- 仔猫は一途に、わがままを貫く(3) -



「すみませんが、急な話でしたので手短にお願いします」
勝手知ったる風にその病院の院長室へ直行した義之は、上機嫌の義貴を見るなり、愛想の欠片もなく切り出した。あからさまに好戦的な視線を向けるなど、普段の義之からは考えられないだけに、いかに里桜を連れて来たくなかったのかが推し量れる気がする。
「わかっているよ、今日は一緒に食事ができれば充分だと思っているよ」
「いいえ。申し訳ないんですけど、本当に時間がないんです。紹介だけしたらすぐ失礼させていただきますので」
「それはまた随分せっかちな話だね。無理に都合をつけて来てくれたのかな?どうしても今日会いたいと言ったつもりではなかったんだけれど」
穏やかに返す義貴に対して、義之は常にないほど横柄に見える。
「僕に断りもなく里桜に会いに行ったと知って、放っておけるわけがないでしょう?」
「それは、義之がなかなか会わせてくれないからだよ。いつまで待たせるつもりだったのかな?」
「あなたの日頃の行いを顧みれば、僕が里桜に会わせたがらないことくらいわかるでしょう?」
「いくら私でも、義之の恋人には何もできないよ」
「信用できませんね」
容姿は血縁者にしか見えないのに、里桜には理解不可能なほどに義之の態度は他人行儀だった。しかも、いつまで経っても紹介する気配も感じられない。身の置き場のない里桜に気付かないかのように、二人だけの会話が続いてゆく。
「元はといえば、義之が会わせてくれると言い出したんだよ?」
「それは……ちょっとした腹いせで、本気じゃなかったんです」
端正な顔を歪めて怒りを露にする義之に、里桜はいたたまれなくなった。そんなにも会わせたくなかったのなら、連れてこなければ良かったのだと思う。父親がいたことを何故黙っていたのかは尋ねたかもしれないが、紹介してくれと言った覚えはなかった。
「いつまでも立ってないで、こっちへおいで?」
所在無く立ち尽くす里桜に向けられた極上の笑顔に、また義之のオーラが怒りの色を増す。腹立たしいのはむしろ里桜の方で、義之を通り越して義貴の方へ近付こうとした体が強い力で抱き止められた。
驚いて振り仰ぐと、義之の機嫌の悪さがピークを迎えているらしいことに気付いた。
「……紹介しなくてもご存知なんでしょうけど、この子が鈴木里桜、僕の最愛の人ですよ。里桜、一応、僕の父で清水義貴」
里桜が挨拶をする前に、義貴が拗ねたような顔で義之を見る。
「義之、一応というのはひどいんじゃないかな?」
「戸籍上は赤の他人ですからね」
義之はすげなく、まるで義貴に里桜を見せるのさえ嫌だと言いたげに腕に閉じ込めたまま、僅かも離そうとはしなかった。
「本当につれないな……あまり隠されると、攫ってでも親睦を深めたくなってしまうよ?」
初めて見せた義貴の反撃に、義之の顔色が変わる。
「そんなことをしたら僕だって何をするかわかりませんよ。僕を犯罪者にするつもりですか?」
「大げさだね。そんなに警戒しなくても、義之が選ぶ相手がどんな人なのか知りたいだけなのに」
「あなたの興味を引くような子じゃありませんよ。まだ未熟な仔猫ですからね。今度待ち伏せなんてしたら絶縁しますよ。たとえ仕事でも会いませんからね」
「……ほんと、義之は厳しいな」
険しい表情を崩さない義之に、義貴は年甲斐もなく、しゅんとなってしまった。義之につれなくされるのが余程辛いのだろう。
「ともかく、紹介だけはしましたからね。里桜も、あなたと食事するのは嫌だと言ってますから」
「ちがっ……今日はダメって言っただけで……」
義之の言葉を訂正しようと口を挟んだ里桜の、声を止めさせるほど強い視線に怯んでしまう。話が拗れることを危ぶんだのだろうが、義之にそんな風に見られるとは思いもしなかった。
「義之がそんなに独占欲が強いとは知らなかったよ。あまり可愛い人を困らせるのは本意ではないし、落ち着くのを待っているよ」
がっかりした様子だったが、義貴が大人らしく引いてくれたおかげで、思いのほか早く切り上げることになった。
車に戻り、すぐに発進させる義之をそっと窺う。表情がいくらか和らいだように見えるのは、義貴に言いたい放題で少しは気が晴れたのだろうか。それにしても、いくら里桜が早く帰りたいと言ったからといって、義之の仕打ちは酷いような気がした。
「……可愛い人って、義くんのこと?」
「まさか。里桜のことに決まってるだろう?あの人にはモラルや良識の欠片もないし、優しそうに見えても中身は悪魔だからね。甘い言葉をかけられても、絶対に近付いちゃダメだよ?」
もし義貴が義之の言う通りの人物なのだとしたら、似た者親子だということに気付いていないのだろうか。口に出して指摘する勇気はなかったが、義之の言葉は父親のことを話しているようでいて、結局は自身のことを語っているようだった。
「里桜?」
「……義くんて、お父さんのことが嫌いなの?」
「尊敬はしていないよ、息子の恋人でも構わず口説くような人だからね」
「俺は口説かれてないよ?」
里桜の返事に、義之の表情がまた曇る。その意味も理由もわからない里桜は、義之の心配がどうしても理解できなかった。
「里桜は何歳まで許容範囲なの?」
「え……別に何歳までとか考えたことないけど……」
「若く見えるけど、もう還暦近いんだからね」
「還暦っていくつ?」
「60才」
「ウソ……めっちゃ若く見えるよね」
とても、里桜の祖父母に近い年齢には思えなかった。
純粋な驚きを口にしたに過ぎなかったが、義之の気に障ったらしく、また厳しい表情になってしまう。
「もう二度と会わせるつもりはないから、里桜も勝手にコンタクトを取ったりしちゃダメだよ?」
鈍い里桜にも、義之が会わせたがらなかった理由を思い違えていたらしいことに気が付いた。
「義くん……もしかして、俺が浮気するとか思ってる?」
「浮気するかもしれないという以前に、里桜は隙だらけだからね。気の休まる暇がないよ」
きつい言葉に、また落ち込みそうになる。そんなにも、里桜は軽く見えるのだろうか。
「……俺、そんなに信用ないの?」
「自分がしたことを思えば、里桜を繋ぎ留めておくのは簡単なことじゃないとわかっているからね」
返す言葉のない里桜に、義之は脅し文句を忘れなかった。
「だからといって、僕から逃げられると思わないようにね?」
「別に、そんなこと思ってないし……」
ただ、時々どうしようもなく不安になってしまうだけで。
少し気まずい雰囲気を引き摺ったまま家へ着いた。いくら急いでいたとはいえ、里桜の家を出てからまだ1時間半ほどしか経っていなかった。義之のマンションに車を取りに寄ったことを考えると、いかに義貴の所にいた時間が短かったのかがわかる。
路上駐車をすると車を傷付けられるかもしれないと気にしている義之は、普段はいちいちマンションの駐車場まで車を取りに行ったり戻しに行ったりしていたが、今日は里桜の家に直行で帰ってきた。車を置きにマンションに寄ったら、義之に言いくるめられて泊まることになってしまいそうだと思っていただけに、正直ホッとした。



食事と入浴を済ませると、里桜は早々に自分の部屋に引き上げてきた。
気分が疲れていて早く休みたいと思っていたのに、一緒についてきた義之に抱きしめられると、すぐにベッドに入るのはためらってしまう。促されるまま、とりあえず縁へ腰掛けた。
「里桜?怒ってるの?」
今更な義之の問いに首を横に振る。本心では、里桜を閉じ込める腕から抜け出したいくらい遣り切れない思いでいっぱいだったが。
「眠いから、今日はもう話したくない」
眠気をアピールするように、義之の胸元へ額を擦り付ける。敏い義之に不信を勘付かれてしまわないよう、体温の上がってきた全身で寄りかかった。
「もう少し起きててくれないかな?」
囁くような声が耳を掠める意味に気付いてドキリとする。義之に触れられると流されてしまうのに。
「ダメ、朝起きれなくなっちゃう」
「まだ11時前だよ?無理はさせないから、ね?」
甘い声にも、今日は簡単に頷く気にはなれなかった。
「いや」
近付く唇を避けて顔を背ける方に、義之が回り込んでくる。頬を包む手に逃げ道を塞がれて、唇が捕まった。甘い舌に唇を開かされると拒む気持ちがどこかへ行ってしまう。
頭の後ろへ回された手に支えられた体がゆっくりと後ろへ倒されてゆく。いつも以上に優しいキスと体を撫でる手が、抗い難い強引さで里桜を追い詰めにかかる。
「ぁんっ……」
胸を弄る指に甘い声を上げた里桜に、意地悪な笑いが唇越しに伝わってきた。そんな些細なことまでが里桜を悲しくさせることに、今日の義之は気付いてくれないようだ。
わき腹を伝って背後に回る手が、パジャマと下着をずらすようにして素肌に触れる。びくんと腰を引いた里桜の中へ入ろうとする指は何のためらいもなかった。
「や、いや」
「大きな声を出さないで?」
窘めるように囁かれる声に、里桜の抵抗が殺がれてゆく。
「んっ……あ、ん」
里桜以上に里桜の体を知っている指が、無理矢理に官能を呼び起こす。長い指にかき乱されるたびに、体が引き摺られそうになる。
「や……義くん、ずるい」
涙目で睨む里桜には迫力などないのだろう。愛おしげに見つめられて、目尻に口付けられると、自然に瞼が落ちてゆく。
「抱いていい?」
確信めいた問いに、里桜はもう嫌だと言うことは出来なかった。やはり、満足そうに笑う義之には敵いそうにない。
無理はさせないと言っていたくせに、義之が里桜を眠らせてくれたのはとっくに日付が変わってからだった。



- 仔猫は一途に、わがままを貫く(3) - Fin

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なんだか、義貴×義之っぽくてイヤですね……。
もちろん、絶対にありえませんので安心してください。