- しりとり -



「アイスが食べたい」
熱っぽい体が冷たいものを欲しがっていることを、心配げに優生の手を握る淳史に伝えた。昨日から服用している薬と休養でずいぶん楽になってきていたが、まだまだ平熱よりは高そうだ。
「何でもいいのか?」
買い出しに行ってくれることを前提に考える厚かましさには、この際気付かないふりをする。
「ラムレーズンがいいけど、なかったらいちご系がいいな」
「他には?」
「んー……サンドウィッチくらい?野菜かミックスの。それかグリーンサラダ」
「わかった。じゃ、おとなしくしてろよ?」
「うん。いってらっしゃい」
頭を撫でる大きな手に目を閉じると、軽く唇が触れる。あまりにも平穏過ぎて、まだ夢の続きのような気がしてしまう。それとも、ついこの間まで嵐のようだったことの方が夢だったのだろうか。
とりあえず、体を起こして伸びをする。だるい以外に、特に痛む所はなかった。着替えるかどうか迷ったが、寝直すかもしれないと思い、パジャマのままでベッドを出る。とりあえず淳史が帰ってくるまでに、起きてリビングに行っておくことにした。


「起きてたのか?」
玄関まで出迎えに行こうと思ったが、リビングのドアを開けた時には淳史はもう傍まで来ていた。
「うん。ちょっとは体を起こさないと、ずっとベッドから出てなかったし」
「そんな薄着じゃまた熱が上がるぞ」
肩を抱かれて部屋へ戻ると、淳史は寝室から毛布を持ってきてくれた。くるまれるように羽織らされて、ソファへと促される。
「なるべく頑張って食えよ」
「うん」
予想通り、淳史は“もしなかったら”と言ったもの以上のものも買ってきていた。元気な時の優生でも、とても食べ切れそうにない量だ。
「一人じゃムリだし、手伝って?」
「ムリなら残しておいて時間を置いてまた食えばいいだろう。コーヒーでも淹れるか?」
「あ、うん」
立ち上がろうとした優生を留める腕に、思わず見上げてしまう。
「座ってろ」
「……うん」
優生が来るまでは、自分でコーヒーくらい淹れていたのだろうが。それでも、淳史が自らコーヒーを淹れてくれるという現実にちょっと感動してしまった。


「いただきます」
淳史がコーヒーを用意して戻ってくると、軽く両手を合わせて頭を下げた。もう午後を随分回っているというのに、今日初めての食事だ。
「先にアイス食べていい?」
「そうだな、欲しいものから食った方がいいんだろうな」
本来なら最後に食べるべきなのだろうが、むしろそれしか欲しくないくらいだった。
久しぶりに食べるアイスに、優生は幸せそうな顔をしていたのかもしれない。
「甘いものは嫌いなのかと思っていたが」
「嫌いってことはないよ?アイスとチョコレートは好きだし」
疑わしげな目を向けられているような気がするのは気のせいだろうか。
「チョコレートが好きそうには見えなかったんだが」
「え……」
少し考えて、それが知り合って間も無い頃に淳史がくれた手土産のチョコレートのことを指すのだと気が付いた。
「ごめん、俺、日本製のが好きっていうか、あんまり高級なのは苦手なんだ。ちょっとクセがあるでしょ」
「……わからんでもないが」
不満げな淳史に、一応フォローしておく。
「でも、ちゃんと全部食べたからね。せっかく買って貰ったんだし」



「ムリに食わなくていい。おまえには貢ぎ甲斐がなさそうだと思っていたが、俺の選択が悪かったんだな」
「そんなことないよ。でも、貢がれるとかいうのはちょっと抵抗あるかも」
アイスを食べ終えて、サンドウィッチの封を開ける。インターバルを置きながら食べると却って受け付けなくなりそうで、なるべく早く片付けてしまいたかった。
「素直に喜べばいいだろうが」
「もしかして、貢ぐのが好きなの?」
淳史が他人に貢いだり尽くしたりしたがるタイプには思えなかったのだったが。
「そんなことはないが、買ってくれと言われれば買ってやるぞ?」
「言わないし」
「言えよ」
思いがけず強い口調に驚いた。
「も、充分してもらってるでしょ」
出逢って間も無い頃にピアノを贈られた時には本当に驚いた。いろんな意味であまり冗談の通じないタイプだとわかっているだけに、軽々しく何かをねだったりするのは恐ろしい。


「ごちそうさまでした」
予定通り、アイスとサンドウィッチとサラダを食べ終えて手を合わせる。その後で薬を飲む優生に、淳史は少し不満げな顔を見せた。
「ノルマ達成みたいな顔をするなよ」
まさしく、そう思っていただけに見透かされたようで驚いた。
「だって、きちんと食べたでしょ?急にたくさん食べたら胃がビックリするし」
「それもそうだな、そろそろベッドへ戻るか?」
「ううん。まだ眠くないし」
「じゃ、しばらく凭れてろ」
淳史の胸元へと頭を引き寄せられる。最初から甘やかされていたことを、最近になって自覚し始めていた。
「寝つきそうにはないか?」
「うん」
「羊でも数えるか?」
「ううん。なんか、数えることに集中してしまいそうになるし」
「そうだな、おまえの性格だと意地になって数えそうな気がするな」
決して褒められていないことは優生にもわかっている。


「しりとりでもするか?」
それこそ、意地になってキリがなくなってしまいそうな気がして、少し考えた。
「んー……じゃ、“鳥頭”」
「後ろ2文字か?」
これでも折衷案のつもりだった。
「普通にやってたら終わらないでしょ」
「……“たまには黙って言うことをきけ”」
「そういうのアリなの?」
「まともにやってたらすぐに詰まりそうだからな」
それでは、いつまで経っても終わらないような気がしたが、とりあえず次の言葉を考える。
「“危険なんだって”」
「“だってとか言うな”」
「“うなぎが食べたいな”」
「“因幡の白兎”」
「“詐欺師っぽい”」
まさか淳史のことを言っているのではないだろう、と言いたげに優生を見る。あくまで言葉遊びに過ぎないし、どちらかといえば不器用な淳史が詐欺師っぽく見えるはずがなかったが。


「“ポインティング”」
「あ、“ん”だよ、淳史さんの負け」
思わず高い声を出してしまった優生に、淳史は一瞬渋い顔を見せた。
「続かないもんだな・・・で、少しは眠くなったか?」
「却って頭が冴えてきたかも」
「だろうな。やっぱり黙ってる方が良かったか」
「そうかも」
そもそも、特に眠る必要は感じていなかったが。それでも、淳史の過剰な心配に甘えて、おとなしく目を閉じることにした。居心地の良い胸に凭れていれば、そのうち睡魔がやってくるはずだった。
無骨な指が優しく髪を撫でてくれるのが気持ち良い。時折話しかけてくる低い声がまるで子守唄のように穏やかに響く。毛布にくるまれたまま抱かれた体の熱が、だんだんと上がってゆく。枕代わりの淳史の腕も、耳に馴染んだ鼓動もまるで睡眠導入剤のように優生を安心させた。
いつの間にか、眠くなかったはずの瞼が塞がってきていた。淳史と二人で過ごすようになってから体に染み付いたクセなのか、その腕は容易く優生の不眠症を解消してしまう。
眠ってしまう前に“おやすみ”を言おうかと思ったが、まるで挨拶を催促しているようで、優生は胸の内でだけ呟いた。



- しりとり - Fin

Novel  


本当は“ポインティング(指示)”ではなく“ポインター(猟犬)”にしたかったのですが。
それだと終われないので強引に……。

☆ポインターは、鳥猟犬の総称で、一般にイングリッシュ・ポインターのことを指します。