- おやすみ -



里桜は、まだ義之に『おやすみ』を言ったことがない。
たいてい11時過ぎにベッドに入り、たわいない会話をしているうちに眠ってしまうからだ。
「里桜?」
眠っているのか確かめるような低めた声も、いつもの甘い声も大好きで。
「うん」
一応、起きていることを伝える。今日こそ『おやすみ』を言うかどうか迷っている。
『おやすみ』と言うと、もう話はおしまいにして眠ろうという合図のような気がして、いつも言い出せないまま眠ってしまっていた。
寝つきの良い里桜は、いつも知らないうちに寝てしまう。休日前くらいは一晩中語り明かしたりしてみたいと思っているが、いかんせん外見に劣らず中身もお子ちゃまなのだった。
「もう眠くなってきた?」
「ううん」
くすりと笑った義之の胸元へ、窮屈なくらいに抱きしめられる。そもそも、この気持ちの良い腕が里桜を眠りに誘ってしまうのだと思う。
「里桜はいつもそう言いながら寝てしまうね」
「だって、知らないうちに寝ちゃってるんだもん」
「早寝早起きは良いことだけどね」
義之の言葉に含まれる不満げな響きに、言い訳した。
「横になると勝手に目がふさがってきちゃうんだ」
「眠らせないようにしようか?」
「うん?」
瞳が合っても、その意味がわからず曖昧に頷いた。
困ったように笑った顔に見惚れているうちに、近付いた唇に捕まっていた。逃がさないようにするかのように後頭部へ回された掌が里桜の顔をあげさせる。
ようやく、義之が笑った意味に気が付いたが、歯列を舐められて開いた口内で舌を絡め取られるともう反論する気もおこらなくなっていた。
されるがままにうっとりと身を任せた里桜に義之が念を押す。
「もう少し起こしてていいかな?」
「うん」
その後で『おやすみ』を言えばいいのかもしれない。いつも疲れてすぐに眠りに落ちてしまうから、短いキスと一緒に『おやすみ』を言えばタイミングも良さそうだ。
安心すると、急速に睡魔が襲ってきた。気持ちの良い抱擁とキスが、睡魔に加速度をつける。
義之の腕に預けた体からどんどん力が抜けていくのが自分でもわかる。
「里桜?」
聞こえているのに、もう返事をするのも億劫で。
でも、おやすみを言わなくちゃ……。
まどろみかけた思考で、なんとか囁いた。
「おやすみなさい」
初めて告げた言葉に満足して、睡魔に抗うのをやめた。
義之のため息はもう耳には入らなかった。


- おやすみ - Fin

Novel     【 腕枕 】    


今時、11時から寝てしまう15歳はいるのでしょうか。
もっと大人で10時に寝てしまう知り合いならゴロゴロいるのですが。