- マウンティング -

非常に品の悪いお話になっております(当サイト比)。
下世話なお話が苦手な方は避難してください。



「えっ……」
何気なく開けたドアの向こうに、思いもしなかった人物を見掛けてパニックを起こしそうになった。
その悲鳴にも似た声に義之が振り向く。風呂上りの熱気を逃がそうと、片手にバスタオルを掴んで、もう片方の手で洗面所のドアを開けたまま固まってしまった優生の方を。
我に返ってバスタオルを胸元へ引き上げる優生の手と、義之の動体視力のどちらが勝っていたのかは定かではない。
義之と里桜が来ることは聞いていたのに、風呂に入っている間に考え事をしていたせいか、もう来ていることに気付いていなかった。
「ご、ごめんなさい、来てるの気付かなくて」
「それより、先に何か着てくれないかな?」
「あ、はい」
胸元にタオルを当てただけの自分の姿を再認識して焦った時、リビングのドアが開いた。
「どうかしたのか?」
「あっ」
訝しげに廊下へ顔を出した淳史と目が合った瞬間、優生は露骨にうろたえてしまった。瞬時に伸ばされた腕が怖くて思わず目を閉じる。その腕が優生を殴るはずがなく、義之から隠すようにしっかりと胸元へ抱きしめた。
「義之、まさか優生に何かしたんじゃないだろうな?」
「するわけがないだろう?通りかかった時にちょうどドアが開いたから、お互い驚いただけだよ」
「本当か?」
確認するために優生を見る強い視線は疑念に満ちていて、あらぬ誤解を受けてしまいそうな気がして慌てて頷いた。
「どうしたの?」
ドアを塞ぐような位置で優生を抱きしめたままの淳史の向こうから、里桜の声が聞こえてきた。義之や優生が何でもないと言う前に、不機嫌そうな声が答えてしまう。
「義之が優生の風呂上りを見たんだ」
「いやらしい言い方をするなよ、通りかかっただけで見たわけじゃない」
「義くん、友達の恋人の着替えを覗いたりしちゃダメでしょ」
「おい、怒るのはそこなのか?」
焦点のズレた里桜のツッコミに、淳史も気を殺がれてしまったらしかった。
「覗いてないよ、通りかかっただけだからね」
ムキになって反論し続ける義之が、いつになく人間らしく思える。苦手意識の強かった相手だが、ただのアクシデントを一方的に責められているのは気の毒だった。
「義くん、往生際が悪いよ?」
「僕が里桜以外の人の体に興味を持つわけないだろう」
面白がっているような里桜の態度はちょっと信じられない。感情を面に出すのが下手な優生ならともかく、里桜が怒ったり拗ねたりしないのは不思議だった。
「ごめんなさい、緒方さんは悪くないんだ。のぼせたみたいで熱気を逃がしたくて、俺がいきなりドアを開けたから……」
もう少しドアの外に気を配れば良かったのだが、淳史と二人きりの生活に慣れ過ぎて、何も考えずに開けてしまったのだった。
「のぼせたのか?」
優生を抱きしめる腕が緩んで、淳史が心配げに覗き込んでくる。
「そんなたいしたことないんだけど」
「俺も見たいなあ……ゆいさんのハダカ」
「おまえなら良かったんだが」
ドサクサ紛れの里桜の言葉を、淳史はあっさり受容する。驚く優生と同様に、義之も意外に思ったらしかった。
「里桜なら良かったのか?」
「男のうちに入らないからな」
「あっくん、まさか俺のこと女の子だと思ってる?」
「男だと思ってたら優生に近付けるわけがないだろうが」
つまらない掛け合いにつき合っていると、今度は湯冷めしてしまいそうだ。洗面所に戻るタイミングがつかめずにいたが、思い切って淳史の胸元を押して着替えたいことをアピールすることにした。


軽く身支度を終えてリビングに移ると、待ちかねたような勢いの里桜にソファへと引っ張られる。
「ゆいさんて、思ってたより筋肉あるんだー」
腕に抱きつく里桜の声が、心なしか嬉しそうに響いた。
「まあ、それなりには……そこの二人と比べられると困るけど」
「俺、あんまりゴツイ人より、ゆいさんくらいがいいな」
「どうしたんだ、急に」
懐こくなった里桜を不審に思ったのは淳史も同様だったようだ。
「だって、あっくんに触っちゃダメでしょ」
決して責めるような口調ではなかったが、不意に気まずさが甦る。つい先日、里桜にひどく子供じみた態度を取ってしまったことが今更ながら悔やまれた。
「ゆいさんにはくっついてもいいんでしょ?俺、“男のうちに入らない”みたいだし」
「おい?」
優生を挟むようにして、里桜の反対側に淳史が腰を下ろす。ますます訝しむような顔付きになる淳史に、里桜はにっこりと笑った。
「俺、反省したんだ。やっぱ、あっくんにベタベタするのはお互い良くないよね」
「だからって……何で俺?」
非の打ち所が無いほど綺麗な恋人が、常にベッタリ甘やかしてくれているはずなのに。尤も、今日の義之はカウンターの席について、傍観の構えを見せていたが。
「俺は義くんの他につき合った人は一人だけなのに、この先もずっと義くんだけかもしれないでしょ?ベタベタできる人も限られてるし」
「他の人ともベタベタしたいの?」
「そうじゃないけど、俺だけ全然知らないのって何か納得いかなくない?あっくんだって、ゆいさんの前にいっぱい恋愛してるでしょ?ズルイと思わない?」
要するに、比較対象を増やしたり、僅かでも経験値を上げたりするために倹しい努力をしたいということなのだろうか。
「俺は別に……淳史さんの過去なんて殆ど知らないし、考えたこともないよ」
「ゆいさんも、いっぱい恋愛したの?」
「そんなことないけど……気にしたって仕方ないだろ?それもひっくるめてつき合ってるんだし」
「ゆいさんて大人なんだ……」
淋しげに、里桜は優生の胸元へと顔を伏せた。どさくさに紛れて、腰に腕を回して抱きついてくる。対応に迷って為すがままの優生と里桜を、二人の保護者たちは引き離す気はなさそうだった。
「里桜?」
てっきり落ち込んだのだと思っていたが、里桜は唐突に顔を上げて、不満げな声を上げる。
「ゆいさん、めっちゃ細いけど、体重どのくらい?」
「45、6キロじゃないかな?」
「ウソ、俺と変わんない」
驚いたというより、怒ったような里桜にたじろいだ。深く考えずに答えてしまったが、もう少し多めに言うべきだったようだ。一時期は増えかけていた体重がまた減ってきたことは、優生も気にしていたのだったが。
「何でそんなに軽いの?ゆいさん、俺にも見せて」
「何を?」
「義くんにも見られたんでしょ?」
「里桜?」
シャツの裾に指をかけられて、その予想もしない行動に固まってしまった。捲り上げられるのかと思った裾はそのままに、里桜の手は腹に滑ってきた。
「ゆいさんも色が白いなあ」
なぜか抵抗できない優生の腹が、露になる前に里桜の体が唐突に離れた。里桜の腕を強く引いた淳史が、義之の方へと押しやってしまったからだ。
「いい加減にしろ。いくらおまえでもそういうのはダメだ」
「義くんはいいのに、何で俺はダメなの?」
「義之は見てないと言っていたし、触ったわけじゃない。でも、おまえは見るだけで済んでないだろうが。もし下心があるんなら見るのも触るのもダメだ」
「別に、ゆいさんを襲おうとか思ってないもん」
「当たり前だ」
マジ切れしている淳史を傍目に見ていると何だか可笑しくなってくる。当事者でなければ、微笑ましく思えるものだとは知らなかった。里桜の言う通り、淳史と絡んでいなければ穏やかでいられるようだ。
それに、里桜の関心が自分の方に向いているのは悪い気はしなかった。うっかり可愛いかもしれないと思ってしまうくらいに。今になって漸く、優生にも少し、淳史の気持ちがわかったような気がした。


結局、里桜は義之の膝に落ち着くことになったらしかった。少し身を乗り出して、優生に顔を向ける。
「ゆいさん、身長はどのくらい?」
「166くらいかな」
ついこの間測った時は166.2センチだった。
「え、そんなにあるの?」
「そんなにって、小さい方だけど」
「小さいって言わないで。俺、157なのに」
「これから伸びるんじゃないかな?俺もまだ伸びてるから」
「え、そうなの?」
「うん。淳史さんと知り合ってからでも、2、3センチ伸びたんじゃないかな」
「ホント?どうやったら伸びるの?!」
「どうって……特に何もしてないけど」
「ゆいさん、ずるいよー。俺、牛乳飲んでるし、10時から12時までの間に寝るようにしてるのに!」
「ずるいって言われても……」
答えられない優生に尋ねるのは諦めたらしく、里桜は淳史の方に視線を向けた。
「あっくん。何か背が伸びるようなことしてるの?」
「知るか。優生が晩熟(おくて)だったんだろう」
「え、晩熟だったら背が伸びるの?」
呆れたように首を振る淳史の代わりに、義之が答える。
「晩熟っていうのは成長や成熟が遅いってことだからね、里桜が思ってるようないやらしい意味じゃないよ」
いつになく意地悪な言い方も、相手に通じていなければあまり意味がなかった。里桜は嫌味のような言葉には気付かなかったらしく、ひどく真剣な顔で独り言のように呟く。
「じゃ、俺も何年か後で伸びるのかな」
「何とも言えないけど、里桜は僕と知り合ってから全然伸びてないんじゃなかったかな?」
「そんなことないもん。1センチくらいは伸びてるし」
「出逢った頃から157センチって言ってなかったかな?」
「……ちょっと、サバよんでたから」
バツが悪そうな里桜に、まだ機嫌の治らない淳史が追い討ちをかける。
「そのレベルで1センチやそこら上乗せしたところで意味ないだろうが」
「あっくんが規格外に大きいんでしょ。あれ、そういえば何センチあるんだっけ?」
「190ちょっとだな」
「ウソ……あっくん、そんなにあるの?ズルいよ、ちょっと俺に分けてくれればいいのに」
「おまえにやるくらいなら優生にやるに決まってるだろうが」
くっついていなくても、やはりこの二人は仲がいいらしい。
幼い子供みたいに頬を膨らませて、里桜は義之の膝から滑り降りると、優生の隣へ戻ってきた。くっつきそうに耳元へ近付くと、潜めた声で囁く。
「ねえねえ、あっくんのって、やっぱ規格外のサイズなの?」
赤くなるくらいなら聞かなければいいのにと思うが、好奇心には勝てないらしい。これでは、いくら小声で話しても、雰囲気で何の話かわかってしまうに違いない。
とぼけてもいいのだろうが、以前にも同じことを尋ねられたことを思い出して、軽く流しておくことにした。
「体格とはあまり関係ないんじゃないかな、緒方さんは外見に比例してるの?」
他の二人に聞こえないように配慮するべきだったかもしれないことを、すっかり失念してしまっていた。それにつられたように、里桜もあっけらかんと答えてしまう。
「うん、義くんは見た目と一緒で、スレンダーで長っ……」
驚くほどの速さで伸びてきた長い腕が、里桜の口元を押さえた。頬を引き攣らせた義之が、いつもは甘い声のトーンを落とす。
「あまり下品なことを言っていると、また出禁になるよ?里桜」
自分の発言の不適切さに気付いたのか、里桜は口元を塞がれたままでこくこくと頷いた。
「おまえ、本当に晩熟なのか?」
呆れたように淳史が呟いた言葉は、その場に居合わせた里桜以外の全員が疑問に思ったことだった。
「だって……俺、周りにこういう話を出来る人がいないんだもん。秀は生々しい話をしたら絶交だって言うし、他の奴と話してたらすぐ俺のエッチの話を聞きたがるし」
「里桜が他の男にそんな話をするなんて思いもしなかったな」
「俺の話をするわけないでしょ。そうじゃなくて、なんか、不安になったりするでしょ?もしかして俺の体、壊れちゃってんじゃないのかな、とか」
「僕が里桜の体を壊すようなことをするわけがないだろう?無理をさせたこともないし、充分に気を付けてるよ」
「そうかもしれないけど、立場が同じ人にも聞きたいし」
「大きい方がいいかってことを?」
今日の義之には驚かされてばかりだ。もしかしたら、優生が思っていたより随分と人間らしいのかもしれない。
「それだけじゃないけど……それも聞きたい」
期待に満ちた視線を向ける里桜に、優生は仕方なく答えることにした。
「サイズはあんまり関係ないらしいけど?」
「じゃ、何が関係あるの?」
「そりゃ硬度とか……」
何気なく答えかけた言葉は、向けられた鋭い視線に止まってしまった。どうして保護者たちはこうも堅苦しく厳しいのだろう。
「一般論の話だよ、言うまでもないと思うけど」
誰にともなく一般論だと強調したのは嫌な予感がしたせいだった。淳史は何も言わなかったが、それだけに後で何をされるのか考えるのが恐ろしい。
「やっぱ、あっくんや義くんがいたら話が出来ないよ。俺、ゆいさんと二人きりになりたいな」
甘えるように見つめられても、その決定権は優生にはない。まるで頭痛がするとでも言いたげに、淳史は大きな手で額を覆った。
「相手がこいつでも心配になるのは何でなんだろうな」
「否定はしないよ。僕にも里桜より危うげに見えるからね」
「もう、二人ともいい加減にしてくれない?俺がゆいさんを襲うわけないでしょ。俺は純粋に、ゆいさんと仲良くしたいだけなの」
嬉しいと思ったのも束の間、里桜は下心がないとはとても思えないようなことを言った。
「ゆいさん、今度一緒に温泉行こうよ?そしたら、そこの二人にもジャマされないだろうし」
「駄目だ。おまえもだが、義之に見せるわけにはいかないからな」
「僕だって、里桜を淳史に見せるのは嫌だからね」
「誰がこんなガキの体を見るか」
「だから、ゆいさんと俺、義くんとあっくんで入ったらいいんでしょ」
どうやら、優生を無視して温泉に行く計画が始まったらしい。もう口を挟むのも馬鹿馬鹿しく、優生は黙って成り行きを見守ることにした。平和な未来の計画に水を差すようなことはしたくない。
けれども、それが実現されるのは随分先のことになりそうだった。



- マウンティング - Fin

Novel  


タイトルは、ワンちゃんが上下関係を決めるあれのイメージでつけました。
個人的には里桜の方が上っぽい(というより優生が一番下っぽい)と思います。
といっても、うちはリバ禁なので雰囲気だけしか書けないのですが。
それにしても下品な話ですみません。
やっぱり、サイズより硬度と角度の方が重要みたいですね。