- 半月の猫 (はにわりのねこ) (3) -



猫族の雌も両性も、初めて情を交わした相手に惹かれる性質を持つ。
それは一種の刷り込みで、遺伝子に組み込まれた性(さが)のようなものらしかった。
初芳の母は、特にその傾向が顕著だったのだと思う。
だから、腹の子の父親に既に正式な家族がいることに耐え切れず、一人で初芳を産み育て、元から病弱だった体を酷使した挙句、短い生涯を終えてしまった。

通常、婚外子を儲けた両性たちは特定の雄を当てにできないぶん互いに協力し合って暮らしてゆくものだが、初芳の母は誰にも頼らず、自分一人だけで初芳を育てていた。
集落から離れて住み、しなくてもいい苦労をしていたのは、初芳の父親の近くにいたら、感情が抑えられなくなってしまいそうだったからだ。

基本的に、雄たちは子作りには積極的でも、子育てにはあまり協力的ではない。
ましてや、発情した雌や両性を助けるための行為が種の繁栄に貢献することになるとあっては、責任感や罪悪感など覚えるはずもなかった。

自分には向けられることのない愛情に包まれた家族の姿を目にしたら、後先顧みずに壊してしまうだろう。
発情前から仄かにあった恋心は、“初めて”の後には制御が利かないくらい激しいものになってしまった。
初芳の母の、二度と相手に会わないという決断は、奔放な猫族においても許されない略奪行為を回避するための唯一の手段だったのだと、察したのは母を亡くして何年も経ってからだ。

幼いなりに母の苦労を見て育ち、颯士に引き取られてからは、それが一般的ではなかったのだと知った初芳は、母のような生き方は選びたくないと常々思っていた。
いくら愛しんで育てても、その子が一人で生きていけるようになるまで見届けてあげられる保証はないことを、身を持って知っている。

幸い、初芳は颯士に保護者になってもらえて大切に育てられてきたが、放っておいても子は育つという風潮は猫族特有の気ままさもあって、産みの親より寧ろ年長の子供たちが幼い子の面倒を見ていることが多い。
決してそれを否定するつもりはないが、初芳は自分の手で、できれば颯士と協力し合って子育てをしたいと思っている。
猫族においては、寧ろその方が珍しいと知っていても。





颯士が出掛けた後は、初芳はいつも他の婚外子たちが集まって住んでいる集落に行く。
そこでは、成人した雄がいない代わりに、子を持つ両性たちが菜園の手入れをしたり、遠く離れた人里へ買い出しに出掛けたり、稀に出稼ぎに行っている場合もあり、大人は産後間もない両性しか残っていないような状態だ。
だから、日中は年長者が主になって幼い子供の面倒を見たり、家事をこなしたり、協力し合って大家族のような生活を送っている。
初芳は颯士に養われてはいるが、他の成人前の子供たちと同じように、父親のいない子の守をしたり、菜園の草引きや水まきを手伝ったりして一日の大半を過ごしている。


「昨夜、おまえのダンナが美里さん家に行くの見たぞー」
そんな風に幼馴染にからかわれるのも、いつからか慣れてしまい、初芳は努めて素っ気なく返した。
「まだ旦那にはなってないよ。昨夜は朱美さんの所って言ってたけど?」
「さすが、あの浮気者と結婚しようってだけあって、初芳は寛大だよな。流斗(りゅうと)にしとけば、他の女と共有しなくて済むのに」
「ほんと、俺なら、初芳一筋だよ」
茶化すでもなく、寧ろ誠実さを訴えるのは、艶やかな黒い髪に金色の瞳をした大柄な雄猫で、颯士が白豹なら、流斗は黒豹といったところか。

なぜか流斗は、初めて会った時から初芳を気に入ったようで、年頃を迎えてモテ期に入ってからも、言いよる雌や両性全てを惜しげもなく振り、ひたすら初芳だけを思い続けてくれている。
それは、初芳が颯士を思い続けているのとほぼ同じ10年あまりに及び、有難いとか申し訳ないとか思わないでもなかったが、いかんせん初芳の思いもやはり颯士一人に向いていて、気を持たせるような返事をしたことは一度もない。
冷静に考えてみれば、浮気症で年の離れた、親子同然の男よりも、一途で年齢の近い幼馴染の方が初芳を幸せにしてくれるに決まっているのに、初芳の思い込みは冷静な判断をできなくさせている。
無責任で身勝手な男の出逢いの時の一言の刷り込みは強力で、初芳は15歳が目の前に迫っているというのに、他の伴侶を考えたことは一度もなかったのだった。



- 半月の猫 - <はにわりのねこ> (3) - Fin

(2話)     Novel


2013.6.17.update