- フェアリー -



「最初は出掛けているだけだと思ったんだが」
淳史はどういう風に切り出すべきか悩みながら、一旦言葉を切った。
昨日から、優生が家を出たまま連絡も取れない状態が続いている。そのせいで仕事にも出られないほど動揺している自分に戸惑いながら、行方を捜そうとして、心当たりはおろか優生の行動範囲も交友関係も何も知らなかったことに気付いて愕然とした。
思い付く限りの対策を講じた後で、もしかしたら何らかの助言をもらえるかもしれないと思い義之に連絡した。
すぐに訪れた義之に話し始めたものの、その焦燥感を伝えるのは難しかった。もうすぐ18歳になる男がたった一日戻らなかっただけで、仕事を休んで捜し回っているような信じ難い行動を取っている淳史を、気の毒そうな顔で見ている。傍らの里桜も、いつになく神妙な表情をしていた。
「よく携帯を忘れて出ていくからな、俺が昼に帰ることを知らずにゆっくりしてるのかと思ったんだ」
「気が付いたのはいつ?」
「すぐだ。俺が昼に帰れないと言ってないかぎり、優生は昼前には出掛けないからな。確かめたら指輪がケースに戻してあったし、ここの鍵も管理人に預けられてたんだ」
「里桜が実家に帰った時が同じような感じだったよ」
義之の一言に、おとなしく腰掛けていた里桜が慌てて反論を始める。
「俺は指輪なんてし慣れないから外したまま忘れてただけなの。携帯はバッテリーが切れてたんだから仕方ないでしょ」
まさかと思いつつ、里桜に尋ねてみる。
「義之と別れる気だったのか?」
「違うってば。他に好きな人がいるんだなって思ったら傍にいたくなくなって……気が付いたら家に帰っちゃってただけなんだ」
「誤解だからね」
「そんなことは今はどうでもいい」
今は馬鹿馬鹿しいほどのラブラブぶりをアピールされても、微笑ましいと思えるような余裕はなかった。


「里桜、コーヒーを淹れてくれないかな?」
「うん」
義之の言葉に、すぐに里桜がソファから立ち上がる。
「悪いな。確か、ロイズのチョコレートがあったはずだから適当に探してくれ」
「ナッティバーかな」
嬉しそうに里桜がカウンターの向こうに駆けていく。その明快な単純さを少し羨ましく思った。
「優生には帰りたい場所なんてないはずなんだ」
「親と仲が悪いとかそういうことかい?」
「仲が悪い以前に、優生は生まれてすぐに里子に出されてるから親とは馴染みがないと言ってたんだ。里親と死に別れてすぐに俊明の所に行ってたのを、うちに連れてきたからな。あてがないでもないような言い方はしていたが、たぶん優生が自分から行きたがるような所はないだろうと思う」
「友達の所は?」
「まだ連絡はいってないようだな。何かわかったら連絡を入れてくれるように頼んで来たんだが」
「淳史も友達と面識があったのか?」
「いや、優生の携帯から連絡を取ったんだ。非常事態だったからな」
そもそも、見られたくないものなら置いていかなかっただろうと思っても、相手の携帯を勝手に開いてもいいと考えていたわけではない。それでも、見ないわけにはいかなかった。淳史は優生の両親も交友関係も何も知らなかったのだから。


「じゃ、思い当たる相手には連絡できたのか?」
「優生がよく会う奴の名前は前に聞いたことがあったからな。電話を掛けて名乗ったらすぐに話が通じたから俺のことも話してあったんだろう。他の相手にはそいつから当たってくれたんだ。俺じゃ優生との関係を説明のしようがない相手もいるからな」
ただ、呼び出しに応じた勇士の容姿が、優生の好みにぴったり当てはまることに衝撃を受けたことは淳史の胸に留めておくつもりだ。
勇士の方にも思う所が多々あったらしく、優生との馴れ初めから今に至るまでを嫌というほど追求された。優生がどこまで語っているのかわからない以上、迂闊なことを言うわけにはいかず、心象はあまりよくなかったかもしれない。特に、淳史が優生に求婚したことについては、軽々しく言ったのではないかと思われていたらしく何度も理由や覚悟を尋ねられた。優生にも言ったことがないような言葉で勇士を説得しながら、それを直接伝えていなかったことを悔やんだ。優生が家を出るに至った経過についても、いくら尋ねられても明確にすることはできなかった。なんとなく、優生がその友人には知られたくないと思っているような気がしたからだ。
陶器の音をさせながらコーヒーを用意して戻った里桜が、遠慮がちにテーブルにトレーを置く。声を掛けるのも気を遣うのか、黙って義之の向こう側に腰掛けた。
そのくせ、両手を合わせて小さく“いただきます”と呟いてチョコレートの包みを開けるところが里桜らしい。
「誰かに拉致られたとかそういう可能性は?」
「たぶん、ないだろうな」
いつも通り、きちんと片付けも掃除もされた部屋に、誰かが入ったり争ったりしたような気配は一切なかった。むしろ、いつも以上に綺麗に整頓された部屋も、優生の洋服が減っているように感じられることからも、自分の意思で出て行ったと考える方が自然だった。


「そう思う根拠は?本当は黙って出て行かれるような心当たりがあるんだろう?」
義之の双眸がやや冷ややかに淳史を見る。まだ何も話してはいないのに、見透かされたような気になって目を逸らした。自分の分が悪いと何故こうも弱気になってしまうのだろう。
「一昨日、家に帰ったら玄関に見覚えのないパンプスとローファーが並んでいて……嫌な感じがしたんだ。部屋に入ったら優生はソファで震えてて、傍には優生の2周りは大きそうな男が立っていたよ。何があったのかは容易に想像できた」
思い出したくないのに、その光景は忘れようもなくはっきりと淳史の脳裏に描けてしまう。うっすらと肌を染めて睫毛を濡らす優生の横顔と、他人事のように興味なさそうに佇む男と傍らで開き直る女。
淳史にもそう見えたのに、その後で優生を問い詰めるような真似をしてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。瞳を真っ赤に腫らした優生の心情を察することもできずに、つまらない独占欲に駆られるままに尋ねてしまっていた。
「まるで淳史の恋人が誰かに襲われたみたいに聞こえるよ?」
「老舗ホテルの令嬢のボディーガードにな」
「……思い込みの激しいタイプだと聞いてたけど、それは犯罪だろう」
「そうだな。公にされたくなかったら今後一切、優生にも俺にも係わるなと言っておいたから、攫われたとも考えられないんだ」
今朝、会社を通じて、表向きは淳史に対するストーカー的な行為に対する謝罪を受けていた。
「何とも言えないけど、弱味を握られているという意味ではお互い大差ないだろう?」
「いや、それ以前から根回しをしてあったからな。あの女が会社の権力を振りかざして取引先の一社員に脅迫まがいに結婚を迫っていたことは周知の事実になってたんだ。社長直々に謝罪もあったしな」


「彼にはそういった事情は話してあったのか?」
「一度うちに連れて来た時に大体は話したんだが」
「連れて来たって、そのご令嬢を?」
「ああ、どうしても嫁が見たいって言うからな」
義之は信じられないものを見るような目を淳史に向けた。
「会わせたのか?」
「深夜だったから会わせたというより優生の寝顔を見に来たようなものだったな。優生は正反対のタイプだから会えば納得するかと思ったんだ」
自分でも言い訳がましいと思うが、その時は本当にそう考えたから優生に会わせたのだった。式も何もしないまま突然結婚したと言われても信用できないという梨花の疑惑を晴らすために、あのボディーガードも連れて家へ帰った。ソファでうたた寝をしていた優生は、淳史がキスをして起こすと首へしがみついてきた。あの時、安堵したように笑う優生を見ていたなら、それが嘘偽りではないとわかったはずだった。結婚するなら家庭的で慎ましやかなタイプを選ぶのだと、梨花では無理なのだと、謀った通りに事が運んだのだと思い込んでいた。
「逆効果だったんじゃないのかな?」
「結果的に、そうだったのかもしれないな」
優生が幸せそうに見えたぶん、余計に納得がいかなかったのだろうか。
「彼へのフォローに失敗したということはないだろうね?」
「……未遂だろう、と聞いてしまったが」
「また微妙なことを」
「相手のスーツも髪も乱れてなかったからな、嘘でもそう言ってくれれば良かったんだ」
そうすれば、淳史も何もなかったように過ごせると思っていた。躍起になって優生を取り戻そうとせずに済んだかもしれなかった。


「そうじゃなかったと言われたのか?」
「謝られたよ。責められるより堪えたな。優生が悪いわけじゃないんだが」
「でも、彼女がそれほど思い詰めていたのは淳史にも責任があるんじゃないのか?」
義之の言葉はあながち間違いだとは言い切れないかもしれない。
初めて梨香に会った時、その華やかな外見やきつい性格に惹かれなかったと言えば嘘になる。仕掛けてきたのは向こうでも、満更でもないと思わせるような対応をしたのは事実だった。但し、それはもう半年以上も前の、淳史に特定の相手がいなかった頃のことだ。しかも、すぐに淳史の手に負えないと感じて躱すことに転じたはずだった。
それからも度々そういう誘いがなかったわけではないが、やんわり辞退するだけで事無く過ぎていた。そのまま関心が薄れていくと思っていたのに、優生を手に入れた頃から俄かに淳史の周囲がざわつき始めた。最初から匂わされていなかったわけではなかったが、淳史を婿養子にしようという思惑が会社ぐるみで働いているのをひしひしと感じていた。淳史の預かり知らぬ事情が合ったのかもしれないが、契約の更新時期が近かったせいもあって、担当の一人に過ぎない淳史ばかりをしつこいくらいに指名してきた。脅迫まがいのそれは、できれば穏便に済ませたいと思っていた淳史の甘さにつけ込んで、どんどんエスカレートしていった。
「何度断っても聞く耳を持たないというか……つき合っている程度の相手なら関係ないとまで言われたからな。だからこっちも、婚約をした、すぐにも結婚する、もう結婚したと言い逃れるしかなかったんだ。優生の了承もあったしな」
「何の了承?」
「何のって、女王様に結婚をセマられていることも、だから早く結婚しているという事実が必要なことも、だ。新婚家庭をアピールするために弁当を入れてもらったりもしたな」
あからさまなくらいに、義之の顔に同情の色が浮かぶ。


「本当に納得していたのかな?淳史が彼を独占したくて急かしていたというのならともかく、意に染まない結婚から逃れるためだと言ったんだろう?」
「それは……」
優生に否と言わせないための方便で、そういう風に取られかねない言い方になったかもしれない。
「直接会ったことがないから何とも言えないけど、ずいぶん気を遣うタイプなんだろう?保護者のように世話になっている相手にゴリ押しされたら、なかなか嫌だとは言えないんじゃないかな?」
「嫌々俺と一緒になったとでも言いたいのか?」
「そうは言ってないよ。ただ、本当に好きだったとしても、淳史からは期待できないと思いながらプロポーズを受けるのは必ずしも嬉しいことではなかっただろうね」
結婚してくれと言った時のことを思い出す。最初はわけがわからないというような顔をしていたが、それは思いがけなさに戸惑っていたからではなかったのだろうか。喜んで受諾したのではなかったのだろうか。
「僕には淳史が愛を囁く所なんて想像できないんだけどね、ちゃんと伝えてたのか?」
ちゃんと、と言われると微妙かもしれない。ちゃんと伝わったのかどうかは相手にしかわからないことだ。
俊明の所にいる時の優生の状態は痛いくらい理解できたのに、当事者になったとたんに何を考えているのかわからなくなった。自分の思いを一切言わない優生に、淋しがっているようだとか不安がっているようだとか思うのは全て淳史の想像の域を出なかった。他の男に誘われてもはっきりと断れない優柔不断さを目の当たりにした時にも、疑い出したらキリがないのだと、優生にとって淳史は特別ではなかったのだとは考えないようにしていた。


「あっくん?」
思いを巡らせる淳史を心配そうに見ているのは義之だけではなかった。覗き込む里桜の瞳に、やっと気が付いた。
「悪い、退屈させているな」
「ううん。でもね、言わないよりは言った方がいいんだろうけど、言ったからって伝わってるとは限らないんじゃない?俺も、いくら言われてもそう思えなかったことあるから」
「あれだけ鬱陶しいほど甘やかされてるくせにまだ疑う余地があるのか?」
「淳史だってそう思うだろう?まさか里桜があんなに疑り深いとは思ってなかったから驚いたよ。おかげで“マスオ”さん状態になってしまうしね」
反論できない里桜に、聞いても仕方のないことを尋ねてみる。
「言ってもわからないんなら、どうやったらわかるんだ?」
「俺はお母さんと話してる時に誤解だったのかなって思ったんだけど……でも、その後も全然くっついてこないし、お母さんとばっか喋ってるし、俺には何もしないから訳わかんなくなって・・・」
「お義父さんに悪いかなと思ってなるべく里桜にくっつかないようにしてたんだ。衝動的に我慢できなくなったら困るしね」
それは淳史にも身に覚えがないわけではなかったが、そんなもので思いの深さを測られているかもしれないとは思ってもみなかった。
「やっぱり、しないといけないものなのか?」
里桜が大きな目を見開いて淳史を見た。義之も呆れたような顔をしている。
「……もしかして、あっくんてプラトニックな人?」
里桜の言葉はせいいっぱいの気遣いで選んだものだとわかるが、ため息を吐かずにはいられなかった。
「……そうじゃない。ただ、間隔が随分空いたかもしれないが」
「あっくんて、意外と弱かったりする?」
本気でその細い首を絞めようかと思った。ついこの間までかわいい仔猫だと思っていたのに。


「毎日、深夜まで仕事してたんだ。週末もずっと休出だったしな。やっと休みが取れたと思ったら優生が熱を出してたしな、わざと空けたわけじゃない」
「仕事っていうのはそのご令嬢と?」
「それだけじゃないが、毎日のように何だかんだと呼び出されてたからな。俺の仕事は女王様のお守りだけじゃないんだ、時間を取られたら他の仕事がおしてくるに決まってるだろう?」
「さすがにタフな淳史でも息切れしてたのか?」
「そうでなくても契約の更新時期で目が回るほど忙しいんだ。接待やら呼び出しをしょっちゅう掛けられてみろ、俺でなくても参ってるぞ、絶対」
「それはちゃんと説明してあったのか?」
当然だ、と言い掛けて気が付いた。女王様のせいで忙しい、という以外の説明をしたことはなかったかもしれない。まるで、淳史が梨花にかかりっきりだったように聞こえていたのだろうか。
「まさか、その女性と二人きりで会ったりしてないだろうね?それを目撃されたとか、口を滑らせたとかは?」
「……言った覚えはないが」
女王様のせいでありえないくらい忙しいとか、会社に戻るわけではないとか、短い言葉は誤解を招いただろうか。
「キスマークを付けて帰ったとか、香水の匂いを付けたまま帰ったとか?」
「スーツに口紅を付けられたことはあったが、ちゃんとクリーニングに出してから帰ったぞ?」
ただ、危うく口元を掠められそうになったキスに、痕跡があるかどうか以前の動揺を感じてしまったことはあったが。


「もし気が付いていても、敢えて何も言わなかった可能性もあると思うけどね」
その日に限らず、元から素っ気ないくらいの優生の態度を特に変だと思ったことはなかった。
梨花に口紅を付けられた日は、優生に会わせる顔がなくてキスもできずに眠ってしまったが、翌日の優生が特に普段と変わっていたとは思わなかった。弁当を用意している優生に、朝からサカリのついた雄猫のように襲いかかった時にも落ち着いているように見えた。一瞬、仕事に行くのをやめてしまおうかとさえ思った淳史を、優生は困ったように見上げた。結局、諫められたことを察しておとなしく仕事に出るしかなかった。
「もし気付いていたとしたら、気にならなかったということなのかもしれないな」
些細なことで騒ぎ立てるような喧しい女には懲りているくせに、気にも留められなかったのかもしれないと思うと落胆せずにはいられなかった。
「淳史?」
それほど自惚れていたつもりはなかったが、本気になっていたのは自分だけだったのかもしれない。全て淳史のものだと言っていたくせに、一番大事なものを渡さないまま優生はいなくなってしまった。
「……逃げられたということなのか?」
「“ふられた”じゃなくて、“逃げられた”なのか?その子と恋愛してたんじゃなかったのか?」
「そう思ってたのは俺だけだったのかもしれないな」
「なんだか、聞けば聞くほど淳史らしくないな。さんざん僕に犯罪だの横暴だのと言ってたくせに、同じようなことをしていたのかな?」
単なる軽口だとわかっているのに、深く胸に堪えるのはそれが真実だからなのだろう。


「束縛していたつもりはないんだが、油断するとふらふらとどこかに行ってしまいそうな気がしていたんだ。もう少し幼かったらインドアでしか育てなかったかもしれないな」
「そんな風に思ってたんなら、どうして目を離したんだ?」
「……やけに素直だったからな。やっと、俺のものになったのかと思ったんだ」
愛している、と言った時、今まで見たこともないほど嬉しそうに笑った。ごく自然に、俺も、と返してきた。その翌日に消えてしまうなど、どうして予測できただろう。
「やっと?とっくに俊明から取ってたんじゃなかったのか?」
「取ったわけじゃない。時間をかけて手懐けて、優生が俊明の所にいられないと言うまで待ってたんだからな」
「それでも、自分のものだとは思ってなかったのか?」
「優生は俺でなくても良かったんだ。そのうち全部手に入ると思って待ってたんだが……優生は感情が希薄というか、こいつのようにわかりやすいタイプじゃないんだ。帰りが遅くなっても淋しがったりしないしな。あの女のことさえ、仕事に差し支えないようにしてくれって言ったくらいだからな」
引き合いに出された里桜が不満げに淳史を睨んだが、話の邪魔をする気はなさそうだった。
「対等な関係ではなかったのだとしたら、感情を露にはしないだろう?」
「俺が鈍かったのか?」
「どうかな。淳史が僕のように甘やかしていたとは思えないし」
おそらく義之の推測は当たっている。今までの淳史なら、面倒な手順を踏んだり、自分から少しでも長く一緒にいられるように努力したりすることなど考えもしなかった。
「行動だけなら、おまえに負けないくらい大切にしていたと思うんだが」
朝起きて最初に優生にキスをするのも、決して義務的な感情で始めたわけではない。出掛ける前のキスも、休憩や帰宅の連絡をすることも、面倒だと思ったことは一度もなかった。一日の終わりに優生にキスをして腕の中に閉じ込めて眠るのも、独占していたいと思っていたからだ。


「さすがに、結婚したいと思うような相手には淳史でも面倒臭がらないんだな」
「今までそんな風に思える相手に出逢ってなかったんだ」
少なくとも、ずっと一緒にいても苦にならないと思ったのは優生が初めてだった。自分の時間や空間が確保できない状況は我慢ならない淳史にとって、無害だというのは最大級の褒め言葉だった。
「淳史がそんなに思い入れていることは知っていたのかな?」
「……あまり本気に取ってなかったかもしれないな」
なにしろ、結婚してくれと言った時に、優生のことを少しくらいは好きなのかと聞いたくらいだから。
「まあ、まだ二日目だろう?あまり大騒ぎすると帰ってきづらくなるかもしれないよ?」
義之の気休めに相槌を打つ気にはなれなかった。
「時間が経つほど見つけるのが困難になるからな。あまり待つ気はないんだ」
「探偵でも雇うつもりかい?」
「他に手がなければな。今更、離せるわけがないだろう?」
「……あっくんて、そんな執念深かったんだ」
茶化すような里桜の言葉を義之が窘める。
「本気になれば誰だってそうなるんだよ」
義之の大げさな言い分にも、今なら同意できる。
後悔しても遅いが、優生を失くすかもしれないとわかっていたら、どれほど仕事に支障が出ようとも穏便な手段など選ばなかった。
急な休暇願いが通ったとは思えなかったが、明日は勇士の協力を得て優生の里親関係を当たることになっていた。
見つけたら何と言おう。愛していると言うより先に罵倒する言葉が出てしまいそうだ。
きっと、この手に戻ったら何も言えずにただ抱きしめることしかできないだろう。今度こそ、逃がさないようにきつく腕に閉じ込めて。
焦る思いとうらはらに、なぜかその光景はそんなに先のことではない気がした。



- フェアリー - Fin

Novel


甲斐バンドの古い曲で、『フェアリー〜完全犯罪〜』からタイトルをお借りしています。
このお話を書いてる間中、この曲が頭から離れなかったので……。