- First Anniversary -



「せんぱ……」
家まで迎えに来た慎哉を認めた途端、門の前で待っていた那緒は固まってしまった。初めて見る慎哉の姿に、咄嗟に言葉も出なくて、ただただ見惚れることしか出来なくなってしまう。
「那緒?」
ぼんやりとする那緒の頬に慎哉の手が触れた時、漸く金縛りから解けたように唇を動かすことが出来た。
「先輩の眼鏡姿、初めて見ました……」
「ああ、うっかりしてて、コンタクトが無くなってしまったんだ。連休で眼科が休みに入ってしまったから、暫くはこの姿だよ」
連休中ずっとその姿を見られるとは、いつもにも増して眼福だと思った。
「那緒?」
訝しげに名前を呼ぶ慎哉に、慌てて緩みそうになる頬を引き締めた。那緒の目の保養はともかく、慎哉は不便なのだろう。
「あ……あの、無くなったって、落としたんですか?」
「そうじゃないよ。いつもは使い捨てのコンタクトだけど、貰いに行くのが遅れたから予備のが無くなってしまったんだ」
「ああ、そうなんですか……使い捨てって、毎日替えるんですか?」
「俺はね。ちょっと目が弱いらしいから1ディの方が楽なんだ」
両目とも1、5の那緒には、目に何かを入れるということ事態が恐ろしく感じるのだったが。
「なんか、目にレンズを入れるのって怖そうですよね」
「慣れればそうでもないよ。ソフトは違和感も殆どないし」
「そうなんですか」
いつもは意識しないコンタクトと違って、目に見えるレンズの奥の薄い茶色の瞳が那緒をじっと見つめる。まともに見つめ合うのは、いつまで経っても慣れることが出来ないのに。慎哉の顔は整い過ぎていて。
「そろそろ行かないと遅れるよ?」
慎哉の言葉が耳を素通りする。映画を見るために時間を合わせたことも、那緒の脳からは飛んでしまっていた。


肩を促すように押されて我に返り、慎哉に並んでゆっくりと歩き始めた。最初の目的地の駅までは徒歩で10分足らずだ。
そっと、斜め上に視線をやる。目の端に捕らえる横顔も、いつもとは違う人のような印象を覚えた。元から、那緒は眼鏡をかけている人に惹かれる傾向にあったが、慎哉の眼鏡姿には完全にK.O.されてしまったような気がする。
「……聞いてる?」
「え?」
何度か同じ言葉を言われたような気がして立ち止まった。首を傾げるようにして慎哉を見上げる。
「那緒は、今日は固まってばかりのようだな」
「ごめんなさい、緊張してしまって……」
慎哉の機嫌を損ねたくなくて、正直に告げた。
「慣れてきたんじゃなかったのか?」
慎哉が那緒を誤解していた頃は緊張の連続だったことも、せいいっぱい慎哉に合わせようとムリをしていたことも、今はわかってくれている。
「なんていうか、眼鏡だと別人みたいで」
「似合わないかな?」
「いえ!凄くカッコイイです」
思わず会話するのを忘れて見惚れてしまうほども。
「那緒は眼鏡が好きなのか?」
「……はい」
ヘタすれば、慎哉の眼鏡姿はいつもの慎哉以上に好きかもしれない。
「那緒が眼鏡の方がいいんならコンタクトは止めるけど?」
「それは勿体無いです。そんなにキレイな顔をしているのに」
一目惚れしたのは素顔で、今、心臓をバクバク言わせているのは眼鏡姿で。要するに、男前は何でも似合うということなのかもしれない。


褒め言葉のつもりだったが、慎哉は少し複雑な顔をしていた。
「那緒は俺の顔が好きなのか?」
決して否定できない問いだったが、口調に籠る何かが気になって、慎重に言葉を選んだ。
「もちろん、顔も好きです。俺、先輩に会うまでこんなに綺麗な顔を見たことないです。でも、少し低めの声も、着痩せして見えるところも全部好きです。見れるだけでも幸せなのに、俺の方を向いてくれたのがまだ信じられないくらいです」
「……那緒は口説くのが上手いな」
ただ、慎哉を傷付けたくない一心で必死に告げた言葉を反芻してみると、急に恥ずかしくなってしまった。どさくさに紛れて、今まで明確に告げたことがなかったことまで言ってしまったような気がする。
「那緒、こっち向いて?」
「はい」
慎哉の方を向いても、顔を上げることは出来なかった。最近やっと、見つめ合っても緊張しないでいられるようになっていたのに、心の準備もないままに慎哉の別な一面を見せられて、考え無しの一言を言ってしまって。
伏せた顔を、下から覗き込むようにされると、思わず目を逸らしてしまう。こんな近い距離で見つめられたら、心臓が止まってしまいそうだ。
「那緒」
少し低められた声を耳が捕らえたのと、顎に指をかけられたのは同時で。否応なしに瞳を合わせられると目を閉じるしかなくなってしまう。
キスを誘ったわけではなかったのに。
外でのキスは止めようと心に誓ったばかりだったのに、慎哉の唇を拒むことはできなかった。
「……せん、ぱい」
「那緒が逃げるからだよ」
立ち止まったままで抱きしめられる体が熱を帯びてゆく。一目会った時から、捕まってしまったと知っていたのに。
映画には間に合わなくなってしまいそうな展開になってしまうと気付いていたが、那緒は慎哉の腕を解くことはできなかった。



- First Anniversary - Fin

Novel  


さっさと映画行けよ、って感じですが。
実は、本編で書く予定だった眼鏡のエピソードです。
那緒は絶対、慎哉の眼鏡姿にヤラレちゃうだろうなーと思っていたのでvv
時系列は無視と言いつつ、微妙に“ふぁーすと3”っぽいです。
慎哉の誕生祝に、らぶらぶハッピーなのをと思っていたのですが、
ちょっと甘過ぎたかもしれません〜。