- 仔猫を躾け直す方法 -



いないとわかっているのに気配を探してしまう。
朝、目が覚めたとき、傍に里桜がいないことなど、つき合い始めて以来一度もなかったことだった。
あるはずのない重みを思い出すように腕を上げる。いつも後から目を覚ます小柄な体が腕の中にないというだけで、こんなにもせつなくなるなんて思いもしなかった。
振り切るように起こそうとした体に違和感が走る。確かめるように振った首に走った痛みに舌打ちしたくなった。
「参ったな……」
上腕から順に首筋まで、軽く掌で握るようにしながら辿る。そっと首を回してみたが、やや右肩寄りの位置から先へは痛くて動かせなかった。
里桜がいないというだけで、運気まで下がってしまったようだ。
義之は寝違えた首筋を解しながら、長くなりそうな一日を過ごすために立ち上がった。 とりあえず顔を洗い、カッターシャツを引っ掛けながらキッチンへ向かう。
コーヒーを淹れてテーブルにつく。7時になるのを待って里桜にメールを打った。
『おはよう。そろそろ起きないと遅刻するよ』
ほどなく返された里桜からのメールに、また落ち込みそうになる。
『おはよ〜今日は秀に6時半に起こされたから眠いよ〜』
里桜が迎えた朝の雰囲気が容易に想像できた。着崩れたパジャマに寝惚け眼で、舌っ足らずの“おはよ”という声が耳に甦る。軽く口付ける義之の首へと腕を回して凭れかかってくる仕草に、いつもつい甘やかしてしまいそうになった。
尤も、秀明に限ってそんな甘い展開になり得るはずがなかったが。
そうとわかっていながら穏やかでいられない自分の青さを持て余しながら、仕事に出るために席を立った。


「緒方さん、彼女と喧嘩でもしたんですか?」
短い挨拶だけで通り過ぎようと思っていたのに、受付の女の子が心配そうに話しかけてきた。
「そんなにひどい顔をしてるかな?」
「何だか、この世の終わりみたいに見えます」
ちょっと大げさですけど、と付け加えられた言葉が耳を素通りしていく。
「首を寝違えてしまってね、今日は車に乗りたくない気分なんだ」
こういう日に内勤なら有難いのだったが。
「無理しないで気を付けて行ってきてくださいね」
その言葉に不吉なものを覚えつつ、短く答えて会社を後にした。
乗りなれた白いアベニールが、今日はやけに扱いづらく感じる。行き先が週に1度は通う外科医院だということも気が重い理由のひとつだった。具合の悪さが外に滲み出しているらしい今日の義之を見れば、あの心配過剰な医師がどんな対応をするのか想像に難くない。
そんなことを思いながら左後方を向いた瞬間に走った痛みに、思わずブレーキを踏む足の力が緩む。慌てて踏み込んだ時には微かな衝撃を感じた後だった。
車を降りて確認しに行くと、ほんの少しだったが、バンパーに擦り傷がついていた。
「ほんと厄日だなあ」
義之は、人一倍車には思い入れがある方で、たとえ社用車とはいえ傷などつけたことはなかったというのに。
気分を更に重くして、担当医師に会うために車を降りた。


「すみません、駐車場の植え込みを少し傷付けてしまいました」
医局の前で訪問予定の医師を見つけた。とっくに50歳を越えているとは思えないくらい若作りの、義之に負けず劣らずの美貌の持ち主だ。ある意味、義之の最大のウィークポイントでもある。もっとも、それはお互い様のことなのだったが。
そんな相手に対する一言目が謝罪というのも苦痛だったが、それ以上に相手の過剰な心配が鬱陶しい。
「植え込みなんかどうでもいい。君にケガはなかったかい?」
「ええ、ほんの少し車に擦り傷がついた程度なので」
促されて部屋の中へと入る。デスクの上は書類や本が乱雑に積み上げられているが、テーブルの上だけは綺麗に片付けられていた。そんな所からも、義之が来るのを待っていたことが窺える。
「君が車をぶつけるなんて珍しいね、体調が悪かったのかい?」
「ちょっと首を寝違えてしまって後ろを向いたら痛みが走って」
我ながら言い訳がましい言葉だと思ったが、医師は心配げに義之の腕を掴んだ。
「ちょっと見てあげよう。自分で揉んだり温めたりしてないだろうね?」
「……いえ」
「しょうがないな、寝違えは冷やすのが原則だよ。ちょっと座って」
ソファに座るように指示されて、渋々腰を下ろす。


「あまりゆっくりしていられないんですが」
「これも仕事のうちだよ。ちょっと待ってて」
慌しく、医師が部屋を出ていく。
週に一度は顔を出すというのが義之の扱う薬を使ってもらう条件のひとつだが、訪問中に殆ど業務上の会話はなく、医師はひたすら義之とコミュニケーションを取りたがるばかりだった。職権乱用甚だしいと思う反面、顧客である医師より一介の出入り業者に過ぎない義之の態度の方が傲慢なことは自覚している。
ほどなく、アイスノンとタオルを持って戻った医師に、義之は憮然としてしまった。
「……お父さん、僕は患者として来ているわけではないんですが」
「わかっているよ。でも、義之は仕事でしか会ってくれないし、“お父さん”なんて呼んでくれないだろう?」
確かに、業務上のサービスの一環として、相手が喜ぶことをわざとらしくしてみせているだけなのだったが。
襟元を緩められて、首筋へとアイスノンを乗せられる。こんな姿を里桜に見られたら、またオヤジ扱いされそうだ。そう思った時、ささやかな報復を思いついた。
「そういえば、結婚したい相手がいるんですけど」
「会わせてくれるのかな?」
嬉しそうな父親の顔を見ると、僅かに罪悪感を覚えないでもない。
「実はもう一緒に住んでるんです、相手の家で」
「……入り婿になったのか?」
「いえ、相手がまだ高校生なので通学の都合で向こうのお世話になってるんです。週末だけ僕のマンションで過ごすことにしました。籍はまだ入れてないんですが、いずれ僕の方に貰いたいと思ってます」


「高校生とはまた随分若いな」
「ええ。一年生なのでまだ15歳ですよ」
さすがに、父は一瞬絶句してしまったようだった。
「……義之、それは条例違反とかにならないのかな?」
「大丈夫ですよ、男の子ですから」
追い討ちをかけるように続けた言葉に、義之といる時以外はクールな容貌があからさまに崩れた。
「……確か、前の奥さんは女性だったね?」
「ええ。僕も男の子と恋愛するのは初めてです」
「君がいろんな意味でバリアフリーだというのは知っていたけれど、ちょっと驚いたよ」
「我ながらビックリしていますよ」
一回り以上も年下の子供に振り回されている事実に。
「で、いつ会わせてくれるのかな?」
わくわく、と形容しても差し支えないくらい、義之の父は浮かれた顔をしていた。美咲の時には報告もしなかったぶん、よほど嬉しかったのかもしれない。
「相手の承諾をもらったら連絡します。僕はまだ父親がいることも言ってないので少し時間がかかると思いますが」
「楽しみにしているよ」
そんな調子で、10分毎のアイシングを3度ほどくり返す間もずっと、明らかに仕事とは無関係な話だけを交わしていた。そのあと、指示される通りに動かしやすい方向に何度か首を向けてみる。ほんの少しだが、痛みと動かしやすさが改善されたようだった。
「炎症を抑える薬を出しておくよ。それから、会社の方には私から連絡を入れておくからこの後は帰りなさい」
午後の予定は詰まっていたが、義之にしては珍しく父の言葉を受け入れて早退することにした。会社の車のキーを取られてタクシーを呼ばれてしまうと、逆らう方が面倒になってしまったからだ。


思い返しても腹が立つ。
昼食を済ませてから戻ったマンションで、気を落ち着かせようとコーヒーを淹れたが、一向に気は晴れなかった。早退して帰ったところで、里桜がいないのに元気になれるわけがない。
昨夜、少し遅く帰った義之を出迎えてくれたのは里桜ではなく義母だった。
「ごめんなさい、里桜は秀くんの家にお泊まりするんですって」
言い難そうに告げられた言葉はまさに寝耳に水で、義之はその意味をすぐには理解できなかった。
「何かあったんですか?僕は何も聞いてないんですが」
「秀くんのお母さんが、久しぶりだから泊まっていくように言ってくれたのよ。里桜ったら、義之さんに怒られるから伝えといてほしいって。秀くんの所に泊まるくらいで怒るわけないでしょって言ったんだけど?」
義之の反応を窺うような言い方をする義母の意図に気付いたが、その場だけでも合わせる気はなかった。
「たしか、里桜は家が厳しくて外泊なんて滅多にさせてくれないと言ってましたが」
「里桜の場合は女の子みたいなものでしょう?お友達じゃない男の子に対してはそういう風に言ってお断りさせているの。でも、秀くんにはそんな心配いらないわよ?」
まるで、過干渉だとでも言いたげな義母に、それでも引き下がることはできなかった。
「今までただの友達だったからといって、ある日突然何かのきっかけで意識するようになることだってあると思いますが?」


言葉を飾らずに言うなら、いくら周りや秀明本人が心配ないと言っても、豹変しないという根拠はないとさえ思っている。
大人の義之でさえ、里桜が無防備に甘えかかってくると理性を吹っ飛ばしているのに、若い秀明にそれを期待する方が無理だ。
「他の家族も一緒だし、秀くんに限ってそんな心配はいらないわ」
言い切る義母とは、それ以上の議論は無意味だと思った。
「……迎えに行ってきます」
「もうお願いしますって言っちゃったの。やっぱり帰るなんて言う方が失礼でしょう?」
いつもは柔らかな表情をしているのに、こういう時は頑として譲らないらしい。
「お義母さん」
少し語気を強めた義之にも、義母は怯む様子はなかった。
「義之さん、秀くんの家を知らないでしょう?」
調べる方法がないわけではないが、そこまで言われてしまうと強行に迎えに行くわけにはいかなくなってしまう。
「……どうして急に彼の所へ行くことになったんですか?」
「どうしてって、友達の家へ遊びに行くのに理由はいらないでしょう?」
「でも、里桜は僕の所にいた間はずっと」
「引き籠っていたみたいね。別に閉じ込めていたわけじゃないでしょうけど、義之さんに気を遣って遊びにも行けなかったんだとしたら、それはちょっと問題だと思うのよ?」
それほど鈍くはなさそうな里桜の母親を、騙し通すのは骨の折れることだろう。かといって、義之の些細な名誉のために申し開きをして里桜が引き籠っていた理由を明かすわけにはいかなかった。義之が里桜を軟禁していたわけではないと弁解したいなら、里桜を自由にさせる以外にはないのかもしれない。


「恋愛し始めたばかりの頃には、一分だって離れていたくないものだと思ってるんですが」
「そうでしょうけど、里桜は家に帰って学校が始まって、少し現実に戻って来たんじゃないかしら。親としては、他の何も見えないほど恋愛に没頭してしまうというのはあまり賛成できないわね」
初対面の時から里桜の母は義之に好意的だったのに、初めて好戦的な態度を取られたような気がした。我を通せば衝突してしまいそうな事態を回避するためには、義之が折れるしかないのかもしれない。
「じゃ、里桜は明日の朝は彼の所から学校に行くんでしょうね」
「そうね、そういう風にお願いしてあるわ。たまには義之さんもゆっくりすればいいのよ。いつも里桜のお守りばかりでしょう?」
労わられているというよりは、度が過ぎると諫められているのかもしれない。自分でも里桜に対する庇護欲や独占欲の過剰さには呆れてしまうことがあった。
「わかりました。そういうことなら、今日は向こうに泊まります。ちょうど仕事を持って帰ってきてますから」
「よかったら晩ご飯だけでも食べて行って?一人分作るのも面倒でしょう?」
義母の言葉に従って、夕飯をつき合ってからマンションの方へ帰ることにした。
もう随分長い間、一人でいることを苦痛に思ったことなどなかったのに、里桜がいないというだけで胸が空白になってしまったようで落ち着かない。たとえ寝顔でも、傍にいてくれるだけで満たされるのだと、改めて思った。


「里桜」
夜まで待てずに学校の前まで迎えに行った義之に、里桜は相当驚いたらしい。一緒にいた友人に軽く手を上げると、急いで義之の方へ走ってきた。駆け寄って抱きしめたい思いでいっぱいだったが、ギャラリーの多さに何とか自制した。一時の感情に負けて里桜を登校拒否にでもさせてしまったら大変だ。里桜の両親に認めてもらうための条件には、ちゃんと卒業させるというのも入っているのだから。
「どうしたの?お仕事で近くに来てるの?」
「早退したんだよ、一緒に帰ろうと思って迎えに来たんだ」
よもや、昨日の今日で約束はしていないだろうと思い、敢えて連絡を入れずに待っていたのだった。
「義くん、お仕事はマジメにしないとダメだよ。そのうち、お母さんに“義之さん、お仕事をサボってばっかりだと里桜と結婚させませんからね”とか言われちゃうよ?」
強ち冗談とは言えないかもしれない。里桜の母が見た目のかわいらしさとは違ってきつい一面を持っていることは昨夜いやというほど思い知らされた。
「サボったわけじゃないよ。危なくて車に乗れないんだ」
「どういうこと?」
「首の筋を寝違えてしまってね、車の運転に支障が出るほどなんだよ」
「運転できないほどって、首の筋を寝違えただけで?」
簡単に言うが、寝違えた痛みはハンパでなく、今朝は後ろを振り返って見ることさえできないほどだった。


「寝違えただけって言うけど、痛くて首を回せないんだよ。里桜は寝違えたことないの?」
「俺、そんなひどいのなったことないもん。義くん、年のせいなんじゃないの?」
そもそも、里桜のせいでこんなことになったというのに、あまりにもひどい言い様だ。
「里桜がいなくて抱き枕がなかったせいだよ」
「俺のせい?」
「里桜が他の男の部屋に泊まってると思うと、よく眠れなかったんだよ」
「大ゲサだなあ。秀が俺に何かするわけないでしょ」
「わかってるよ、他の男の所だったら誰に止められても迎えに行ってるよ」
「止められたの?」
「お義母さんにね。束縛し過ぎだと思われてるんだろうね」
「事実でしょ」
もしかしたら、義母の思惑ではなく里桜の差し金だったのかもしれない。
「里桜は僕が外泊しても平気なの?」
「出張とかでしょ?お仕事だもん、しょうがないよ」
あまりにも平然とした答えに、少し意地悪したくなった。
「出張だって言っておけば、他の人と一緒かもとは思わないんだ?」
「え」
あまりにも素直な反応に、つい笑ってしまう。
「里桜は自分がされたら嫌なことをどうして僕にするのかな?」
「……ごめんなさい」
里桜が頭を下げたことで、蟠りがとけていく。


「どうして突然泊まることになったの?」
ようやく、里桜に一番聞きたかったことを尋ねることができた。
「晩ご飯の後でさあ、おばさんが“きなこもちアイス”を買ってあるからお風呂出たら食べようって」
すぐには、里桜の言った意味が理解できなかった。
「……まさか、それだけの理由で泊まったの?」
「あと、晩ご飯食べ過ぎて動くのが嫌になっちゃってて」
大食漢の里桜が動けなくなるほど食べたということは、相当美味しいものづくしだったに違いない。
「それなのに、アイスも食べたの?」
「アイスは別腹だもん。一応遠慮して2つでやめといたけど」
「里桜はその“きなこアイス”がそんなに好きなんだ?」
「ううん、“きなこもちアイス”だよ。きなこアイスも美味しいけど、やっぱ、きなこもち!」
里桜がそんなにもハマっているものを知らなかったことに、軽くダメージを受けた。
「それは限定発売か何かなの?」
「ううん。コンビニとかにいつでもあるよ」
「……じゃ、どうして」
「話が出たら、どうしても食べたくなっちゃって」
「そのくらい僕がいつでも買ってあげるのに……」
義之を落ち込ませた理由を知って、ますますヘコみそうになった。


「だって、あるってわかってるのに食べずに帰れないよ」
「里桜?何度も言うようだけど、美味しいものを買ってくれるとか奢ってくれるとか言う人についていっちゃダメだよ?」
本気でそんな心配をしなくてはならないほど、幼い恋人の食欲魔人ぶりが怖くなる。
「わかってるってば。それに秀のお母さんとお父さんだもん、何も問題ないって」
ふと、前に里桜と秀明が交わしていた会話を思い出した。
「そういえば、彼のお父さんは里桜のことを彼女と間違えてたとか言ってなかったかな?」
「うん。こんなに可愛いかったら男の子でもいいか、だって」
思い出して笑い転げる里桜は、義之が固まってしまったことには気が付いていない。
「……それは、僕に対する宣戦布告だと取った方がいいのかな」
「やだなあ、冗談に決まってるでしょ。義くんてば、すぐホンキに取っちゃって」
さも可笑しげに笑う里桜には、まだ義之の思い入れの深さがわかっていないらしい。
「義くん、家に帰らないの?」
最初から義之のマンションの方へ向かうつもりでいたが、今日は里桜の家へ帰る気はなくなってしまった。
「こんな時間に里桜と一緒に帰ったら、本当にお義母さんに叱られそうだしね」
「そうかも」
素直に同意する里桜と駅の方へ向かった。一緒に過ごせなかった一日を埋め合わせるという名目で、仔猫を躾け直すために。



「も……ダメだよ、こんな所で」
玄関のドアに里桜を押し付けて強引にキスをする義之に、小さな抵抗が返る。
初めて里桜の実家で過した数日後に義之のマンションに帰ってきた時には、里桜の方から部屋まで我慢できないと言ったことを忘れているらしい。
「……っふ」
腕の中で容易く力を失くしていく体から制服を奪っていく。わき腹を撫でる手に里桜の体が小さく跳ねた。
「あ、んっ……」
膝から崩れていきそうな里桜の腰をギュッと抱きしめる。細い腕が、義之の首筋へしがみつくように回された。
誘われるままに口付けて、深く貪り合う。すぐにキスに夢中になった里桜は、ベルトを外されてスラックスの前が緩められていることにも気が付かないらしかった。重力に逆らうことなく床まで落ちていく生地を抜き取るために片方の膝を上げさせる。
「だ、め」
半裸の自分に気付いて抗おうとする里桜の中心へと手を伸ばす。そっと下着の中へと差し入れた手で揉みしだくと、里桜は身を捩って小さく喘いだ。
「や、ん……」
義之の首をギュッと抱きしめる腕が少し辛い。今日はアクロバットな体勢で臨むのは控えた方が良さそうだった。
「あ」
我慢のきくうちに、里桜を抱き上げて寝室へ向かう。
先に里桜をベッドへ座らせて、義之も上着を脱いだ。ネクタイを解いてシャツのボタンを外す。義之から視線を逸らす里桜の頬が薄く染まっているのが可愛くて愛おしい。
「里桜」
隣へ腰掛けて里桜の肩を抱く。上目遣いに義之を見る里桜にそっと唇を近付けると、自分から義之の首へと腕を絡ませてうっとりと目を閉じた。
里桜を抱いたままで体を倒していく間にも首筋へ走る痛みに、顔を顰めた。可動域が著しく狭くなっているようで辛い。
抱き合って横になった姿勢から体を反転させると、里桜の体が義之の上にくるような格好になる。あまりそういう体勢に慣れていないせいか、里桜は戸惑うように胸元へと顔を伏せてしまった。
「里桜」
キスを誘う義之に、里桜は少し恥ずかしそうに顔を上げた。頭を引きよせるようにして唇を合わせると、おとなしく身を任せてくるが、まだ自分から行動を起こすような気にはなってくれないらしい。
重なり合った胸と胸のわずかな隙間から、里桜の肌を撫でる。薄い胸でささやかな主張をする突起で指が止まると小さく吐息を洩らした。指先で押し潰すように摘むとキスに集中できなくなるらしく、濡れた目を上げた。
「は……ぁんっ」
ぞくりとするような息をついて里桜が身を震わせる。こんなにも敏感な体を他の男の傍に一晩置いていたのかと思うとまた体が熱くなってくるようだった。
押し付けられてくる体を確かめるように手を滑らせてゆく。熱を孕んだ肌が高まってゆくのを感じて気が逸った。脚を開かせて、勃ち上がりかけた所を掌で包んで軽く上下させる。濡れて露になってゆく先端を指で擦るように刺激すると小さく腰が跳ねた。
「や……ん」
まるで逃れたがっているかのように里桜が腰を上げる。濡れた指で後ろへ辿ってゆくとまた腰が逃げる。
「里桜、それじゃ入れられないよ?」
「だって……」
里桜が騎乗位を嫌がっていることがわかっていたから余計に譲れないと思った。
上体を起こすのは辛かったが、痛みに逆らいながら腹筋に力を籠めた。片腕で里桜の腰を抱いて、中を指で探る。そう抵抗がないことを確かめて、義之を受け入れさせようと宛がった。
「いや」
思いがけず強く逃れようとする体を留めようとつい力が籠ってしまう。
「暴れないで」
「だって……やだ」
真っ赤になって首を振る里桜に、意地悪く囁く。
「里桜が自分で入れる?」
「な……そんなこと」
「それなら、おとなしくしててくれないかな?」
恨みがましい目を向けて、里桜が体の力を抜く。そんな顔をするのは逆効果だと、教えるのはもったいなくてやめた。
指で開かせながら、義之の上へと腰を落とさせる。押し戻そうとするような反動に逆らって奥へと身を進めた。
「やっ……あ、あんっ」
自分の体重でより深く繋がってゆくのが辛いのか、里桜は泣きそうな声を上げた。少しでも浮かせようとする腰を掴んで引きよせる。
「里桜が動いてくれないかな」
「ええっ……」
赤くなる里桜に、少し大げさに顔を顰めてみせる。
「そんなに僕に無理させたいの?」
本気に取った里桜が慌てて首を振る。やはり、たまには心配させた方がいいのかもしれない。
促すように、両手で掴んだ里桜の腰を前後に揺する。真っ赤な顔を俯かせて、里桜が掌を義之の胸に付く。小さく息をつくと、少しずつ自分から動き始めた。
焦らすように腰を引くと追いかけてくる。グッと突き上げてやると喉を反らして喘いだ。夢中になるのにそう時間はかからなかった。
陶然として腰を揺らし続ける里桜に、我慢がきかなくなる。
「……里桜」
名前を呼んだのとほぼ同時に、中で果ててしまった。
「あっ……っん」
それに促されたように、少し遅れて里桜が義之の腹へと弾けさせた。
「ごめん……ね、顔の方までいっちゃった」
息を上げながら謝る里桜は、まだ気付いていないのだろうか。
「こちらこそ。ごめん、外でって思ってたんだけど間に合わなかったよ」
「えっ……」
やや間が空いたのは気付いていなかったのかもしれない。そそくさと体を離す里桜に、怒らせたかと思った。
「……お風呂行かなきゃ」
「一緒に入ろうかな」
驚いたような顔を見せたのは一瞬で、里桜はすぐに心配げな表情になった。どうやら怒ってはいないらしい。
「一人じゃ洗うのも不便なの?俺が洗ったげようか?」
「助かるよ」
珍しく素直な里桜に、あからさまに嬉しいという顔を見せてしまいそうになる。尤も、義之が里桜の一挙手一投足に一喜一憂する様など珍しいものではなかっただろうが。



かなり強引な、風呂場での2ラウンド目を終えて寝室に戻った里桜はぐったりとベッドへ倒れ込んだ。
「喉渇いた……」
そっと里桜の頬へスポーツドリンクのペットボトルを当てた。
「ひゃ」
だるそうに体を起こすと、里桜は500mlの3分の2ほどを一息に飲んだ。
「お腹すいた……」
一日に何度聞くかわからないその言葉にちょっと苦笑してしまう。
「外で食べる?」
「うーん……家に帰らなくていいのかな?」
「大丈夫だよ、お義母さんならこのくらい想像してるはずだろうからね」
おそらく、昨日の口ぶりでは、こんな風になってしまうことくらい読まれているに違いない。
「じゃ、カレーが食べたいな。めっちゃ辛いやつ」
「いいよ、その後でアイスを買って帰ろうか?」
「うん?」
すぐには、それが“きなこもちアイス”のことだとは気が付かなかったらしく、里桜はきょとんと義之を見つめ返していた。
「僕も里桜がそれほどハマってるアイスを食べてみたいしね」
「ああ!……でも、俺はハーゲンのロイヤルミルクティがいいな」
ほんの少し首を傾けて窺うように見上げる顔に否と言えるはずがない。
「いいよ」
けれども、里桜に念を押すのは忘れなかった。
「でも、もう他所で買ってもらっちゃダメだよ?」
「うん」
きき分けの良い子供のように素直に答える里桜に、安心してしまう自分が可笑しくなる。そんな瑣末な約束で縛れるはずがないとわかっているのに。
それでも、義之はそんな風に甘えかかられるのが自分だけだと思わずにはいられなかった。


- 仔猫を躾け直す方法 - Fin

Novel  


“躾け直す”ということで、ブログ掲載分に加筆いたしました。
と言いつつ、ちっとも躾なんてしてないようですが……。
こちらの二人は何だかんだと理由をつけては二人っきりになっているようです。