- ドメスティック.3 -



「……コスプレですか」
たまには前髪を上げて、ダークスーツにサングラスみたいなカッコ、してくれない?と言った紫に、黒田の反応は冷やかだった。
少し遅い休日の朝、いつものように先にベッドを出ようとする黒田に、ふと出逢った頃のような格好を見たいと思っただけだったのに。
気だるさが抜けずに寝そべったままの紫を見る、こばかにしたような眼差しが腹立たしくて、つい嫌味な言葉を選んでしまう。
「じゃ、あんたはコスプレの仕事をしてたってことになるよな」
ささやかな反撃に、黒田の顔つきが変わる。元々の顔立ちは恐持て系のくせに、普段は穏やかそうな表情をしているおかげで柔和な性格だと思っていたが、僅かに目を眇めただけで空気が凍りついた。
「いやなことを思い出させますね……」
黒田が好きでやっていた仕事ではなかったらしいことは聞いていたが、そんなにも嫌悪していたとは知らなかった。
謝るか、せめて訂正するべきだろうかと思っている間に、黒田の巨体が圧し掛かってくる。やや細身だという以外にはごく一般的な体型のはずの紫から見ても、黒田はまるでクマのようなのに、遠慮なく体重を乗せてくる辺りが本当に容赦がない。
「紫さんが“プレイ”に興味があるとは思いませんでしたよ。私がSPの真似事をしたら、あなたは何をしてくれるんです?」
殆ど自由の利かない体に、黒田が悪戯を仕掛けてくる。半裸の紫のわき腹を伝う掌と戦いながら、妥当な答えを返す。
「何って、ビジネススーツでいいんだろ?あんた、スーツ好きなんだから」
「ですから、私は特にスーツが好きというわけではありませんよ。それより、薬とか道具とかを使わせていただく方が……」
「ダメ!そういうのは却下。絶対、ムリ」
怪しげな言葉が話題に上るだけでも恐ろし過ぎて、黒田の言葉を途中で遮った。からかわれているだけなのかもしれないが、売り言葉に買い言葉で未知の世界に足を踏み込むような事態はどうあっても回避したい。
「そんなに心配しなくても、初心者相手に酷いことはしませんよ」
「ライトなのでもダメ。俺、ずっとビギナーのままでいいし」
必死に言い募る紫に、黒田は心底残念そうな顔を見せる。
「それは困りますね。もう少し進歩していただかないと、何もして貰えそうにありませんし、私は寧ろ遊び慣れているくらいの方がいいんですが」
「何て言われても、これ以上経験値を上げるのはムリなの!」
うっかり言いくるめられてしまわないよう、せいいっぱい強気に言い返した。油断をすると、紫はいつも知らぬ間に黒田の思い通りにされてしまう。
「では、そのままで構いませんから、一戦つき合っていただけますか?」
「う……」
イヤだと言って“何か”を使うと言われるよりはマシだろうかと、考えた時点で紫の負けが決まってしまった。
応戦していた腕を下ろして、まだ昨夜の名残を深い所に留めたままの体を黒田に委ねる。この場を凌ぐことしか頭になかった紫は、黒田の言った言葉の本当の意味に気付くことができずにいた。



- ドメスティック.3 - Fin

Novel     


黒がオトナのおもちゃが好きかどうかは定かではありませんが、
とりあえず紫相手に使うことはないでしょう。

☆“SP”というセリフが出てきますが、黒がやってたのは個人警護で警察関係ではありませんー。