- ドメスティック.Y(1) -

☆無理やり表現等が出てきます。
やや痛いので、苦手な方はご注意ください。



“気がすむまで”と言われた以上、睡眠不足で出勤することになるだろうという覚悟はしていたが、朝までヤり通してもまだ黒田の気が済まないというような展開になるとまでは思っていなかった。
そうでなくても紫は体力にはあまり自信がないのに、三十路を超えて完徹という事態に有給を使いたくなったが、一睡もしていないのは同じはずの黒田が普段通りに朝食の用意をしている姿を見たら、自分だけ休むとは言えずに一緒に家を出たのだった。

あまりのダルさに途中のコンビニで栄養剤を買い、会社に着くとまず休憩室に来て服用しておいたが、気休め以上の効果は期待できそうになかった。
背凭れに寄りかかるように座り直すと、引きずり込まれそうな睡魔が押し寄せてくる。仕方なく、熱いコーヒーを買い、ポケットにミントガムを探した。
始業までのひととき、何とか仕事モードに切り替えようと紫なりに努力していたのに、慌しく休憩室に入って来た笹原と顔を合わせた瞬間、一気にテンションが下がってしまった。

特定の相手がいると話していなかったことを責めるような雰囲気は気まずく、精神的にも追い込まれる。挙句の果てには、紫あてのクレームの電話を取った工藤が呼びに来たところで、黒田とつき合っていることをバラされ、逃げるように電話の応対に走ることになった。

とりあえず、志乃家の件は昨夜の非礼をひたすら謝り、日を改めて謝罪の席を設けるということで一応収まりはついた。
迷いながら休憩室に戻ったときにはもう笹原の姿はなく、責任は紫ひとりにあると言われているような気にさせられる。

仕事はこれからだというのに、とてもではないが、心身ともに仕事をするようなコンディションには整えられそうにない。

「……やっぱ、今日は帰らして貰お」
小さく呟き、重い腰を上げたところで、今最も対峙したくない人物が休憩室に戻って来てしまった。
そうでなくても威圧感のある大柄な工藤の、有無を言わせぬ視線に気圧されるように長椅子に戻り、用件を切り出されるのを待つ。



「笹原が言っていたのは本当か?」
怖い、などと言えば尚更怒りを煽ってしまいそうで、紫は震えそうな手のひらを膝の横で握って、いつもの表情を作って顔を上げた。
「……俺が可愛いってやつ?」
この期に及んでまだ惚けてみせる紫に、元より気が長いとはいえない工藤が長い腕を伸ばしてくる。距離を取って腰掛けておいたつもりでも、工藤の手は苦もなく紫の襟元を掴んでしまった。
「おまえがつき合っているという男の話だ」
わざわざ凄まなくても十分に怖い面差しをしているというのに、工藤は低い声を更に落とし、厚い手のひらに力を籠めて紫を威嚇してくる。
「笹原の言った通りだけど?」
「よりによって、何であんな男とつき合ってるんだ? 可愛い年下男の方がよっぽどマシだと思うが」
ついこの間まで紫の趣味を揶揄していたくせに、今の工藤は黒田でさえなければ何でもいいと思っているようだ。
「可愛くはないけど、あいつ、俺より5つも年下だよ? それに、俺が逃げたら、ゆいちゃんを取り返すみたいな言い方してたし」
恩に着せるつもりはないが、事の発端は優生で、心配のあまり黒田と抜き差しならぬ関係に至ってしまったというのに、工藤の言いようはあんまりだと思う。
「脅迫されてるのか?」
「最初はそういうニュアンスに聞こえたけど、今も続いてんのは俺の意思。工藤に黙ってたのは、あいつの名前も聞きたくないだろうと思ったから。大体、俺が誰とつき合おうが、いちいち工藤に報告する義務はないだろ?」
あまり追及されたくないという思いは伝わったようだったが、工藤は納得いかないという表情を崩そうとしなかった。
「……あんな男とつき合わなくても、相手には困ってないだろうが」
いくら気に食わない相手でも、工藤は親でも兄弟でも元カレでもなく、紫のつき合う相手に口出しするのは筋違いだろう。
「まあ、俺はあいつのタイプじゃないらしいし、長続きするとも限らないし、あんまり気にするなよ。もし別れても、もう可愛い男子にはいかないから心配無用だし。あ、でもゴツ好きになってて工藤にセマったらゴメンな?」
間髪入れずに拳骨を入れる気の短い同僚は、先までとは違う意味で腹を立てたようだった。
「おまえが見た目ほどいい加減じゃないことは皆知ってる。でも、そんなグダグダな所を見せられたら、誤解されても仕方ないだろうが。金輪際、枕営業みたいなことはするな。誰に頼まれても断れ。損調(損害調査部門)にでも回されたらどうするつもりだ?」
「そうだよなあ……。俺、事故処理なんてできないし、自重しないとな」
素直に頷く紫に、工藤の表情が少し和らぐ。
「ともかく、志乃家の専務や笹原に何と言われようと、おかしな詫びの仕方をするなよ? 十分懲りてるだろう?」
「それはもう、身に沁みてわかってるよ」
工藤の言っているのとは違う理由で、だったが。

休憩室を出てゆく工藤の背を見送って、紫もゆっくり立ち上がる。
とりあえず今日一日を乗り切る程度のテンションには戻すことができたようだった。



- ドメスティック.Y(1) - Fin

【 X(後編) 】     Novel     【 Y-(2) 】


2009.12.16.update

栄養剤とコーヒーを一緒に飲んでは効果半減ですよね。
紫はかなり常識はずれなことをするキャラという設定なので仕方ないのですが。