- Difference In Time(6) -



「でも……俺とは間違いも起きないって言ってたのに」
「そのくらいの自制心はあると思ってたんだよ。たぶん、きみが急かさなければ、もう少し我慢できたんじゃないかな」
今にもキスされそうで必死に離れようと足掻いてみても、腰を抱く腕は強まるばかりだった。
「俺、こんなことして欲しいわけじゃないから」
本当に義之の自制心はブレーキが効かなくなっているらしく、吐息は今にも唇に触れそうになっている。そればかりか、いつの間にか義之の手は里桜の首筋を撫で、広く開いた衿元から中へ入ってこようとしていた。
「いや」
非難がましい声を上げる里桜に、義之は納得がいかないと言いたげに眉根を寄せる。
「別れたいと言われて、すんなり応じるとでも思ってたの?」
「だって、俺のこと好きなわけでもないのに……」
「これからなるよ。いや、もうなってるのかな。隣の彼がきみに近付くのが我慢できないのも、きみを好きだからなんだと思うよ」
「ウソだ」
「嘘じゃないよ、あんなに大人げなく妬いている僕を見ればわかりそうなものだけど」
自分の言葉に確信を持ったのか、里桜の体に這わされる掌がますます大胆になってゆく。
「いや、お願いだから離して」
里桜の願いを聞き入れてくれたのかと思ったのは一瞬で、あっという間に義之の腕に抱き上げられていた。
「軽いね。きみは本当に小さくて細くて、壊してしまわないか心配だよ」
「な……やだ、下ろして」
寝室へ移る気なのだとわかって、やみくもに手足をバタつかせてみても、里桜の知っている義之と同じように、聞き入れてくれる気配はなかった。
「おとなしくしていないと、落とすかもしれないよ?」
軽い脅し文句を囁きながら、やはり義之は里桜が暴れることなど全く気にしていないように部屋を移動してゆく。



里桜を腕に抱いたまま、義之はベッドへ膝で乗り上げた。
覆い被さるように里桜を組み敷いて、真上から見下ろす真剣な眼差しは義之の余裕のなさを物語っているようで、いっそう里桜を怖気づかせる。
「や……」
里桜があまりに怖がる素振りを見せたせいか、義之はひどく優しく唇を合わせてきた。
軽く触れては離れ、また触れる。里桜が拒まないのを確かめると、閉ざした唇の隙間をそっと舌先でなぞり、警戒を緩ませてゆく。
つられるように覗かせた里桜の舌に優しく絡み、口の中まで追って、やがて深く交じり合う。
いつまでも触れ合っていたいような気持ちの良いキスに、いつの間にやら夢中になっているうちに頭の芯はぼんやりと霞んで、抵抗するつもりだったことさえ忘れてしまいそうになる。
「あ、だめ」
素肌を滑る手にハッとして声を上げたが、ふと見れば羽織っていたシャツはすっかりはだけて、タンクトップは胸元まで引き上げられていた。
咄嗟に胸元を庇おうとした手がシーツへと押し付けられる。そう強く力を入れてはいないようなのに、重力のせいか、外すことはできなかった。
「きみは脱いでもキレイだね。男の子だと意識する必要もないくらいだよ」
甘い声に侵食された思考はうまく回らず、抗う思いが殺がれてゆく。頭で考えるよりずっと、里桜は義之に飢えていたのかもしれない。
真っ平らな胸を撫で上げてゆく手が小さな突起にかかり、軽く指の腹で擦られただけで体が跳ねる。
「ぁんっ」
堪らず高い声を上げた里桜に、義之は当惑顔で笑みを洩らした。
「我慢していたのは僕だけじゃなかったようだね。きみのことも待たせ過ぎたかな?」
決してからかうような響きはなかったが、羞恥のあまり視線を逸らす。いくら否定したくても、里桜に触れているのは義之の体なのだから、感じてしまうのは仕方がないと思う。



「里桜?」
ひどく優しい声は、耳慣れた呼び方に酷似していた。一瞬、里桜の知る義之が戻ってきたのかと錯覚してしまいそうになるほど。
「ひぁっ……」
尖った胸の先に触れた舌の感触に飛び上がりそうになった。ただ舐められただけなのに、爪先まで電流が走ったような強い痺れが襲う。
「あぁっ……ん、や、いや」
感じ過ぎているとは気付かないのか、義之は小さな突起の片方に舌を絡めて吸い、もうひとつを指先で執拗に弄った。
それだけの行為でも、キスさえ久しぶりだった里桜には刺激が強過ぎて、何とか離したいと義之の髪に手を伸ばすのに、うまく力が入らない。
体の芯から蕩け出すような感覚から逃れることはできず、急速に高められた欲望は出口を求めてあっけなく迸った。
「……っん……は、あ……ん」
「里桜……?」
張り詰めた体が小さく震え、ゆっくりと弛緩してゆく理由に、義之は少し遅れて気付いたようだった。
「自分で抜いてなかったの?それとも、あまり人に触れられたことがないからかな?」
義之は、里桜が晩熟だという憶測に納得したらしく、逆の可能性を考えつきもしないようだ。里桜との関係を誰にも確認しなかったのか、或いは本当の所を誰も義之に教えなかったのか、未だに里桜を見た目に違わぬ未熟な子供だと思っているのだろう。
「いや……っ」
汚れた下着ごとショートパンツを脱がせようとする手に、羞恥で熱を帯びていた体から一気に血の気が引いてゆく。
いくら大丈夫そうだと言われても、今の義之に全てを曝け出すのは恐ろしくて、里桜は体を小さく丸めるようにして身を庇った。



「まだ、キス以上のことをするのは怖いの?」
里桜の抵抗を“まだ”と言う義之は、だから関わるのを躊躇っていたのだとでも言いたげなニュアンスだった。
里桜が嫌がる理由をそう結論づけるのは、義之との関係が一度きりだったかのように誤解させているからなのだろう。
問いの根底にある趣旨とは違うとわかっていながら、義之のせいではないと言うことはできなかった。トラウマの出自を隠し通すためには沈黙を守るほかに術が見つけられない。
「初めての時が強引だったからなんだろうけど……」
“初めて”が呼び起こす記憶に、また体が震え出す。
里桜も、あの日のことは薄っすらと靄がかかったようで今でもハッキリと思い出すことは出来なかった。ただ、引き裂かれるような痛みと、そうさせることを義之が止めようとはしなかったことだけは忘れられずにいる。
「僕はきみをそんなに怯えさせるほど酷く抱いたのかな……?」
独り言のような呟きに戸惑いが混じる。
どんな事情があったとしても、自分がそんな手荒なことをするとは思えない、ということなのだろう。里桜の知る限りでも、義之は思い通りにならなかったからといって手を上げたりするような性質ではなかった。強引に押し切るにしても、極力傷つけないよう気遣うだろう。
「里桜?」
リアクションを求められても、里桜に後遺症を残した相手は義之ではないとは言えず、ただ小さく首を振って答えることを拒んだ。
「……待つのが愛情なのかもしれないけど」
そうする気はないという意思表示のように、義之は徐にスーツの上着を脱いで、傍のテーブルに投げ置いた。
長い指がネクタイのノットを緩め、器用な仕草で抜き取った勢いのまま、上着の方へと放る。喉を反らして、カッターシャツのボタンを上から順に外す指の流れるような動きに見惚れている間に、義之の上半身が露になってゆく。



「僕がきみに恐怖心を植えつけたんだとしたら、それを取り除くのも僕の役目だろうね」
穏やかながら意思の強い声が、もう待つ気はないと念を押す。
見慣れているはずの義之の裸が近付くと、里桜の体が緊張で固まった。
「やっ……」
里桜の身ぐるみを剥がそうとする手には微塵のためらいもなく、抗う間も無いほど手際良く全てを奪ってゆく。
「怖いことはしないよ?だからそんなに身構えないで、楽にしていてくれないかな?」
そんなことはムリだと、弱々しく首を振る里桜を、そっと抱きしめる義之の腕は抜け出せそうにないほど優しい。
義之の裸の胸が里桜の素肌に触れているだけで、息苦しいほどに鼓動は高まり、体に刻まれた記憶が、欲しいのはこの体だと訴える。もはや里桜が抵抗しなければならないのは義之本人より、禁断症状に負けてしまいそうな自分自身なのかもしれなかった。
包むように頬を撫で、唇をなぞる指に促されるまま首を上向ける。口付けられるのだとわかっていても、瞼は自然と落ちて、触れられるのを待つ。
深く重ねられた唇に応えずにいられないのは、さっきキスを交わしたことで箍が外れてしまったせいで、ずっと我慢していたぶん、もう止められそうになかった。
「っふ……ぁ……」
縋るように義之の肩に抱きつく。
他には何もいらないくらい義之のくれるキスは気持ちが良くて、ずっとそうしていたくて、うっとりと身を任せた。
喉を伝い、胸へと辿ってゆく掌が、キスに集中していたい里桜の気を散らす。小さな粒がどれほど敏感なのか知っている指先は、転がすように撫で、軽く摘んで擦り、否応無しに意識をそこへ向けさせた。
「ぁ、ぁん、んっ……」
反射的に背を仰け反らせる里桜の胸へと、唇が触れる。薄く色づいた先端が硬く尖ってゆくのが嫌で、里桜は首を振って愛撫を拒んだ。



キスだけで充分なのに、その先まで求められるのは怖い。そんなにも深く義之と関わってしまったら、何もかもが崩されてしまいそうな気がする。
「まだ僕に全部くれる気にはならないかな……」
抑えた声がどこか思い詰めたように響いたことには気付かず、里桜はただ逃れたい一心で、覆い被さる体を押し返そうと腕を突っ張った。
服を着ている時の印象より厚い胸板は僅かも戻せず、里桜の顔を挟むように置かれた両肘から抜け出すことは出来ない。切迫しているのは里桜だけだと思っていたのに、見下ろしてくる義之の瞳にはあからさまな欲望が浮かんでいた。
「や」
腹を掠めた硬い感触に腰が引ける。
どこか半信半疑でいた、義之が里桜に欲情するという証を生々しく示されたことに驚いて、まるで今までそういったこととは無縁でいたみたいに全身を強張らせてしまう。
「今の僕にも、きみを傍に置く理由が必要なんだろう?」
有無を言わせぬ甘い声は、里桜の知る義之そのままで、身に覚えのある不安に襲われる。別人のようでいて、結局は本人なのだと認めないわけにはいかなかった。
胸を弄っていた手が腹を伝い下りる。行為に抵抗があるのは里桜の方で、もう女の子だと思われていないとわかっていても、そんな象徴的な場所には触れられたくなかった。
「やめて、お願い」
請うように上げた瞳が義之の瞳と合った瞬間、暗示に掛けられたみたいに体の力が抜ける。抗わなければと思うのに、身も心も、義之の名残を追いたがっていた。
「あ……ん、ん」
半ば勃ち上がった里桜のものに絡む指に躊躇いはなく、里桜の反応を確かめるようにゆっくりと上下させる。
目を閉じて、耳慣れた息遣いと体に馴染んだ手に身を委ねていれば、相手を錯覚してしまいそうだった。



里桜の知っている義之との違いがわからない。別人だと思うことにしたのに、繊細な指も少し強引な仕草も、記憶を失くす前の義之のままのようだった。
「やだ……も、う」
止めようとする言葉が、また唇に塞がれる。
里桜がキスに弱いと知った義之は、そこへ意識を留めさせるように舌を舐め、優しく絡み、甘く吸う。
そうとわかっていながら義之の思惑に嵌ってしまう里桜の、過敏になった中心を握る掌は緩い愛撫をくり返し、穏やかな快楽の波に攫おうとする。微かな水音が耳をついても、里桜は義之の舌を追うのに夢中で、その理由を確かめるような余裕はなかった。
「ひゃ、んっ……」
少し冷たい、滴るような感触が夢見心地を破る。
後ろへ回り込んだ長い指が入り口に触れ、反射的に腰が逃げそうになった。
「暴れないで」
宥めるように優しい声が里桜の抵抗を奪う。
内側へ入ってこようとする指は里桜の反応を確かめながら少しずつ、壊れものを扱うみたいに慎重に体を開かせてゆく。
「痛みはない?」
ほぼ唇が触れ合ったままの問いにも、息が詰まって答えられない。
受け入れることに慣れてはいても、義之が事故に遭って以来誰にも触れられずにいた場所は思いのほか固く、義之の誤解を助長させてしまいそうなほど慎ましやかだった。
「里桜?」
焦れたように、義之の掌に少し強めに扱かれて腰がびくびくと跳ねる。
里桜を追い詰めようとする義之が怖くて仕方ないのに、体は魅入られたように自由がきかなくなっていた。
「ん、ん……や」
為す術もなく溢れる涙が睫毛を濡らす。逃れられないと知っていても、まだ覚悟はできそうになかった。
「……きみが泣くと、おかしな気分になるよ。胸が痛むのに、どうしようもなく欲情してくる」
その意味を考える余裕もなく、里桜の下肢が大きく開かされ、押し上げられる。
「ごめん、もっと時間をかけるつもりだったけど、我慢できそうにないよ」
「……や、いや」
指に先導された入り口を貫こうとする硬い塊に、体が硬直してゆく。このまま抱かれてしまえば自分がどうなってしまうのか、想像するのも恐ろしかった。



「里桜?あまり煽られると優しくできなくなってしまいそうだよ、おとなしくしててくれないかな?」
諭すように囁く声が、里桜の思う義之とシンクロして、抗う思いを鈍らせる。
それでも、馴染ませるように浅く出入りしながら徐々に奥まで押し入ってくる感覚に怯えて、知らずに息を詰めてしまう。
「っく……ん、ぁ」
「息を止めないで、力を抜いて。僕も、きみが全部欲しい」
できることなら義之の言う通りにしたいと思っても、つい身構える体は、里桜の中で熱く息衝くものを拒むようにきつく締め付けた。
「里桜……それじゃ、お互い痛いだけだよ?僕をちゃんと受け入れて。ゆっくり、息を吐いて?」
「ん……は、あ、ぁんっ……」
従うほどに深く穿たれて、圧迫感を逃がそうと短い呼吸をくり返す。強く奥を突かれ、反らせた背がギュッと抱きしめられる。
「……全部、入ったよ」
満足そうな言葉の後で揺すり上げるように何度も擦られて、あまりの気持ち良さに意識が飛びそうになる。
「里桜?苦しいの?」
優しく問いながら、けれども抜く気は毛頭ないらしく、里桜の反応を窺いながら注意深くストロークをくり返す。
「ああっ……ん、ぁんっ……」
答える代わりに洩れる声は甘く掠れ、艶を帯びて響く。
「里桜……感じてるの?」
きつく、義之のものに絡みつく理由が痛みのせいではなさそうだと知って、義之は角度をつけて里桜の中を抉った。
「ひ……や、あっ、ぁんっ……」
まるで里桜の体を知り尽くしているみたいに、強引なようでいて少しも傷付けられてはいない。それどころか、肌を合わせることを忘れていた里桜の体が悶えるくらい、弱いところを責められる。欲しがっているのは里桜の方だと気付いているのか、義之は何度も奥まで突き上げた。
「っあっ……あ、あっ……ん」
限界まで昇り詰めたものが、飽和を超えて弾ける。
満足しているのは里桜だけではないことを、義之の吐息と深い所へ打ちつけられた熱い飛沫で知らされた。



ぐったりと力の抜けた体が抱きしめられる。
里桜の上へと被さるように重なった体に包まれていると、もう別人だと言うことは出来そうになかった。大事そうに腕に閉じ込める、過保護で独占欲の強い恋人。
優しい指が頬を撫で、乱れた髪をそっと払い、止まらない涙を拭う。
「……僕は、前の時はもっとひどく泣かせたのかな?」
衝動的な熱が引いて罪悪感を感じ始めたのか、義之はひどく心配げな顔つきになった。
「記憶の断片じゃないかと思うんだけど、きみが壊れてしまったみたいに涙を流している光景が頭から離れなくてね。あれが現実なら、僕はきみによっぽど酷いことをしたんだろうね」
冷たい指で心臓を掴まれたような衝撃に息が止まる。
よりによって、そんな場面だけ覚えていると言う義之が怖い。一番忘れて欲しいことを思い出してしまうのではないかという不安に体の震えが止まらなくなった。
それを思い違えたのか、義之が里桜の肩を抱き直す。あやすように髪を撫で、口付ける。
「泣かせたくないと思うのに、きみを抱かずにはいられないよ。きみを誰にも取られたくない」
どこか弱気を孕んだ声が、確信めいたものに変わってゆく。
「責任を取らせてくれるね?」
また“責任”と言う義之が、殺したいほど憎らしいのに。逸らせようとする里桜の視線を追う眼差しに逆らえるなら、こんなことにはなっていない。
「里桜」
抱きしめる腕に力を籠められて、里桜の震えがますます酷くなる。本当は抱かれて嬉しかったのだと、認めたらもう逃げられなくなってしまう。
今は話し合う余裕などなく、雰囲気を変えることを選んだ。
「……お風呂、入ってきていい?」
「そうだね、一緒に入ろうか?」
返事を待たず、義之は汚れたシーツごと里桜を抱き上げようとする。
「いや」
「里桜?」
あの日と似たような展開は義之の記憶を呼び覚ますことにならないか不安で、思わず強い口調で拒んでしまっていた。
「恥ずかしい?」
「……うん」
義之が良い方に解釈してくれたことに気付いて、慌てて頷く。
「しょうがないな。じゃ、先に行っておいで」
こんな時に強引でないところは前の義之とは違うようだと、里桜は複雑な思いでベッドを抜け出した。



- Defference In Time(6) - Fin

【 Defference In Time(5) 】     Novel       【 Defference In Time(7) 】


“キチクな義之と拒み続ける里桜”という構図を描いていたはずなのに、なぜか全くの別物に……。
特に、キチクな展開を待っていてくださった方、本当にごめんなさい。