- 腕の中にいるのに -
(番外掌編)



「ライチって中国産じゃないのか?」
夕食の後片付けを済ませて、コーヒーと一緒にトレーに乗せてきたガラスの器を見るなり、淳史は眉を潜めた。
特に好き嫌いのない優生が、他人に聞かれて答える好きな食べ物の一つが、淳史にはひどく胡散臭げに見えるらしい。
「うん、広東省って書いてあったし」
「食うな」
硬い皮から外した白い実を、まさに口に運ぼうとした瞬間に、テーブルの向こうから伸びた手に手首を掴まれて阻止された。
「大丈夫だよ、今までも食べてたけど、中った(あたった)ことないし」
「今まで大丈夫だったからといって、今度も無事だとは限らないだろうが」
「大げさだなあ」
「ともかく食うな。果物が欲しかったら桃とか葡萄とか日本産のにしろ」
優生の手から、せっかく剥いた半透明のブドウのような粒が奪われた。仕方なく、おしぼりで指を拭って、ライチの入った器を手に立ち上がる。
「ほんと、横暴なんだから」
漂う甘い香りの誘惑を断ち切るように、キッチンのゴミ袋に皿の中身を移した。
手をすすいでリビングに戻ると、先まで座っていたテーブルを挟んだ向かい側ではなく、淳史の方へと呼ばれる。
険悪な雰囲気にならないよう、おとなしく淳史の隣へ膝をついた。すぐに伸ばされた腕に引き寄せられるまま身を預ける。
「おまえはアレルギー持ちで体も弱いんだから、わけのわからないものを食うな」
「うん」
優生の体質も、淳史に心配を掛けている原因だったらしい。アレルギーはもう殆ど出ていなかったが、熱は頻繁に出していた。その一因は淳史にあるだけに、過敏になっているのかもしれない。
「前に、義之が里桜より先に死なないように長生きしなけりゃならないって言ってたんだが、俺はおまえの方が先に死にそうで心配だ」
「……淳史さんて、凄い心配性だよね。考えすぎだよ、そんな先のこと」
「そうか?何十年も先のことならいいが、おまえを見ていると、ほんの何ヶ月か先のことのような気がしてくるんだが」
一度は自殺も考えた優生が、淳史を不似合いなほど心配性にさせてしまったのだと思う。生きることにも、好きな相手にも執着しない優生の諦めの良さは、淳史には理解できないだろう。
それにしても、このところの淳史の過剰な心配や過保護ぶりには、呆れるを通り越して感動すら覚えてしまう。出逢った頃は、こんなに甘い男ではなかったはずだった。
「そう簡単には死なないから心配しないで」
「本当か?」
自分で運命を決められるはずもないのに、頷く自分も、それにホッとしたような顔をする淳史も甘いと思う。それでも、やっと居場所を見つけたのに、そのうえ幸せまで手に入れたのに、自分から手放すような勿体無いことが出来るわけがなかった。
「淳史さんこそ、過労で倒れないか心配だよ」
「俺が早死にしそうに見えるのか?」
「見えないけど……置いていかないでね?」
「置いていかれるのは俺の方のような気がするんだが」
「11歳も年上なのに?」
「年功序列とは限らないからな」
近付く唇の気配に目を閉じる。自分でも、長生きしそうだとは思えなかった。かといって、それがほんの何ヶ月後のことだとも思わないが。
強い腕が、優生を胸へと抱きしめる。淳史の心配が本気だと伝わってくるようで泣きそうになった。
「……今度から、台湾産のにするよ」
「輸入ものは食うな」
妥協したつもりの言葉も、即座に却下されてしまう。ライチは国産のものもあると言うのはやめて、おとなしく頷いた。



- 腕の中にいるのに - Fin

【 寝ても、覚めても 】     Novel  


実生活で、「ライチって中国産やろ、食うな」と言われたので、
優生を巻き込んでみました。
ここまで心配性だと恋人というより親みたいですね……。
珍しく時事ネタ(チャイナフリー)でした。

(2007.7.4 update)