- ドラスティック.6 -



「だから、チョコレートのお返し。あんた、俺がやったら何でも食うって言ってただろ?」
玄関先で紫が手渡そうとしたケーキの箱を、黒田は微妙な顔で見つめ、なかなか手を出そうとはしなかった。
本来は甘いものを好まない黒田の渋面が見たいと思い、態々ホワイトデーにケーキを用意したのだから、困ってくれなくては送り甲斐がないというものだが、受け取り拒否というのもどうかと思う。
「食べろと言われればケーキでも羊羹でも食べますが……どうせなら、あなたにリボンをかけて頂きたいですね」
どうやら黒田は、拒否というより交換を希望しているらしい。
「あ、厚かましいにもほどがあるだろ!あんた、何だかんだ言ってバレンタインデーにも人をチョコレート代わりにしやがったくせに、ホワイトデーまで俺を食う気か」
「もちろん、それも込みで、あなたをくださいと言っているんですが」
今日こそは食われずに帰ろうと、玄関先でのやり取りに留めていたというのに、いつの間にかケーキの箱は玄関収納の上へ置かれ、紫の体は黒田の両腕の狭間に捕らわれ、壁際に追い詰められていた。
「俺じゃなくてケーキを食えって言ってるんだ。わざわざ届けに来てやったのに」
「そうですね。こう頻繁に通ってくるのも大変でしょう?思い切って一緒に住むというのはどうですか?」
「……俺、上げ膳据え膳の実家なんだけど?」
一向に上達しない家事を、懲りずに紫に教えようとする黒田の忍耐力には呆れてさえいたが、よもや同棲しようとまで画策していたとは見抜けなかった。
「家事はなるべく私がしますから、紫さんは身ひとつで来てくださって構いませんよ?」
この男に限って、絶対そんな甘い言葉通りにいくはずがないことを瞬時に悟る。
「やだ」
「どうしてですか?通勤は少し遠くなるかもしれませんが、一緒に住んでいれば私の勤務に合わせて貰わなくてもよくなりますし、毎日会えるんですよ?」
さも良いことずくめのような言い方をされても、学生時代も含めて一度も実家から出たことのない紫には、おいそれと乗ることはできない話だった。そうでなくても黒田の掌で踊らされているような現状では、一緒に住むという未来図は上手く描けそうにない。
「俺は今のままで充分だし……それに、あんたの男が来たら困るし」
「あなたの知っている二人以外にここを知っている人はいませんよ。その二人も二度とここへ来ることはないでしょうし、浮気もしていませんし……今のところは」
余計な一言を付け足す辺りが、いちいち紫の気に障る。それでは脅迫だという自覚が、黒田にあるのかないのか。
頬に触れ、首筋を撫でる手が襟元から喉へ伝い下りてゆく。その手が紫の判断を鈍らせると知りながら、払いのける気にもなれない。
「毎日一緒にいたら有り難味が無くなるだろ?ちょっと我慢して俺に会える感動を噛みしめれば?」
流されたいと思いながら、唇は違う言葉を紡いでいた。そんなに容易く落ちてしまえば、飽きられる日が早く来るだけだと、頭の片隅で思ったのかもしれない。
「……仕方がありませんね。もう暫くは通い妻で我慢しておきます」
意外なくらいにあっさりと黒田が紫の言い分を通したのは、目先の欲に捕らわれたからのようだった。
ネクタイを解かれ、開かれてゆくシャツの内側へと唇を落とされる。こんな場所でサカらなくてもと思ったが、これ以上黒田を否定するような言葉はもう言えなかった。



- ドラスティック.6 - Fin

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実は、お返しがないといけないことに気付いて慌てて書きました。
やっぱり甘さは控えめで。
とはいえ、何だかんだ言いつつ、結構らぶらぶな二人です。