- 半月の猫 <はにわりのねこ> (1) -

☆猫科の獣人のお話になります(獣姦的な表現になることはありません)。
攻めが浮気性のヤンデレだったり、
受けの両性表現が出てきたりすると思われます。
苦手な方はご注意ください。



まだ、ほんの幼猫だった初芳(ういか)に“刷り込み”を施したのは、白金の毛皮に豹柄の入った大人の雄猫だった。
「おまえ、美人に育ちそうだし、成人したら俺の嫁になれよ。それまで俺が面倒見てやるから」
人の姿を取っても5歳かそこらの、親を亡くして一人では生きていけないほどに幼い初芳は、颯士(そうし)のその言葉を、まともに受け止めてしまった。
今にして思えば、たった一人の身よりの母を亡くして途方に暮れる初芳を慰めるための方便だったとわかるのに。
他に寄る辺のない初芳は愚かにも、颯士が保護者になってくれたのは自分を伴侶にするためだと、およそ10年に亘って本気で信じ込んでいたのだった。




初芳が大人になるまで面倒を見てやると言って引き取り、共に生活していたはずの颯士は、このところ育児も家事も放棄して遊び歩いている。
尤も、成人間近の初芳に世話など必要なく、今では颯士より上手く家事もこなしているのだけれども。

今は成人した雌たちが発情期に入っているから、伴侶のいない颯士がもてるのは仕方のないことだとわかっている。
まだ成熟していない初芳にはそれを止める手立てはなく、自他共に認める婚約者という肩書きなど何の役にも立ちはしない。
肝心の相手が、まだ色気の足りないことに目を瞑って、今すぐ初芳と正式に婚姻を結んでくれないかぎり。






都から遠く離れた山間部に隠れ住む猫族は、獣化すれば豹に似た大型の猫になるが、普段の人型の姿のときには、獣人だと悟られることはまずないと言い切れるくらい、純粋な人族に近い。
ただ、人並外れた美貌と、この地域特有の黒髪黒瞳ではない外見は、少なくとも地元民でないことは一目瞭然だった。猫の毛色はさまざまなうえ、瞳の色は緑もしくは青系か稀少な金色に限られていて、人型になった時の髪と瞳はその色を準えているからだ。
黒い髪をしている者はいても、黒い瞳を持つ者はいない。
もし人族に遭遇しても、おそらく遠い異国の人間だと思われるだけだろうが、僅かでも違和感を感じられることのないよう、細心の注意を払って暮らしている。

そこまで警戒しなければならないのは、嘗て猫族の雌がその外見的な美しさから人族の愛玩用として高値がつき、乱獲されて絶滅寸前にまで追い込まれた経緯があるからだ。
犬族のように護衛の目的で契約を交わすのとは違い、“飼う”ために狩られる雌猫は、捕まれば性奴のような境遇に陥ってしまう。
見た目の色気もさることながら、発情期の雌はあらゆる雄の劣情を煽るほど強烈なフェロモンを撒き散らし、なりふり構わぬ激しさで相手を求める性質を持つ。
特に、一度も妊娠出産経験のない雌はその傾向が顕著で、欲求が満たされなければ理性を失い、手近な雄で発散せずにはいられなくなる。
いくら貞操観念が緩い猫でも、相手を選ぶこともできずに非生産的な行為ばかりを続けることには抵抗感を抱かずにはいられないものだが、発情期が訪れれば激しい欲情に堪えかねて、結局は人間の情けを請うことになってしまう。
けれども、どれだけ人族の男を受け入れようと、妊娠周期の違う猫族との間に子を為すことはない。
だから、延々と続く発情期に心身ともに疲れ果てても、人族ほど年齢に比例した外見的な衰えのない雌猫は、加齢を理由に身限られることもなく、堅固な屋敷の護衛から逃げ出すことも叶わないままに人生を終えることになるのだった。


やがて、攫われる雌を救うことも、戦って勝つことも困難だと身を持って理解した猫族たちは、絶滅を回避するために慣れ親しんだ土地を捨て、猟人の追撃を逃れて山深く入り、長い年月をかけて今の村落を作り上げ、細々とその血脈を繋いできているが、絶対数はまだまだ少ない。
とりわけ需要の高かった雌で無事に生き延びられた者はごく僅かで、生き残りの殆どが雄だったという事象を憂えた天の采配か、種の存続のために働く自然の摂理か、やがて両性具有の者が産まれるようになった。
その恩恵を受けて、着実に子孫を増やすことには成功したのものの、やはり女性の価値には遠く及ばない。
両性は最初の妊娠出産以降、だんだんと妊娠しにくくなってゆくうえに、なぜか産まれてくる子は雄か両性のみで、雌を産むことはできなかった。
対して、生粋の雌は何度目でも妊娠しやすく、唯一雌を産み出すことができる貴重な存在といえる。
そういった特性ゆえに、雌が優遇されるのはやむを得ず、よほどの事情がない限り、発情期の雌からの求愛(子作りの協力要請)を独身の雄が断ることは許されない。
かといって、婚姻を結ばなければならないというわけではなく、雌の方も、元より多情な猫科ゆえのモラルの低さで、発情期の相手さえ務めてくれれば良いという考え方の者が多く、婚外子の方が多いのが現状だ。

長年、独身を貫いてきた颯士は正にその代表のような存在で、いろんな雌から頻繁に誘われるのも、それに全て応えているようなのも、初芳との婚姻を先延ばしにしている以上、仕方のないことだった。
今はまだ可能な限り一族の数を増やすことを優先すべきで、正式な伴侶になっていない初芳に止める手立てはない。
いくら本心で、自分の婚約者が他の雌と子作りに励むなど、どうにも耐え難いと思っていたとしても。



- 半月の猫 - <はにわりのねこ> (1) - Fin

Novel     (2話)


2012.9.6.update

滞ってた理由のひとつが、タイトルが決まらなかったことでした。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、半月(はにわり)というのは半陰陽のことです。

ちなみに、設定中の猫の性質等は我が家の雌猫がモデルだったりします。
本当に、猫の発情期(所謂サカリ)は凄いです。
もちろん、個体差があるのですけれど。
雌がいなくなると雌化(両性化)するのは魚ですが……
まあ、そこは個人的萌え設定で、敢えて雌化ではなく両性化ということに。