- ドラスティック.2 -



「そんな小さな下着で落ち着かなくないんですか?」
ベッドの縁に腰掛けて身支度を始めた紫に、まだ起きる気配のない黒田が、今履いたばかりのビキニパンツに視線を向ける。
「別に……これで充分納まるサイズだし」
自分のムスコのサイズに引け目を感じたことなどなかったが、そもそもの体格が全く違う黒田とでは比較する気にもならない。
黒田の視線から隠すように、肌着代わりのTシャツを着てから立ち上がる。床に落ちたままのカッターシャツを取りに行くつもりが、黒田の手に引き止められて、ベッドに戻された。
「まあ、大人しくしている時なら問題ないでしょうが……いえ、そうではなくて、好みの違いと言えばそれまでなんですが」
婉曲すぎて黒田の言いたいことは掴みづらいが、要するに紫のパンツは好みではないということなのだろう。
「じゃ、あんたはどういうのが好きなんだよ?そういや、ゆいちゃんはボクサータイプだって言ってたよな?」
「私は特にどれがいいということはありませんよ、中身ならともかく。それより、どうしてゆいの下着まで知ってるんです?」
心なしか黒田の表情が険しくなったような気がしたが、そこは気付かなかったことにしておく。
「っていうことはホントなんだ?前にダメ元で聞いたらそう言われたんだけど、適当に返事したのかと思ってた」
「何て会話をしてるんですか……そんなのでよく工藤さんに“黙認”されていますね」
「工藤が何て言っても、ゆいちゃんと俺は仲良しなの。羨ましいだろ?」
「……いい加減、その認識を改めてくれませんか?私が今可愛いと思っているのは紫さんなんですから」
さんざん、黒田には“可愛い”と言われているが、それでも、こんな風に“好き”の代替語のような言われ方をされるとリアクションに困ってしまう。
「……あんた、何か悪いものでも食ったっけ?」
「どうして、あなたはいつもそうやってはぐらかしてばかりなんです?そろそろ相思相愛だと認めてくれませんか?」
口調を荒げたり、厳しい顔をすることはなくても、黒田が紫に腹を立てているのだとわかる。それでも、気安くその言葉に乗ることはできなかった。
相思相愛なんて、ありえない。
もう一度、カッターシャツを拾おうと伸ばす腕が、また阻止される。
「着るのはもう少し後にしませんか?まだ時間は大丈夫でしょう?」
その強引さを跳ね除けることが出来るなら、たぶん最初からこんな関係にはなっていない。
背後から抱きよせられるのに任せて、紫はその胸に身を預けた。




「休みの日にもスーツというのは疲れませんか?」
今日の黒田は、紫の身に着けているものにいちいち文句をつけずにはいられないらしい。それでも、今度こそ邪魔されないうちに身支度を整えようと急ぐ紫の心中を察しているのか、手出しはせずに眺めているだけだ。
「別に……慣れてるし」
黒田の夜勤明けに部屋で待つ時以外は大抵スーツを着てくる理由を、敢えて教えてやるつもりはなかった。
「そのまま出勤するためでしたら、ここに置いておけばいいでしょう?」
「そうだなあ……じゃ、今度来るとき一式持って来といていい?」
「どうぞ。私のをお貸ししようにも、ネクタイくらいしか合わないでしょうしね」
何気なく、工藤とだったら貸し合いできそうだよな、と言いそうになるのを寸でのところで思い留まった。そんな風に喧嘩を売って、せっかく着た服をまた乱されたくはない。
「そういや、あんたがスーツ来てるの、あの時以来見たことないよな?」
こんな関係になるずっと以前の、紫の記憶にある黒田はいつもダブルのダークスーツ姿だった。
雇用主の好みゆえとは知らず、やや厳つい顔立ちにどこか不機嫌そうな雰囲気を纏い、抑えた声で話す黒田のことを、ドラマにでも出てきそうだと少しミーハーがかった目で見ていたことは、生涯内緒にしておくつもりだ。
「着る必要がないんですよ。職場では制服ですし、通勤に着るのも面倒ですし……ああ、もしかして紫さん、スーツの方が萌えるんですか?」
見透かしたような言い方に、つい強い口調で否定してしまう。
「スーツが好きなの、俺じゃないだろ」
「私だとでも?」
「そうだろ?」
「いえ、特別好きというほどではないですよ?私はむしろ浴衣の方が萌えますね」
だから浴衣を着ろと言われているような気がするのは、自意識過剰だろうか。
「俺は浴衣なんて持ってないからな?」
「用意しておきましょうか?」
「俺、着付けも出来ないし」
「着せてあげますよ?」
悉く、言い逃れようとする紫の逃げ道を塞ぐ黒田は、思い付きで浴衣がいいと言ったわけではなかったようだ。
「あんた、そうまでして俺に浴衣を着せたいわけ?」
「そうですね。ネクタイを抜くのも楽しいですが、着物を乱すのはロマンですから」
不埒な予感に、念のため先手を打っておく。
「……ヘンなプレイはナシだからな?」
「わかってますよ、そんなことをしなくても充分楽しめますから」
まさかとは思いつつ、黒田がコスプレマニアだったらどうしようと一抹の不安を感じつつ、とりあえず着付けを習わなくてはと思った。



- ドラスティック.2 - Fin

Novel  


相変わらず品の悪いエピソードですみません。
紫はビキニだろうなーと思ったら、どうしても弄りたくなってしまって。
私にとって、紫は一番の癒しキャラなので……。
(或いはストレス発散担当キャラなのかも?)