- 仔猫は一途に、わがままを貫く(4) -



「あっくん」
呼び出した里桜より先に来て待っていた淳史の心配げな顔を見つけると、落ち込んだ気分が少し浮上する。
電話をかけて、相談があるから会いたいと言った里桜に、淳史は二つ返事で応じてくれた。出来れば淳史の部屋に行きたいと言っても、驚くほど快く迎えに行くと答えてくれた。あれほど頑なに家には入れないと言っていたのが嘘のようだ。
「ごめんね、待ってくれた?」
「いや、そうでもない。義之の仕事が終わるまで時間潰すか?」
「ううん。先にあっくんのうちに行ってるってメールしてあるし」
「後で誘拐されたとか言われないだろうな?」
冗談ともつかないような口ぶりに曖昧に笑って返す。接待で土曜出勤していった義之からまだ返事は来ていなかったが、伝えたことは間違いない。たとえ、携帯の電源を入れられないような状態なのだとしても、止められたわけではないと、自分の胸の中だけで言い訳した。
淳史の歩調が緩いのは、里桜を気遣ってくれているのだろう。今日に限ったことではなく、淳史にはいつも女の子扱いされているような気がする。
駅の傍の地下駐車場に降りると、淳史のイメージに合いそうな車を想像しながら歩く。見える範囲に思い当たる車はなく、ほどなく黒いアルファードに辿り着いた。外側も磨かれて鏡のように輝いていたが、室内も納車されたばかりかと思うほど綺麗で、マットには砂ひとつ落ちてはいない。一瞬、乗るのを躊躇ってしまうほどだった。すぐにエンジンをかける淳史に置いて行かれないよう、慌てて助手席へ座る。
「あっくん、独身なのにワンボックスなの?」
「悪いか?」
「そうじゃないけど、セダンに乗ってると思い込んでた」
「セダン車はアウトドア向きじゃないからな」
「え、あっくん、釣りとかキャンプとかする人?」
「まあな」
「ええー」
想像できない、と続けようとして、淳史の機嫌を損ねたらしいことに気付いて言葉を変える。
「あっくん、キャンプって義くんとも行くの?俺も一緒に連れてってくれる?」
「義之に聞けよ?俺を余計なトラブルに巻き込むな」
「義くんがいいって言ったら一緒に行っていいの?」
「そうだな、テントが張れて火が起こせるんなら連れていってやってもいいぞ」
まるで断るためのような条件にも、里桜は引かなかった。
「そういうのって、やってるうちに覚えるものなんじゃないの?」
「確かにな。まずは義之に教わってからだな」
「えー」
相変わらず、淳史は里桜を甘やかしてくれそうになく、些細な攻防は目的地に着くまで続いた。


淳史の部屋に着くと、お客さま気分ではないというアピール代わりにまずキッチンの方へ行く。コーヒーを淹れるのは里桜の役割だというくらいの自覚はあった。
先にソファで寛ぐ淳史の元へ、マグカップを2つ持っていく。もちろん、里桜のカップには砂糖とミルクが入っている。
「それで?今度はどうしたんだ?」
落ち着いて話せる環境になったからか、淳史は本題に入ることにしたらしかった。
「……あっくんは、義くんのお父さんを知ってる?」
「知らないこともないが」
歯切れの悪い返事に、義之の隠したがる事情を淳史も知っているのだと確信した。
「この間、学校の帰りにすっごい男前の人に会ってね、義くんに似てるなあと思って見てたら、本当にお父さんだったんだ。少しだけ話して別れたんだけど、義くんが帰って来てその話をしたら機嫌悪くなっちゃって。その後、凄い嫌そうにその人の所に連れて行ってくれたんだけど、ほんと顔見ただけって感じですぐ帰ってきて。俺、義くんは天涯孤独だって聞いてたから、ウソ吐かれてたみたいな気がするんだけど、認知されてないから戸籍上は赤の他人だって言うんだ。なんか、納得いかないんだけど、あっくんどう思う?」
「何も聞いてないのか?」
「何もって?」
「逆か……何を知ってる?」
「えっと、先生が60歳近いとか、義くんのお母さんと籍を入れてなかったとか……」
言葉にすると改めて、里桜は本当に何も知らなかったことに気が付いた。義之のせいだけではなく、里桜が無関心過ぎたのかもしれない。
「部分的なことだけか」
迷うような表情に、淳史からも情報は貰えそうにないことが窺えた。
「……やっぱり、あっくんは義くんの味方なんだよね?」
「まあ、義之に不利になりそうなことは言い難いな」
はっきり言われると落ち込む。つき合いの長さや深さから考えても、淳史が義之の肩を持つのは当然だったが、少しくらい里桜の心情を思いやってくれるかもしれないと思っていたのだった。
「誰に聞けば教えてくれるのかな……」
「本人に聞けばいいだろうが。他から聞いたと知れば、また機嫌を損ねるんじゃないのか?」
「それはそうだけど……でも、聞いて答えてくれるくらいだったら、その時に話してくれてたと思うんだ。きっと俺に言う気はないんだよ。できれば一生隠しておきたかったって言ってたし」
「父親がいるってことを、か?」
「うん」
「それなら気にしなくていいぞ?義之は父親のことを認めてないんだ。母親が若く亡くなったことも義貴先生のせいだと思っているような所があるからな」
「でも、俺は結婚申し込まれたんだよ?本気の相手にだったら、隠したままでいようとは思わないよね?」
「本気じゃなかったら“一生”なんて言わないだろうが」
里桜が話したわけではない言葉を、淳史が知っていることに何の疑問も抱く余裕はなかった。落ち込んでゆく里桜を浮上させることは、今は誰にも出来ないような気さえしてくる。
「俺を子供だと思って言ってるんだから、ままごとみたいな意味なんだよ、きっと」
自分で言いながら、その真実味を帯びた言葉に涙が滲んできた。義之との年の差を埋めることは出来るはずもなく、里桜のレベルで恋愛をしてくれるのでなければ、本気にはほど遠い。
体ひとつ離れた位置に腰掛ける淳史の、頭を撫でてくれるかに思えた掌はソファの背で止まってしまった。里桜の後遺症を気にしてか、淳史から触れられたことは一度もない。もう大丈夫だと、何度となく言ったはずなのに。
「義之が生半可な覚悟でおまえとつき合ってるわけじゃないことくらいわからないのか?そうじゃなけりゃ、おまえの親元に同居なんて出来るわけないだろうが」
「でも、義くんは二年で離婚しちゃうような人だもん。俺とも続かなくてもいいと思ってるんだよ」
「そんなわけないだろうが。どっちかといえば、もしおまえが別れたいと思っても簡単には別れてくれない覚悟をしておいた方がいいと思うぞ?」
「いつ別れもいいように、お父さんにも黙っていたかったんでしょ」
「前の相手は紹介もしてなかったはずだが」
「え……」
「義之は父親のことを信用してないからな。先生は女グセが悪いというか、“人のもの”でも気にしない人なんだ。もしも先生の気に入ったらと思うと、紹介する気にはなれないだろうな」
里桜には、義貴がそんな悪い人には見えなかった。むしろ、義之の機嫌を取ることの方が大事だと全身で訴えていたような気がする。もし里桜が義之の恋人でなければ、親しげな顔を向けてくれることもなかっただろうと思った。
「お父さんじゃなくて、俺が浮気すると思ってるんだよ。俺、カレ氏がいた時から義くんと会ってたから」
「そうなのか?」
「うん。義くんに誘われて断ったことは一度もなかったし……俺のこと、軽いと思ってるみたいだし」
義之だったから会いに行ったのだとは、当事者だけにわかってもらえないのだろう。そのくせ、里桜は相手の下心にも気付かないほど鈍感で。義之に信用できないと思われるのは仕方のないことなのかもしれないと自分でも思う。
「おまえが軽いとは思わないが、危なっかしい感じはするかもしれないな。俺にも最初はあんなに警戒していたくせに、慣れたら随分懐こくなったしな」
「だって、あっくんは俺に悪いことしないでしょ。せっかく大丈夫になったのに、離れてたらまた戻っちゃいそうだし」
淳史に親しみを感じているのは事実だが、同時に、インターバルを長く置くと恐怖症が復活してしまいそうで、なるべく免疫を付け続けておきたいと思っているのも懐こく振舞ってしまう理由だった。
「義之にもそう言ったか?たぶん、おまえが思う以上に義之はおまえに振り回されていると思うが」
「振り回されてるのは俺の方だもん。俺は親にも友達にも義くんのこと話してるのに、義くんは親がいることさえ俺に言ってくれてなかったんだから」
「俺には話してるだろうが。そう目くじら立てなくても、タイミングを逸して話せなくなってるだけなんじゃないのか?」
「……そうかな?」
「もう少し信用してやれ」
淳史の言葉に慰められて穏やかな気分になれたのは、血相を変えた義之が現れるまでのことだった。



- 仔猫は一途に、わがままを貫く(4) - Fin

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もしかして、淳史と里桜だけって初めてでしょうか?
当初の設定ではエルグランドだったのですが、心変わりしてしまいましたvv
それにしても、(Rescue Pleaseや番外から)時系列を遡って書いているので、
頭がこんがらがってきて、ものすっごいミスをやらかしてそうで怖いです……。