- 言葉よりも、雄弁な -
(番外掌編)



「……ん」
触れ合っていない時の方が短かったのではないかと思うほど、朝からずっと淳史のキスに襲われているような気がする。
なかなかベッドから出られなかった間も、淳史に抱かれて連れて来られたソファでくっついている今も。
淳史の膝を跨ぐように乗せられた姿勢は、優生がいくら従順でいようと思っていても、耐え難く恥ずかしいものだった。それでも逆らわないでいようと努力しているのは、淳史がそれほども優生を思ってくれているとわかったからだ。
唇が触れる程度の軽いキスをくり返しているが、時折、焦れたように深く舌を絡め取られたりする。そのくせ、それ以上体を求めてくることはなかった。おそらく、昨夜愛され過ぎて意識を飛ばした優生を気遣ってくれているからなのだろう。
優生がキスを嫌がったと思ったのか、唇を離した淳史は、代わりといわんばかりに強く抱きよせた。
まるで、離れたら消えてしまうとでも思っているかのような、恋愛関係にある当事者でなければ鬱陶しいことこの上ないほど密着して過ごす週末に、とうとう優生は淳史に理由を尋ねてみることにした。
「淳史さん、どうかしたの?」
「何が」
「なんか、ずっと、ベタベタしてるから……」
「嫌か?」
「そうじゃなくて、どうかしたのかと思って」
腕に強く抱きしめられていて淳史の顔は見えなくても、微かに笑みを洩らしたのを感じた。複雑な誤解から、以前往診に来てくれた医師に危うく襲われそうになった直後だというのに、どうかしたのかと聞く方がおかしかったかもしれない。
「俺が安心する度に何かあるからな、気を抜かないようにしておこうと思っただけだ」
顔は笑っていたが、深い意味があることが窺えた。優生は、何度も淳史を疑い、裏切るようなことをしてしまっていたと、今は自覚している。
「ごめんなさい、本当にもう大丈夫だから」
素直に謝る優生の、髪を撫でてくれる手がひどく優しくて、なぜだか泣きたくなってしまう。
「おまえを疑ってるわけじゃないからな?」
まるで優生の思っていたことがわかったような言葉に驚いた。優生はそんなにも態度や表情に出る方だっただろうか。
大きな掌が頬を包む。ゆっくりと滑ってゆく手が耳の後ろを撫でる。促されるまま、顔を上向けた。ほどなく、優しいキスが降ってくる。
軽く啄まれるだけのキスに焦れたのは優生の方で、触れ合った唇にそっと舌を伸ばした。もっと深く触れ合いたいと伝えたくて、淳史の首に回した腕に力を籠める。背が撓うほど、強く抱き返されると眩暈がした。
幸せ過ぎて怖いというのは、きっとこういうことを言うのだろう。手に入れると、失くす不安に怯えてしまう。だから、好きになるほど貪欲になってゆくものかもしれない。緩めた隙に誰かに取られないように、もっと強く淳史を抱きしめた。



- 言葉よりも、雄弁な - Fin

Novel     【 まだ足りない 】  


8話の翌日を想定して書いています。
“甘い言葉より甘い”を考えるとこんな感じになりました。
といっても、もう何もしなくても甘い二人なのですが。