの頃もそんなに真面目だったの?」
「僕がナナくらいの頃は今みたいに厳しくなかったからね。それに、お互い未成年なら罪に問われるということもないだろうけど、僕は大人だからね」
「そっか……年上でも、もっと年が近い人なら問題ないんだ」
出逢って間もなく熱心に口説かれたせいで勘違いしてしまいそうになるが、南央が求めているのは単に大人の優しい男で、必ずしも俊明である必要性はなかったことを思い出す。今となっては繋ぎ止めておきたいのは俊明の方で、そのくせ大人の都合で南央の望むことはお預けというような状態では、不満に思われるのは当然のことなのかもしれない。
「冗談でもそういうことを言わないでくれないかな?他の人もだめだよ、きみはもう僕とつき合ってるんだからね」
「でも、俺、この間も友達にセマられたし、そのうち好奇心に負けてしまうかも」
ただの子供じみた挑発だとわかっていても、迂闊な返事をするわけにはいかなかった。たぶん、俊明が前の恋人を失うことになったのは、友人からの回りくどい忠告を深く気に留めなかったり、恋人が表に出さない本心では疾うに切羽詰っていたと気付かなかったりしたせいで、結果、配慮の足りない言葉をかけてしまい、取り戻すことができなくなってしまった。
「ナナが自分で断れないなら、僕が出向くよ?」
「そんな大げさな話じゃないから。ノンケの奴だし、ちょっとふざけてただけだし」
慌てて言葉を翻すのは、やはり俊明を試してみただけなのだろうか。
「本当に?」
「うん。俺がしっかりしてれば大丈夫」
「それなら信用しても大丈夫かな?ナナはしっかりしているから」
念を押す言葉に、南央はいつもの大人びた笑顔で答えた。



- 愛のかたまり.(4) - Fin

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2009.8.8.update